浮浪忍者の村で一晩過ごして、翌朝。
身支度を整えたすみれが皆を見回す。
「みんな、準備はできた?できたならもう出発するけど」
「ああ、こっちは大丈夫だ」
俺がそう答え、レッドとイズミも頷く。
「それじゃこの後の予定だけど。まずワールドエンドで遺跡の戦利品を売り払うんだったわね。イズミはイヨさんの話が聞きたいんだっけ」
となると、イズミがサイエンス本部に行ってる間は手持ち無沙汰になるな。
まあ急ぎの旅でもないのだから、街の酒場でのんびりしても構わないのだけど‥‥‥。
「‥‥‥なあ、すみれ。戦利品についてはレッドとイズミに任せてさ。ちょっと2人で出かけないか。その、海の方にでも」
昨日姐さんに言われた事を思い出しながら、そんな事を提案してみる。
まあ、いつまでも曖昧にしておくってのも男らしくないよな。
「え。うん、それはいいけど‥‥‥急にどうしたの?」
「どうしたって、その。デー‥‥‥いやもう、何でもいいだろっ。散歩だよ散歩!」
すみれは戦いの中でのセンスや直感はなかなかに鋭いのだが、日常的に妙に鈍いところがあるので困る。
デート、と言おうとした所でピアや姐さんや食堂のおっちゃんがニヤニヤとした素敵な笑顔を向けてきたので急に照れが混じった。
見送りにきてくれるのは嬉しいけど、今は邪魔だ。
「おう、任せとけ。そんじゃ行こーぜ、イズミ」
「うん。それじゃ明日の昼にドリンで落ち合おう」
何も聞き返す事なく素直にワールドエンドに向かうレッドとイズミ。
あの2人は察しが良すぎるというか‥‥‥なんか最近妙に仲良いんだよな、あの2人。
まあいいんだけど。
「ねえみこと、海に行って何するの? まさかみことも魚釣りがしたくなった?」
「ああ、モールさんが釣った魚美味しかったよな‥‥‥ってそうじゃなくて! ああもう、早く行くぞ」
少なくともここじゃちゃんと話せない。
見送り組が邪魔だ。
まあさっさと離れてしまえば邪魔は入らなくなるだろうと、そう思ってすみれの手を引いて歩き出すのだが。
「おーい、すみれちゃん。がんばれよー。初デート、成功させてこいよー!」
離れていても大声で叫んでくるのがピアだった。
応援ありがとよ、嬉しくて涙がでそうだぜ。
「デートって‥‥‥え、そうなの?」
「うんまあ、そうなのです」
なぜか敬語になる俺。
デート=海っていう、いかにも安直というか、彼女いない歴=年齢の男が必死に考えました的なデートコースになってしまったが、これでよかったのだろうか。
いやまあ、他に思いつかなかったのだから仕方ないのだけど。
「ええっと‥‥‥誘ってくれたのは嬉しいんだけどさ。この辺りの海岸ってカニバルが出るって聞いてたけど‥‥‥あ、ほら。誰か来たよ」
なにっ、カニバルかっ!?
と振り向くと、そこにいたのは飢えた野盗たちだった。
ボロボロの服を着て棍棒を振り回す、ホーリーネイションでもお馴染みの連中だ。
そいつらが俺たちの前に走ってくるなり、言った。
「た、頼む‥‥‥食料を分けてくれ‥‥‥」
あ、強奪するんじゃないんだ。
お願いしてくるとは思わなかった。
「どうする、みこと? 今の私の剣なら余裕で黙らせることも出来るけど。‥‥‥返り血を浴びながらデートの続き、する?」
「それはちょっと、嫌だな」
そんなバイオレンスなデートは望んでない。
「‥‥‥何も分けてくれないのか? なら仕方ない‥‥!どうせこのままだと、飢えて死ぬだけなんだ‥‥‥ゲホッ、ゴホッ!」
棍棒に手をかけようとした途端、気合が入りすぎたのか何なのか、急に咳き込む野盗のリーダー。
ロクなものを食べてないと見える。
「ああもう、待て待て。これやるからもう帰れ。邪魔すんな」
ポケットから1,500catほど取り出し野盗のリーダーに手渡す。
これで2〜3日くらいは食事にありつける事だろう。
「い、いいのか。こんなに沢山‥‥‥! ありがとう、本当にありがとう!」
「礼はいいからさっさと帰れよお前ら。デートの邪魔だから」
「いえ、そういう訳にはいかないッス! これだけしてもらった以上、ただで帰っては盗賊の名折れ。しばらく兄貴の護衛にあたらせてもらうッス!」
そうして俺たちの周囲を守るように布陣する盗賊たち。
って、おい。
「おーっしお前ら! 命に代えても兄貴をお守りするぜー!」
「ウィーっス!」
「あ、兄貴はあっしらの事なんて気にせず、どうぞデートの続きを楽しんでください。決して邪魔はしませんので」
そう言ってピッタリくっついてくる盗賊たち。
マジかよこいつら。
「やかましいっ! いいから帰れよ!存在自体が邪魔なんだっつーの!」
「ヒィっ、し、失礼しやしたー!」
はあはあ。やっと帰ったか。
「‥‥‥最初から、さっさと斬っておくべきだったかしらね」
隣ですみれが物騒なこと呟いてるし。
まあ気持ちはちょっと分かる、かな。
その後もオオカミと追いかけっこをしたり、カニバルと隠れんぼをしたり‥‥‥そんな事をしてるうちにだんだんと日も暮れてきて‥‥‥あれ、おかしいな。
海のデートってこんなんだっけ?
