Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第16話 ストーンキャンプ

 ショーバタイの街でロングハウスと呼ばれる種類の家を買った。

 そこそこの広さはあるものの、家具はまだ何もない。

 ただ広いだけの空間だ。

 でも、それでも自分の家ってのはいいものだな。

 安心して落ち着ける場所ってのは、それだけで価値がある。

 

「おいおい、それだけで満足してもらっちゃ困るよ。君はここを鍛冶場にするつもりなんだろう?」

 

 イズミがそう言って建物の中を見回す。

 

「それで結論から言うけど、君が買ってきたこの本1冊だけじゃ、鍛冶場は作れない。この本は『上巻』だ。もう1冊『下巻』がないと意味をなさないね」

「なん‥だと‥‥‥?」

 

 衝撃の事実に驚きを隠せない。

 そんな俺に追い討ちをかけるようにイズミは続けた。

 

「上下巻の2冊で済むならまだマシな方さ。難しい研究に必要な本は、場合によっては10巻ぐらいの本が必要になってくるんだよ。だからこそ、ボクもスポンサーを探すのに苦労してたってわけ」

 

 そんなイズミに、すみれが問いかける。

 

「ねえイズミちゃん。本がなくても作れるような家具ってないの? もともと研究者を目指してたなら、新しく本を買ってこなくても知ってるような研究があったりしない?」

「あるさ。まず研究台。本を読むための机だね。後は松明と焚き火も作れる。焚き火があればドライミートくらいなら作れるよ。研究なしで作れるのはざっとこんなものかな」

 

 つまり、最低限の明かりと食事だけならすぐに作れると言うことか。

 

「と言っても研究台を作るためには資材が必要だし、資材屋が開店するのは明日の朝だ。今からできる事はレイアウトを考えておくくらいじゃないかな」

「そっか。まあ仕方ないか。それじゃ今日はその辺の床に雑魚寝って事で」

 

 そう言って俺はゴロンと床に寝転ぶ。

 その隣でイズミも同じようにゴロンと寝転ぶ。

 

「ああ。ボクも休ませてもらうよ。おやすみー」

 

 その様子を見てすみれが不思議そうに首を傾げた。

 

「あら? イズミちゃんもここで寝るの? 自分の家とか、お父さんやお母さんは?」

「おいおい、あまり気軽にそんな事聞くものじゃないよ、すみれさん。ここ都市連合じゃ、家がない奴、親がいない奴なんていくらでもいる。かくいうボクもその一人でね。昔はバストに住んでたって言えば理解してもらえるかい?」

 

 バスト、と聞いて旅の途中で見てきた景色を思い返す。痩せこけた木々と、そして瓦礫の山。かつてはそれなりの村だった面影を残す瓦礫が散らばる、淋しい場所。

 

「あ!! ご、ごめんなさい!!」

 

 聞いちゃマズかったか、とすみれは慌てて頭を下げる。

 

「すみれさんが謝る必要はないさ。悪いのはホーリーネイションさ。ところで、その『ちゃん』付けはやめて欲しいかな。子供扱いされてるみたいに感じるから、できれば呼び捨てで呼んで欲しい」

「そう? 別に私はそんなつもりじゃなかったのだけど。じゃあイズミ、私のことも呼び捨てで呼んで頂戴」

「俺も呼び捨てで構わないぜ」

「すみれと、みことだね。それじゃ明日からよろしくー」

 

 それだけ言うと、イズミはすやすやと寝息を立て始めた。

 

「すみれはまだ寝ないのか? 長旅で疲れただろ?」

「あ、うん。そうね。そうなんだけど」

 

 すみれは俺とイズミを交互に見ながら、何やら思案顔でブツブツ言っている。

 

「‥‥‥強引に間に割り込もうかしら? いえ、でもそれはさすがに‥‥‥」

 

 よく聞こえなかったので俺も先に寝てしまうことにする。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 翌朝。

 美味しそうな良い香りで目を覚ます。

 すみれが焚火でドライミートを作っているところだった。

 

「おはよう、みこと。もうすぐ朝ごはん、できるわよ」

「ああ、おはよう。ずいぶん早起きなんだな。寝るの俺より遅かったはずだろ?」

 

