「しかしまあ、ずいぶんと殺風景な土地ですよね。バストってのは」
救援へと向かう道すがら、部下が雑談を振ってくる。
大柄な体格のシェク族の男だが、シェク族にしては礼儀が正しい方だと思う。
‥‥‥偏見だろうか。
「まあ、そうだな。今はこんなになってしまったが、数年前までは美しい場所だったんだぞ?」
かつてのバストの風景を思い出しながら、そう答える。
「へえ。そういえばサミダレ様もバスト地方の出身でしたっけ。どんな場所だったんです?」
「お、聞きたいか? では少々、昔話でも聞かせてやるか。私がまだ風魔に入る前の話だ」
「わ、それすっごく聞きたいです! サミダレ様、昔はどんなことしてたんですか!? やっぱり都市連合のヤツら相手にブイブイ言わせてたとか‥‥‥」
興奮する部下を宥めるように、私は軽く首を横に振って答える。
「ハズレ。むしろ逆さ。貴族に雇われ、侍として屋敷で暮らしていたよ」
「え?」
「くすっ、意外かな。ではその辺りの話から始めようか。私の故郷の村は、丘の上に立ち並ぶ風車がシンボルでね。丘の麓に広がる広大な畑と合わせて、とても牧歌的な印象を人々に与えてくれる農村だったよ」
そして私は語る。
私の故郷の思い出話。
今はもう無い、小さな村での物語を。
「おおサミダレ! 訓練は終わったのか? 終わったなら一杯酒に付き合わんか?」
気安い口調でそう声をかけてきたのは、この村の領主。
私の雇い主だ。
丸いサングラスが妙に似合っている。
ノリのいいストリートミュージシャンだと自己紹介されたら信じてしまいそうな風貌だ。
「よしてください。私が下戸なの知ってるでしょう?」
そっけない口調を演じてそう返すと、彼はわかりやすくションボリとした表情を見せてきた。
そういったところが妙に可愛くてつい意地悪を言ってみたが、実の所は訓練で疲れていた。
ちょうど一息入れようと思っていたところだ。
「なのでお酒は無理ですが、紅茶でよければご一緒しますよ」
くすりと微笑みながら私がそう続けると、彼はぱあっと表情を明るくした。
「おおそうか! そうだったな、失念していたわい!」
そう言って領主自ら紅茶の用意を整えにいく。
ヒマなのか、それとも紅茶をいれるのが好きなのか。
多分前者かな。
私の毎日は、大体こんな感じだ。
午前から午後まで訓練を続け、午後は軽くティータイム。
その後は夕飯のメニューなどを考えながら丘の麓の農家を訪れる。
ここの農家で育ててる野菜がまた美味しいのだ。
体が喜ぶような感覚というか、食べればそれだけで元気が湧いてくるというか。
とにかくただ美味しいという言葉だけでは表しきれない。
きっと愛情をたっぷり受けて育った野菜だからだろうな。
私がこの田舎の村を離れる気になれない理由の1つだ。
休日になると、領主と共にこの辺りまで村をぶらぶらと散策したりもする。
一応、私は護衛という名目になっているものの、村の中に危険があるとは思えなかった。
形ばかりの護衛、というヤツだ。
「やあやあ諸君! 毎日土にまみれてご苦労なことだな! いやー感心感心!」
「‥‥‥どうしてそう、人を挑発するような言い方しかできないんですか。貴方は」
農民たちに声をかけるにしても、他に言い方はないのか。
領主の発言を小声で嗜める私。
「よいではないか。別に誰からも文句を言われたことはないぞ? なあ、お前もそう思うだろう? そこの農夫よ」
文句を言わないのではなく、言えないのだと思うけれど。
護衛を連れた貴族に面と向かって意見できる農夫がどれだけいると思っているんだか。
だが、私の予想とは裏腹に、近くにいた農夫は快活な笑顔でこう答えた。
