干し魚。
酒場に行けば大抵どこでも売っているものの、あまりお腹は膨れないし値段もやや高めなので不人気な商品の1つだ。
けれど、海辺の街バークで長く暮らしたオレは知っている。
この干し魚が、ちょっとした工夫でかなりイケる料理へと変貌することを。
「ふふん」
用意するものは、まずレモン汁。
小さくカットされたレモンを絞り、それをぽたぽたと干し魚に垂らす。
欲張ってはいけない。
あくまで適量、アクセント程度にレモンを垂らす。
そしてもう1つ。醤油。
こちらも適量を。
レモンの酸味と醤油の塩気が、干し魚と実に合うのだ。
ほとんど手間をかけてないのに、そのまま食べるより何倍も美味しくなる。
そして‥‥‥忘れちゃいけないメインディッシュ。
そう、サケだ!
「はい、レッド。どうぞ」
隣に座るイズミがオレのグラスに、トクトクトクっと小気味良い音を立てながらサケを注いでくれる。
都市連合ではやたら高いこのサケ、ここワールドエンドでは半額以下の値段で手に入る。
かなり得した気分だ。
それはそうと、4人がけのテーブルなんだから向かいに座ればいいのに、とオレは思うものの、イズミはオレの隣がいいらしい。
うん、まあいいんだけどさ。
「おー。サンキューな」
レモンと醤油で味を整えた干し魚。
これだけでももちろん美味しい。
だが、これにサケを合わせた時、それはさらにもう1ランク上の料理に昇華すると言っても過言ではない!
ああ、なぜこうも魚とサケって合うんだろうな。
すみれなんかはアルコールに合わせるのは肉だと言って譲らないが、オレはやっぱり魚‥‥‥というか、魚介類が合うと思う。
この店では売ってないが、牡蠣なんかと合わせるともうね、うん。
あれはもう酒のつまみになるために生まれたような生き物だよな。
ちなみにみことは、肉でも魚でもどちらでもイケるそうだ。
なんでも美味しく食べてくれるというのは、作る方としては楽である反面、ちょっぴり物足りなくもある。
「ねえレッド。ボクのも‥‥‥」
ふと気づくと、イズミが干し魚の乗った皿をそっと差し出していた。
「おっと。悪い」
イズミの差し出す干し魚にも、同じようにレモン汁と醤油をかけてやる。
にっこり笑ってご満悦の様子。
けれど、その脇のグラスに注がれているのはアップルジュースだ。
「イズミは飲まないのか、お酒?」
このご時世に未成年の飲酒がどうこうとか言う奴なんていないだろうに、イズミはまったくと言っていいほどアルコール類を飲まない。
少なくともオレはイズミがアルコールを飲んでるのを見たことが無かった。
「飲まないんじゃなくて、飲めないのさ。下戸なんだよ、ボクは」
「そりゃ勿体無え。‥‥‥あれ、でも飲めないって知ってるって事は、飲もうとしたことはあるんだ?」
オレがそう尋ねると、イズミはどこか遠い目をして。
「うん、まあその‥‥‥嫌なこととか全部忘れられるかと思って、頭から思いっきりアルコールを浴びた事ならあるよ。はは、あれはやるもんじゃないね。急性アルコール中毒になって倒れただけで、ちっとも酔えないわ記憶もなくならないわで‥‥‥うん。あれは失敗だった」
「‥‥‥そ、そうか」
何やってんだよイズミ。
良い子のみんなは決してマネするんじゃないぞ。
下手すりゃマジで死ぬから。
「その後も何度か少量ずつ飲んで試したんだけど、気分が悪くなるばかりでね。きっとそういう体質なのさ。だからボクはジュースでいいよ」
「そっか。なら仕方ねえな。大人になれば体質が変わることもあるが‥‥‥ま、無理することは無いさ。乾杯」
乾杯、とイズミもグラスを掲げ、チンッと軽い音をたててグラスを合わせる。
そしてパクリと干し魚を口に含めば、まず広がるレモンの香り。
その酸味にオレは口をすぼめるものの、すぐに醤油がじんわりと広がり、塩味を感じさせてくれた。
レモンと醤油のハーモニーを堪能しつつ、干し魚を咀嚼すれば、その調和はもう見事という他ない。
干されているためかさっぱりとした、生臭さとは無縁の白身魚。
自己主張の控えめなサラリとした味わいでありながら、いや、そうであるからこそ、するりと喉の奥に滑り落ちていく。
最高だ。
オレは満足感を抱えたまま、サケの注がれたグラスに手を伸ばす。
グラスを傾け、ゴキュッゴキュッと喉を潤せばもう、最高を超えて超・最高だ!
