私は今日も石を掘る。昨日と変わらず石を掘る。
『一緒にここを出よう。必ず成功させるぞ。必ずだ』
寝る前にみことは、確かにそう言った。
そしてその上で、続けてこう言ったんだ。
『ただし、それは今じゃない。とにかく今は寝て、その身体の怪我を少しでも癒しておくんだ。そして起きたら、明日は普段と同じように仕事をする。大丈夫、まっかせて』
何か考えがありそうなその口調からは、自信のようなものが感じられた。
だから私は今日も、彼の言う通りに仕事をしているという訳だ。
カン、カンとつるはしの音が響く。
「おーい、召使いが倒れたぞー。この前送り込まれた新入りのやつだ」
遠くで歩哨がやりとりしている声が聞こえる。
別に珍しいことじゃない。
新入りは体力が続かず、すぐに倒れることも多いのだ。
しばらくすると、倒れた召使いを肩に担いだ歩哨が走っていくのが見えた。
まあ、私には関係ない話だ。
カン、カンとつるはしを振り続ける。
「何、また誰か倒れたって? まあ最近暑いからな。熱中症だろう。水を飲ませてやれ」
歩哨が走って行く。
さっきとは違う召使いがその肩に担がれた。
私も熱中症には気をつけないとな。
カン、カンと仕事に精を出す。
「おいおい3人目だぞ。今日はやけに倒れる奴が多くないか? どうなってんだか」
歩哨がまた通り過ぎる。
その肩には、また別の召使いが担がれていた。
その後も倒れた召使いを担いだ歩哨が、最終的に10人くらい通り過ぎて行った。
私の周囲だけでこれだから、離れた場所で運ばれた人を含めるともっと多いかもしれない。
さすがに偶然とは考えにくかった。
みことが何かしているのだろうけど、一体何をしているのやら。
やがて日が落ちて、辺りは暗くなり、今日の仕事が終了となる。
今日は私に難癖をつけてくる歩哨もいなかった。
まあ、忙しそうだったからな。
‥‥‥まさかみことの考えって、歩哨を忙殺させて私を守ろうってこと?
だとしたら確かにありがたいけど、それって脱走に関係ないような。うーん。
まあ歩哨が寝入った後で直接聞いてみればいいか。
早く帰ってご飯を貰おう。
駆け足で檻に戻っ「待って待って。もうちょっとゆっくり帰ろうよ」て、え?
後ろから声をかけてきたのは、みこと。
今までどこで何をしてたんだ。
彼はことさらにゆっくりと、わざと時間をかけるように歩いていた。
「ゆっくりしてる場合じゃないでしょ、みこと。はやく戻らないとご飯、貰い損ねちゃうわ。ただでさえ私、昨日は魚の尻尾しか食べてないのよ?」
「それも考えてあるさ。とにかく歩哨が兵舎に戻るまで、時間を潰したいんだ。歩哨の姿が無くなったら、ちゃんと話すからさ」
だから今は信用して任せて欲しいと、彼はそう言った。
なので私も、彼に合わせてゆっくり歩く。
それを追い抜くように、歩哨が傍らを通り抜けて行く。
仕事の時間はもう終わっているし、檻に向かって歩いている以上、彼らも何も言ってこない。
ただゆっくり帰路についている、それだけなのだから。
やがて檻の前に戻ってくる頃には、すっかりひと気が無くなっていた。
あれだけ走り回っていた歩哨は、全員兵舎で眠りについている。
起きているのは門番だけだ。
とは言え門番が起きている限り、私たちは外には出られない。
「で、これからどうするつもりなの? そろそろ教えなさいよね」
「ああ、そうだな。まずはこの邪魔な足枷を外そう」
そういうとみことは、自分の足に嵌められた足枷を外して見せた。
カシャンと、それは最初から鍵なんてついてなかったかのように、あっさりと外れた。
「え? え、それ今どうやって」
「ああ。俺は前もって鍵だけ外しておいたんだ。歩哨の目をごまかすために、鍵の外れた足枷をあえて嵌めてただけだし」
「簡単に言うけど! そもそも鍵を外すって、どうやって」
「コツがあるのさ。コツさえ掴めば、割と誰でもできるぜ。ホーリーネイションはテクノロジーを忌避してるからな。アナログで、単純な構造の鍵しか使ってない。だからピッキングで開けることができる」
ほら、ここがこうなってそれがこうで、と鍵の外れた足枷を見せながらその仕組みを教えてくれる。
なるほど、時間さえかければ、私でもできそうではある。
「俺はちょっと他にやることがあってな。悪いけどその足枷は自分で外しておいてくれ。ご飯もちゃんともらってきてやるから、安心しなよ」
そう言うと彼は、歩哨たちの休む建物の1つに近づいて行く。
足音で彼らを起こしてしまわないように、そろりそろりと慎重に、一歩ずつ。
何を企んでいるのやら。
まあ私は、私の役目をこなそう。
自分の足に嵌められた足枷のピッキングに挑む。
カチャ、カチャ。やはり簡単にはいかない。
カチャカチャ。なんとなくコツ? が分かってきた気がする。
カチャカチャカチャ! おかしい、今絶対に開いたと思ったのに!
