いつから好きだったのか。
そう尋ねられても、はっきりとした答えは返せない。
きっかけは何だろう。
美味しいご飯を作ってもらった時だろうか。
あるいは研究に集中している時に、温かい飲み物を差し入れてくれた時だろうか。
凛々しい顔立ち。
いつも悪ぶっているクセに、おそらくボク達の中で1番周囲に気を配ることのできる優しい人。
気がつけば、いつもレッドを目で追っていた。
彼女の事を目で追っていると、それまで気づかなかった事も見えてくる。
例えばレッドの髪型。
やや無造作に見えるワイルドなその髪型は、実は毎朝、あえて無造作に見えるように丁寧にセットしているのだと気づく。
例えば毎日の料理。
みことやすみれの分は肉類を多めに、ボクの分は糖分を多めに作ってくれている。
頭脳労働していると糖分が欲しくなる事をよく分かっている。
そして何より、恩着せがましい言動を一切しない。
すみれが防具を作ってみたいと言い出せば革をなめし、ボクがクロスボウを使いたいと言えば矢を作り、そしてお腹が減ればみんなのご飯を作ってくれる。
そんなレッドは、決して見返りを要求したりしない。
純粋に、人の役に立てるのが嬉しいタイプなのだろう。
嫌味なく、ごく自然にそういった行動がとれる人はそんなに多くない。
特にこの都市連合ではまず見かけないと言っていい。
ボクがレッドに惹かれるのに、それほど時間はかからなかった。
これが恋心という物なのか。
あるいは別の何かなのか。
自問するも答えは出ない。
そもそも恋という感情をよく知らない。
すみれがみことに対して抱いてる想いは恋なんだろうなーと想像できるけど、自分の事となると急に自信が持てなくなる。
客観性が保てなくなる。
ただ、それでもはっきりと言えるのは。
ボクがレッドに好感を持っているということ。
レッドの事を、好きだという事。
最初は、この気持ちをレッドに伝える気なんてなかった。
伝えられても困るだろう。
だって女同士だ。
どう考えてもおかしい。
だから最初は単純に、感謝を伝えるつもりだった。
いつもありがとう、その言葉をチョコと一緒に添えるつもりだった。
気が変わったのは多分、すみれのせいだろう。
『いつもありがとうイズミ!』
すみれから言われた言葉は確かに嬉しかったけど、これじゃない。
ボクがレッドに伝えたい気持ちはそうじゃない。
だからボクはホワイトチョコでこう書いた。『好きです』と。
偽りのないボクの本音だ。
それで受け取ってもらえなくても、それはそれで構わない。
はっきり断られる事で、整理できる気持ちもあるだろう。
そういう思いで渡したチョコは。
「‥‥‥受け取ってもらえた」
意外なことに受け取ってもらえた。
呟く自分の頬が思わず緩んでしまうのが分かる。
思えば父と母を喪って以来、こんな風に自然に笑える日なんてなかった。
どれだけ研究に没頭しても、どれだけ美味しい料理を食べても。
いつも心のどこかに、埋められない寂しさと虚しさを感じていた。
それを、こんなにあっさり埋めてしまうなんて。
「‥‥‥ふふっ」
「どうした嬢ちゃん。今日はずいぶん上機嫌だな?」
奴隷商の店員さんが、バックパックに鉄板を詰めながら尋ねてくる。
鉄板の買い出しは4人でローテーションを組むことになっていて、昨日はみこと、そして今日はボクの番だった。
「まあ、ちょっとね」
店員さんにお金を渡して、鉄板のぎっしり入ったバックパックを受け取る。
今まで石や鉄を買うことなんてなかったから、奴隷商という職業に対してあまり良い感情を持っていなかったのだが、こうして客として利用してみると奴隷商の店員さんも割と気のいい人だと分かる。
