「へえ。それじゃレッドは、もうずっとこの町で暮らしているの?」
もぐもぐ。
焚き火で焼いたスキマーの肉を頬張りながら尋ねる。
「ああ、もう10年くらいになるかな。我ながら、よく生き延びたもんだと思うぜ」
レッドも焼けた肉を頬張りながら答える。
見た目がムシの原型を残してないなら平気なようだ。
「ふうん。ずっと一人で? お父さんやお母さんのことは‥‥‥聞かない方がいいのかしらね?」
以前イズミに注意された事を思い出しながら、慎重に尋ねてみた。
「いや、そんな事ねーよ。2人ともピンピンしてらあ。特にオヤジの方は、殺したって死にはしねーよ。オレの方が勝手に、あのクソオヤジに愛想尽かして家を出てきただけだ。そっちこそどうなんだよ。ずっと1人で旅してんのか?」
「ううん、今は1人じゃないわよ。みことがショーバタイで帰りを待っててくれてる。あと、イズミも」
私がそう言うと、レッドは少し驚いたような顔をした。
旅の連れがいるのって、そんなに驚くほど珍しい事かしら。
「あ、いや。この辺じゃ珍しい名前だなと思ってな。すみれの故郷には、そういう名前も多いのか?」
「うーん。どうなのかしら。私の故郷ってリバース鉱山だし。ちゃんと名前で呼ばれる方が珍しいって言うか」
私がそう言うと、レッドは大袈裟にゲホゲホとむせていた。
あー、さらっと言う事じゃなかったか。
いきなり聞かされたら、そりゃびっくりするよね。
「そ、それじゃあんたら、リバースからここまで3人で旅してきたのか!?」
「ええ、そうね。正確には3人じゃなくて2人で、イズミとはショーバタイに着いてから知り合ったのだけど」
「そっか。なあすみれ。すみれは明日になったらもうショーバタイに戻っちまうのか?」
「うん、そのつもりよ。あまりみことを心配させたくないもの。みことってば本当に心配性で、バークに向かう時だって‥‥‥」
くすくすと笑いをこぼしながら、ショーバタイを出発するときの彼の様子を伝える。
「だったら、なあ。オレも一緒に連れてってくれねえか!?」
「え? ええまあ。それは構わないけど」
「よっしゃ! 約束だぜ! 1人で先に帰ったりすんじゃねーぞ!」
何だか彼女はもう一緒に来る気満々のようだけど、何がそこまでレッドの興味を引いたのだろう。
まあ帰り道も安全とは限らないのだし、1人よりは2人の方が安心なので断る理由もないのだけど。
食事のあとは食後の運動として、2人で海を泳いでみた。
レッドはすぐに飽きたらしく、先に1人で宿に戻ってしまったので、そのあとは私だけで夜の海をたゆたう。
仰向けになってぷかぷか浮かびながら夜空を眺めていると、まるで夜空に吸い込まれそうな錯覚が楽しい。
ひとしきり海を満喫して宿に戻ると、レッドはもうすうすうと寝息を立てていた。
「‥‥‥寝相いいなあ」
眠っているレッドを見て、そんな感想を抱く。
私やみことはよくベッドから転がり落ちそうになっているのだけど、レッドはそんな様子もなく気持ちよさげに眠っている。
これで服装さえ整えれば、本当に育ちの良いお嬢様で通用するんじゃないだろか。
「まさかね」
そんなわけないか、と考え直して私もベッドに横になる。
翌朝。
陽が昇ってすぐに町を出発した私たちは、特に何事もなく昼前にショーバタイに到着した。
明るい時間にしっかり警戒しながら進めば、砂漠の都市間も割と自由に行き来できそうだ。
「丸1日ぶりかしらね。みこと、イズミ。ただいま」
自宅のドアを開けると、なんだろう。
変な匂いがする。
パンと肉が焼けるような、いや、焦げるような匂い?
「お、おかしーじゃねえかイズミ。俺はレシピ通りに作ったはずだぞ!?」
「なんだよ、ボクのせいだって言うのかい!? 焦げないようにちゃんとみてなかったのはキミじゃないか。‥‥‥て、ああすみれか。おかえりー」
家の中には、昨日まであった小さな研究台が撤去され、代わりに新たな設備が増えていた。
コンロだろうか。
あれで料理をしていたらしい。
それで、失敗の原因をみこととイズミの2人で押し付け合っていたと。
うん、理解した。
「‥‥‥ずいぶん楽しそうな事になってるわね。何を作ろうとしてたの?」
「ミートラップだよ。資材屋に料理本が入荷したからレシピを調べてみたんだけど、そしたらみことが張り切っちゃってね。俺が作るんだーって」
「‥‥‥っふふ、まさかリバースを出るときの約束、気にしてたの?」
確かリバースを出るときにみことはそんな事を言っていた。
私の気分を軽くするためについた嘘なんだって、さすがにもう気づいていたけど。
そっか、守ろうとしてくれてたんだ。あの約束。
「まあ、な。結局うまく作れなかったけど。ところで、後ろにいる赤髪の人は誰?」
みことが私の後ろにいたレッドを指して聞いてくる。
「ああ、紹介するわね。この人はレッド。バークで会った、ええと。ええと‥‥‥ドロボウさん」
「はあ!? ちょ、おま‥‥‥もうちょっとマシな紹介の仕方ねえのかよ!!」
声を荒げるレッド。
そう言われても、他にどう言えばいいのやら。
「もうちょっとマシな、ねえ。そうねえ‥‥‥家出娘?」
「ああ、まあその通りなんだが‥‥‥もういいよ。自分で自己紹介するから。オレはレッド。特技は盗みを少々。あと料理もできるぜ。小さい頃に親父から厳しく教えられたからな。あ、誤解すんなよ! 盗みって言っても、生きるために必要な分をほんのチョロっとだからな!」
言い訳するようにそう付け足すレッド。
うんうん、生きるために必要なら、盗みだって仕方ないわね。
私が民家から服や食料を盗もうとしたのだって生きるためだし、仕方ないわね!
