Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第30話 ブラッドスパイダー

 翌朝。

 朝食を終えた俺たちはテントと寝袋をたたみ、予定通りに遺跡へと続く階段を登る。

 休息はばっちり、視界も良好。

 さてさて、目的の遺跡はどんな場所なのかな、と期待をこめて階段を登りきると、そこに広がっていたのは瓦礫の山。

 

「‥‥‥なんか、想像してたのと違う‥‥‥」

 

 いや、もっとさ。

 見たこともないピカピカ光るメカとか、謎の巨大ロボとか、そういうのを想像してたんだよ、俺は。

 けど今俺たちの目の前に広がっているのは、瓦礫と化した建物の残骸。

 バストの廃村跡とそう変わらない。

 まあ建物の建築様式が今のものとは大分違うけど、珍しいものといえばそれくらいだ。

 しかもその建築様式だって、アーマーキングさんのお店とほぼ変わらないものだしなあ。

 

「なあリドリィ。遺跡ってだいたいこんな感じなのか?」

 

 冒険家のリドリィにそう尋ねてみるけど、リドリィはキョトンとした顔で。

 

「え、うん。だいたいこんな感じだけど? まあ建築様式はいろいろあるけど‥‥‥どんな遺跡を想像してたの?」

 

 と首を傾げるリドリィ。

 うーん。

 想像とちょっと違ったけど、まあいいか。

 瓦礫と一緒に散乱している物資の中に、価値の高いお宝が混ざっているのかもしれない。

 おや、あっちの方で何かが‥‥‥

 

「みこと危ないっ!」

「え?」

 

 すみれの声に振り向く暇さえなく、背中を斬りつけるような鋭い衝撃。

 両足から力が抜け、ドサリと地面に倒れ込みつつ振り返ると、そこに居たのは血のように真っ赤な体をもつ、巨大な赤グモ。

 這っている状態でさえ人の腰ぐらいまで届く巨大なクモで、もし立ち上がったりしたなら人の背丈を越えるんじゃないだろうか。

 赤グモが再びその鋭い爪を振り上げる。

 逃げなきゃ‥‥‥そう思うものの、体が思うように動いてくれない。

 もろに食らう。

 そして俺は‥‥‥そのまま気を失った。

 

「くっ」

 

 意識を失っていたのは、数秒か、それとも数十秒か。

 なんにせよ、それほど時間は経ってないはずだ。

 なぜなら食らった傷が治療もされずにそのままだから。

 ゆっくり起き上がりながら周囲の様子を確認する。

 

「あっ、みこと! 気が付いたならこっちに! 急いで!」

 

 すみれの声がする方を見ると、まず目に入ったのが頑丈そうな建物。

 瓦礫ばかりだと思ってたけど、崩れてない建物も残っていたらしい。

 そしてその建物の扉の前でレッドがしゃがみ込み、何やらゴソゴソしている。

 もしかして、扉を開けようとしているのかな。

 そんなレッドの周囲を守るようにしてすみれ、イズミ、リドリィの3人が武器を構えている。

 対峙しているのは赤グモだ。

 その数、目算でおよそ20〜30匹。

 ものすごい数だ。

 俺を襲ったクモもあの中のどれかだろう。

 よし、俺も戦線に復帰して一緒に‥‥‥!

 

「あ、みこと。分かってると思うけど、その怪我で戦おうなんてしないでおくれよ。君はレッドと一緒に扉の解錠をしておくれ。一刻も早くね」

 

 落ち着いた口調のイズミにそう釘を刺される。

 

「も、もちろん分かってるさ、ハハッ!」

 

 や、やだなもう、どこの世界に自分の傷の治療もせずに戦線復帰するバカがいるって言うんだい?

 いくら俺だってそんな無茶はするわけないじゃないか。ハハッ!

 ‥‥‥うん、すいません。

 冷静さを失ってました。

 け、けどしょうがないじゃん!

 だって、高品質の防具をたった数発で貫通するような爪を持つ化物が相手なんだよ?

 反乱農民相手の訓練でやたらタコ殴りにされてるおかげで、打たれ強さには妙に自信がついてきてるこの俺でさえそうなんだよ?

 そんな相手とすみれやイズミが対峙してるんだから、そりゃ心配になるじゃん!

