人の幸せというのは、個人の能力とは関係なく、環境によってほぼ決まるものなのだなと、最近つくづく思う。
私に出来る事なんて、ただ鉄を掘ることだけだ。
それはストーンキャンプの奴隷時代から変わらない。
そして、今も毎日鉄を掘っている。
でも、私自身がしている仕事は何も変わらないのに、幸福度はあの頃とは比べ物にならない。
「サヤ。そろそろご飯にしましょう。レッドが呼んでるわよ」
「あ、はい! 今行きます、ご主人様!」
今の主人であるところのすみれさんに呼ばれたので、作業を中断して駆け寄る。
足枷がないので、とても足が軽い。
「ご主人様ねえ‥‥‥やっぱり、なかなか慣れないわね。その呼び方」
「そうですか? 私はずっと雇い主様をそう呼んでいたので違和感はないんですけど。‥‥‥ではすみれ様、はどうですか?」
「‥‥‥うーん。どうもこそばゆい」
「なら、お姉様」
「やめて」
あれもダメ、これもダメと我儘なご主人である。
一体どう呼べばいいというのだ。
「うーん。やっぱ呼び捨てが1番しっくりくるかなあ。呼ばれ慣れてるし」
結局、そういうことになる。
みことさんやレッドさんも同じことを言っていた。
奴隷が主人を呼び捨てにするっていうのも変な話だが、主人がそう呼んでくれというなら従うほかない。
「分かりました。それではすみれ、食事に参りましょう」
「うん。‥‥‥うん?」
すみれの手を引いて食卓に向かう。
途中、すみれが手をひかれながら「あれ、ちょっと今のおかしくない? 立場が逆じゃなかった?」とか呟いている。
失礼な、私はこんなにも主人の意向を尊重しているというのに。
「サヤ、あまりすみれをからかってやるなよ」
食卓につくなり、みことに注意された。
見られていたらしい。
「あら、申し訳ございません。すみれの反応が面白くて、つい」
「や、やっぱり面白がってたんだ! 全く、なんて奴隷なのよ。主人をからかうなんて」
私の手を振り払って悪態をつくすみれ。
だが。
「‥‥‥耳かき」
私が一言そう呟くだけで、すみれは真っ赤になって言葉を失った。
とても分かりやすくて、可愛らしい。
「あの時のすみれは、とても可愛らしかったですね。もし良ければ、今度は私が耳かきしてさしあげますよ?」
「い、いらないわよ! もう綺麗だもの! ってか、アレは忘れろって言ったでしょう!?」
「はい、忘れました。けどすぐ思い出してしまうのです。なんせ、とっても印象的でしたから。ねえ、みこと?」
「まあ、確かにな‥‥‥」
私の言葉に同意して、目を閉じるみこと。
きっとあの時のすみれを思い返しているのだろう。
私も彼と同じように目を閉じ、あの時みた光景を思い返す。
「や、やめてよもう、2人ともっ!」
‥‥‥ちょっとからかい過ぎただろうか。
すみれの目尻にかすかに涙が滲んでいた。
仕方ない、ここまでにしておこう。
続きはまた今度イジればいいか。
「なんだかんだで、サヤもすっかり馴染んだみたいだな。ほら、今日の飯だ。代わり映えしなくて悪いが、ミートラップだ」
出来立ての料理を運んできたレッドからミートラップを受け取る。
美味しいご飯を毎日お腹いっぱい食べれるって、やっぱり素晴らしい。
今までの主人は奴隷に脱走されないように、最低限の食事しか与えてくれなかったからなあ。
「馴染んでないわよ! 私こいつ嫌い!」
すみれが私を指差して罵倒してくる。
そこまで嫌わなくてもいいのに。
「まあ、とても悲しいです。私はすみれのこと、大好きですのに」
大袈裟にショックを受けたフリをしつつよろめき、よよよ、と泣き真似をしてみせる。
嘘ではない。
すみれのことは、この美味しいミートラップと同じくらいには大好きだ。
「いやー、ストーンキャンプで会った時は、こんな人だとは思ってなくてね。むしろ今のサヤが本来の彼女なのかもね」
イズミがそんなことを言ってくる。
こんな人、という表現がちょっと気になったが、きっと「こんなに素敵な人」の略だろう。
そう思うことにした。
まあそれはともかく。
本来の自分というのがあるのかどうかは知らないが、環境が人を作るってのはあると思う。
以前の私は、もっと自信がなく臆病だった。
今にして思えばそれは、ストーンキャンプで檻に閉じ込められ毎日のように罵声を浴びていたからだろう。