 俺がそう言うと、すみれはまだ眠そうにしているイズミの方を何故か気にしながら。

 

「え、ええまあ。ちょっと寝付けなかったって言うか」

「あー。おはようお2人さん。昨日はみことが寝た後、ボクとみことの間にすみれが割り込んできてね。ボクは他人の恋路を邪魔するような趣味はないって、説得するのに一晩かかっちゃって」

「わー、わー!! イズミ、それ内緒って約束したやつ! 黙っててって言った奴!」

「あー、そうだったかも。ごめんごめん」

 

 まるでどうでもいいや、とでも言いたそうな態度でテキトーな返事をするイズミ。

 俺が寝てる間に何があったのか知らないが、ずいぶんと打ち解けてるような。

 

「まあそんな事はどうでもいいとして。朝ご飯食べたら、ボクは研究台の設置に取り掛かるよ。二人は何か予定ある?」

「私としてはどうでも良くないんだけど。でもまあ、ストーンキャンプで資材の買い出しかしらね」

「俺もだな。買い出しだけなら1人で十分なのかもしれないが、年中バーゲンセールやってるような店がどんな場所なのか見ておきたい」

 

 好奇心から俺もすみれについていく事にする。

 利益を度外視したお人好しの店員さんがやってるような店なのかな。

 

「ふーん。あんな場所、見ても面白くないと思うけど。まあいいや。買い出しに行くなら鉄板は多めに買っておいて。武器の材料だけじゃなく、鍛冶場の建設自体に結構な鉄板が必要になりそうだからさ」

「分かったわ。はい、お肉焼けたわよ」

 

 すみれが焼きたての肉を俺とイズミにそれぞれ配る。

 ドライミートっていうか、焼き肉かな? 所々焦げてたりして、いかにも手作りって感じだ。

 

「し、仕方ないでしょ。焚き火で無理やり作ったんだから、お店で売ってるようなのは無理よ。これでも頑張ったのよ?」

「ああいや、悪い意味で言ったわけじゃなくてさ。お店じゃ食べられない、手作りならではの美味しさがあるって言うか。そういう事が言いたかったんだけど」

 

 イズミがやれやれと、呆れたように肩を竦める。

 

「みこと。女の子から料理を作ってもらった時に言うべき言葉はたった1つだ。『ありがとう、すごく美味しいよ』。これは都市連合だろうとホーリーネイションだろうとシェク王国だろうと変わらない、万国共通の真理だよ。以後、覚えておくように」

「お、おお。肝に銘じておくよ。サンキューな」

 

 男の俺にはよく分からないが、それが女心ってやつらしい。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 食事を終えて、町の南にあるストーンキャンプに向かう。

 本当にすぐに着いた。

 この距離なら護衛を雇う必要はなさそうだな。

 仮にスキマーに遭遇しても、走って街に駆け込めば守衛さんがどうにかしてくれるはずだ。

 

「ここがストーンキャンプなのね。‥‥‥ねえみこと。私、このお店の雰囲気とよく似た場所を知っているのだけど」

「そうだな。俺も懐かしい場所を思い出してたとこさ」

 

 そこでは監督官が怒鳴り声を上げて、ボロボロの服を着た従業員が働かされていた。

 従業員というより、奴隷かな。

 足枷までつけられてるし。

 雰囲気としてはリバース鉱山にそっくりだ。

 ただしリバース鉱山と違い、ここではつるはしではなく、巨大な採掘機を使って鉄を掘っていた。

 労働そのものが目的のリバースと、効率よく資材を得る事が目的のストーンキャンプで差がでるのだろう。

 

「そうね、懐かしいわ。ついに私たちも、働く側ではなく、働かせる側にランクアップしたってことかしら」

 

 言いながらすみれは、施設の中をぐるぐる回って見学する。

 奴隷たちはそんなすみれを気にした様子もなく、ただ黙々と採掘機の操作に専念している。

 

「それにしても、すごく大きなドリルねえ。ねえ、ここはどういう仕組みになってるの?」

「‥‥‥」

 

 すみれが機械を操作する奴隷の1人に話しかけているが、返事はない。奴隷は死んだような目で作業に没頭している。

 

「もしもーし? お兄さーん?」

「‥‥‥」

 

 相変わらず返事がない。

 

