「久しぶりだねー、すみれちゃん。みこと君とはどこまで進んだの?」
「開口一番にそれ? もっと他に話すことあるでしょうに」
浮浪忍者の里。
その食堂で、私は食事を取っていた。
みことは武器屋の方に寄ってから来ると言っていたので、今はいない。
ちなみにさっきから絡んでいる相席の子はピア。
今日も美味しそうにブラッドラムを飲んでいる。
都市連合では禁制品とされているこのお酒も、ここでは普通に売っている。
「いや、そうは言うけどさあ。やっぱ気になるじゃん。何もないってことはないでしょう?」
‥‥‥‥‥。
何もないのよね、これが。
びっくりするくらいに。
「え、何その反応。もしかして本当に何も進展なし?」
こくん、と頷いてみせる。
みことと一緒に行動するようになって約2ヶ月。
これといって具体的な進展はまだない。
「何やってんのよー。さっさと告白すればいいのに」
「そんなに簡単に言われてもね‥‥‥」
告白なんかしても、気まずくなるだけだろう。
私なんかに告白されたって、きっと困るはずだ。
レッドのように料理が上手なわけでも、他人に気配りができるわけでもなく、イズミのように頭がいいわけでもない。
それに加えてモールさんとの手合わせの最中にも指摘された事。
人を斬って荒れた。
あまり自覚はしてこなかったが、そう指摘されると否定はできない。
剣士としては成長できてるとモールさんは言っていたけど、女性としてはどうだろう。
少なくとも女性としての魅力が増しているとは思えなかった。
さらに極め付けは、私の身体。
決して綺麗な身体ではない。
リバース鉱山の召使いの大半がそうであるように、私も。
‥‥‥歩哨たちに玩具にされた記憶は、今もまだ褪せる事なく残っている。
そういうのって、やっぱり男の人からすれば嫌なんじゃないだろうか。
そして、もし仮に私がみことと、その、男女の関係になったとして、その時私は幸せを感じることができるのだろうか。
分からなかった。
分からないから、怖い。
だったら今のままで十分だ。
すぐ隣に、相棒として並び立ってくれている。
それだけで十分幸せだった。
だから。
「‥‥‥出来るわけないじゃない。告白なんて」
「‥‥‥そう」
つまらなそうな顔で、ピアはぐびぐびっとブラッドラムを一気に傾ける。
高い酒なのに、ずいぶんもったいない飲み方をするものだなと思った。
武器屋に並んでいる設計図を眺めながら、俺は門番の姐さんと話していた。
姐さんもちょうど武器の新調を考えていた所だったそうだ。
「で、そっちは順調なのかい?」
「ああ! 話に聞いてた通り、都市連合は鍛治の修行にはもってこいだな。今ならカタンNo1等級の武器も安定して作れるようになったし、遺跡で手に入れた科学書があればもっと上の武器だって作れるってイズミも言ってたし‥‥‥って痛っ! なんで叩くんだよ姐さん!」
ペチンと頭を叩いてきた姐さんに抗議する。
「アホ。そっちじゃなくて、すみれとは順調なのかって聞いてんのさ。あんたの鉄いじりなんてどうでもいいっての」
「え、すみれと? うんまあ、仲良くやってるけど」
そう答えると、これ見よがしに大きなため息をつかれた。
「仲良くやってるけど、じゃないよ。あんた、あの子の気持ちには気付いてるんだろう? ちゃんと応えてあげたのかい?」
「そ、それは‥‥‥」
思わず口籠もる。
それだけで姐さんは察したようだった。
「‥‥‥まだなんだね。何か応えられない理由でもあるのかい? あんたも、あの子が嫌いなわけじゃないだろう?」
それはもちろんそうだ。
嫌いなわけがない。
すみれが想いを寄せてくれていることにも気付いている。
もしすみれから「付き合って欲しい」と言われたら、即答でOKすると思う。
そんな事を伝えると、また叩かれた。
「もし告白されたら、じゃないだろう! そこまで想ってんだったら、あんたから告白すりゃいいじゃないか。こういうのは女からは言い出しにくいもんなんだからさ」
「お、男も女もないだろうっ、言い出しにくいのは男だって同じだっつーの!」
「このヘタレ」
「うぐっ!」
姐さんのド直球な言葉に返す言葉もない。
けどまあ、その通りなんだろうなと思う。
俺はきっと‥‥‥恥を承知で言うなら、そう。
自信がないのだ。
すみれほど強くもなく、度胸もなく。
「君を守るよ」なんて決して言えない。
むしろ守ってもらってばっかりだ。
先日の遺跡でも、俺の不注意のせいで危ない目に遭わせてしまった。
こんな俺がすみれに与えられるものなんて、何があるのだろう。
さらに俺の頭を悩ませるのが、すみれの生い立ちだ。
すみれがリバース鉱山で割とひどい目に遭っていたのは、大体想像がつく。
だとしたら、すみれは俺とそういう関係になることを望んでいないのではないか。
かえってすみれの傷口を抉るだけになるんじゃないのか。
そんな想像がどうしても頭をよぎる。
