Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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幕間 その者、上級審問官である故に

 私の仕事は町の統治、そして罪人を捌くことだ。

 皆からは上級審問官と呼ばれる役職についている。

 

「セタ様。リバース鉱山から緊急報告が届きました」

 

 部屋に入ってきた配下の審問官が、駆け寄りざまに開口一番、そう言った。

 

「聞こう。何があった?」

「召使いが2名、脱走しました」

 

 脱走。

 バカな奴がいる者だ。

 だが配下が続けて口にした言葉には、さすがに驚いた。

 

「そしてその脱走した召使いなのですが。そのうちの1人は、セタ様が10年前に捕らえた、みことという男だそうです」

 

 ‥‥‥みこと。そうか。

 あいつが脱走したのか。

 

「そうか。捜索の状況はどうなっている?」

 

 動揺を顔に出さないよう、事務的に尋ねた。

 

「はっ。既にヴァルテナ様が、パラディン80名を動員して捜索中です。見つかるのは時間の問題かと」

「そうか。ならば捜索は彼に任せて問題あるまい」

 

 余計な私情を挟まない、事実に基づいたスムーズなやりとり。

 

「して、門番の処罰はどうしたのだ?」

「それが‥‥‥南門、東門、そして北門の全ての門番が、口を揃えてこう言っております。怪しい者など見ていないと」

「ふん。それは嘘だな。門を通らずして、どうやって召使いが脱走するというのだ」

「はっ。おっしゃる通りでございます」

「保身のために嘘をつくなど、誇り高きオクランの使者として恥ずべき行為だ。偽りはオクラン様がもっとも嫌う行為の1つである」

「はっ。まことおっしゃる通りでございます」

「脱走当日、門の警備に当たっていた者全てを拷問にかけよ。火で炙ってやれば、真実を話す者が現れるはずだ」

「ははっ。仰せの通りに」

 

 一礼し、配下の審問官が去っていく。

 それを見届けてから、深々とため息をついた。

 

「みことよ。何故、逃げたのだ。何故、逃げる必要があったのだ‥‥‥」

 

 私は引き出しを開けると、そこから1枚の紙切れを取り出す。

 そこにはみことの名前と似顔絵、そして、彼を1週間後に釈放することを命じる指令が書かれていた。

 今となってはもう、何の意味もない指令書だ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。

 娘のシェリーが家出した前日のことだ。

 忘れるわけがない。

 

『このクズが!! どうやったらこんなマズい飯が作れるんだ、ああん!?』

 

 料理の1つも出来ないようでは、嫁の貰い手がない。

 仮に嫁にもらってくれる男が現れても、毎日その男からいびられ続ける生活を強いられることだろう。

 ここホーリーネイションは、そういう国だ。

 我が娘がそんな生活を送るなど、耐えられるわけがない。

 だから、心を鬼にして厳しく躾けたつもりだった。

 だがきっと、厳しすぎたのだろう。

 不器用な父親だったと反省しても、もう遅い。

 気付いた時には遅すぎた。

 あろう事か、娘は自分でオオカミの肉を取りに行くなどと言い出した。

 行かせられるわけがなかった。

 愛する娘が、オオカミの鋭い爪に、牙に引き裂かれる姿など、誰が見たいものか。

 娘は、本気だ。

 本気でオオカミに挑むと、その目が言っていた。

 

『できもせんことを言うなっ! 女ってのはいつもそうだ。口を開けば嘘ばかり。恥を知れ、恥を!』

 

 だから、嘘だと決めつけた。

 たとえ娘が本気だとしても、それは嘘じゃないとダメなんだ。

 そうでないと、娘は。

 私は娘が何かを言う前に足を振り上げる。

 言い出したら聞かない子だということは、この私が一番よく知っていた。だが。

 

『やめろ!!』

 

 突然割り込んできた声と共に、私は押し倒された。

 子供だった。

 こんな子供が何故?

 町の大人でさえ、この私に意見する者などいないと言うのに。

 この子供は一体何故こんなことを。

 そんな私の疑問は、他でもないその少年の言葉で拭われた。

 

『へっへーん。ざまみろオッサン! 今すぐこの子に謝れよ! 叩いてしまってゴメンナサイってな!』

 