 

「バカな君のために改めて説明するけどね。戦いでは退路の確保が最優先だよ。ボクたちにとっての勝利は敵を倒す事じゃない。生きて帰ることさ。負傷した君が援護したところでこの大量のクモを倒しきることは不可能。だからこそ、さっさとその扉を開けて逃げ込める場所を‥‥‥ぐっ」

 ざくり、と赤グモの爪がイズミの腕を切り裂く。今のでイズミは両腕を負傷したらしく、武器を構えることもできずにだらりと両腕を下げてしまう。

 

「くっ、ボクとしたことが‥‥‥。でも、まだまだぁ!」

 

 イズミは両腕を下げたまま、無事な足で走り出す。

 そのイズミを追う赤グモ。

 その数5匹。

 逃げ回って時間を稼ぐつもりなのだろう。

 そこまでして作ってくれた時間を無駄にするようじゃ、男がすたるな!

 俺はレッドと一緒に扉の前にしゃがみ込み、リバースで足枷を外した経験を思い出して‥‥‥いや、違うな。

 構造がリバースの足枷とは根本的に異なる。

 一旦リバースの足枷のことは忘れ、先入観を捨てる。

 そして改めて、フラットな思考で考える。

 自分が扉の鍵を作るならどうするか。

 頑丈なのはもちろんだが、それ以上に開けやすいことが重要なはずだ。

 だって自分たちが出入りする扉なのだから。

 頑丈であればそれでいい奴隷の足枷とは設計思想からしてそもそも違うはず。

 それを考慮するなら‥‥‥

 

「お願い急いで! リドリィが倒れたわ! 傷が深い、早く治療しないとリドリィが死んじゃうっ!」

「分かってる! すぐに開けるから心配すんな!」

 

 切羽詰まった様子のすみれにそう答え、鍵穴に針金を差し込む。

 手応えありだ。‥‥‥カチャリ。

 

「開いたぞ! 早く中に!」

 

 言いながら俺も建物に飛び込み周囲を索敵。

 敵影なし。

 俺に続いてレッドが飛び込み、続いてリドリィを肩に担いだすみれ。

 それを追って赤グモが2匹と、それに続いてイズミも走り込んできた。

 ‥‥‥なんか赤グモまで混じってるが、これで全員が避難完了だ。

 急いで扉を閉めて、侵入した赤グモを処理すれば問題ない。

 視界の端でレッドが大鎌を構え、ググッと刃を引き絞るのが見えた。

 なので俺は赤グモをその射程内まで誘導して‥‥‥転がる。

 レッドとアイコンタクト。

 任せた。

 任せろ。

 視線だけで頷き合い、床に倒れ込む。

 そこに赤グモが襲い掛かろうと、鋭い爪を振り上げ‥‥‥

 

 ザシュッ!!

 

 レッドの振るう大鎌が、2匹の赤グモをまとめて切り裂いた。

 ‥‥‥ふう。

 どうにか、一安心できそうかな。

 

「リドリィ! 良かった生きてる! まだ間に合うわ!」

 

 すみれが急いでリドリィを寝袋に寝かせて治療を施していく。

 レッドはイズミの治療をして、俺は自分の怪我の治療をする。

 

「‥‥‥ごめん。注意不足だった。あんなのがいるなんて気がつかなくて」

「みことのせいじゃないさ。みことが襲われるまで、誰も気がつかなかったんだからさ。むしろ君が囮になってくれたおかげで、スムーズに建物の正面に陣取ることができた。‥‥‥とにかく皆無事だったんだ。今は傷を癒すことに専念しよう。流石にあの赤グモも、この扉は壊せないみたいだしね」

 

 そうだな、とイズミの言葉に頷いて、俺は全員分の寝袋を用意する。

 ‥‥‥それにしても、不思議な敵だったな。

 爪の殺傷力はやたら高いくせに、その身を守る装甲は無いも同然だった。

 あれでは同族同士で縄張り争いになった時、両方とも即死するんじゃないだろうか。

 そうだ、縄張りといえば、あの赤グモはどこから来たのだろう。

 クモの巣は見当たらないから他の場所に縄張りがあると考えるのが自然だけど‥‥‥あれ、クモの巣?

 そもそもクモって、こんな風に獲物を襲う生き物だったっけ?

 もっとこう、クモの巣で獲物を捉えて、動けなくなった所を襲う狡猾な生き物じゃなかったっけ?