結局あれは民家じゃなくて避難小屋だった訳だし、どう考えてもセーフよね!
「‥‥‥うん、すみれと気が合う理由が分かった気がする。初めまして、レッドさん。‥‥‥ええと、初めましてだよな? いや、なーんかレッドさんの声に聞き覚えがあるような、無いような‥‥‥気のせいかな?」
え、知り合いなの? 確か私もみことも、先日初めて都市連合に来たばかりのハズなんだけど。
「‥‥‥知り合い?」
レッドに聞いてみてるが、彼女は軽く首を横に振り。
「‥‥‥気のせいさ、多分ね。はじめまして、みこと」
「うん、まあ気のせいだよな。‥‥‥そうだ、料理できるってんだったら、ミートラップとかも作れるかな? さっき自分で作ろうと思ったんだけど、なかなか上手くいかなくてな」
「ああ、それなら得意料理だよ。コンロ借りていいかい? ちゃちゃっと作ってやるさ」
そう言って手慣れた様子で肉を焼いていくレッド。
ホームレスだったくせに電気式のコンロを易々と使いこなせてたり、この都市連合では高価なパンを使った料理を『得意料理』と言ってたり‥‥‥ひょっとして家出前は本当にお嬢様だったりするのだろうか。
そんな事を考えている間にも、美味しそうな香りがどんどん広がってくる。
肉はしっかり火を通して、パンは肉汁をこぼさないよう外側だけパリっと火を通して。
けれど中はふわふわになるよう火加減を調節して。
素人の私が見ててもわかる。
レッド、料理上手だ。
「はい、お待ちどうさん。冷めないうちに食っちまいなよ」
「うん!」「おう!」「もらった!」
私、みこと、イズミがそれぞれ出来立てのミートラップに手を伸ばす。
真っ先にミートラップを勝ち取ったのは小柄なイズミだった。
イズミは遠慮なくミートラップに齧り付く。
「熱っ、あ、でも美味しい! 出来立てだからかな、お店で売ってるヤツより美味しいよ!」
ミートラップを頬張りながら、本当に美味しそうにそう言うイズミ。
お世辞を言うような性格の子でも無いから、心からの言葉だろう。
ますますミートラップに対する期待が高まる。
「そんな奪い合わなくたって、すぐに2つ目ができるよ。ほらすみれ、これで昨日のドライミートと宿代の礼って事で」
もう一度取り合いになる事を危惧してか、名指しでミートラップを渡される。
乱暴に振る舞ってるくせに妙に気配りができるところに感心しつつ、ミートラップにかじりつく。
「‥‥‥美味しい! それにこのお肉の柔らかさは何! 私が焚火で焼いた肉と全然違うじゃないっ!」
素材は同じはずなのに、理不尽に感じるほどの出来栄え。
「ああ、隠し味にラム酒を少々な。さっき警察署に寄ったら、押収品のラム酒が捨値で売ってたのさ。きっとマヌケな酒泥棒が捕まったんだろうが、そのラム酒をちょっとだけ混ぜて肉を柔らかくして‥‥‥と、言ってる間にできたぜ、みこと」
「サンキュー! うん、ありがとう! すごく美味しいよ!」
受け取ったミートラップにかぶりつきながら、素直に称賛の声をあげるみこと。
ああ、それは私が言って欲しかった言葉なのに‥‥‥
「ばっ、バカなのかいキミは!? ああバカだったね畜生!」
イズミがみことに詰め寄って罵倒している。
「な、なんだよ。イズミが教えてくれたんじゃないか。何も間違えてないだろう?」
‥‥‥まあ、確かに。
イズミは私に気を使ってくれているんだろうけど、レッドの料理は確かに美味しい。
私なんかの作る焦げた焼き肉もどきと比べたら、反応も違って当然だ。
そう、どうせ私なんか、私の作る料理なんか‥‥‥
「ほ、ほらあ! すみれが落ち込んじゃったじゃないか、この唐変木!」
「え、なんでだよ。俺は料理を褒めただけで、すみれが落ち込むような事なんて一言も」
「なんで分からないかなあ!? これだから女心を解さない男は!」
イズミとみことが言い争いを続ける隣で、レッドは自分の分を焼き上げて食べていた。
「ああ、うめえ。コソコソ隠れずに堂々と食える飯ってのは、いいもんだな‥‥‥」
第19話まで読んでいただき、ありがとうございます。次回はまた幕間の物語となる予定です。主役を務めることになるのが誰になるのか、予想しながらお待ちくださいませ。