Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第36話 急転

 翌朝。窓から差し込む日差しを感じて目を覚ました。

 昨日は確か、イズミと食事して、ワールドエンドの各店を回ったんだっけ。

 イズミは終始楽しそうで、「まるでデートだね」なんて言っていた。

 夜、同じベッドに潜り込んできた時は流石に驚いたが‥‥‥よく考えたらイズミはろくに家族に甘えることもできずに生きてきたのだと思うと、まあ、いいかって気になった。

 幼い頃に親と別れたのはオレも同じだが、自分から進んで親元を離れたオレでさえ寂しさを感じることは多かったのだ。

 イズミが感じてきたそれは、オレの比ではないだろう。‥‥‥で、朝だ。

 

「あ、おはようレッド。よく眠れた?」

 

 すぐ近くで、そんなイズミの声が聞こえた。

 声の方に振り向けば‥‥‥ちょ、めちゃくちゃ近いな!?

 同じベッドで添い寝しながらオレを見つめるイズミと目があった。

 

「おはよう。まさか、ずっとオレの寝顔見てたのか?」

 

 ベッドから上半身を起こしながら、言う。

 

「別に、ずっとって訳じゃないさ。ちょっと早く目が覚めただけだよ。あ、レッド。そのままにして。髪、整えてあげるから」

 

 同じく上半身を起こしてオレの背中側に回り込んだイズミは、そう言って櫛でオレの髪をとかすのだが‥‥‥その、なんだ。

 櫛を用意する時間がほぼゼロだったぞ。

 まさか櫛をスタンバイした状態でオレが目を覚ますのをずっと待ってたのか?

 そこまでされると、流石に断りにくい。

 そして何故そこまでしてオレの髪を整えたいのか謎だった。

 まさか、そこまで見るに堪えない程のヒドイ寝癖がついていたとか‥‥‥そういう訳ではない、と思いたい。

 そんな事を考えている間にも、イズミは丁寧に髪に櫛を通してくれる。

 人に髪を整えて貰うのって、結構気持ちいいんだな。チクチクとした櫛の刺激が、いわゆる頭皮マッサージ的な心地よさをもたらしてくれる。

 それに何より、楽だ。‥‥‥もしイズミが今後もオレの髪を整えたいって言うのなら、甘えてみるのもアリだろうか。

 なんだか好意を利用しているようでほんの少し気が咎めるが、イズミも楽しそうだし遠慮はいらないだろう、多分。

 

「はい、できたよ。いつものレッドの、無造作ワイルドヘアー」

「おう。サンキューな。そうだ、イズミの髪はオレがやってやろうか?ギブアンドテイクってことで」

 

 遠慮はいらないと思いつつも、やっぱりお返し的なものがあったほうがいい気がしてそんな提案をする。

 なんか、してもらうばっかりって対等な関係じゃない気がしてさ。

 

「うん、それじゃお願いしようかな。ありがと、レッド」

 

 そう言って背中を向けてくるイズミの髪に手を伸ばし‥‥‥えっと。

 イズミっていつもどんな髪型だったっけ。

 確かショートポニーみたいな、後頭部で髪を纏めるような髪型だったと思うけど‥‥‥あまり自信はない。

 思いつきでテキトーな提案するんじゃなかったかな。

 

「なあ、イズミって普段どんな髪型だったっけ」

「んー‥‥‥レッドの好きな髪型でいいよ。レッドはどんな髪型が好き?」

 

 サラリと難問をぶつけてくるイズミ。

 同性の好きな髪型かあ。

 そんなの考えたこともない。

 ‥‥‥もしここでフザけて、「スキンヘッドが好きだぜ。カッコいいよな!」なんて答えると、イズミは坊主にしたりするのかな。

 ‥‥‥有り得ないとも言い切れないからちょっと怖い。

 フザけるのはやめておこう。

 

「あれ、レッドちょっと楽しそう?ねえねえ、どんな髪型想像したの?」

 

 興味津々とばかりに聞いてくるイズミ。「‥‥‥いやいや」とオレは曖昧に言葉を濁すしかない。

 まあいつもの髪型に強いこだわりがある訳じゃないと分かったので、なんとなく記憶している通りに整えていく。

 多少の違いはあっても、大幅には違わないはずだ。

 

「よし、こんなもんか。これで良かったか? イズミ」

「うん、ばっちり」

 

 ご満悦のようで何より。

 うん、この程度であれば、いくらでもしてやれるんだよな。

 友達として仲良くするのはオレとしても何も問題ない。

 問題となるのは、イズミからそれ以上を求められた時で‥‥‥例えばキスしてなんて言われると、流石に抵抗がある。

 そう言えば以前、みことがすみれに膝枕しながら背中をマッサージしつつ、「別に付き合ってるわけじゃない」などと抜かしていたのを思い出した。

 あの時は、何言ってんだろこのバカは、と思ったものだが、今なら少しだけその気持ちが分かる気がする。

 付き合うということは、相手を特別な存在だと明言することで。

 そこまでの覚悟は、まだオレにはない。

 ふと、イズミがこちらにもたれかかるように体重をかけてきた。

 別に重くはないが、どうしたのだろう。

 

「どうしたイズミ? まさか二度寝か? せっかく髪整えたんだから、ちゃんと起きろよなー」

「いや、大丈夫。眠い訳じゃないよ。ただこうやってもたれると、背中にレッドの胸の感触が。‥‥‥至福」

 

 ‥‥‥セクハラオヤジか、こいつは。

 ペチンと指でイズミのこめかみを弾いてやると、イズミは「いたた」と笑っていた。

 