カチャカチャカチャカチャ! ああ! 後ちょっと! ほんとに後ちょっとのはずなの!
ガチャガチャガチャガチャガチャ! よし開いた!
「おー、お疲れさん。やっと外せたか。んで喜んでるとこ悪いけど、もう夜明けだぞ」
「え」
気がつくと、空がだんだん明るくなってきていた。
そろそろ歩哨が起きてくるはず。
そしてそれは、私たちの仕事の時間を意味していた。
「じゃあ、脱走は?」
「今日はもう無理だな。諦めて、明日の夜を待とう」
「そんなあ! やっと、やっとここから出れるって思ったのにい!」
「まあまあ。これ食って落ち着けって。焦って失敗したら、元も子もないだろ?」
そう言ってみことが差し出してきた食べ物は‥‥‥なんだこれ? ほんとに食べ物、なのか?
「ブロック型栄養食。俗称でカロリーメイトって呼ばれたりもする。まだ食べたことなかったか?」
みことはそのカロリーメイト? とやらを1口分、私の口元まで持ってくる。
まあ死ぬほどお腹減ってるから、食糧でさえあるならどんな物だって美味しいはずだ。
ぱくっとそれに噛り付く。
「んんっ! んぅ〜!!」
「いや食いながら喋ろうとしなくていいから。美味かったか?」
こくこく、と首を縦に降って肯定を示す。
「そりゃ良かった。盗ってきた甲斐があったな。食べたならそろそろ檻に戻ろう。歩哨が起きてきたら、本格的にヤバい」
こくこく。頷いて素直に檻に戻る。
あれ、でも今盗ってきたって‥‥‥盗品?
‥‥‥ま、いっか。
そして今日も1日が始まる。
カンカンというつるはしの音と歩哨の怒号が飛び交う、いつも通りの日常。
「サボるんじゃないぞ、もっと急ぐんだ!」
何かと難癖をつけてくる歩哨から、そっと目を逸らす召使い。
これもいつも通りだ。
ただ、ちょっとだけ違うとするなら。
(なあおい。あの歩哨、なんで裸なんだ?)
(し、知るわけないでしょ。暑かったんじゃないの、きっと)
目を逸らした召使いが、ヒソヒソとそんな会話をしている事。
そして歩哨の中に、パンツ一丁で仕事をしている者がいる事か。
まあ歩哨は板金鎧が標準装備だから、この季節は確かに暑そうではある。
思わず鎧を脱いで仕事をしたとしても不思議ではない。
‥‥‥いや不思議だろ。
無理やり自分を納得させようとしてみたけど、どう考えたっておかしい。
なんでパンツ一丁なんだ。
あ、もしかしてみことの仕業?
昨日の夜、やる事があるって言ってたのはこれのこと?
だとしても、これは本当に脱走に関係しているのかしら。
ただ遊んでいるだけのような気が、しないわけでもない。
「なあ、さっきから気になってたんだがお前、鎧はどうしたんだ?」
あ、別の歩哨が裸の歩哨に話しかけてる。
私もずっと気になってたから、盗み聞きさせてもらおう。
「ああ、これはな。オクラン様の試練だ。朝起きたら鎧一式がなくなっていたんだが、きっとこれは強靭な精神を鍛えるための、オクラン様の試練に違いない!」
「なっ、なるほど! いいなぁー、羨ましい。俺もオクラン様に試練を授かりたいぜ!」
(((んな訳あるかああぁ!!!)))
私と同じように盗み聞きしていた召使いの心の声が、一斉にツッコミを入れたような気がした。
「オ、オクラン様の試練‥‥‥! そういうことだったのか!!」
そしてその会話に加わるように現れた、2人目の裸の歩哨!
信じられる? 2人もいたのよ、裸の歩哨。
「実は俺も、朝から鎧がなくてな。訳がわからず、ずっと建物の中に籠ってたんだが、そうか。これは精神を鍛えるための試練なのだな。俺、やるよ! この格好で仕事、やり遂げて見せるよ!」
「ああ、お互いがんばろうぜ!」
「くそう、羨ましいなあ畜生!」
おいオクラン。お前の信者だぞなんとかしろ。
視点変更の第3話、読んでいただいた方ありがとうございます。今後も時々視点を変えて、みこと以外の視点で物語が語られることがあるかもしれません。Kenshiの世界は登場人物すべてが主人公、視点の数だけ物語が存在するのです。とはいえそう言いつつも次回の第4話では、またみこと視点での物語に戻るのです。
次回第4話、いよいよこれから脱走劇が始まるわけですが‥‥‥おのれ月曜日、許せん。