どこだ、どこに間違いがあった?
本当はもっとこう、海できゃっきゃうふふな展開を想定していてだな。
こんなはずじゃなかったんだよ。
そんな風に俺が落ち込んでいると。
「ふふっ、そんながっかりした顔しなくてもいいわ。私は結構楽しかったわよ?」
「え、そうなのか?」
「うんっ」
そう言うすみれの顔は、確かに嘘を言っているようには見えなかったが‥‥‥どこが楽しかったのだろう。
女の子が喜ぶようなデートをエスコートできたとは思えないのだけど。
「だって、みことと2人きりで過ごすのって、すごく久しぶりだったもの。鉱山を脱出した時以来かしら。集落に着いてからはいつも周りに人がいたし、都市連合までの道中は傭兵さん。ショーバタイに着いたらレッドとイズミ。‥‥‥もちろん賑やかなのは楽しいし、支えてくる人がいるのは嬉しいけれど‥‥‥でも、2人きりで過ごす時間だって必要だと思うの」
そう言って微笑むすみれは、見惚れるくらいに綺麗で‥‥‥そして、懐かしい笑顔だった。
リバース鉱山を脱出したあの日、星空を見上げながら語り合ったあの頃のままの笑顔で‥‥‥その笑顔を最近見ていなかったことに、今更気づいた。
ああ、俺は‥‥‥本当にバカな男だな。
なんで、そんな簡単なことに気づいてやれなかったのだろう。
「‥‥‥そっか。そうだよな。気づいてやれなくて、ごめん」
謝らなくていい。
そう言ってすみれは、真っ直ぐ俺を見つめてくる。
その澄んだ瞳に、思わずドキリとした。
「みこと。私、あなたの事が好き」
そう言ってすみれは、澄んだ瞳のまま俺を見つめる。
‥‥‥彼女の声がかすかに震えていたのは、気のせいではないだろう。
きっと俺とすみれは、似た者同士なんだと思う。
もちろん顔立ちも性格も、目指す場所さえも違う俺たちだけど‥‥‥けれどその本質は、意外と結構似ている。
そんな気がした。
そしてすみれは、そっとその瞳を閉じて。
「‥‥‥‥‥。」
そのまま、グッと身体を密着させてくる。
こ、これは。
アレだよな。
キスしようって事だよな。
うん、分かる。
分かるぞ。
経験がないとはいえ、流石にそこまで無知じゃない。
けど、どうすればいいんだ?
お昼に肉を食べたから、匂いが残ってるかも‥‥‥まずは歯磨き?
いやでもせっかくのムードがぶち壊しにならないかそれ?
女の子はムードを大切にするって確か奴隷商のおっちゃんから聞いた気がする!
けど世間一般では匂いとかそういうの気にするのがマナーとか暗黙の了解とかだったりするんじゃないのか?
あーくそっ、分からん!
ええい、悩んでもしょうがない!
姐さんも言ってたじゃないか。
いつまでも悩んでたって、いつの間にか自然と自信がつくなんてことはないんだ。
俺は覚悟を決めた。
すみれの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
その瞬間、ピクッとすみれの肩が跳ね上がって。
「あ、ごめん苦しかった?」
抱きしめた腕をすぐに離す。
「‥‥‥いいから早くしなさい」
半眼ですみれに睨まれる。
あれなんで今怒られたの。
気を遣っただけなのに。
気を取り直して、もう一度すみれの背中を抱きしめる。
そして俺は、その唇に‥‥‥
「兄貴ーっ! 大変ですぜ、カニバルの集団がこっちに向かってますぜ! すぐに逃げてくだせえ、兄貴!」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
その唇に触れる寸前。数センチの距離ですみれと見つめ合ったまま固まる。
「あの野盗ども、やっぱり斬っておくべきだったかしら」
「そう言ってやるなって。悪気はなさそうだし」
俺とすみれはため息をついて‥‥‥どちらともなく、くすりと笑い合う。
‥‥‥うん、笑い合うのはいいんだけどさ。
すみれの右手がしっかりと狐太刀の柄を掴んでいるわけで。
ああ、完全にヤル気モードだ、これ。
第33話、読んでいただきありがとうございます。次回はレッド編、まだまだ続くよ恋物語。