僕の仕事は、銅鉱脈で銅を掘ることだ。
子供の僕でも頑張って一生懸命に掘れば、パンが1個買えるくらいの収入になる。
そしてお父さんの仕事は、町の近くに出没するオオカミを退治することだ。
オオカミを退治して、その毛皮と肉を持って帰ってくる。
僕が買ったパンとお父さんが持ち帰ってきたオオカミの肉。
それらを使ってミートラップという料理を作ってくれるのがお母さんだ。
肉をパンで巻いて食べる料理で、お母さんが作るミートラップはとても美味しい。
でも、お父さんも毎日オオカミを退治できる訳じゃなくて、何も取れないまま帰ってくる日もある。
群れから離れて単独行動しているオオカミが見つからなかった日などがそれだ。
そういう日は、毛皮を売って貯金していたお金を使って、野菜料理を買ってきたりする。
質素だけど素材の味が活きていて、これはこれで美味しかった。
そんな、ホーリーネイションではよく見られるごく普通の家庭で、ごく普通に生きていた。
きっと周りの家庭も同じように、ごく普通に生活しているのだと思っていた。
疑うことすらなく、そう思い込んでいたんだ。
だから、その日それを見たとき、僕は目を疑った。
信じられなかったんだ。だって。
「このクズが!! どうやったらこんなマズい飯が作れるんだ、ああん!?」
バシンッ! 男の平手打ちが、女の子を吹っ飛ばした。
見覚えのある女の子だった。
その女の子は同じ町に住む、僕と同じくらいの年頃の、黒くて長い髪の毛が魅力的で名前はシェリーと言ってそして。
そして、僕の友達で。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいパパ! もう1度、もう1度作り直すから」
「ああ!? もう一度だと? お前は俺に、もう一度オオカミと戦ってこいって言ってるのか? 肉はあれが最後なんだぞ!」
怒鳴っているのは、大人の男の人で。
パパと呼ばれているから、それは女の子のお父さんで。でも。
でもそんなはずない。
だって自分の娘を、あんなに思い切り叩けるはずがない。
体が吹っ飛ぶほどの勢いで、自分の子を叩く親なんているわけがないんだ。
だってお父さんっていうのは、優しくて、頼りになって、かっこ良くて、それでいてちょっとドジなところもあって‥‥‥とにかく、あんな大人がお父さんのはずがない。
お父さんが、そんな酷いことするはずがないんだ。
「ごめんなさいっ、お肉はわたしが取ってくるから、それでもう1度‥‥‥」
地面に倒れたまま、それでも必死に言い募るシェリー。
だがそれは、火に油を注ぐだけの結果にしかならなかった。
「できもせんことを言うなっ! 女ってのはいつもそうだ。口を開けば嘘ばかり。恥を知れ、恥を!」
倒れているシェリーに対し、そいつは足を振り上げる。
蹴り飛ばすつもりなのだろう。
黙って見ているなんて、できなかった。
「やめろ!!」
「‥‥‥え、みことくん?」
僕はその大人に、思いっきりタックルした。
驚いた表情の彼女と目があって、そして。僕はその男の人と一緒に、地面に転がった。
シェリーを蹴ろうとしていた為に片足立ちだったせいで踏ん張りが効かなかったのか。
それとも火事場の馬鹿力というやつなのか。
あるいは、両方か。
とにかくその男は、僕のタックルを受けて無様に転がった。
実にいい気味だった。
子供だって、やればできるんだ。
だって正義は勝つんだから。
「へっへーん。ざまみろオッサン! 今すぐこの子に謝れよ! 叩いてしまってゴメンナサイってな!」
オッサンより先に立ち上がった僕は、つま先でオッサンの脇腹をコツコツと蹴りながら言い放つ。
気分は正義のヒーローだ。でも。
「だっ、ダメだよみことくん! その人にそんなこと言っちゃ!」
「え、なんでだよ。だって横で見てたら、こいつ勝手なことばかり言って」
「とにかくダメなんだよ! もうやめて!」
シェリーは縋り付くようにして、僕をそのオッサンから引き離そうとする。
その間も僕はと言えば、オッサンの脇腹をコツコツと蹴り続けていた。