「バカな事やってねーで、そろそろ朝飯いくぞ。今日はドリンまで行かなきゃならねーんだから。みことやすみれも待ってるだろうしな」

 

 なおももたれようとしてくるイズミをぽいっと退けて、先に1Fの食堂へと降りる。

 出会ったばかりの頃は、イズミは年齢の割りに斜に構えた言動の多い、スレた子供だと思っていた。

 けれど最近のイズミはさっきのように、割と茶目っ気のある冗談もたまに言うようになった。

 みことやすみれの前でもそうなのか、それともオレの前でだけそうなのかは分からないけど。

 きっと、普段は無理して背伸びしているだけで、こっちのイズミが本来の姿なんだろうなと、そんな気がした。

 

 朝食は2人ともパンを購入し、歩きながら食べる事に。

 ドリンへの道中は明るい時間帯なら、きちんと周囲を把握しながら進めばまず危険はない。

 殺風景な景色が続くバスト地方を2人でのんびりと歩く。

 確かこの辺りで、イズミが墓参りしてたっけ。

 イズミの故郷のことも聞いてみたい気はするが‥‥‥いや、やめておこう。

 イズミが自分から話したくなった時に聞いてやれば、それでいいしな。

 そんなこんなでドリンに到着。

 みこととすみれは、まだ来てないみたいだ。

 俺たちの方が先に着いたようだ。

 ‥‥‥なんで山の頂上にある街で店を回ってきた俺たちより、なんの用事もないはずのみこととすみれが遅いのだろう。

 まあいいか。

 きっと時間を忘れるくらい楽しいデートなんだろう。

 オレ達はワールドエンドで仕入れてきたサケを売って、適当な席で時間を潰すことにした。

 この、遺跡の戦利品をワールドエンドで売る→得た資金でサケを仕入れる→ドリンでサケを売る、って交易ルートは結構便利かもしれない。

 地図と科学書の他には目ぼしい戦利品があまり無かった今回の旅でも、意外と結構稼ぐことができた。

 往路でラム酒を売買した分も合わせるとなかなか侮れない。

 冒険に必要なのは強さじゃなく、知識。リドリィの言葉の意味を実感する。

 このルートもリドリィの提案だもんな。感謝しないと。

 酒場でしばらく待っていると、やがてみこととすみれもやって来た。

 2人は仲良さそうに手なんて繋いで‥‥‥うん。

 なんか、2人の距離感がめっちゃ近いな。

 仲がいいのは前からだけど、あまり手を繋いでる所は見たこと無かったと思う。

 

「あ、もう来てたんだ。待った?」

 

 オレ達を見つけてそう尋ねるすみれに、答える。

 

「ああ。結構待たされたぜ。デートは楽しかったか?」

 

 するとすみれはちょっと驚いたような顔をして。

 

「え、あ‥‥‥気づいてたんだ‥‥‥」

 

 とか言ってた。

 いや普通気づくから。

 ピアさんとか門番さんも気付いてたから。

 気づいてなかったのすみれだけだから。

 

「そ、それじゃあ、気づかれてたついでに‥‥‥っていう訳でもないんだけど。えっと、報告というか‥‥‥」

 

 そう言ってすみれは躊躇いがちに視線を泳がせた後。

 意を決したように、言った。

 

「その。私たち、付き合うことになりました!」

 

 隣に立つみことの手を握ったままそんな報告をするすみれ。

 ‥‥‥え? うん。知ってるよ。

 

 ぽかんとしたまま、イズミと顔を見合わせる。

 イズミも「え、今更何言ってるの?」って顔だ。

 

「お、驚かせちゃったかしら」

 

 ‥‥‥うん、まあ驚いた。

 驚かないけど驚いたというか。えっと。

 

「付き合うことになりましたって。オレはてっきり、とっくに付き合ってるもんだと思ってたけど」

「そ、そうだよ。付き合ってるけど内緒にしてるもんだとばっかり。全然隠せて無かったけど」

 

 ようやく思考が追いついたのか、イズミも追随してそう言ってくる。

 

「いやそういう訳じゃ無かったんだが。まあその、昨日お互いに気持ちを確認したというか」

 

 照れたようにそう言うみこと。

 てっきり奥手な2人だから、デートとかいいつつ、オオカミと追いかけっこしたりカニバルと隠れんぼしたり、最悪カニバル相手に大立ち回りを演じてたりするんだろうなと予想してたのだけど、意外にちゃんとデートしてたようだ。

 

「そ、そういうわけなんで、一応2人にはちゃんと言っておこうかと思って」

「あー、うん。えっと、おめでとう?」

 

 つい疑問系になってしまった。

 

「う、うん。ありがとう?」

 

 そしてすみれも疑問系で返してくる。

 なんだこれ。

 思わずクスッと笑いが漏れる。

 

 その後4人で、和気藹々とショーバタイへと向かった。

 すみれとみことが出会った頃の話なんかを聞かせてもらいながら、照れる2人をからかっていると、あっという間に都市連合に到着した。

 とても楽しい帰り道だった。

 途中、みことが「ストーンキャンプに寄って鉄板を仕入れたい」と言い出すまでは。

 

 ショーバタイのすぐ南にあるストーンキャンプ。

 いや、あったはずのストーンキャンプ。

 そこは、崩れた建物だけが残る廃墟と化していた。

 

 

 

 

 

 ‥‥‥‥え?




 第36話、読んで頂きありがとうございます。

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