Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第28話 追憶

 バスト地方にある、ドリンからやや西に離れたこの場所が、ボクの故郷だ。

 ‥‥‥故郷だった。

 今はもう、みる影もないけれど。

 

 緩やかな傾斜を描くこの丘には、かつては風車が並んでいた。

 真っ白な風車がゆっくりと回るその風景は、どこか牧歌的な雰囲気を生み出して、村の名物となっていた。

 丘の麓には広大な畑が広がり、何人もの農夫がそこで毎日畑の世話をしていた。

 ボクの父も、そんな農夫の1人だった。

 地味な仕事だと、貴族は笑う。

 けれど父は、自分の仕事に誇りを持っていた。

 「砂漠では野菜が育たないから、この村の畑でいっぱい野菜を作って、砂漠の街に届けてやらないとな」‥‥‥そう言ってクワを手に語っていたのを、今でも覚えている。

 美味しい野菜をいっぱい作れば、その味に魅せられて自分も畑を耕したいと考える若者が増えるかもしれない。

 もしそうなれば、もっと広い土地を耕すことができる。

 そうして畑を拡大していけば、いつかきっと、誰もが腹一杯に美味しいご飯を食べて、笑顔で暮らせるような、そんな世界だって実現するかもしれないんだ。

 そう語る父は誇らしげで。

 どんなに金持ちの貴族よりも、どんなに強い侍よりも、ボクの父はかっこよかった。

 

「‥‥‥パパ、ママ。久しぶり」

 

 丘の土を踏みしめながら、つぶやく。

 焼けた土。

 今ではもう、ここで野菜は育たない。

 ホーリーネイションの兵士たちが、畑を土壌ごと焼き払ってしまったから。

 思い出したくもない、辛い記憶。

 けれど忘れることのできない、あの日の記憶。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「起きなさい、イズミ。起きなさい」

 

 その日、父に体を揺さぶられてボクは目を覚ました。

 まだ日の登りきらない暗い時間。

 

「パパ? どうしたの、こんな早くに」

「いいから、すぐに着替えるんだ。着替えたらすぐに村を出るぞ」

 

 押し付けるようにしてボクに服を渡してくる父をみて、さすがにボクも異変に気づく。

 真剣な表情の父。

 そして窓の外から微かに聞こえてくる、誰かの怒号。

 ボクは外の様子を探ろうとして窓に近づき「見てはいけないっ!」怒鳴るように叫ぶ父に引っ張られて、ベッドの上に戻される。

 何が起こっているのか分からないけど、非常事態が起こっている事は分かった。

 ボクは急いで渡された服に着替える。

 

「よし、着替えたな。‥‥‥ちょっとだけそこで待ってろ」

 

 そう言って父は玄関のドアから顔だけ出して、周囲をキョロキョロと見回す。

 

「うん、大丈夫だ。イズミ、こっちに来なさい」

 

 手招きしてボクを呼ぶ父。

 ボクは父の元に小走りで駆け寄りながら尋ねた。

 

「ねえ、ママは? ママはどこ?」

 

 父は、すぐに村を出ると言った。

 だとしたら母がいないのはおかしい。

 母だけ村に残していくとか?

 そんなバカな。

 両親は仲が良かったはずだ。

 

「‥‥‥母さんは、もう‥‥‥いや話は後だ。早く行こう!」

 

 何かを耐えるような声と共に父が玄関のドアを大きく開く。そうして聞こえてきたのは‥‥‥おぞましい、悲鳴。

 さっきまで外から微かに聞こえていた怒号は、ドアを開けることではっきりと聞こえるようになっていた。

 助けて、やめて、殺さないで。

 そんな言葉に混ざって聞こえてくる、耳を覆いたくなるような断末魔の悲鳴。

 

「イズミ、耳を塞ぎなさい! 目も閉じるんだ! 大丈夫、父さんについてくれば大丈夫だから。さあ!」

 

 差し出される、父の腕。

 ボクは右手でその手を取り、左手で自分の耳を覆って走りだす。

 目も閉じた。

 けれど聞こえてくる、誰かの悲鳴。

 片耳を覆っただけじゃ、気休めにすらならなかった。

 今聞こえた悲鳴は、友達のアヤちゃんの声じゃなかったか。

 待ってイズミ、見捨てないで。

 そんなアヤちゃんの声が聞こえた気がした。

 足を止めそうになるボクを、父が力尽くで引っ張っていく。

 こっちだ。大丈夫だ。大丈夫だから。

 何度もそう繰り返す父の声を信じてついていく。

 何度も転びそうになったけど、1度も転ぶ事はなかった。

 ボクがバランスを崩すたびに、父が僕の体を支えてくれた。

 そうして走って、走って、走り続けた足が、唐突に止まった。

 

「父さん?」

 

 どうしたのだろう。

 もう安全な場所まで逃げきれたのだろうか。

 けど、悲鳴は今も聞こえてくる。

 

「おお、おお! よく来てくれたお前たち! ワシを助けにきてくれたのだな!」

 

 父ではない、誰かの声。

 ボクはおそるおそる目を開ける。

 そこにいたのは、この村を治める貴族だった。

 

「さあ、早く戦え! このワシを守ってくれ! 褒美はたっぷりと用意するぞ!」

 

 戦え、と言って貴族が指さした先にいたのは、数十人の侍と、見慣れない板金鎧に身を包んだ異国の兵士。異国の兵士と侍が、互いに武器をぶつけ合って戦っていた。

 

「い、いえ領主様‥‥‥俺はただの農夫でして‥‥‥闘いの方はからっきしで‥‥‥」

「そんなことは見れば分かる! 農夫だろうと盾にはなるだろう! 何も1人で戦えと言ってるわけじゃない、ワシの雇った侍と共に、ワシが逃げるまで時間を稼いでくれればそれでいいんだ!」

