Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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幕間 ストーンキャンプが遺したもの

 どうしてこんな事になったのか。

 きっかけは、本当に些細なことだった。

 ストーンキャンプに、ハイブ商人のキャラバンが立ち寄った。

 彼らは奴隷商の店員と取引をして、そのまま門を出る。

 門を出たところで、砂忍者の小隊がキャラバンに襲い掛かったのだ。

 砂忍者とは、いわゆる盗賊団の1つだ。

 キャラバン隊の護衛は奮戦し、多少の犠牲を出しつつも砂忍者を全滅させた。

 ここまでは良かった。

 だが、問題が起こるのはこの後だ。

 門の前で倒れた砂忍者に、奴隷商が足枷をはめていく。

 ストーンキャンプの目の前で倒れたら、ほぼ間違いなく奴隷にされる。

 だがここで、奴隷商は間違って倒れたハイブキャラバンにも足枷を嵌めようとしたのだ。

 そこからキャラバン隊と奴隷商の戦争が起こり、目を覚ました砂忍者もそこに参戦して、戦いの気配に興奮したのかスキマーの群れがそこに突っ込んで‥‥‥気づけばストーンキャンプから、人の気配は消えていた。

 生き残ったのは、私のように檻の中で震えていた奴隷だけだ。

 その生き残りも、「やった自由だ!」と叫んで足枷を外し、外に向かって走っていった。

 未だに檻の中でじっとしているのは、私くらいのものだ。

 

 真実なんて、案外退屈なものだ。

 ある日突然奴隷商の施設が壊滅した。

 事実を知らない者はそこから、謎の組織の暗躍なりなんなり、色々妄想したりするのだろう。

 けど実際は暗躍も陰謀もどこにもなく。

 ただ不幸な事故があっただけだったりする。

 ‥‥‥自由、か。

 確かに自由になれるのかもしれない。

 その気になれば私だって足枷を外し、外の世界に旅立てるのかもしれない。

 けど、どこへ行けばいいのだろう。

 ここは砂漠の真ん中。

 西に行っても東に行っても、あるのは砂ばかりだ。

 運良く街を見つけることができたとしても、そこは十中八九、都市連合の街。

 脱走奴隷が都市連合の街に入れるわけがない。

 どこにも行けない。

 行くあてもない。

 何もできないまま檻の中で膝を抱えている。

 それが今の私だった。

 私は懐からブロック型栄養食を取り出し、一口齧る。

 ハイブキャラバンの荷物に入っていたものだ。

 結構たくさんの食料を積んでいたので、しばらく飢える心配はない。

 ‥‥‥けど、しばらくって、いつまでだろう。

 難しい計算はできないけれど、この食料もいつかはなくなるって事は分かる。

 いつか食料がなくなって、その時私はどうなるのだろう。

 その時こそ、私は死ぬのだろうか。

 膝を抱えたまま、何もせず‥‥‥しようともせず、ただ飢えて死んでいく。

 それは、なんとも私らしい最期だと思えた。

 私にお似合いの、マヌケな最期だ。

 

 ふと、外に人の気配を感じた。

 今更、こんな場所に誰だろう。

 檻の隙間からそっと様子を伺うと、若い4人の男女がそこにいた。

 名前は知らないけど、顔はよく知っている。

 ちょっと前まで毎日のように大量の鉄板を買い込んでいたお客さんだ。

 あれほど大量の鉄板を何に使うのか知らないが、彼らが笑顔で鉄板を買う度に、私が毎日汗を流している事にもちゃんと意味があるんだと思えた。

 ここしばらく顔を見ていなかったけど、元気そうで何よりだ。

 彼らはスコップで穴を掘り、奴隷商の遺体を埋めた。

 そして砂を盛っただけの簡単な墓の前で手を合わせ、祈っていた。

 ‥‥‥もし、私がこのまま檻の中で死んだら。

 彼らは私の為に祈ってくれるだろうか。

 多分、無理そうな気がした。

 私が奴隷だからではない。

 私が生きようとしていないからだ。

 臆病で何もできない、何もしようとしないこんな私のためにわざわざ墓を掘るような物好きは、そうはいないだろう。

 と、不意に。

 黒髪の女性が、何かを斬った。

 あまりに突然のそれは、殺気すら発する事なく、気づいた時には斬り終えていた。

 何を斬ったのか。それは迷いか。

 それとも恐れか。

 

