「みんなに、話しておきたいことがある」
みこと、すみれ、レッドの3人を集めて、ボクはそう切り出した。
話しておきたい事っていうのは、故郷の事だ。
ボクの父が農夫だったこと。
父が壮大な夢を抱いていたこと。
そして、ボクの研究が後少しで水耕栽培に手が届きそうな事。
もちろん、理論だけ完成してもボク1人では何もできない。
父の夢を継ぐためには、どうしても人手が必要だった。
「だから‥‥‥ショーバタイを出て、バスト地方に住処を移して、そこに拠点を築きたい。そこで、最初は小さな畑でいい。農業をしたいんだ」
「んー、農業がしたいのは分かったんだけどさ。そのスイコーサイバイだっけ? その理論はまだ完成してないんでしょう? 今のバスト地方に小さな畑を作ったところで、お父さんの夢は叶わないと思うわよ?」
すみれが言う。
あまり乗り気ではなさそうな口調だった。
「それは確かにそうなんだけどね。今の時点では、収穫はそれほど重要じゃないんだ。いずれ水耕栽培が実現した時のために、農業のイロハを身につけてもらいたい。そのための畑だよ」
ボクがそう提案してみるも、すみれとみことの反応はあまり良くない。
農業というものがイマイチ、ピンとこないって表情だ。
しばらく悩んだ後、みことが言う。
「んー、まあイズミには世話になってるし、協力したいとは思ってるよ。けど俺は今は、どうにかして鉄板を手に入れる方法を探したいかな。ストーンキャンプがなくなって、鍛冶の修行が全然捗らなくなったからな」
申し訳なさそうにそう言うみこと。
彼の気持ちも分かるけど、それはきっと大丈夫だ。
ボクはしっかりと彼の目を見て、頷いて見せた。
「鉄板を手に入れる方法だね。それなら多分大丈夫。掘った鉄鉱石から鉄板を作る方法も研究済みさ」
「えー‥‥‥自分で鉄掘るってこと? 召使いだった頃を思い出すから、あまりやりたくないわね‥‥‥」
すみれが嫌そうにそう言う。
まあ実はこの反応も予想通りだ。
「そう言うと思ったよ。そこで、ちょっと紹介したい人がいるんだ。‥‥‥いいよ、入ってきて!」
玄関に向かってそう声をかける。
すみれ、みこと、レッドの3人の視線が玄関に集まり、そのタイミングで扉が開いた。
「よ、よろしくお願いします」
1人の女性が、そこに立っていた。
時間は1時間ほど前に巻き戻る。
ここはストーンキャンプ跡地。
私は飽きもせずに檻の中で膝を抱えていた。
食料はあと何日保つだろうかと、そんな事を考えながら。
すると少女が1人、奴隷商の墓の前にやってきた。
例の4人組の1人だ。
彼女は奴隷商の墓の前に1輪の花を供え、手を合わせた。
なんの花だろう。
サボテンの花っぽいけど、正確なところは分からない。
彼女は墓の前で手を合わせ、祈る。
「久しぶり。とりあえずレッドとは上手くいってるよ。ありがとう。‥‥‥まったく。こんな事になるなら、おっさんとも生前にもっと話しておけばよかったかな。名前も分からないから、墓標すら刻めないじゃないか」
愚痴るようにそんな事を言う少女。
なかなかマメというか律儀というか。
名前が分かれば墓標も刻むつもりだったのかな。
なんだか良い人っぽい気がする。
そして、私よりも年下だ。
私は勇気を出して、その子に話しかける事にした。
「こ‥‥‥こんにちは!」
少女はビクッと肩を震えさせて、キョロキョロと周囲を見回す。
こっちに気付いてないみたいだ。
「こ、こっちです。檻の中」
私がそう告げると、ようやく少女と目が合った。
「え。え、何してるの、キミ?」
檻の中にいる私を見て、理解できない、といった様子で尋ねてくる。
難問である。
私は何をしているのだろう。
強いて言うなら、何もしていない。
答えることができずに黙っている私に、少女がとことこ近寄ってきて。
「鍵は開いてるみたいだし、出られないってわけでもなさそうだ。足も怪我してるわけじゃない。‥‥‥ふむ。キミは狭い場所が好きなのかな?」
檻の中が好きだと感じたことはないけれど。
でも、広々とした場所に放り出されるよりは落ち着く。
ってことは、好きってことだろうか。
なるほど適切な気がする。
「うん」
一言答えて、少女の言葉を肯定する。
「ふうん。まあ感じ方なんてそれぞれだし、好きならそれでいいけどね。それで、ボクに用かい?」
用があるってわけじゃないんだけど。
でも、現状を打開してくれる可能性を感じて声をかけたのは確かだ。
黒髪ロングの剣士はうっかり機嫌を損ねたら斬られそうで怖いし、赤髪の大鎌使いの人はガラが悪そうで怖い。