まあ客商売なんだから愛想が悪いはずがないのだけど。
先入観に囚われて、そんな少し考えれば分かることにも気づかなかった自分を恥じる。
「ねえ。恋ってなんだろうね?」
そんな気のいい店員さんに、ふと訊ねてみた。
いい相談相手になってくれるかもしれない、と期待したのだが。
「コイ? 魚でも飼うのかい嬢ちゃん」
「恋愛の恋だよ! 年頃の少女が恋って言ったら恋に決まってるだろう!」
思わず怒鳴ってしまった。
こっちが真面目に相談してるのに、フザけてるのかまったく。
「えっ‥‥‥。いやすまん。まさか嬢ちゃんの口から恋愛なんて単語が出てくるとは思わなくてなあ。疎いというか、興味ないんだとばかり思ってたもんでな」
そう答える店員さんの気持ちも、分からなくはない。
実際少し前までは全く興味なんてなかったし。
こんな相談をしている事に、ボク自身が一番驚いている。
「まあ、疎いのは認めるよ。だからこそ相談に乗って欲しいんだけど‥‥‥その、ちょっと、普通じゃなくてね? 引かずに聞いて欲しいんだけど」
「ふむ。はっはーん。さては嬢ちゃん、この俺に惚れたな?」
「んなわけないだろオッサン!」
バンッ! とショップカウンターに手のひらを叩きつけて怒鳴る。
冗談にしても笑えないよ。
「オッサンて‥‥‥これでも20代なんだぞ‥‥‥」
落ち込んだ様子で項垂れるオッサン。
いや20代で10歳相手にその発言は十分アウトだと思うぞ。
「それでね。その相手なんだけど‥‥‥その、フザけないでちゃんと聞いて欲しいんだけど」
「おう。なんだ、俺の知ってるヤツか?」
察しがいい。
こくんと頷いて肯定を示す。
「‥‥‥うん。レッド」
「ほうほう。‥‥‥うん? レッド? それってあの赤髪の」
再びこくんと頷いて肯定する。
「そう。その人」
「ほー。つまりレッドさんは実は男の娘だったと。確かに男っぽい喋り方だとは思ってたんだよなー」
「違うよ! いや確かめた事はないけど女の人だよ! 多分!」
「ようし分かった! それを俺に確かめてくれって相談だな! 任しとk」
「ぶっ殺すぞオッサン」
クロスボウを構えてオッサンの眉間に照準を合わせる。
どうやって確かめる気だエロオヤジめ。
オッサンは両手を上げて降参のポーズをしてみせた。
「どうどう。落ち着いて落ち着いて」
はあ。
相談する相手を間違えたかな。
まあボクも本気で撃つつもりは無かったのですぐにクロスボウを下ろす。
「それでさ。レッドに気持ちを伝える事はできたんだけど、本当にこれで良かったのかなーって。別に後悔してるわけじゃないんだ。ただ、もしそのせいで今後距離を置かれたりしたら。その時ボクはどうしたらいいんだろうって」
「なるほどなあ。でもちゃんと気持ちは伝えられたんだろう? んで、拒絶もされなかったと」
「‥‥‥うん。まあ一応」
「なら大丈夫だろ。心配いらねーよ」
「‥‥‥本当? 本当にそう思う?」
「ああ。俺は職業柄いろんな人間をみてきたが、断言してもいい。レッドさんは自分のことをそれだけ想ってくれてる相手の気持ちを、無下にするような人じゃない。どういう答えを出すにしろ、ちゃんと嬢ちゃんの気持ちに正面から向き合って答えてくれるさ」
自信満々にそう言い切る奴隷商の店員さん。
‥‥‥なんだよ、めっちゃいい人じゃんか。
奴隷商のくせにさ。
「うん。そうだよね。話聞いてくれてありがと。だいぶ気持ちが軽くなったよ」
「そりゃ良かった。また何かあったら相談にのるぜ」
店員さんに会釈してショーバタイへと戻る。
買ってきた鉄板を収納容器にしまって。
買い出しお疲れさん、との言葉と共に差し出された水を飲んで一息ついて。