謝れって言ってるのに全然謝ろうとしないんだもん。
それどころか、僕のことを睨み付けていた。
でもビビる必要なんてないんだ。
だって、正義は勝つんだから。
「おいおい、ヤベーよあのガキ‥‥‥よりによって、あの方に」
遠巻きに様子を見ていた別の大人たちが、何か言っていた。
大人のくせに殴られてる女の子を助けようともしないなんて、酷い大人たちだ。
情けない大人たちだ。
「よりによってあの方に、上級審問官、セタ様に!!」
「‥‥‥え?」
起き上がったオッサンが、わずかに僕の方へと近づいた‥‥‥そう思った次の瞬間、凄まじい鈍痛が走った。
何をされたのかも分からない。
ただ痛かった。
その痛みで僕は気を失って。
そして目が覚めると、そこはリバースの檻の中だった。
「と、まあそんな訳さ」
このリバースに送り込まれた経緯を全て話し終えた俺は、隣の檻で話を聞いていた女の様子を見る。
つまらない自分語りになってなかっただろうか、と心配したが、それは喜憂だったようだ。
「ぷっ、あっははは! 上級審問官セタにタックルかまして、挙句に足蹴にしただって? 5歳のガキが? あっははは、そりゃ大した極悪人だ全く! リバース送りで済んだのが奇跡じゃない」
ちなみに上級審問官セタというのは、俺の住んでいた町、スタックの統治者である。
町だけでなく、ホーリーネイションという国全体の最高幹部の1人でもある。
火刑に処されなかったのは、きっとシェリーが庇ってくれたからだろう。
「う、うるさいうるさい! 笑うなって言っただろう!? だいたい、俺は知らなかったんだ。仕方ないだろう!」
「いやー、それはどうかな。君なら知ってても同じことしてそうだけど。だって、正義は勝つんだもんねー?」
「だから5歳の頃の話だって言ってるじゃねーか! あー畜生、やっぱ話すんじゃなかった」
ぷい、と顔を背けて頬を膨らませる。
「あはは、ごめんごめん。でさ、話したついでに、その頃の勇気を思い出して脱走に協力してー」
「またそれか。大体、なんでそんなに俺に拘るんだよ?その辺のシェクの方が、きっと俺より頼りになるぜ?」
「えー、シェクはダメだよ。脳筋と一緒に脱走なんて、成功するはずないじゃない」
さらりと酷いことを言っている気がする。脳筋とは脳ミソまで筋肉でできているの略で、シェクという亜人種を示すのにぴったりだとされる言葉でもある。
「というかね、シェクに限らず、みことじゃないとダメなんだよ。一緒に脱走するなら」
「だから、なんで俺?」
脱走したがってる女ならいっぱいいるんだから、そちらを当たればいいのにと、以前から感じていた疑問を口にする。
「だって、だってさ。もし脱走に失敗したら、その子はどうなると思うの?」
「どうって、そりゃあその、酷い目に‥‥‥て、あれ? もしかして、俺なら失敗して酷い目に遭っても構わないって意味で言ってる?」
「みことなら大丈夫だよ。歩哨と仲いいし、女に誘惑されたってことにすればいい。ううん、みことが何も言わなくても、きっとそういうことになる」
俺は昼間の一件を思い出した。
なるほど、確かにそうかも知れない。
「でも、それじゃあお前は?」
「私は覚悟ができてる。私が言い出したことなんだから、どんな結果になっても受け入れるわ。でも私の覚悟に、他の子たちを巻き込むわけには行かないのよ」
だからお願い、協力してと、再度頼み込まれた。
俺はひとつ、ため息をつく。
「そういや聞いてなかったが、あんた名前は?」
「私? 私は名前なんてないわ。ここで生まれて育ったから、名前なんて与えられてない。ただの召使いよ」
「そうか。‥‥‥なあ。もしここから脱走できたら、俺があんたの名前、考えてやるよ」
「え?‥‥‥え、それって」
俺は彼女の目を正面から見据えて、はっきりと頷いた。
「ああ。一緒にここを出よう。必ず成功させるぞ。必ずだ」
第1話に引き続き、第2話まで読んでくださった方、ありがとうございます。
さて次回の第3話は、これまでと違って女召使い視点で話が進みます。どうぞ2人の今後の活躍をお楽しみください。