真夜中。
剣戟の音に目を覚まし外に出る。
状況を確認するため、近くで戦っていた侍に声をかけた。
「おいっ、なんの騒ぎだこれは!?」
「見りゃ分かるだろ、襲撃だよ! ホーリーネイションの奴らが夜襲をかけてきやがった!」
戦いながら怒鳴るように返す侍。
そこにすみれも起きてきた。
背後には傭兵も従えている。
「みこと、大変! 酒場にもホーリーネイションの兵士が入ってきてる!」
言われて酒場に目を向けると、中から店員のおばちゃんの悲鳴や警備員の怒声が聞こえてきた。
‥‥‥さすがにほっとけないか。
「よし、俺たちも参戦しよう。侍に助太刀するぞ。傭兵さんもお願いします」
「ああ、任せときな。依頼を受けてから、まだ一度も武器を振ってないからな。さすがに退屈してたとこさ!」
実に頼もしい。
まずは酒場の中に入ってきた奴をどうにかしよう。
中には店員さんや、一般人もいるんだ。
気配を殺して音をなるべく音を立てないように、そっと酒場の中に戻る。
とはいえさすがに戦闘中では完全に不意をつくことなんて出来なかった。
中で戦ってる兵たちの視線が集まり「とりゃっ!」きる前に、扉の近くにいたホーリーネイション兵の首筋に手刀を浴びせる。
ズシン、と彼は床に倒れこんだ。
「何ごとだ!」「新手だと!」
さすがに完全に気付かれた。
数はたった今床に沈めたのを含めて5人。
警備兵と戦ってるのが1人、おばちゃんに斬りかかっているのが1人。
一般客に斬りかかっているのが1人、そして俺の方に向かってくるのが1人だ。
「傭兵さんは外の奴らを頼む! こっちはすみれと2人でなんとか出来そうだ!」
そう言って俺は襲ってくるホーリーネイション兵の棍棒をバックステップで避けて‥‥‥え? 棍棒? 仮にも国家に所属する正規兵の武器が、棍棒だって?
疑問に思いつつも、空振りして隙だらけになったホーリーネイション兵の胴に掌底を打ち込む。
「ぐあっ!」
苦悶の声を上げてよろめくホーリーネイション兵。
あれ、弱いぞ?
そこにすみれも合流する。
「はあっ!」
よろめいたホーリーネイション兵を、すみれの袈裟斬りが切り裂いた。
すみれの後ろからやってきた傭兵さんも追撃を加える。
「とどめだ!」
やってきた傭兵は1人だけだから、他の3人の傭兵さんはまだ外の敵と戦っているんだろう。
傭兵の振りかざすサーベルの1撃を受けて、彼は完全に床に倒れ込んだ。
あ、あれ?
俺たちってこんな強かったっけ?
1人目の相手を無傷で倒してしまった。
それとも敵が弱いのか?
