「ラム泥棒エリス、観念してお縄につきなさい!」
「え、エリスは泥棒じゃないやいっ!隠れてラムを飲んでただけじゃないか!」
陽が登ったらすぐにバークに向かう予定だったけれど、その前に手配書で見た賞金首が町中をうろついていたので喧嘩を売ってみた。
ちなみにみこととイズミには手を出すなと言ってある。
やっぱこういうのって、タイマンでやる方がかっこいいじゃない?
「そういう言い訳は、檻の中で憲兵相手にすることね。私は言い訳が聞きたいんじゃないの、あなたの首にかかった賞金が欲しいのよ。バウンティハンターすみれ、いざ参る!」
「くっそお、やってやる!」
武器も持たずに素手で殴りかかってくるラム泥棒エリス。
その拳を刀で払い除けるようにしていなす。
ふっ、ザコめ!
「そんな拳で私が倒せるものですか。覚悟!」
私の大苦無による連撃が面白いようにヒットする。
防戦一方となったラム泥棒エリスはそのまま膝をついて、地面に伏した。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった。ねえみこと、今の見てた!? 私も結構強くなったと思わない!?」
「おー。おめでとさん。と言ってもそいつ、賞金首の中じゃ最も安い賞金しかかけられてないみたいだけどな?」
せっかくの勝利に水をさすみこと。
確かに、ラム泥棒エリスに掛けられた賞金はたったの1000catだ。
高額賞金首になると1万cat超えが当たり前になるような中で、エリスの賞金はまあ、安い。
「いいのよ。バウンティハンターとしての初仕事なんだから、これくらいで丁度いいわ。それにほら、私、無傷で完全勝利よ!」
私がそう言うと、みことはまあ確かに、と頷いて包帯を取り出し、ラム泥棒エリスの治療をはじめた。
「何してるのよ、みこと? 傷の手当てなんて、憲兵さんに任せておけば良いんじゃない? すぐ近くなんだから、死なせる心配なんてないわよ?」
みことの行動を疑問に思い尋ねてみる。
賞金首は死なせてしまうと報奨金が半額にされるので、警察署まで遠い場合は治療してから連行するのが常道なんだけど、今の状況においてはわざわざ治療する必要を感じない。
それを指摘すると。
「いや、練習だよ。傷の手当ての練習。何度も練習してれば、今よりもっとスムーズに傷の手当てもできるようになるかなーって思ってさ」
「な、なるほど。理由は分かったけど、自分から喧嘩売った相手を自分で治療するって、なんだか絵面としてマヌケね‥‥‥私としてはもっと、クールにカッコよく締めたかったのだけど」
言いながら、私も治療を手伝う。
絵面がマヌケなのはともかくとして、治療技術の向上が有用であるのは確かにその通りだ。
そこにイズミもやってくる。
「あーダメダメ。まず順番からしてダメだね。包帯は心臓から遠い方から巻くんだ。それくらい常識だろう?」
え、順番なんてあったの。とりあえずイズミに言われた通りにやってみる。
「そして巻き方もそれじゃダメ。まず巻き始めは斜めに一回巻いて、その後に同じ場所を何度かぐるぐるって巻くんだ。こうすることで解けにくくなる」
言いながらイズミは手本を見せてくれる。
私もそれにならった。
「お、おおー‥‥‥」
確かに、巻きやすい。
イズミって本当に賢かったのね。
口だけじゃなかったんだ。
「後は、そうだね。包帯を引っ張るんじゃなくて、ロールを転がすように巻いてご覧。キツくなりすぎず、ちょうどいい感じに巻けるからさ」
「こ、こう?」
ころころ。
「少し弱すぎる。強すぎると血流を阻害して良くないんだけど、弱すぎてもダメだ。ちゃんとボクの手本を見て、その通りにやってくれるかな」
「こ、こうね。イズミってこんなことにも詳しいのね。すごいじゃない」
「むしろこんなことすら知らずに、今までよく生きてこれたね。この国じゃ傷の手当てなんて、必須技能の1つだよ?」
「う。そこはまあ、なんとなく自己流で手当てしてたから」
その後もイズミの指導のもと、ラム泥棒エリスの治療を続けていく。
怪我した場所をぐるぐる巻きにするだけだった今までの治療と違い、とても綺麗に巻くことができ、使用する包帯もだいぶ少量で済んだ。
正しい巻き方を知っているだけで、ここまで変わってくるものなのね。
「ところですみれ、なんかいろいろ喋りながら戦ってたよな。あれがクールにカッコいいってやつなのか?」
包帯を巻き終わった後で、みことが聞いてくる。