 この子に謝れ。

 その言葉を聞いた時、私は嬉しくて仕方なかった。

 ちゃんといるじゃないか、嫁の貰い手が。

 シェリーを守るため、この私にさえ歯向かって見せる、たくましい少年が。

 まだ5歳の子供にそれを期待するのは、いささか気が早すぎるだろうか。

 もちろん実際に娘を守るには、彼はまだまだ力不足だ。

 いくら守ろうとする気持ちがあっても、この少年にその力はない。

 だが、そんなことは問題にすらならなかった。

 力がないなら与えてやればいい。

 稽古をつけてやればいい。

 教えられるだけの武技を、私が備えているのだから。

 私は少年の顔をじっと見つめる。

 ここで焦ってはいけない。

 かける言葉はよく考えなければ。

 なにせ私は、不器用な父親だから。

 下手な物言いをしてこの少年にまで誤解されたら、それこそ娘の将来は。

 私はゆっくり立ち上がると、その少年にかける言葉をじっくり選んで「貴様ああぁぁ!! それがセタ様に対する態度かああぁぁ!!」‥‥‥選び終わる前に、配下の審問官が駆けつけ、少年を殴り飛ばした。

 おい何してんだこのバカ。

 

「はっはっは。ガキの分際でセタ様に狼藉を働こうなど、身の程知らずな。さあセタ様、お手をどうぞ」

「あ、ああ」

 

 気絶した少年の方を気にしながらも、配下の手を取る。

 冷静になれ、彼は自分の仕事をまっとうしただけだ、悪気なんてないんだ‥‥‥

 

「それにしてもあのガキ、どうしてやりましょう。セタ様に狼藉を働いた以上、やっぱ火刑ですかね。燃やしてしまって構わんでしょう」

 

「や、やめて! みことくんは悪くないの! 悪いのはこの私なの!」

 

 いいぞよく言った娘よ! これで少年を庇うための大義名分もたつ。

 

「私の娘もこう言っている。幸いにして怪我もないのだから、今回は不問にしても」

「いーやダメです! 罪はちゃんと裁かないと示しがつきません! オクラン様も言っておられるではないですか、闇の者は我らの良心を利用して近づいてくるのだと」

 

 お前はなんでそこまで真面目なんだクソがっ!!

 

「火刑がダメならリバースに送りましょう。あそこは闇をはらう為に作られた強制労働施設。この少年の闇も、きっとそこで払われることでしょう」

 

 配下の審問官の言葉に、娘は顔面を蒼白にさせてすがりつく。

 

「そんなっ! お願いパパ、やめさせて! リバースになら私が行くから!!」

 

 だから行かせられるわけがないだろう!

 私だってやめさせたいわ畜生!

 お前はリバースの女がどんな扱いをされてるか知らないからそんな事が言えるんだ!

 言いたいことは山ほどあった。

 けれどどれも、言うことが許されない。

 私は上級審問官。

 罪人の罪を裁くのが、私の仕事だからだ。

 この時ほど、私は自分の肩書きを呪ったことはない。

 結局、少年はリバースに送るしかなかった。

 そして少年をリバースに送った翌日、娘は家出した。

 

 首都ブリスターヒルまでおもむいて、娘を探しに行きたい、仕事を休ませてくれと皇帝フェニックスに直談判した。

 返された返事は、お前は町の統治者だろう、統治者が町を留守にしてどうするんだ、シェクが攻めてきたら誰が町を守るんだと正論の嵐であった。

 すごすごとスタックに戻る。

 頭に浮かぶのは娘のことばかりだ。

 薄汚い野盗に拐われていないだろうか。

 ご飯はちゃんと食べているのだろうか。

 こんな時に誰かが娘の側にいてやれれば。

 そうだみことくん。

 彼はどうしているだろう。

 ああいや、彼は私がリバースに送ったんだったな。

 なんてことだ‥‥‥

 私はリバースに向けて指令書を書いた。

 みことを、10年の労働の後に釈放するという指令だ。

 彼がやらかした罪の大きさからして、10年が限界だった。

 できることなら今すぐに釈放して、娘を探させたいのに。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 そしてようやく、10年が経った。

 指令書に書かれた日付まで、あと1週間。

 1週間すれば彼に娘を探すよう頼んでみよう。

 ひょっとしたら娘はもう生きていないかもしれない。

 けれどそれでも、どうなったかを知らずにこのままの生活を続けるなんて出来なかった。

 そしてもし娘が生きていたなら。

 その時は娘を、彼にたくそう。

 彼ならきっと大丈夫だ。

 娘を幸せにしてくれるはずだ。

 そう考えていた矢先の、脱走報告だった。

 門番は何をしていた、何故ちゃんと見張っておかなかった!!

 

「何故こうなる‥‥‥!! 何故!! どこに脱走する必要があったあ!!!」

 

 怒声と共に壁を殴りつける。

 その言葉に答えられる者など、どこにもいやしなかった。




 というわけで幕間の物語です。読んでいただいた方、ありがとうございます。次回の第5話ではいつもの2人の物語に戻りますので、楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。
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