いやそんな事より、まだ店内にホーリーネイション兵は3人も残っているんだ。
残っているのは3人ともまともな武器と鎧を身につけている。
さっきのようにはいかない。
早く救援に行かないと。
俺は店員のおばちゃんと戦っている歩哨に、すみれは一般客と戦っているパラディンにそれぞれ襲い掛かる。
傭兵さんは俺と同じく歩哨に斬りかかることに決めたようだ。
「助かったよあんたたち!」
店員のおばちゃんが礼を述べてくる。
おばちゃんは既にかなり酷い怪我をしていた。
命に別状はなさそうだけど、もう片腕が上がらなくなっているようだ。
俺が歩哨に掌底を打ち込めば、そいつは怯んだように後ずさり、そこに傭兵さんの重い1撃が入る。
「意外とやるじゃねーか、坊主!」
うまく連携が決まったことで、傭兵さんが褒めてくれる。
「足手まといにならないよう、必死なだけですよ。っと」
歩哨の反撃をステップで回避。
戦ってみて分かったのだが、机や椅子がある室内戦だと素手の身軽さは圧倒的なアドバンテージとなる。
避ける時は店内の内装が障害物として役立ち、攻撃する時は障害物の合間を縫うようにして攻めることができる。
大きな武器を振り回していては、こうはいかないだろう。
と、そこで警備員がタイマンで戦っていたホーリーネイション兵を気絶させ、同時にすみれと共闘していた一般客も気を失った。
警備員はすみれの援護に向かうようで、状況は俺と傭兵とおばちゃんの3人vs歩哨、すみれと警備員のタッグvsパラディンという形になった。
特に強いのが警備員と傭兵さんで、この2人はタイマンでもホーリーネイション兵を圧倒できそうである。
ただし警備員さんは全身にそこそこ傷を負っていて、このまま戦い続けるのは危ないかもしれない。
「坊主、危なくなったら無理せず下がれよ? 俺たちは依頼人を守るのが仕事なんだからよ」
傭兵さんの言葉でふと気づく。
腕と足を大きく怪我していた。
出血も酷い。
戦いに夢中で気がつかなかったけど、結構くらってたんだな。
殴ってもほとんどダメージが通らなくなってきたのは怪我が原因か。
「ごめん、お言葉に甘えさせてもらうよ」
これ以上ねばっても足手まといになるだけ。
そう判断して歩哨が倒れたタイミングでベッドのある2Fに待避して‥‥‥いや、その前に敵兵の装備を鹵獲しておこう。
歩哨から武器と包帯を鹵獲することができた。
ついでに棍棒で戦っていたやけに弱い兵士の持ち物も確認してみる。
やはり武器はただの棍棒だった。
包帯やバックパックも持っていないので、衛生兵でも補給班でもないようだ。
鎧もなく、着ているのは安物の服のみ。
どう考えても最前線で戦う兵士の装備じゃない。
と言うか、こいつの着てる服、よく見たらリバースで俺たち召使いが着せられていた服と同じものじゃないか。
足枷こそしていないものの、こいつも召使いなのか。
どうりで弱いわけだ。
囮役、揺動、時間稼ぎ‥‥‥そういった用途の捨て駒として使われているのだろう。
まあ、何も持っていないならこれ以上彼に用はない。
2Fに待避して、傷口に包帯を巻いていく。
傭兵さんはそのまますみれの援護に向かったから、任せておいて大丈夫だろう。
それにしても包帯巻くのって結構難しいな。
ラプターとの修行でだいぶ慣れたつもりだったけど、それでも結構時間がかかる。
戦いが終わった後に落ち着いてゆっくり治療するならそれでも問題ないが、今回のように戦いを誰かに任せたまま応急処置を施す場合、もっと早く治療できたほうがいい。
今後は医療技術の修行も視野に入れていこうか。
そうしてようやく包帯を巻き終わったところに、すみれも階段を登ってきた。
「いたたた。私もひどくやられちゃった。こっちの手当てもお願い」
ずりずりと足を引きずるようにやってきたすみれは、俺以上に酷い怪我だった。
俺は腕と足以外は軽症だが、すみれは頭から胸、腹、腕、足と全身くまなく無事なところがない。
全身ボロボロのその姿は、リバースで歩哨に虐待されていた頃の彼女を思い出す。
そしてそんな惨状でもぎこちない笑顔を見せてくれるのは、痛みに慣れているせいだろうか。
俺はすみれをベッドに寝かせると、なるべく急いで、かつ丁寧に包帯で止血していく。
