「とうちゃーく! 首都ブリスターヒル!」
ホーリーネイションの首都、ブリスターヒル。
その大きな門を見上げながら、あたしはリュックを背負い直す。
実際に訪れるのは初めてだが、大きな街だ。
さすが大陸最大の国家の首都だけある。
「待て。荷物チェックに協力してほしい」
「ん? あいよ」
門番に呼び止められたあたしは、素直にリュックを渡す。
「む? ふむ。不審なものは見当たらないが‥‥‥旅人よ、ホーリーネイションは初めてか?」
「ん、そーだよ。よく分かったね?」
「ふっ、やはりな。悪いことは言わん。この国に滞在するなら、聖火の教典は所持しておいた方がいい」
門番はリュックを返しつつ、そんな事を言う。
聖火の教典。
それはオクラン神について書かれた宗教書だ。
都市連合では神よりも紙幣の方が大切にされるせいで殆ど見かけないが、やはり宗教国家という事か。
まあ本を1冊買うだけで余計なトラブルが避けれるなら安いものだ。
「忠告ありがと、門番さん。その教典ってどこで売ってるの? あたしが以前いた国じゃどこにも売ってなかったんだけどさ」
「そうなのか? まあこの国ならどこにだって売ってるさ。酒場だろうと資材屋だろうと、この国の店なら教典くらいは扱ってるよ」
‥‥‥さすが宗教国家。
酒場で教典が買えるのか。
それはなんとも酒がマズくなりそうな‥‥‥いやいや、そんな事考えちゃいかんな。
この国の人たちにとって、それだけ神様が身近だって事だろう。
「ありがと、助かったよ」
「どういたしまして。良い旅を、姉妹」
礼儀正しく一礼してくる門番さんと別れて、酒場を探す。
男尊女卑の国って聞いてたけれど、想像してたほど酷い国じゃなさそうだ。
やはり自分の足で旅してみないと分からないものである。
お、あった。
あれが酒場か。
「いらっしゃいませー‥‥‥うん? お客さん、あんた1人か?」
酒場に入ると、マスターがあたしの方を見てやや眉を顰める。
「ああ、一人旅の途中でね。聖火の教典と、お勧めの1杯をもらえるかい?」
「あ、ああ。しかし一人旅か、そっかー。ちょっとマズいな」
マスターの様子がおかしい。
1人だと何か不都合でもあるのだろうか。
そう尋ねてみると。
「いや、この国じゃ女が1人で外を出歩くことは許されてないんだよ。もちろん旅人にまでそんな国のしきたりを守れなんて言う気はないが、今日はちょっとばかり都合が悪い。なにせ、上級審問官様が2人も揃って飲みにきてるんだよ」
「上級審問官様?」
ほら、あの席だよ。
マスターがそう言って示した席では、体格のいい男が2人、酒を煽っていた。
ちょっとその席の会話に耳を傾けてみる。
「そもそもなんだ、あの手紙は。『悪ぃ、失敗した』ってお前‥‥‥ヴァルテナ、お前はもっと風格とか威厳とか、そういうもんを大事にしろとあれほど‥‥‥」
「はいはい。その風格とか威厳とかに拘り続けた結果、嫁にも娘にも逃げられたのはどこのどいつだっけなー」
「そっ、それは言わん約束じゃろおおぉぉっ!!」
めそめそと泣き出すおっさんと、それをテキトーにあしらうおっさん。
なんだあれ。
「え。まさかあれが上級審問官様? 冗談でしょ?」
「いやマジなんだって、マジ。だから今日は目をつけられないようにした方が」
「むっ!? おい、そこの娘! お主1人か? 連れはおらんのか!?」
‥‥‥ちょっと遅かったか。
さっきまで泣いてたおっさんがこちらを見て叫んでる。
マスターが「あちゃー」とか言いながら頭を抱えていた。
「おいおいセタのおっさん。酒の席だぜ? あんま固いこと言うなよなー。そんなだから嫁にも娘にも逃げられんだよ」
「それは言わん約束じゃろおおぉぉっ!!」
再び泣き出すおっさん。
なにこれ。
「え、えーっと。あ、そうだ。1人がダメなら、おっさ‥‥‥げふんげふん。お兄さん達、一緒に飲もうよ。なにせ一人旅の途中で、一緒に飲む相手もいなくてさー」
冒険者の心得その1。
偉い人とはとりあえず仲良くするべし。
「おー、いいねいいね。ノリのいい女は好みだぜ。ほら座りな」
比較的若い方のおっさんが席を用意してくれる。
ヴァルテナとか呼ばれてたっけ。
こっちの人は割と話が分かりそうな人だ。
「で、あんたは何を飲むんだい? 俺が奢ってやるよ」
「マジで! やった、それじゃこの店で一番高いお酒ちょーだい」
気前のいいヴァルテナさんの言葉に上機嫌になってそう告げると、彼は可笑しそうに笑った。
「あっはは、面白いねーちゃんだな。けど、そんな高い酒は置いてないぜ? まー、お国柄ってやつだ」
ヴァルテナさんにそう言われてメニューに目を通してみれば‥‥‥なるほど、確かに高級なものは置いてない。
「んー、じゃあビールでいいや。奢ってくれてありがとね」
「なーに気にするな。なにせこっちは上級審問官だぜ? 給料が違うんだよ、給料が。まあ、給料くらいしか違わねぇんだけどな!」
マスターが持ってきたビールを、ヴァルテナさんが注いでくれる。
「それじゃ、かんぱーい」