やはり海鮮物にはサケがよく合う。
「わあっ! これ、美味しい!」
イズミも、もぐもぐと干し魚を頬張りながら感嘆の声をあげる。
「そうだろそうだろ。そもそもオレがマズいもんを勧めるわけないじゃねーか」
オレは得意げにそう返す。
唯一の欠点はあまりお腹が膨れない事だが、まあお腹が空いたらまた食べればいいだけだ。
‥‥‥ほんと、いい生活ができるようになったなと思う。
すみれと出会う前は、その日の食事にさえ困っていたのが嘘のよう。
オレとイズミは2人、そのまま食後の満足感に身を任せてぼけーっと過ごす。
こんな時間も、すみれ達と出会って初めて得られたものだよなあ。
それまではどうにか食い繋ぐので精一杯で、ぼけーっと過ごす余裕なんて無かった。
まあ余裕ができた反面、生傷も絶えなくなったわけだが‥‥‥スパルタではあるものの、身を守るだけの力がどんどん身に付いているのが実感できるので、不満はない。
「ふああー。お腹が膨れたら、なんだか眠くなるね。レッド、ちょっと膝貸してよお」
コテン、と倒れるようにしてイズミがオレの膝に頭を乗せてくる。
‥‥‥最近イズミは、よくこういった感じで甘えてくる。
ただ、みことやすみれが居ないタイミングを見計らって甘えてくるあたり、子供として甘えているのではなく。うん。
そういう事なのだろう。
イズミは本当にオレの事が好きなんだなあ。
どこがそんなに気に入ったのやら。
「はいはい。どーぞ」
寝そべるイズミの頭を軽く撫でてやれば、たまらない、とばかりに身を震わせて幸せそうな表情を浮かべてくる。
オレもイズミの事を好きになれたら良いのにと、そんな事を考えた。
いや、好きなことは好きなのだ。
好きか嫌いかの2択なら、イズミの事は好きだ。
けどオレの好きはライクであって、ラヴじゃない。
今まで同性相手をそういう風に意識したことなんてないし。
「‥‥‥なあ。イズミはオレの、どこがそんなに好きなんだ?」
オレがそう尋ねると、イズミは一瞬きょとんとしてから。
「優しいところ。それにカッコイイし、時々可愛いし。料理も上手だし気配り上手だし、声も綺麗で膝枕は柔らかくて」
「お、おう。分かった、分かったもういい」
アレもコレもとスラスラと好きな部分をあげていくイズミを慌てて止める。
流石に照れるっつーの。
「え、もういいの? まだ半分しか言えてないけど」
まだ倍もあるのか。
早めに止めて正解だった。
‥‥‥イズミの気持ちに応えてやりたいとは思う。
けれど、同情で付き合ったりしてもお互い幸せになんかなれないだろう。
だったらオレは‥‥‥どうすればいい?
イズミに対して、オレはどんな答えを返せるのだろう。
「ほんと、レッドは優しいなあ。それに真面目だ」
不意に、イズミがそんな事を口にした。
‥‥‥考えてること、顔に出てたかな。
「大丈夫。レッドはボクが必ず惚れさせて見せるよ。だからレッドは‥‥‥そのままの君でいてくれれば、それでいいさ」
オレの膝の上で寝そべりながら、にこりと微笑みつつ、そんな男前なセリフを言ってのけるイズミ。
流石にちょっと照れる。
「‥‥‥言ってろ」
目を逸らしつつそう言うものの、若干鼓動が早くなってる自分を自覚する。
案外そう遠くない未来、オレはイズミの言う通りに、彼女に惚れさせられるのかもしれない。
‥‥‥それはなかなか、楽しみな未来だなと。
そう思えた。
第34話、読んでいただきありがとうございます。kenshi世界の食事がどんな味なのか、ゲーム本編内では明記されていないのですが、筆者はおそらく干し魚=ししゃもor煮干し、サケ=日本酒だと想像しております。次回はすみれ視点。デートの続きをお楽しみに。