消毒薬が滲みるのか、時折びくんっと体を震わせるのが痛々しい。
自分の怪我を治療する時は意識しなかったけど、人の怪我を診るのって結構緊張するんだな。
すみれの全身の治療が終わった時には、俺は全身汗だくになっていた。
「ありがと。‥‥‥ねえみこと。初めての戦い、どうだった?」
「どうって、何が? 集落ではラプターと戦ってたし、別に初めてって訳でも」
「ああ、そうね。でも‥‥‥私は、初めて人を斬った」
「あ‥‥‥」
そういえば、そうだ。
戦いに夢中で意識してなかったけれど、今回の相手は獣ではなく、人間だ。
「意外と震えないものね。腕も、足も‥‥‥心も。まったく何も感じなかった。私、自分がこんなに冷徹な人間だなんて思わなかったわ」
「それは‥‥‥」
それは、俺も同じだ。
そう言いたかったけれど、とっさに言葉が出てこなかった。
もしかしたら無意識のうちに、自分は清廉潔白な人間だと思いこみたい気持ちがあったのかもしれない。
「私ね。リバースにいた頃、なんでホーリーネイションの兵士はあんなに残虐になれるんだろうって不思議だった。同じ人間に対して、どうしてこんなことができるんだろうって。けど結局‥‥‥私だって同じなのかもね。自由を手に入れ、武器を手に入れて傭兵を雇った途端に、私もあいつらと同じことしてる。私とあいつらの違いなんて、ただ力があるかないか、それだけだったんじゃないかって」
「そ、そんなこと、ないだろ‥‥‥俺たちは酒場のおばちゃんを守るためにだな」
「そう。1人の人間を守るために、5人を斬ったわ。ホーリーネイションが皇帝フェニックスを守るためにやっている事と、何も変わらないわね」
「ち、ちが‥‥‥」
違う、と言い切ることができない。
仮に否定の言葉を口にしたとして、すみれが納得するとも思えなかった。
代わりに、別の言葉を紡ぐ。
「すみれは、後悔してるのか? その、戦ったことを」
人を殺したことを。
そんな直接的な言葉を避けて、マイルドに表現する。
俺は自分で思ってたより、けっこう卑怯なヤツらしい。
「‥‥‥ううん。後悔はしてないよ。おばちゃんを助けることができて良かったって思ってる。傭兵を雇っておいて良かったと思うし、今後も同じことがあれば、私は同じように戦うわ。私は私が守りたいと思った1人を守るためなら、5人だろうと10人だろうと殺してみせる。きっとそれが、この世界で生き抜くために必要なことなのよ」
「この世界で生き抜くために必要、か」
確かにそうなのかもしれない。
「‥‥‥軽蔑した? 私のこと、嫌いになったかしら?」
「まさか。むしろ尊敬したよ。すげー覚悟決めてるんだな」
「‥‥‥」
「すみれ?」
急に無言になったすみれを訝しく思って、その顔を覗き込む。
眠ったわけではないようだ。
「ねえみこと。手、握ってくれる?」
「あ、ああ。どうした? まだ傷が痛むとか?」
言いながらすみれの手を取る。
とても冷たい手だった。
まるで血が通ってないかのよう。
「覚悟なんて‥‥‥私は、ただ怖がりなだけよ。たった1人の大事な人さえ守ることができずに、また1人ぼっちになったら。そう考えると、怖くてたまらないだけ」
「‥‥‥そんなの。誰だってそうさ」
すみれの手をギュッと握り、彼女の髪にそっと触れる。
その頬に涙の跡が残っていることに気がついた。
涙の理由は訊かずに、彼女を強く抱きしめて言葉を続ける。
「大丈夫だよ、大丈夫」
根拠なんてない、薄っぺらい言葉。
けれどこんな言葉でも、ほんの少しでもすみれを安心させる役に立つのなら。
すみれが眠りにつくまで、俺はずっと彼女を抱きしめた。
第14話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。このゲーム、敵兵の装備を鹵獲する時もコマンドが「盗む」と表記されます。まあ元が英国のゲームなので、和訳する時に接収、鹵獲、窃盗といった日本語の細かいニュアンスの違いをうまく訳せなかったのだろうと解釈してますが、そのせいで略奪の横行する世紀末な世界観が出来上がっちゃってます。まあこれはこれで面白いんですけどね。小説にする時もゲーム表記に準ずるべきか悩みましたが、みことの性格的にこっちの表現を使うだろうなーってことで、こうなりました。