短髪の男の人は、怖くはないけど‥‥‥でも、自分から男の人に話しかけるなんてハードルが高すぎる。
そんなわけで、話しかけることができるのがこの少女しかいなかった。
「用。用というか、いつも鉄板買ってくれてたから。‥‥‥あ! そ、そうだ。鉄板、要りませんか?」
この時に至って、ようやくこの人たちが毎日のように大量の鉄板を買い込んでいたことに思い至る。
用途は未だ不明だが、あれだけの鉄板の仕入れ先がなくなったのだ。
さぞ不便しているんじゃなかろうか。
「鉄板? キミが鉄板を売ってくれるのかい?」
「あ、いえ。鉄板はないんだけど。でも鉄を掘るのは得意です! 雇ってくれると嬉しいです!」
少女はまじまじと私を見て、言った。
「‥‥‥なるほど。これは‥‥‥いいね。使えそうだ」
そうして私は少女に担がれて、ショーバタイの町に入ったのだった。
「ちょっと紹介したい人がいるんだ。‥‥‥いいよ、入ってきて!」
ショーバタイのロングハウスの前で待たされること、約30分。
ようやくお許しが出たので扉を開ける。
最初から入れてくれたらいいのに、との不満はなるべく顔に出さないよう努めた。
あの子にはあの子の考えがあるのだろうし。
黒髪ロングの剣士、赤髪の大鎌使い、短髪の男性の視線が私に集中する。
‥‥‥なんだか、すごく緊張してきた。
やっぱり私なんかが、この人たちの役に立つことなんてできないのでは。
なんか、オーラが違う。
檻の中で膝を抱えてるだけの引きこもりとは格が違う。
気配だけでそれが分かった。
「実は今朝、お墓に花を供えようと思ってストーンキャンプに行ってきたんだけどね。そこで、この人に声をかけられたんだ。ストーンキャンプの奴隷だった人だよ」
少女が私の事を紹介する。
「よ、よろしくお願いします。鉄掘るのだったら得意です。お役に立てると思ったり、思わなかったり‥‥‥」
なんとかそう自己紹介してみた。
後半になるにつれてだんだん自信がなくなっていくのが、なんとも私らしい。
やっぱり、迷惑だろうか。
私なんかでもできるような仕事なんて、この人たちなら自分でやれるんじゃないだろうか。
やっぱり、私なんて‥‥‥
「え! それってつまり、私たちの専属奴隷になってくれるって事!? すごいわみこと! なんだか貴族の仲間入りしたみたいな気分ね!」
‥‥‥杞憂だったようだ。
迷惑どころか、すごく嬉しそうにはしゃぐ黒髪の剣士。
こういう反応は珍しい。
人が奴隷に向ける感情なんて、大体は憐れみ、蔑み、侮蔑のどれかだ。
そのどれでもなく、ただ必要としてくれる。
それが、なんだかすごく新鮮だった。
「え、あ‥‥‥はい! どうぞお望みのままに使ってください、ご主人様」
せっかくの機嫌を損ねないよう、従順な奴隷キャラを意識して演じてみる。
うむ、うむと尊大に‥‥‥いや、尊大な貴族のモノマネをするように大袈裟に頷く剣士。
あれ? なんか‥‥‥以前反乱農民の腕を切り飛ばしていた時と、ちょっと印象が違う。
こんな愉快な人だったっけ。
まあいいか。
「と、いうわけで。今後は彼女がいれば鉄鉱石の仕入れは心配なさそうだ。けど、鉄鉱石を鉄板に精錬する設備を作るには専用の土地が必要になる。拠点を作るのはみことの鍛冶にも有用な選択肢だってこと、分かってくれたかい?」
「ああ! これでようやく修行を再開できそうだな!」
「そうね! 奴隷を雇って自分の拠点を構えるなんて、なんだか一国一城の主になったみたいで面白そう! レッドも、それでいいわよね?」
「もちろん構わねえぜ。よろしくな。‥‥‥えっと、あんた名前とかはあるのか?」
名前。
そうか、外の世界で生きるためには名前が必要なのか。
考えたこともなかった。
名前、名前‥‥‥なんでもいいけど、何か考えないと。
視線を巡らせて何かないかと探していると、黒髪の剣士が腰にさしている刀に目が止まる。
正確には、その刀の鞘。
鋭い刃を錆びつかせないため。
そしてその刃で人を傷つけないための拠り所となるもの。
‥‥‥サヤ。
「サヤ、です。サヤと呼んで下さい、ご主人様」
私は初めて、自分の名前を名乗った。
第40話、呼んでいただきありがとうございます。‥‥‥40話ですって。いつの間にこんな長編になったのやら。作者自身が1番驚いております。さて、次回から新たな仲間を迎えての拠点建築回です。拠点建築、いいですよね。kenshiの醍醐味の1つですので避けては通れません。建築をメインにした話なんて書くのは初めてですが、きっとなんとかなるでしょう。なんとかしてみせます。なんとかなるといいなあ‥‥‥ど、どうぞ次回も応援よろしくお願いします。