「やつなのかって、なんで疑問形なのよ? まず名乗りをあげて正面から挑み、勝負がつけば刀を納めて余裕のある態度を示す。これがバウンティハンターの浪漫でしょう。なんで分からないかなー?」
「いや、丸腰のコソ泥を一方的に滅多刺しにする姿は、どう見てもクールでもカッコよくもなかったが‥‥‥」
痛いところをついてくる。
「それはエリスが弱すぎたせいだもん! 私だってエリスがこんなに弱いと思ってなかったから、ちょっと困っちゃったし‥‥‥こんなハズじゃなかったの! 本当はもっと、こう、拮抗した戦いをギリギリで制するような、そんな展開が理想であって」
私が浪漫について語っていると、目を覚ましたエリスが言った。
「弱すぎて悪かったな。一方的にボコられてさらに文句まで言われるとは思わなかった」
「あ、起きちゃった。それじゃ憲兵まで連行するわね。もし抵抗するなら‥‥‥」
私が大苦無の刃を見せながら脅しをかけると、エリスはお手上げのポーズをしてみせた。
「はいはい、抵抗なんてしないよ。というか、憲兵に突き出したところですぐに釈放されるからね。大した罪状なんてついてないんだし」
「あら、それは良かったわね。私は報奨金さえ受け取れればその後は興味ないのだけど、釈放されたらもう手配されるようなマネはしないことね」
「‥‥‥ああ。そうするよ」
素直に連行されるエリスを憲兵に突き出すと、賞金1000catを手渡された。
バウンティハンターとしての初仕事、見事成功だ。
「さて、一仕事終わったことだし、当初の予定通りバークに向かうとしましょうか。海辺ならではの特産品とかあれば交易に使えそうだけど、どうかしらねー」
「気をつけて行ってくるんだぞ。危ないと思ったらすぐに引き返して、傭兵が必要だったら金に糸目はつけずに雇って」
「はいはい。みことは心配性ねえ。ちゃんと戻ってくるから、安心して鍛冶の修行に励んでて頂戴」
手をひらひらと振って答える。
そうは言いつつ、心配してもらえるのってちょっと嬉しいかも。
「それじゃボクは研究台の大型化に取り組むとしよう。すみれが戻ってくるまでには完成させるから、楽しみにしておいて」
「うん。そっちも頑張ってね。それじゃ、行ってきます」
そうして2人と別れて、地図を見ながら北東へと進む。
道中、スキマーや反乱農民がうろついていた。
もし警戒を怠っていたら襲われていたかもしれないけれど、砂漠の砂塵は身を隠すのに役に立ってくれる。
こちらが相手に気づきにくい反面、相手からも気づかれにくいのだ。
ある程度旅に慣れていれば問題ない。
半日も歩くと、特に問題なくバークに到着した。
移動だけで約半日か。
今から町を見て回ってすぐに帰ったとしても、ショーバタイに戻れるのは真夜中になるわね。
ならいっそ、この町で1泊して明日、夜が明けてから帰路につく方が安全かも。
みことも安全第一って念を押してたし、うん。そうしよう。
私はまずぐるっと街の中を一通り回ってみる。
酒場に鎧店、衣料品店と、様々な店舗が充実しているが、何よりも私の興味を引いたのは。
「海、よね。これが‥‥‥」
町の北側に広がる、一面の水。水。水。
私が幼い頃、『海って何?』と尋ねたら、『大きな池さ』と教えてもらったことがある。
きっとあの人も、実物の海を見たことがなかったのだろう。
今私の目の前に広がる海は、大きな池なんてものじゃなかった。
果てすら見えない、途方もない量の水。
水平線という言葉の意味を、初めて知った。
「泳げるかしら、これ」
広さという意味では、全く問題ない。
けど広すぎて、無闇に遠くまでいくと戻って来れないかもしれない。
それはちょっと困る。
「まあ、お楽しみは最後にとっておきましょう。まずはお店巡りっと」
結論から言うなら、交易に使えそうな品は見つからなかった。
強いて言うなら水が安かったが、かさばる上に重い。
荷馬車でもない限り、これで交易は無理だ。
一通りの店を回り終えて、さていよいよ海に、と思ったところで。
とんっ、と誰かがぶつかってきた。
「おっと、ごめんよ」
ぶつかってきた赤髪の女は目も合わせずにテキトーに謝って、そのまま去っていく。
ぶつかるほど狭い路地でもないし、絶対わざとでしょう今の。
「ちょっと! なんのつもり!?」
私は赤髪の女を追いかけて、その肩に手をかけた。
「んんー? なんのつもりって、何が? オレがスッたって証拠でもあるのかよ?」
赤髪の女がおかしなことを言い出した。
スッたって?