「‥‥‥私の刀は、斬れるかしらね。反乱農民を。風魔忍者を。そして、反奴隷主義者を」

「‥‥‥」

 

 違うよ。

 彼らじゃない。

 その奴隷商を殺した犯人は、もうこの世にいないよ。

 ‥‥‥そう伝えれば、彼らに笑顔が戻るのだろうか。

 まさかね。

 彼らの話を聞いていると、どうやら仇打ちを考えているようだった。

 存在しない仇を追う事に意味があるのか、私には分からない。

 けど檻の中でただ膝を抱えているよりは、いくらか意味がありそうな気がする。

 

「そうだなっ、とりあえず帰って飯にしようぜ! 今日もオレが美味い飯作ってやるからさっ!」

 

 赤髪の女性がまとめるようにそう言い、彼らは去っていく。

 結局、誰も私の事には気付かなかった。

 街に帰るのだろう。

 だったら、追いかけるのも無理だ。

 脱走奴隷は、都市連合の街には入れない。

 私はまた、檻の中で膝を抱えた。

 

「‥‥‥かっこいい人だったな」

 

 先ほど居合を放った女性を思い出す。

 自分の意思で何かをしようとしている。

 それだけで私からすればかっこいい。

 それに、あの居合の鋭さ。

 武芸者の風格を漂わせるその一閃は、確実に何かを断ち切っていた。

 それは形ある何かではない。

 不安とか後悔とか、そんな形のない何かだ。

 私もこのまま檻の中で、膝を抱えたままでいたくない。

 そんな気持ちが、少しずつではあるが、芽生えつつあった。

 私もあんな風に、自分の意思で生きてみたい。

 勘違いする事だってあるだろう。

 間違える事だってあるだろう。

 それでも自分の意思で、自分がしたいと思った生き方で、この世界を生き抜いてみたい。

 そう思えた。

 私は足枷を外し、檻を抜け出して‥‥‥そして早速、途方に暮れた。

 彼らが去った方角はショーバタイの方角だけど、どうしよう。

 私はショーバタイの街に入れない。

 どうしよう。

 暗闇に目を凝らせば、巨大なスキマーが何匹も蠢いている。

 怖い。

 檻に戻ろうか。

 あそこなら一応、安全だ。

 なけなしの勇気が、ものすごい勢いで萎んでいく。

 やっぱり、私には何もできない。

 そんな風に考えて踵を返そうとした時。

 

「‥‥‥え?」

 

 その時、ようやく私はその人影に気づいた。

 蠢くスキマーの、その進行方向に直立不動で立つ、人影。

 黒い衣装に身を包み、長い黒髪を靡かせるその女性。

 闇に溶け込むその姿は、さっきストーンキャンプで見事な居合を披露した剣士だった。

 

「あ、あぶな‥‥‥」

 

 スキマーに気づいていないのか。

 そう思って声をかけようとするも、うまく声が出ない。

 何年も人と会話らしい会話もせずに生きていると、声の出し方も忘れてしまうようだ。

 私の声は、ほとんど声になっていなかった。

 私が慌てている間にも、既にスキマーは黒髪の女性に迫っていた。

 もう、間に合わない。

 そう思ったのだが‥‥‥一閃。彼女は近寄ってくるスキマーに対し、躊躇なく居合を放つ。

 夜空に血風が舞う。

 反撃してくるスキマーの攻撃を受け止め、かわし、受け流して。

 一撃、また一撃と彼女はスキマーの体に傷をつけていく。

 戦いに集中しているのか、彼女が私に気づくような様子はなかった。

 やがて、スキマーが倒れる。

 黒衣の剣士は全身に細かな傷を負いながらも、それを気にしたそぶりも見せずに刀を一振りして血を払い、鞘に収めた。

 まさか、たった1人でスキマーを倒してしまうなんて。

 これがあの人の修行なのだろうか。

 怖くはないのだろうか。

 私が彼女の姿に見惚れていると。

 そんな彼女に近づく新たな一団が目に入った。

 

