「チョコレート? なにそれ美味しいの?」
聴き慣れない単語に、私は首をかしげる。
「ああ、美味しいとも。カカオ豆から作られるお菓子の一種さ」
そう説明しながら、イズミは鍋をかき混ぜる。
あ、なんか良い香り‥‥‥。
「もうすぐバレンタインデーだろう? せっかくだから手作りのチョコに挑戦してみようと思ってね」
バレンタインデー?
また知らない単語が出てきた。
イズミと話していると知らない言葉がよく出てくるのでちょっと大変だ。
まあ聞けば丁寧に教えてくれるし、説明もわかりやすいんだけどね。
「そうか、すみれは知らなかったかな。元々は、大切な人に日頃の感謝を伝える日だったそうだよ。家族や親友に贈り物をして、感謝を伝えるんだ。それが長い歴史の中でだんだんと文化が変化していって、女性から男性に想いを伝える日になったり、贈り物はチョコが主流になったり、その十数年後にはまた感謝を伝える日に戻ったりと、様々な変遷を重ねてる。最近では治安の悪化と食糧難から、その文化そのものが忘れられて久しいね」
「ふうん。そんな忘れられて久しい文化を、どうしてまたイズミはやってみる気になったのよ? 感謝を伝えるくらい、別に特別な日じゃなくてもできそうなものだけど。いつもありがとうイズミ! ‥‥‥ほらできた」
私がそう言うと、イズミは苦笑しながら少し困った顔をして。
「それはまあ、そうなんだけどね。こういうのはイベント性というか、イベントそのものを楽しむというか‥‥‥うーん。どう言えば分かりやすいかな。‥‥‥いや、言葉で説明するより、体験してみるのが手っ取り早いかな。すみれはみことに、今まで何かプレゼントした事はあるかい?」
そう言われて、思い返してみる。
防具を作ったりはしたけど、あれはプレゼントとはちょっと違う気がするし。
「‥‥‥ないわね」
「そう。だったら丁度いいね。このチョコはすみれが作ってみてよ。作り方はボクが教えるからさ」
「え、ええっ! 私が作るの!? そう言われてもお菓子なんて作った事ないしっ」
「大丈夫大丈夫、カンタンだって」
そう言ってイズミは鍋と木ベラを半ば無理やりに押し付けてくる。
チョコを鍋で溶かして、長方形の型に流し込み、冷やして固める。
字面にするとそれだけなのに、やってみると大変だ。
鍋は結構重たいし、型に流し込んだチョコは溢れそうになるし、ちゃんと固まったか指で触って確かめようとしたらイズミに全力で止められるし。
そうしてようやく完成したそれは。
「‥‥‥地味?」
めちゃくちゃ地味だった。
なんの変哲もない、縦10cm、横20cmくらいの板チョコ。
見た目だけで言えば、ただの茶色い板。
なんだこれは。
もらって嬉しいものなのか。
「おっと、まだ完成じゃないよ。むしろ本番はここからさ」
そう言ってイズミはある物を取り出し、私に渡してくる。それは‥‥‥
夕刻。
完成した自作の武器を売った俺は、そのお金で鉄板を買い足して家に戻る。
出発したのは昼前なのに、やたら時間がかかってしまった。
奴隷商の店員さんと世間話が弾んだり、帰りに筋トレしてたせいだ。
「ただいまー。やっぱ、鉄板はトレーニング器具としても優秀だな。いい汗かいたぜ」
「おかえりなさいっ、みこと!」
ドアをくぐると、すみれが出迎えてくれてちょっと驚く。
普段はわざわざそんな事しないのに、今日はどうしたんだろう。
なんだかすみれの様子がいつもと違うというか、浮き足立ってるというか。
「お、おう。ただいま」
何か話したいことでもあるのかと思ってそのまましばらく待っていると、やがてすみれは何か箱のような物を取り出し。
「えっと、その。ハッピーバレンタインっ!」
え、バレンタイン?
なにそれ美味しいの?
そう言うとすみれの後ろからイズミもやってきて補足するように説明してくれる。
「ああ、美味しいとも。すみれと、そしてボクからさ。日頃の感謝の印だと思ってくれればいいよ」
どうやら美味しいらしい。
とりあえず箱を開けてみると、そこには。
「わっ、なにこれ可愛いっ!」
思わずこちらを笑顔にしてくれる物が、そこにあった。
縦10cm、横20cmほどの板チョコ。
そこに、ホワイトチョコでちょっとした絵が描かれていた。
俺とすみれと、イズミとレッド。
SDキャラにデフォルメした俺たち4人の似顔絵だ。
ちゃんと特徴を捉えていて、どれが誰だか一目で分かる。
「ど、どう? 頑張って描いたつもりなんだけど」
すみれがそんな風に聞いてくる。
どうもこうも、最高じゃないか。
食べるのが勿体無いな。
思わずじっくりとそのチョコに見入っていると、レッドがそれを覗き込むように見ながら。
「へえ。2人で長い間コンロを使ってたと思ったら、こんなの作ってたのか。なあ、オレの分は? オレの分もあるんだろ?」
「ああ、もちろんだとも。はいレッド。こっちはボクがかいたんだ」
そう言ってイズミは、すみれが俺に渡した物と同じような箱をレッドに渡す。
形状は全く同じだ。縦10cm、横20cmほどの板チョコ。
そしてそこにかかれていたのは。
「‥‥‥なんて書いてあるんだ?」
文字だった。読めない。
「え? えーっと‥‥‥ははっ、な、内緒だ内緒!」
えー、教えてくれてもいいじゃないの、というすみれの文句を無視して、レッドはイズミに詰め寄る。
「ちょっとイズミ。冗談にしたってこれは‥‥‥!」
「あれ、迷惑だった? いらないなら突き返してくれてもいいんだけど」
「‥‥‥」
しばらく無言で睨み合う2人。
ほんとに何が書いてあったんだ。気になる。
「‥‥‥い、一応貰っとくけどよ。一応だぞ、一応な!」
「‥‥‥そっか。へへっ、良かった」
そう言って嬉しそうに柔和な微笑みを浮かべるイズミ。
そのチョコにはホワイトチョコでこう書かれていた。
『好きです』
第22話読んで頂き、ありがとうございます。2月という事でバレンタインにちなんだ物語を書きたくなりました。ちょっとした番外編のつもりが、結構長くなりそうなので前後編に。後編の主役はイズミです。