「え、スリ? 私はただ、ワザとぶつかってきたでしょうって言いたかったのだけど」
ポケットに手を入れて確認してみる。
あ、ポケットに入れておいた小銭がない。
赤髪の女は困ったように視線を泳がせた。
「‥‥‥え。あ、あれれー、もしかしてオレ墓穴掘った?」
「‥‥‥ずいぶんマヌケなスリがいたものね。盗ったお金、返して頂戴」
「ふ、ふんっ! いいじゃねえかちょっとぐらい! オレはもうここ数日何も食べてないんだ! 腹が減って死にそうなんだよお!」
いきなり逆切れされても困る。
それに数日何も食べてないなんて、おかしなことを。
「何、変なこと言ってるのよ? 食べるものなら、わざわざ盗らなくてもそこにいくらでもあるじゃない」
ほらそこに、と言って門の近くに倒れてるスキマーを指差す。
まだ解体できる肉が残ってるはずだ。
なのに赤髪の女は表情を引きつらせて、プルプルと首を振って拒絶する。
「ひっ、あ、あんなのムシじゃねーか、巨大なムシ! 食える訳ねーだろ! わた‥‥‥じゃなくてオレ、苦手なんだよ‥‥‥! 特にスキマーはぜってームリ!」
「ええ? ムシが苦手とか、何をそんなお嬢様みたいな事を」
私が呆れてそう言うと、赤髪は慌てたように否定した。
「お、お嬢様じゃねーし! どこからどう見てもお嬢様なんかじゃねーだろ、なあ!?」
「え、うん。そうだね‥‥‥」
確かにボロボロの服や乱暴な口調はお嬢様から程遠いのだが、こいつは何を慌ててるんだろう。そこまで強く否定するような事だろうか。
「‥‥‥ヘンなやつ」
つい、思った事をそのまま言ってしまった。
「へ、ヘン? そんなにヘンなのか‥‥‥自分じゃ割とうまく演じてるつもりなんだが‥‥‥」
赤髪が小声でボソボソ言ってるが、声が小さすぎてうまく聞き取れない。
と言うか、こいつと喋ってるとなんだか怒る気も失せてくる。
盗られた小銭もそれほど大した額でもないし。
「はあ、全く。そんなにムシが苦手なら、私が代わりに解体してあげるわ。その肉を焼いて食べれば、お腹も膨れるでしょ」
「え、いいのか? そ、それなら何とかイケるかも。うん、頑張る‥‥‥!」
別に頑張るようなことでもないんだけどなあー。
私はスキマーのお腹の柔らかい部分をナイフでザクザクと切り裂いて、一口サイズに切り分ける。
自分の分と赤髪の分、合わせて2切れ。
「はい、こっちが君の分ね。どうぞ」
赤髪はその手で一切れの肉を受け取って。
困ったような、照れたような表情で一瞬の逡巡の後。
「えっと、その。ありがと」
そう、言った。
素直にしてれば、けっこう可愛いのに。
第18話まで読んでくれた方、ありがとうござます。前回の感想をちょっぴり取り入れつつ、レッド合流回となります。次回も引き続きすみれ視点でお送りします。