「はいっ! 俺、土いじりとか好きなんで! 領主様もたまには、童心に返って砂遊びなんてしてみませんか?」
「む‥‥‥いやワシは‥‥‥」
「ほら、採り立ての野菜です。めっちゃ美味いっすよ」
農夫は笑顔のまま、手に取った野菜を領主に手渡す。
瑞々しい、という言葉がぴったりの、美味しそうなトマトだった。
領主はそのトマトにかぶりついて。
「む! これは凄いの。こんなに甘いトマトは初めてじゃ」
「でしょー。俺の自信作です!」
どこか誇らしげに胸を張って、農夫の青年はそう答えた。
「それじゃ、収穫の続きがあるんで俺はこれで!」
「うむ! 頑張るが良いぞ!」
そして畑の方に走って、再び収穫作業に専念する農夫。
この辺りの畑の野菜が美味しい理由が、少しだけ分かった気がした。
彼の背中を眺めながら、私と領主は言葉を交わす。
「なかなか見どころのある青年じゃな。そう思わんか、サミダレ」
「そうですね。私もそう思います、テング様」
こんな平和な毎日がずっと続けばいい。
訓練で汗を流して、ティータイムを楽しんで、美味しい野菜を食べて、村の人たちと交流する。
そんな毎日が、ずっと。
そんなささやかな私の願いは、ある日突然壊された。
隣国、ホーリーネイションとの戦争によって。
その日、村は戦火に包まれた。
攻めてきたホーリーネイションの軍勢は強かった。
否、私たちが弱すぎたと言った方が正確だろうか。
ヴァルテナの率いる敵の精鋭部隊に対して、私たちはあまりに無力だった。
村は蹂躙され、畑は焼かれ、風車は瓦礫へと姿を変えた。
村を守るために雇われたはずの私たちは、村を守るどころか、領主1人を守ることさえままならなかった。
どうにか、テング様だけでも逃さなければ。
そんな思いに反して、私たちはどんどん追い詰められていた。
そんな時だった。彼らが現れたのは。
「おお、おお! よく来てくれたお前たち! ワシを助けにきてくれたのだな!」
ふと耳に届く、聴き慣れたテング様の声。
いつか見た農夫の青年が、娘の手を引いて駆けていた。
娘がいたのかと、この時初めて知った。
だが、続くテング様の言葉に私は耳を疑う。
「さあ、早く戦え! このワシを守ってくれ! 褒美はたっぷりと用意するぞ!」
「ちょ、ちょっとテング様!? 何をおっしゃっているのですか! 民を守ることこそ我らの務めでは」
小声で意見する私。
「ならサミダレ、お主ならこの状況を打開できるのか? ホーリーネイションの兵どもを倒せるのか?」
「そ、それは‥‥‥しかし‥‥‥」
言葉に詰まる。
足元に転がるのは、同僚だったモノの死体。
そう遠くないうちに、私も同じ運命を辿るのだろう。
それが何となく予感できた。
別に、死ぬのが怖いわけじゃない。
ただ守るべき者すら守れず、無駄死にするのが怖かった。
「ワシはな‥‥‥ワシは、まだ死ぬわけにはいかんのだ。この国を変えるその時まで、まだな」
はあ、と私はため息をつく。
「また言ってるんですか、それ。こんな片田舎の領主が、国を変えるだのなんだの。本気で言ってます?」
「もちろん。ワシはいつだって本気だとも。いつか『皇帝テング様』と皆から慕われ、腐敗しきったこの国を変えるリーダーになってみせるわいっ」
「はいはい。それじゃまずは、ここを生き延びないとですねー」
付き合ってられない、とばかりに会話を切り上げて、刀を抜いて敵兵に斬りかかる。
時間稼ぎくらいはできるだろうか。
しばらくして、農夫の青年も参戦してきた。
手には死んだ同僚が愛用していた刀。
「おいお前っ、あまり前に出るな! 時間さえ稼げばいいんだ、死に急ぐな!」