「‥‥‥」
水を差し出してきたのはレッドだった。
思わず顔が熱くなる。
「あ、水よりマッサージの方が良かったか? 膝枕してやろっか?」
けらけらと笑うレッド。
からかわれてるのだろうか。
昨日は驚いていたレッドだが、一晩たってある程度余裕が出てきたらしい。
‥‥‥からかわれるのはちょっとシャクだけど、それはそれとして膝枕はしてもらおう。
コロンと横になる。
「うむ。素直でよろしい」
レッドはそう言うと膝の上にボクの頭を乗せて、本当にマッサージをしてくれる。
‥‥‥レッドって料理は器用に作るのに、マッサージは不器用なんだな。
力加減があべこべだ。
そもそも筋肉の位置や種類を知らないまま自己流でやっているのだろう。
でも、そんな下手なマッサージでも不快なんて事はなくて。
むしろ、慣れてないのにボクのために頑張ってくれてるんだと思うと嬉しくなる。
「チョコ、美味かったぜ。ありがとな」
「‥‥‥どういたしまして」
ボソリと呟くようにそう返す。
普段はスラスラと出てくる言葉が、今日は何故だかうまく出てこない。
頭がうまく働かない。
「それで、チョコの返事なんだけど」
「‥‥‥うん」
全身の筋肉が緊張する。
断られる覚悟はしていたはずなのに。
それなのにチョコを受け取ってもらえた事で、期待してしまって。
不安と期待が混ざり合って、よくわからない焦燥感となる。
膝枕のせいでレッドの顔が見えないから、表情を読み取ることもできない。
レッドは今、どんな表情をしているのだろう。
不意に、マッサージするレッドの手から力が抜けて。そして。
ぎゅっ。
全身を優しく抱きしめられた。
レッドが覆いかぶさるようにして、ボクを両腕で包み込む。
「まあその。これが返事って事で」
「‥‥‥」
頭が真っ白になるって、こういう事を言うのかもしれない。
「いや、オレも正直、ちゃんと言葉で返せるほど自分の気持ちが整理しきれてなくてな。イズミの事は友達とか、せいぜい妹みたいなもんだと思ってたし。だからその、曖昧な返事になって悪いんだが、イズミの気持ちは嬉しいし、えーっと‥‥‥」
無理に言葉にしようとして困惑してるレッドが可愛い。
レッドの腕にスッと自分の手を添えてみる。
「‥‥‥ありがと、レッド。ボクも別にはっきりと返事が欲しいわけじゃないんだ。ただボクの気持ちは伝えておきたかった。それだけなんだ。困らせちゃって悪いね」
「‥‥‥ああ」
一言そう呟いて黙ってしまうレッド。
ボクももうそれ以上言葉を続けることなく。
ただレッドのふとももの柔らかさを感じながら眠りに落ちることにした。
そんなことがあって。
じゃあ何が変わったかというと、日常はそれほど変化を見せず。
「それじゃ、今日も剣術修行続けるわよ!」
元気いっぱいにそう宣言するすみれ。
「よっしゃ! かかってこい野盗ども!」
勇ましい言葉で自分を鼓舞するレッド。
‥‥‥ホントは怖いくせに。可愛い。
「えーっと、食料に応急処置キットに、あと添木キットだろ。食料は奪われる可能性も考慮して」
入念に準備を整えるみこと。
慎重すぎるようにも見える言動は、守りたい人がいるからなのだと、今ならわかる。
「それじゃ行こうか。出発!」
変化した事といえば、そう。
ボクは皆でするこの修行が、だんだん楽しくなっていた。
第23話、読んで頂いてありがとうございます。2月という事で突発的に描き始めたバレンタイン編、これにておしまいです。殺伐とした世界観の話をかいてると、どうしてもこういう甘ったるい話を間に挟みたくなりますね。シリアス1本でやってるプロ作家さんなんて、どうやって心の均衡を保っているのやら。