それは、絶対に嫌だ。
あとまあ‥‥‥これを言うともっと恥ずかしいというか、情けないと思うのだけど、その‥‥‥俺は、そういう男女のアレコレの経験や知識がない。
今まで付き合った女の子なんていないし、父さんや鉱山の歩哨だって、流石にそういうアレコレについては教えてくれなかったしなあ。当たり前だが。
そうすると仮にすみれが俺とそういう関係を望んでいたとしても、俺はその気持ちに応えることができるのか。
分からない。
そもそも何から始めてどういう展開に持っていけばいいのかも分からないし、あと行為にあたって暗黙の了解というかマナー的なものがあるのではないか。
全く想像がつかない。
何も分からないから、怖い。
おそらく経験豊富なすみれと俺では知識に絶対的な隔たりがあるわけで、となるとやはり恥を晒したくないというか自信がないというか‥‥‥そんな事を伝えてみると、「バカかお前は?」と姐さんに呆れられた。
バカとは失礼な、割と真剣に悩んでるってのに。
「やかましいこのヘタレ童貞! つーかさ、あたしも女だってこと忘れてないだろうね? そういう話は食堂のオヤジあたりと、男同士でするもんじゃないのかい?」
「ごめん忘れてた、って痛い痛い!」
ベシベシと俺の頭を叩く姐さん。
割と本気で痛い。
「まったく、ガキかあんたは。いくらうじうじ悩んだって、そのうち勝手に自信がつくはずもないだろう。一生孤独に生きるつもりでないなら、いつか誰かと関係をもつ事になるんだ。あとは、誰をパートナーとするか。それだけだろう?」
だからさっさと覚悟を決めろと。姐さんはそう言いたいらしい。
‥‥‥それができたら、どれほど簡単だったか。
「‥‥‥俺は、どうせガキですよーだ」
「‥‥‥はあ。そーかい」
呆れた顔で、姐さんは盛大にため息をついたのだった。
「いい村だよね、ここ。緑に囲まれて、空気もおいしくてさ」
集落を囲む高い防壁。
ボクはその縁に腰掛けながら呟く。
目の前に広がる森林では、木々の間を小鳥が飛び交い、どこかから獣が駆ける音が聞こえてくる。
都市連合の砂漠では決して見ることの出来ない光景だ。
「そうだな。人もみんな暖かい。不便も多そうだけど、皆で助け合って生活してるのが分かるよ」
隣で同じように座るレッドがそう答える。
「‥‥‥故郷を思い出すよ。ボクの故郷も、緑がいっぱいでね。皆で協力しながら畑の世話をしてた」
「そっか」
「うん」
短く頷きあって、また森を眺める。
故郷の記憶なんてなくしてしまえば、楽になれるんじゃないだろうか。
そう考えたこともあった。
けれど、忘れることなんて出来なかった。
例えどれ程辛い記憶だとしても、かけがえのない大切な思い出でもあるのだから。
「‥‥‥いつか。この村にもホーリーネイションが攻めてくるのかな」
今はまだ大丈夫かもしれない。
けどホーリーネイションと敵対している以上、その日はいつか、確実にやってくる。
何の前触れもなく、ある日突然に。
そうして村は焼かれ、森は燃えて小鳥や獣は姿を消し、荒れ地だけが残る。
かつてのボクの村と同じように。
‥‥‥そんな未来を想像すると、胸が痛くなる。
「そこまで悲観しなくてもいいんじゃねーかな。ほら、モールさんめっちゃ強かったじゃん。ホーリーネイションが攻めて来たって、きっと返り討ちにしちまうんじゃねーかな!」
「そうかもね。けどその場合、レッドのパパは殺される。この村の人達によって」
どちらかが勝てば、どちらかが負ける。
戦いとはそういうものだ。
長く続いている戦いも、永遠には続かない。
いつかは決着がつく。
「か、関係ねーし! あんなクソ親父、今さらどうなったって知らねーよ」
「ふふっ。ウソだね。だって、レッドは優しいもん。パパが殺されたら、きっと泣いちゃうんじゃない?」
「な、泣くわけねーし」
そっぽを向いて強がるレッド。
まったく、素直じゃないなあ。
家族を殺される辛さは、ボクの方がよく知っている。
「‥‥‥平和って難しいよね。誰もが望んでいるはずなのに、どうしてこんなに難しいのかな」
「さあな。イズミでも難しいなら、オレなんかにゃお手上げだぜ」
浮浪忍者とホーリーネイション。
この2つの勢力の争いは、どのような形で決着を迎えるのか。
その時、誰が生き残り、誰が殺されるのか。
ボクの故郷のような悲劇は繰り返してほしくない。
その一方で、レッドに悲しい思いもさせたくない。
ボクはただ、みんなに笑顔でいて欲しいだけなのに‥‥‥それだけなのに、どうしてこんなにも難しいのかな。
第32話まで読んでいただき、ありがとうございます。きっとピアも姐さんも内心こう思っていることでしょう。「くそっ…じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」と。さて次回は久しぶりに幕間の物語となります。どうぞお楽しみに。