「かんぱーい!」
「‥‥‥‥‥」
あれ、セタさんだけ乾杯してくれない。
どうも不機嫌そうだ。
「セタさん? かんぱーい!」
「‥‥‥乾杯。のうヴァルテナ。お主のそういった態度のせいで、同じ上級審問官の私まで軽く見られるんだが。さらにそれは下につく審問官、ひいてはパラディンや歩哨の立場まで危うくすることに繋がるのだと、何度言ったら分かるんだ」
「はいはい、説教なら後で聞いてやるって。酒の席でする話じゃねーだろ。悪ぃなねーちゃん。こいつのカタブツは昔からだから気にすんな!‥‥‥えーっと、ねーちゃんの名前は」
セタさんはヴァルテナさんほどノリが軽くないようだ。
同じ上級審問官でも、結構性格に差があるみたい。
「おっとごめんよ、まだ名乗ってなかったね。リドリィさ」
「そっかリドリィか。1人旅って言ってたが、今までどんな旅をしてきたんだ? ちょっと聞かせてくれよ。なにせこちとら、今の役職についてから砦に篭って事務仕事ばっかりでさ。自由にあちこち飛び回れるあんたが羨ましいぜ」
本当に羨ましそうな表情でそんな事をいうヴァルテナさん。
偉い人には、偉い人なりの悩みとかあるのかも知れないなあ。
「自由に飛び回るといえば楽しそうかもしれないけど、実際には財布の中身を気にしながら盗賊やモンスターから逃げ回ってる毎日さ。けどそうだね。最近の冒険だと‥‥‥」
あたしは最近の冒険譚を語って聞かせる。
都市連合で最近話題になってる、4人組のバウンティハンターの話。
そのバウンティハンターと行動を共にし、遺跡を探索した話。
「しかも4人のうち、1人はまだ子供でさ。最初はなんで子供がって思ってたけど、この子がまたすごいんだ。いわゆる軍師っていうのかな。常に冷静で、急なピンチでも最適な作戦を即座に組み立ててくれる。無事に遺跡を攻略できたのはあの子のおかげだって言っても過言じゃないね」
あたしがそんな話をすると、そりゃーすごい、とヴァルテナさんも相槌をうつ。
酒が入ってるせいもあって楽しそうだ。
と、セタさんが。
「のう。リドリィ。都市連合に最近、脱走奴隷が逃げてきたって話は聞かんか? 例えばリバース鉱山から逃げてきた召使いとか」
「ああ。よく聞く話だよ。砂漠を歩いてると3日に1度は脱走奴隷に出くわすかな。さっき話したバウンティハンターも、そのうち2人は元奴隷だったって言ってたし。すごいよねえ、元奴隷から、身ひとつで成り上がっちゃうなんてさ」
「そ、そうか。まあ都市連合は奴隷産業が盛んだというからな。脱走する奴隷もそれに比例して多くて当然か。‥‥‥はあ」
「もう諦めろって、セタのおっさん。どのみち都市連合に逃げられた以上手は出せねぇんだ。みことの事は諦めろ」
‥‥‥‥‥。
え。なんか知ってる名前が飛び出た気がするぞ?
とりあえずビールをぐいっと傾ける。
「で、では都市連合で私の娘を見かけんかったか? 背はこれくらいで服装は」
「落ち着けおっさん。10年前の服装の情報がなんの役に立つんだよ。背丈だってそれは10年前の事だろうが。‥‥‥ったく。相当酔ってるなこれは。悪いなリドリィ、セタのやつ、酔いが回るといっつもこうなんだ。気にしないでくれ」
また涙目になりつつあるセタさんを宥めるヴァルテナさん。
「ああ、うん。それは良いけど‥‥‥さっき言ってたみことくんって? 何かやらかしたの?」
「いや、そんなんじゃねーよ。ただセタの娘さんを探そうと思ったら、直接その娘を知ってるヤツじゃないと探せないからな。なにせ10年前の情報しかないんだ。んで、俺やセタのおっさんを除けば、適任がみことくらいしかいないってワケ」
もちろん脱走者を捕まえるっていう名分もあるが、それはまあ割とどうでもいいらしい。
そっかー、大変だねえと相槌を打ちつつ、空になったビールをテーブルに置く。
すぐにマスターが2本目を持ってきてくれた。
しばらく会話を楽しみつつ2本目も空になったあたりで酔いが回ってきたので、宿を借りて休むことにする。
酒場の2階が宿だと便利だ、すぐに休める。
「それじゃまたね、ヴァルテナさん。あとセタさんも」
「おう、縁があればまた会おうぜ!」
ヴァルテナさんがにこやかに手を振ってくれる。
セタさんは酔い潰れて爆睡中だ。
あたしも手をふって2人と分かれる。
そして、1人残されたヴァルテナは。
「みこと『くん』ねえ。リバースの脱走者って言えば最初に連想するのは女だろうに」
ミコト。
決して男限定の名前というわけではない。
そこにリバースの脱走者という前提がつけば、普通は女性を連想しそうなものだが。
リドリィが休む2階へと続く階段を見やりつつ、ヴァルテナは呟く。
「‥‥‥ま、いいか。酒の席だし、お固いのはナシだ。それに、今日のところはおっさんをスタックまで運ばないといけねぇし」
完全に酔い潰れてるセタを担いで店を出る。
マスターの「ありがとうございましたー」という声を背中に受けながら。
「縁があればまた会おうぜ、リドリィ」
その呟きは誰にも聞かれる事なく、夜風に溶け込んだ。