「‥‥‥もぐもぐもぐ」

「‥‥‥」

 

 おい。

 すみれのやつ、奴隷の目の前でドライミート食いやがった。

 

「ああ、美味しいわねー。手作りならではのこの味わい。んーっ、デリシャス!」

「‥‥‥さっきから何なんスかアンタは! 買い物に来たんなら、さっさと買って出ていってくださいよ! サボると怒られるんスから、邪魔しないでください!」

 

 あ、奴隷がキレた。

 さすがに無視できなかったようだ。

 元召使いだけあって、奴隷が嫌がることを熟知してるなあ。

 

「そっちが無視するからでしょー。ねえ、この機械どうなってるの? 私こんな大きな機械初めて見るから、ちょっと興味あるのよ」

「どうって聞かれても、機械の仕組みなんて知らねっス。興味があるんなら、あんたも奴隷になったらどうっスか? 毎日この機械に触り放題っスよ」

「んー。毎日ってのはさすがに。あ、でも仕組みを知らなくても動かせるってことね? だったら!」

 

 すみれは誰も操作していない近くの採掘機に飛びついて、適当にパネルを操作していく。

 

「おいすみれ! さすがに勝手に触ったらマズいって!」

「大丈夫大丈夫。あっ! ほら見て! 動いた! ドリルが動いたわ!」

「お、おお。ホントだ、すげえ」

 

 巨大なドリルが唸りを上げて回転する様は、なかなかに迫力がある。

 そしてこのドリルを指1本で自在に操っている全能感はクセになりそうだ。

 すみれと一緒になって俺もそのパネルを操作する。

 そこに、他の奴隷とはちょっと違う、身なりのいい従業員がやってきて話しかけてきた。

 

「あのー、お客さん? お客さんだよね? あっし、ここの直売店で店員やってる者なんだけど」

 

 はっ! つい夢中になってしまった!

 

「あ、はい客です。いやー、都市連合の技術力ってスゴイですねー。あ、勝手に触っちゃマズかったですか?」

「いや、全然構わないけどね。ボランティアで働いてくれるってんならむしろ助かるし」

「みこと! 今の聞いた? 勝手に触っても構わないって! 私もうちょっとコレで遊んでるから、商談は任せるわね」

 

 そして嬉々として奴隷たちと一緒に機械を操作するすみれ。

 そういえばスケルトンのイヨさんの話をしてた時も、やたらテンション高かったなあ。

 機械とか好きなのかな。

 

「えっと。まあそういうことなんで。鉄板をなるべくたくさん買いたいんだけど、あるかな」

 

 すみれの事は一旦放っておくとして、店員さんとの商談に入る。

 

「もちろんあるさ。軽く100枚は在庫として常に常備されてるけど、いくつ欲しい?」

「おお、そりゃすごい。値段も安いな! ほんとにいつでもこの値段なのか?」

 

 尋ねると、店員さんは自慢げに頷いて。

 

「そうさ。産地直売店だからこそ、魅力的な価格で資材を提供できる。こんな砂漠の中で都市連合が国としての体裁を保てているのは、俺たちのおかげなんだぜ。‥‥‥だが、世の中には現実を知ろうとしないバカどもが多くてね。特に反奴隷主義の奴らには手を焼いているんだ。こっちがいくら説得しても耳を貸さないばかりか、時として暴力さえ平気でふるってくる。ほとほと困ってるんだよ。‥‥‥おっと、こんな愚痴をお客さんの前でこぼすべきじゃなかったかな」

「いや、全然構わないさ。この国のことがちょっと分かった気がするよ。それで鉄板だけど、このバッグに入るだけ詰め込んでくれ」

 

 店員さんにバックパックを預けると、店員さんは目を輝かせた。

 

「おっと、こいつは上客だ! 結構重くなるけど、ほんとに良いのかい?」

「すみれと2人で運べば、たぶんなんとかなるさ。遠慮せず入るだけ詰め込んでくれ」

「よしきた! また来ておくれよ、たっぷり在庫用意して待ってるからな!」




第16話まで読んでくれた方、ありがとうございます。次回の17話では、時間軸を少し遡って、2人がストーンキャンプに出かけた直後からのイズミ視点で物語が進みます。お楽しみに。
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