私は慌ててその農夫に声をかけ、後ろに下がらせようとした。
だが。
「‥‥‥正直、俺も後ろの方で隠れていたいですよ。けど。‥‥‥俺が女性を盾にして生き残ったなんて言ったら、娘に軽蔑されちゃうじゃないですか」
彼はそう言って、最前線から1歩も引かなかった。
女性とは、まさか私のことを言っているのか。
軍人に男も女もないだろうに。
「だからさ、絶対に生きて帰りましょうっ、俺たちみんなで!」
「‥‥‥呆れたやつだな、お前は」
気合いとか根性だけで、軍の正規兵と民間人の差が埋まるハズもないだろうに。
バカ者め。
だが不思議と、嫌いになれない男だった。
私も気合いを入れ直し、刀を握りしめる。
「‥‥‥そ、それから、どうなったんです?」
恐る恐る、と言った様子で尋ねてくる部下に視線を戻す。
「どうもこうもない。負けたよ。農夫の青年は命を落とし、私も瀕死の重傷を負った。テング様を逃がすことができたのが唯一の戦果かな」
そして首都ヘフトへと落ち延びたテング様は、貴族たちによって保護された。
安全な屋敷を与えてもらう代わりに、貴族たちの傀儡となることによって。
テング様と親交のあった私は解雇を言い渡され、代わりにアイゴアとかいうよく分からない者がテング様の周りをうろつくようになった。
どんな奴なのかと尋ねたところ、テング様はただ一言、『あいつは、恐ろしいやつだ』とだけ語ってくれたっけ。
「皇帝テング様、か。皮肉なものだ。せっかく夢が叶ったというのに、その実態がただの操り人形とはな。そう思わんか?」
「そ、それについては何とも。ですがサミダレ様こそよくご無事で」
「運が良かっただけさ。戦いが終わった後に奴隷商が通りがかってな。攫われている途中でコタロウ達に救われた、らしい。私の意識が戻ったのはそれから3日後だから、その辺は後から聞いた話だよ。意識を取り戻した私はその足でドリンを訪ねた。農夫の青年の遺言を果たすために」
‥‥‥そしてそこで耳にしたのは、今もまだ耳に残り続ける、少女の哀哭。
もしも悪魔が『絶望』という名の曲を奏でたとしたら、あれがそうなのだろう。
私はそれを聞いていられず、逃げるようにして立ち去った。
「お前の父は死んだ」とだけ言い残して。
「‥‥‥さあ、おしゃべりは終わりだ。風魔忍者所属サミダレ、救援に馳せ参じた!」
背中に担いだ武器を構え、名乗りをあげる。
随分と長く話しこんでしまったが、ようやく到着だ。
奴隷商に襲われている、新興勢力の拠点。
目の前には傷ついた少女が2人。
そのうちの1人には、見覚えがあった。
「‥‥‥まったく。来るのが遅いんだよ。あの時も、今回もさ」
既に立っていることも難しそうな赤髪の女性を抱きしめながら、皮肉げにそう言う10歳くらいの少女。
見間違うはずもない。
あの農夫の娘だった。
その子は緊張の糸が切れたのか、がくりと膝を折るようにして倒れ込む。
「すまない、返す言葉もないな」
苦笑しつつ、敵を見据える。
残っている奴隷商の数は、わずかに3人。
あの大部隊の9割を独力でねじ伏せたのか、この者たちは。
「この程度、サミダレ様の手を煩わせるまでもありませんな。ここは私めが」
「いや、そうもいかない。死んだ男との約束だからな」
部下の言葉に、首を振って答える。
さあ、今こそ果たすとしようか。
彼の遺言を。
死んだ男との約束を。
『娘を‥‥‥イズミを、頼む‥‥‥』
もちろんだ、任せておけ。
私のその返事を聞いて、彼は安心したように息を引き取ったんだ。
第45話、読んでいただきありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願いしますね。