そんな環境に長く置かれたら、誰だって自信を失うし臆病にもなるってものだ。
たまーに、どんな環境でも自分を貫けるような例外的な人もいたりするけれど。
すみれとか。
そういう強さは私にはないものなので、彼女のことはすごいと思うし、好感も抱いている。
それなのに、なぜかすみれには伝わっていないようだ。
ミートラップを頬張りつつ、私はふと浮かんだ疑問を口にしてみた。
「そういえば、ここでの食事はダストウィッチではないのですね。麦とサボテンの畑を耕しだした時は、もうダストウィッチが主食になるものと覚悟してましたが」
麦畑の隣にサボテンの畑を耕したのが昨日のことだ。
ちなみにダストウィッチとはペースト状にしたサボテンをパンで挟んだ食べ物で、その味は‥‥‥まあ、一言で言うなら、とてもマズい。
サボテンの青臭さとパンの食感が絶妙にミスマッチしていて、けど栄養価だけは高いからサボテンくらいしかまともに育たない砂漠では主食として食べられている。
結果、砂漠の自殺人口の増加の一因とまで言われている代物だ。
「んなわけねーだろ。あんなもん毎日食ってられるかよ。いや、調理方法の工夫次第ではひょっとしたら美味しくなるのかもしれねーが‥‥‥少なくともオレは、サボテン料理についてはそこまで詳しくなくてな。というか、そんな工夫なんてしなくても、スキマーやボーンドッグ狩ってミートラップ作った方が絶対に美味しいだろ」
ごもっともである。
レッドの言葉に、私もうんうんと頷く。
まあ私はスキマーもボーンドッグも狩れないわけだけど。
他の皆さんが倒した獣の肉を譲ってもらうのみだ。
それじゃあどうしてサボテンを育ててるのかといえば、それは電力のため。
収穫したサボテンは全てバイオ燃料に変えて、それで火力発電を動かしている。
ちなみにサボテンから燃料を製造するのも私の仕事だ。
全員が食事を食べ終わると、心地よい満腹感を抱きながら今日はこれから何をしよう、といった話をする。
その日によって食材探しだったり、カニバル退治だったり。
一応、戦闘訓練も兼ねているらしいが、今は訓練の効率は度外視して、気分によってやりたいことをする方針らしい。
ちなみにほんの少し前までは今ほどの余裕はなく、ちょっとでも強くなるために訓練に訓練を重ねる毎日だったというから信じられない。
余裕がでてきたのは、確実に野生動物やカニバルの群れを倒せるようになってようやく、とのことだ。
この人たちも、最初から強かったわけじゃない。
当たり前だけど忘れがちなことだ。
「それじゃ、オレはみことが作った武器を売りに行ってこようかな。保管庫、そろそろ満タンだっただろ」
「あ、それならボクも一緒に行くよ、レッド。1人じゃ何かトラブルがあったら大変でしょ」
「レッドが武器を売りに行ってくれるなら、また保管庫に余裕が出来るな。俺は鍛冶の訓練でもするか」
「私も防具作りかしら。最近だと安定して熟練等級が作れるのよ。みんなの防具も新しいものに変えるから、期待しててね」
こんな感じで、大体すぐにその日の予定が決まる。そして私は。
「それじゃ、私はいつも通りに鉄を掘ると致しましょう。なんだか悪いですね。私だけ、誰でも出来るような簡単な仕事で」
それでいて、他の皆と同じ食事をご馳走してもらっている。
奴隷ってなんだろうね。
「誰でも出来るかもしれないけど、誰かがやってくれなきゃ困る仕事さ。本当に助かってるよ」
みことがそうフォローを入れてくれる。
本心からそう思ってくれているのが分かるので、こちらも働いていて楽しい。
つくづく、人の幸不幸というのは個人の能力や力量ではなく、環境次第なのだなと。
ここで働くようになって、そう思うのだった。
第42話、読んでいただきありがとうございます。いやはや、今回は苦労しました。というのも前回イキオイ任せにおかしな話を書いたものですから、軌道修正に苦心しまして。全て無かったことにして普通に接するのは不自然だし、かと言って突っ込めばどんどん物語自体がおかしな方向に脱線していくしで‥‥‥うん。後先考えずに変な話を書くものじゃないですね。反省。
次回は幕間の物語です。リドリィ視点にするか2B視点にするかはまだ決めてませんが、とにかくあの2人の物語です。