「あん? シミオンに挑むだって?」
聞き返してくるレッドに頷いて答える。
ボス・シミオン。
反乱農民をまとめるリーダーだ。
ちなみに怪我をしたすみれはベッドで休ませている。
「おいおい、話が違うんじゃねーのか。すみれをとめるどころか、逆にアクセル踏み込んでんじゃねーか」
「いや、すみれの場合それくらいの方がいいって。束縛されるのが嫌いなタイプだし、我慢させるより、むしろ思いっきり暴れた方がいいと思うんだよ。さっきすみれが反乱農民と剣を交えてるのを見て、そう思った」
いつも一緒に戦っていたから分かる。
反乱農民の男の腕を切り飛ばした一閃は、いつものすみれの剣とは違っていた。
あんな風に無闇やたらに連撃を続けるような戦い方を、すみれは好まない。
防御に重点を置き、隙の少ない1撃を丁寧に重ねていくのがすみれの得意とする戦法のはずだ。
あの時のすみれは、明らかに冷静さを欠いていた。
けれどその後、追い詰められた時にすみれは、冷静さを取り戻していたように見えたのだ。
窮地に陥った時、人がとる行動は2つのパターンに分かれる。
パニックに陥るか、それとも冷静に打開策を練るか。
すみれは後者なのだろう。
瞳から苛立ちや憎しみが薄れ、戦い方もいつもの戦い方に近い剣筋に戻っていた。
「ボスって呼ばれてるくらいなんだから、シミオンだって優秀な剣士なんだろう? そういう相手と剣を交えることで、得られるものや取り戻せる想いがあるんじゃないかって思うんだ」
「‥‥‥何だよ、得られるものって」
よく分からん、といった顔で聞き返すレッド。
まあ俺もはっきりとした確信があるわけじゃないんだけど。
「剣でしか分からない何か、かな。真剣に己の剣と向き合っている者同士が刃を交えれば、きっと何かが伝わると思う。命を賭けた剣の一振りは、言葉よりも沢山のものを伝えあうんじゃないかなって」
「ふうん。それはすみれの彼氏としてそう思うのか? それとも鍛治師としての勘か?」
「んー。鍛治師としてかな」
俺は正直に答えた。
剣を何本も打っていると、当然その剣の使い手について思いを巡らせることも多くなる。
ボス・シミオンについても考えた。
まだ会ったこともない、顔も知らない相手。
けど、ほとんどゴロツキのような反乱農民を上手にまとめ上げている人物だ。
ただのゴロツキなはずがない。
血の気の多い反乱農民を、彼はどのようにしてまとめあげたのか。
その際、どのような苦労があったのか。
そして‥‥‥ストーンキャンプ襲撃の疑惑をかけられた時、彼は何を語るのか。
言葉で語るか、それとも剣で語るか。
どちらにしてもそれは、きっとすみれの心にも届くだろう。
俺なんかがアレコレと言葉を並べるより、きっと多くを得られるはずだ。
‥‥‥俺は、鍛冶師であって剣士ではない。
だから、すみれの剣を受け止めてやることはできない。
俺にできることは、すみれの剣を鍛え、そして見守ることだけだ。
「ふうん。オレには分からない世界の話だが‥‥‥ま、腕の立つ剣士と刃を交えることで、すみれも冷静さを取り戻せるかもってことだな。で、シミオンにはいつ挑むんだ?」
「そうだな‥‥‥善は急げっていうし、すみれの怪我が治り次第挑みたいところだけど。イズミはどう思う?」
俺が尋ねると、研究台で熱心に科学書を読んでいたイズミが振り返る。
全く会話に加わってこなかったが、ちゃんと聞いてはいたようだ。
「あー、うん。それでいいと思うよ」
そして、それだけ言ってまた科学書に没頭してしまう。
イズミは研究に集中すると、本当に周りがどうでも良くなるな。
本ってそんなに面白いものなのかな。
字が読めない俺に、イズミの気持ちは分からない。
けど、尊重はしたいと思う。
俺には分からなくても、きっとイズミにとっては大切なことなのだろう。
翌朝。
すみれの体調はすっかり回復していた。
シミオンを倒しに行こうと話すと、とても乗り気で賛成してくれた。
ボス・シミオンの居場所はバストから北に向かった場所にある、シンクンと呼ばれる地方だ。