 

 あたかもそうするのが当然、といった態度で命令を下す貴族。

 父さん、と小声で呟いて、ボクは父の手を握った。

 

「なんだ、嫌なのか? ワシの命令が聞けんのか? ええい使えないグズめ。お前たち、まずはこの愚鈍な農夫を殺し」

「た、たた戦います! 戦いますから、せめてこの子だけは村の外に逃してやってもらえませんか!」

 

 父が慌ててそう言うと、貴族は満足したように頷いて。

 

「おおそうか! ワシを守ってくれるか! よくぞ決心してくれた、勇者よ! なにせ戦力は1人でも多い方が良いからな!」

 

 そんな事を言って笑ってみせた。

 

「そこの娘よ、お主も早く逃げるが良い。ワシも逃げるでの。ではさらばじゃ!」

 

 そう言い残し、ものすごい速さで走り去る貴族。

 約束をちゃんと守るあたり、根はそこまで悪い人じゃないのかもしれない。

 ただ他人の命よりも、自分の命の方がずっと大事なだけで。

 あんたも災難だな、と侍の1人が声をかけ、父に武器を手渡した。

 近くに転がっている死体から剥ぎ取ったらしい、血のこびりついた武器だった。

 

「‥‥‥イズミ。先に行って、ドリンで待っててくれ。父さん、ちょっとやる事ができちゃってな。大丈夫、後でちゃんと追いかけるからさ」

 

 ボクは父さんに頷き、1人でドリンまで走った。

 ドリンの酒場のおばちゃんは、父の育てた野菜をいつも買ってくれる常連だったようだ。

 迎えが来るまで好きに宿を使っていいと言ってくれた。

 その日の夜、酒場の屋上から村の方角を眺めると、広大な畑が赤く燃えているのが見えた。

 丘に並ぶ風車は倒れ、瓦礫となっていた。

 1日待った。父は来ない。

 2日待った。父はまだ来ない。

 3日待った。傷だらけの侍が来て、「お前の父は死んだ」とだけ告げて去っていった。ボクは泣いた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「‥‥‥パパ、ママ。久しぶり。なかなか墓参りにも来れなくて悪いね」

 

 墓参りといっても、墓なんてないんだけど。

 多分この辺に埋まっているのだろう、という場所で手を合わせているだけだ。

 

「パパはいつも言ってたね。誰もがお腹いっぱいご飯を食べて、笑顔で暮らせる世界が実現するかもって。‥‥‥でも残念だけど、その夢は実現しそうにない。そう思ってた」

 

 あの日以来、都市連合の貧困は加速した。誰もが飢えに苦しみ、奪い合い、他人を見たら泥棒と思うような、そんな世界に変わっていった。

 ホーリーネイションに焼かれたこの地ではもう、野菜も育たない。

 父の願いはもう、実現する事はない。

 ‥‥‥そう思っていた。

 ついこの前までは。

 

「ねえパパ。水耕栽培って知ってるかい? いや別に知らなくてもいいや。ボク、あれからいっぱい勉強したんだ。どうにかして、パパの夢を叶えられないかと思ってさ。そして、ついに見つけた。この地にもう1度、畑を作る方法を。誰もがお腹いっぱいご飯を食べれる、夢の技術を」

 

 といっても、ボクが手に入れた技術はその断片だけ。

 水耕栽培を実現するには、まだまだ資料が足りなかった。

 けど、手は届く。

 決して手の届かない夢の技術ではないのだ。

 

「パパ。ボクは遺跡に行くよ。そして古代の技術を手に入れる。だから‥‥‥あとちょっとだけ、待っててくれるかい?」

 

 目を閉じて、祈る。

 父は喜んでくれるだろうか。

 それとも、危ないマネはよせと止めるだろうか。

 けどどちらにせよ、ボクの心はもう決まっていた。

 この世界で、己の美学と信念を貫いて生きる者のことをKenshiと呼ぶ。

 ならば、ボクだってKenshiだ。

 貫いてみせる。この意思を。

 

「お参りは終わったのか、イズミ?」

「!?」

 

 急に話しかけられてびっくりした。

 振り返ってみれば、そこにいたのはレッドだ。

 

「あ、すまん。そんなに脅かす気はなかったんだけど」

「レッド!? い、一体いつからそこに!?」

「いつからも何も、イズミが酒場から出た時からずっとついて来てたんだけど」

 

 全然気づかなかった。

 

「お参りが済んだならそろそろ戻ろうぜ。あんまり遅くなると心配かけちまうからな」

 

 そう言うレッドに頷いて、ドリンの酒場に戻る。

 戻る途中でレッドがボソリと呟くように言ってくれた。

 泣きたくなったら、胸くらい貸してやるぞって。

 やっぱりレッドは優しい。けど残念。

 ボクの涙はとっくに枯れ果てたよ。

 ドリンに着いて酒場のドアを潜ると、みことが尋ねてきた。

 

「ところでイズミ、朝からどこに行ってたんだ?」

 

 やっぱり心配させたのかもしれない。

 

「‥‥‥お墓参りさ。ボクの両親のね。さあ、みんな揃った事だし、そろそろ出発しようか。次の目的地、ワールドエンドに。そしてその先の遺跡へ」

 

 まだ見ぬ街と、その先にある遺跡。

 古代の技術が眠る場所にボクは想いを馳せる。




第28話まで読んでいただき、ありがとうございます。今回はイズミの過去回です。構想だけはあったものの語るタイミングがなくてずっとモヤモヤしていた話がやっと書けました。次回からまた冒険の続きです。どうぞお楽しみに。
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