「へっへ、やっと見つけたぜえ。今日は1人か?」

 

 やってきたのは反乱農民。

 口ぶりからすると顔見知りだろうか。

 黒衣の剣士が、反乱農民に尋ねる。

 

「ねえ、あなた達。ストーンキャンプを襲った犯人に心当たりはない?」

「ああ? んなもん知るかよ‥‥‥!?」

 

 一閃。

 刀を抜くと同時に斬っていた。

 見事な居合。

 

「知らないなら用はないわ。さよなら」

 

 振り抜いた刀を返し、そのまま斬り下ろしに繋げる。

 ‥‥‥目の前で、人が死んでいく。

 

「て、てめえ、いきなり何しやがる!?」

「見て分からないの? あなた達だって、私を殺しに来たのでしょう?」

 

 刀を構え、反乱農民を睨みつけるように‥‥‥いや、次の獲物を探すような目で見ながら言う黒髪。

 

「お、おい、やべえんじゃねえかこれ」「だ、誰だよ、命までは取られないって言ったのは」「あ、慌てるんじゃねえ、手負いの女1人だろうが。この人数なら負けねえよ」

 

 口々に言う反乱農民。

 そこに、剣士が斬り込んだ。

 この人数なら負けない、そう言っていた男の腕が飛んだ。

 片腕を切り飛ばされ、悶絶するように砂の上を転がる男。

 そんな男に目もくれず、新たな目標に斬りかかり‥‥‥そこで受け止められた。

 剣士の連撃が止まる。

 

「調子に乗りやがって!」

 

 連撃が止まった瞬間を狙ったかのように、クワの一撃が剣士の頭部を殴打する。

 だが、耐えた。

 よろめきつつも刀を引き絞り、『タメ』を作る。

 そしてそのタメた力を開放‥‥‥する前に、クロスボウの矢が突き刺さった。

 胸部と腹部に、2連撃。

 

「かはっ‥‥」

 

 苦しそうな声と血が彼女の口から漏れた。

 耐えきれず膝をつく。

 流石に多勢に無勢だったようだ。

 ‥‥‥けど、不思議だった。

 こんなにも窮地なのに、彼女の瞳は強い輝きを放っている。

 諦めるつもりなんてこれっぽっちもなく。

 『どうしよう』ではなく、『どうにかしてやろう』という気持ちがその瞳から溢れていた。

 おそらく、私と彼女の1番の違いはそこなのだろう。

 剣の腕前だとか、装備がどうとかは些細な違いでしかないのだと思う。

 どうしようと途方に暮れるか、どうにかしてやろうと強く刀を握りしめるか。

 それこそが、私と彼女の違いを生んでいるのだろう。

 

「ちっ、生意気な目ぇしやがって。これでトドメだ!」

 

 反乱農民がクワを振り上げ‥‥‥そこに、反乱農民でも、黒衣の剣士でもない声が割り込んだ。

 

「そういう訳にもいかないさ。あー間に合って良かった」

 

 滑り込むような勢いで駆け込んできた、短髪の男性。

 彼はひょいっと黒衣の剣士を担ぎあげると、そのまま速度を落とさず走り去っていく。

 女性とはいえ人を1人抱えながら、その走力は少しも鈍っていない。

 それだけで、かなり鍛えているのだと知れた。

 

「みこと! 来るのが遅いわ」

「そりゃ悪かった。で、気は済んだのか?」

「んー、あんまり。不完全燃焼だわ」

 

 そんな会話をしながら走り去っていく2人。

 反乱農民も後を追うものの、どう見ても脚力が違った。

 彼らが逃げ切るのは時間の問題だろう。

 その見事な逃げっぷりを見て、生前に奴隷商が話していた噂を思い出す。

 最近噂の賞金稼ぎ、アウトサイダー。

 本気で逃げに徹した彼らに、追いつける者はいない。

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