シミオン砦、などという分かりやすい名前の拠点を築いている。
ちなみにすぐ近くに風魔忍者の拠点もあったりするのだが‥‥‥まあ、今はいいか。
「それで、作戦はどうするの?」
すみれが尋ね、イズミが答える。
「最優先事項は退路の確保。これはどんな戦いでも変わらないよ。だからまずは門番を倒す。門番を倒したら、みこととすみれの2人で本部の建物に突入してほしい」
「私たち2人で? レッドとイズミはどうするの?」
「レッドの大鎌やボクのクロスボウは、狭い室内じゃ活かせないさ。ボクたちは建物の外の奴らを相手しておくよ。だからもし勝てないと感じたら、すぐに逃げてきて欲しい。外の安全は確保しておくからさ」
「うん、分かったわ。まあ、勝つのは私だけどね!」
自信満々に言うすみれが頼もしい。
「それじゃ、突撃だ!」
まずは正門を守る門番に駆け寄る。
すぐ隣にすみれも続いた。
「おい待て! なんだ貴様らは!?」
門番の男が怒声をあげるが、律儀に受け答えする義理もない。
というか、見りゃ分かるだろう。
「ふふん。巷で話題のアウトサイダーが、シミオンの首を頂きにきたわ!」
‥‥‥すみれってたまに律儀だよな。
攻撃の手も止めてシャキーンとポーズ取ってたりするし。
「ちっ、やらせる訳ねーだろ! 敵襲だ! 警報を鳴らせ!」
砦に設置された警報が鳴り響き、わらわらと反乱農民が飛び出してきた。
面白くなってきたじゃないか。
「すみれ、みこと! 5メートル下がって! 前に出過ぎてる!」
イズミの警告。
言われた通りに下がるとそれを追いかけるように数人の反乱農民が寄ってくるのだが、それを左右から挟み込むようにレッドとイズミが合流した。
まずは包囲完了。
「くそっ、誘い出されたのか!?」
状況に気付いて取り乱す反乱農民。
もちろん、彼らが落ち着きを取り戻すのを待ってやるつもりなんてない。
肩からぶつかるようなタックルでそいつらを怯ませる、と同時にそのまま駆け抜けた。
「よっしゃ! ナイスだみこと!」
レッドの大鎌が隙を見せた反乱農民をまとめて切り裂く。
まだ意識はあるみたいだが、後はレッドとイズミに任せよう。
俺とすみれはそいつらを放置して、本部の建物に駆け込む。
「行かせるかよっ、ボス‥‥‥ぐあっ!」
俺たちを追おうとした者も1人いたようだが、そいつはイズミの矢を受けて倒れた。
本部の中。
敵は‥‥‥ざっと10人弱ってところか。
思ってたより数が多い。
警報で誘い出せたと思ったのだが、流石にボスの周囲を手薄にするほどバカじゃなかったか。
敵の中から、1人の男が前に出る。
「ふん‥‥‥ただのネズミじゃねぇみたいだな。目的は、俺の首か?」
こいつが、ボス・シミオン。
モールさんとの手合わせを除けば、初めての高額賞金首との戦闘だ。
「ええ、そうよ。それと聞きたいことが1つ。ストーンキャンプを襲ったのは貴方?」
「ふん。答えるわけねえだろうが。知りたきゃ俺を倒してからにするんだなっ!」
リーチの長いクワを振り回すシミオン。
巻き込まれないように距離を取りつつ、俺は周囲の雑魚の相手をする。
すみれはシミオンの一撃を正面から受け止めてみせた。
雑魚、といっても結構強い奴らが揃っているな。
砂漠をうろついてる反乱農民の奴らとは動きが違う。
ボスの警護を任されるだけのことはあるってことか。
「ただのクワ如きで、私の相手が務まるかしら!」
クワを弾き返したすみれが、シミオンに迫る。
一閃。
シミオン、下がってかわす。
「へっ、だったら見せてやらあ。ただのクワの実力をなあ!」
頭上から振り下ろすような一撃。
すみれは下がってかわす、が。
「なっ!?」
シミオンの一撃は、そこからさらに伸びた。
振りおろした一撃は胸の高さで静止し、そのまま突きに変化する。
間一髪、すみれは刀を振ってクワを上方に弾くことで難を逃れ‥‥‥違う!
弾かれたんじゃない、シミオンはクワを振り上げたんだ!
完全に刀を振り切った状態のまま姿勢を崩したすみれは、次にくる攻撃に対応できない!