 うーん、考えれば考えるほど不思議だ。

 

「それじゃ皆が休んでる間に、戦利品がないか探しとくか。怪我してないのオレだけみたいだし」

 

 レッドがそう言い、建物の中に残された遺物を搜索する。

 トレジャーハンターっていえばカッコいいけど、やってる事は割と泥臭いな。

 建物内にある箱を1つづつ確認し、鍵がかかった箱は地道に開錠して、値が張りそうな遺物がないか探していく。

 そうして見つかる物といえば、一攫千金のお宝‥‥‥ではなく、何やら難しそうな本とか古い地図とかだ。

 難しそうな本を見てイズミがすごく嬉しそうにしていたので一応持って帰るけど‥‥‥はっきり言って俺にはその価値は分からなかった。

 

「それじゃ、お待ちかねの山分けタイムと行こうか。イズミちゃんはその本が気に入ったようだし、こっちの地図はあたしに譲ってくれると嬉しいな」

 

 リドリィが古い地図を手にそう言う。

 失われた武器庫の地図と書かれているけど、いいものなのかな。

 

「うんまあ、あたしのような貧乏冒険家にとっては良いものさ。貴重な武器や防具が手に入るからね。けど鍛冶職人にとっちゃ、ただの腕試しの場でしかないよ。イズミちゃんが喜びそうな地図って言えばこっちじゃないかな?」

 

 そう言ってリドリィが示したのは古代の工廠跡の地図と、もう1つ「ナルコの誘惑」と書かれた地図。

 古代の工廠跡からは科学書の類が見つかることが多く、そしてもう1つのナルコの誘惑は‥‥‥こっちは、リドリィにもよく分からないらしい。

 ホーリーネイションの前哨基地だと地図には記されている。

 

「ナルコって、オクラン教の悪魔の名前じゃなかったっけ。ホーリーネイションが自分たちの軍事基地に、悪魔の名前つけてるのか?」

 

 俺がそんな疑問を呟くと、すみれも首をかしげる。

 

「‥‥‥言われてみれば、変ね。どうしてかしら」

 

 そんな俺たちを見てリドリィが言う。

 

「気になることがあるなら自分の目で直接確かめる! って普段なら言うとこだけど、流石にあたしもあの国の軍事基地に乗り込む気にはなれなくてね。その地図はあげるから、好きにするといいよ。‥‥‥さて、山分けも済んだし、これからどうしようかね。あたしはせっかくだからこのままブリスターヒルにでも行ってみるつもりだけど、君たちは? やっぱりショーバタイに戻るのかい?」

「え、うん。もちろん帰るつもりだったけど‥‥‥リドリィは帰らないのか?」

「ははっ、あたしは根っからの冒険家でね。一箇所でじっとしてるのが性に合わないのさ。帰る家があるわけでもないし、このまま旅を続けるよ。もし良かったらあんたらもどうだい? 気ままにぶらぶらと世界を旅するのも、楽しいもんだよ?」

 

 リドリィに言われて、俺たちは顔を見合わせる。

 気ままにぶらぶらか。

 そういう生き方もあるんだな。

 けど、俺は。

 

「俺は、まだ鍛治の修行も途中だし。ストーンキャンプの近くはやっぱり便利だし、ね」

「ボクも、研究があるから。ようやく科学書が手に入ったんだ。ぶらぶらしてるヒマなんてないよ」

「オレだってホーリーネイションには戻らねえよ。他のどこを旅するのもいいけど、ホーリーネイションにだけは絶対に戻らねえっ!」

 

 俺、イズミ、レッドがそれぞれそう主張すると、すみれは苦笑いしながら言った。

 

「‥‥‥と、まあ聞いての通りよ。リドリィ。短い間だったけど、あなたと一緒に旅ができて楽しかったわ」

 

 そう言うすみれの表情は、ちょっとだけ名残惜しそうに見えた。

 

「そうかい。それじゃここでお別れってことになるね。‥‥‥達者でね、アウトサイダーさん」

 

 そう言って別れを告げるリドリィを、俺たちも笑顔で見送る。

 

「ああ、リドリィもな。縁があったら、また会おうぜ」

 

 もちろん。

 そう言いながらリドリィは肩越しに振り向いて、カッコつけたウインクを送ってくれる。

 そして建物を出て歩いて行ったリドリィが‥‥‥10秒もしないうちに猛ダッシュで戻ってきた。

 

「あ、おかえり。どしたの?」

「クモ! 赤グモがまだ残ってるっ!!」

 

 涙目で外を指さすリドリィ。

 あー、そういえば逃げただけでまだ倒してなかったな。

 なんか、締まらないなあ。

 その後俺たちは赤グモを1匹づつ処理して、改めて別れを告げたのだった。

 リドリィはちょっと恥ずかしそうにしていた。




第30話、読んでいただきありがとうございます。次回もどうぞお楽しみに。
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