「こいつはただのクワじゃねえ。伝説の鍛治師クロスの手によるメイトウさ。クワに擬態した、聖剣なのさっ!」
「くっ、させねえよ!」
シミオンがクワを振り下ろすまで、コンマ数秒。
離れた場所で戦っていた俺は、目の前の反乱農民のザコの襟首を掴み、後方へ自分から倒れ込む。
俺の意外な行動に一瞬、反乱農民の男が戸惑いを見せる、その隙をついて投げた。
後方へ倒れ込む勢いをそのまま利用した、巴投げと呼ばれる技。
投げられた男は真っ直ぐにすみれの元へ吹っ飛び‥‥‥がしっとすみれが男を捕まえて盾にすることで、シミオンの攻撃は不発に終わる。
体勢を崩した隙に周囲の雑魚から数発もらっていたようだが、致命傷ではない。
「甘いわね。こいつを見捨てていれば、勝ってたのは貴方よ? ボスなら自分が生き残ることを優先するべきじゃないかしら」
目を回している男をぽいっと投げ捨て、シミオンに向かって構えるすみれ。武器は取り上げてあるので、目を覚ましたとしても敵にはならないだろう。
「そうかもな。だが、それはできねえ。こいつらを守ることこそ、俺の使命だ」
「ふうん。追い剥ぎしか脳のないゴロツキの分際で、男気だけはあるのね」
すみれの分かりやすい挑発。
だがシミオンの構えが乱れる様子はない。
挑発が通用しないと悟り、すみれは短く息を吐く。
「‥‥‥まあ、そんな風に言う奴も多いさ。否定はしねえよ。けど、誰になんと言われようとも、譲れねえもんが俺にはあるのさ」
シミオンが上段に構え、覇気を放つ。
次で決着をつけるつもりだと、それで知れた。
すみれも腰だめに刀を構え、真っ直ぐにシミオンの覇気を受け止める。
2人が同時に、駆けた。
シミオンが突っ込みながらクワを振り下ろす。
そこにまたすみれも斬りかか‥‥‥ると見せかけ、直前で急ブレーキをかけた!
以前モールさんが見せた技、そのままに。
「なにっ!」
クワが深々と床にめり込む。
それを踏みつけるようにして、すみれが斬る。
一閃。
シミオンの胸から、勢いよく血が吹き出す。
「ふ。またつまらぬ者を斬ってしまった」
刀を鞘に収めるすみれ。
胸から血を流したシミオンがそこに倒れ込み‥‥‥ひょいと、すみれがそれを担ぎ上げた。
「勝負ありね。ほら、貴方たちも武器を棄てなさい。シミオンに死なれたら、私だって困るんだから」
担ぎ上げたシミオンを見せながら、すみれがいう。
シミオンの怪我は誰が見ても致命傷だった。
すぐに傷を塞がなければ、じきに死に至るだろう。
悔しそうに歯噛みしながらも、ボスを見捨てることはできないのか、全ての反乱農民が武器を捨てる。
俺はすぐにシミオンに包帯を巻いて応急手当てを施した。
「すみれ、みこと! 大変だ!」
そこに、外で戦っていたはずのレッドとイズミが駆け込んでくる。
反乱農民も数人駆け込んできたが、攻撃の意思はなさそうだった。
「ん、どうしたんだ? こっちは大丈夫だぜ、もう片付いた」
「ああそれはおめでとう! けどそれどころじゃない、とにかく静かにしてて!」
イズミが叫ぶようにそう言ってドアを閉める。
イズミが取り乱すなんてよっぽどだな。
少なくとも俺はイズミが慌てる姿なんて初めて見た気がする。
と、突然外に沸く多数の気配。
10、20、いやもっとか?
そっと外の様子を伺うと。
「肉!」「肉!!」
‥‥‥カニバルだった。
気絶した反乱農民たちを担ぎあげて、嬉しそうに去っていく。
「肉!」「肉!!」
息を殺して様子を見守る。
どうやら目の前に転がる餌にしか意識がいってないらしく、本部の中までは探そうとしてこない。
俺たちは生き残った反乱農民と共に本部の中で息を潜める。
今戦えば、確実に負けるだろう。
俺たちも、反乱農民たちも、お互い怪我がひどい。
声を出すなよ、と視線で反乱農民に告げる。
彼らも同じ思いのようで、息を潜めてやり過ごす。
いつの間にか目を覚ましたシミオンが、担がれたまま目を見開いてその様子を眺めていた。
第38話、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。