サミダレって人と、私も話してみたいと思った。
シンクン地方にあるミズノト村へと、足を進める。
途中、反乱農民の一団を見かけた。
無意識に手が腰に伸びる。
「‥‥‥あ」
腰へと伸びた手が空を切り、今は丸腰だったことを思い出す。
狐太刀は奴隷商に奪われて、新しい刀はみことが作ってくれている途中だ。
他のみんなも、それぞれ拠点に残って作業中。
見つからないように気をつけないと。
木陰に隠れて反乱農民をやり過ごす。
「‥‥‥行ってくれたみたいね」
無事にやり過ごせたことに安堵し、また歩みを進める。
刀がないと、どうにも落ち着かない。
‥‥‥そう感じるようになったのは、いつからだろう。
少なくともリバース鉱山を出たばかりの頃は、武器なんてなくても不安なんかなかった。
地図を広げながら、まだ行ったことのない場所、見たことのない景色に思いを馳せていたっけ。
剣術を覚えて、私は強くなれたのか。
それとも、弱くなったのか。
「何を怯えているのよ。私らしくないわね」
気持ちを切り替えて、前に進む。
新しい刀の完成を待たずに出発したのは、まあ、礼儀みたいなものだ。
丸腰で訪ねることで、とりあえず敵対する気はないと態度で示そうと思った。
思ったんだけど。
「想像以上に心細いわね、丸腰って。以前はそもそも武器なんて持ってなかったっていうのに、いつの間にこんなになっちゃったのかしら」
ため息をひとつ。
やっぱり、弱くなったのかもしれない。
やがてミズノト村が見えてくる。
門番が話しかけてきた。
「よお。客なんて珍しいな。歓迎したいとこだが、生憎大したものなんて置いてないぜ、この村にはよ」
「別にいいわよ、歓迎なんて。それより、サミダレさんって人に会いたいの。助けてもらった礼を言いたくてね」
「助けた? サミダレさんが、お前を?」
怪訝そうに眉を顰める門番。
「ええ。正確には私じゃなくて、私の仲間を、だけどね」
「ふーん。‥‥‥まあいいか、丸腰みたいだし、武術家って感じにも見えないしな。サミダレさんに会いたきゃ好きにしな。そこの階段登った先の建物だ」
「うん、そうする。ありがとね」
礼を言って別れる。
歓迎はされてないにしても、そこまで警戒もされてない、といったところかな。
案内された建物に向かう途中で以前にストーンキャンプで働かされていた奴隷を何人か見かけた。
やっぱり、ストーンキャンプを襲ったのは風魔?
もしそうだとしたら。
‥‥‥そうだとしたら、私はどうしたいのだろう。
仇討ちにかける熱量とかそういうのが、この数日でだいぶ失われていた。
もちろんストーンキャンプの店員さんには良くしてもらったし、彼が死んでしまったのは今でも悔しい。
けどだからと言って、疑わしいやつを片っ端から斬ろう、なんて気はなくなっていた。
‥‥‥今は、とりあえずサミダレさんと話がしたい。
全てはそれからだ。
「よく来てくれたね。すみれさん」
サミダレさんは、突然の来訪にもかかわらず友好的な笑顔で私をテーブルに案内してくれた。
「貴女と、少し話がしたくなってね。‥‥‥助けに来てくれたんでしょう。ありがとう」
「どういたしまして。ところで君は、紅茶は飲むかい?」
言いながら、サミダレさんが飲み物を用意してくれる。
「紅茶? 飲んだことないわ」
「おや、そうだったか。なら1度飲んでみるといい」
目の前に置かれたティーカップを覗き込む。
落ち着く香りだった。
‥‥‥ところで、この浮いてるレモンはどうすればいいのだろう。
とりあえず齧りついてみる。
「〜〜〜!!」
めっちゃ酸っぱかった。
涙が出そう。
対面でサミダレさんが笑いを堪えていた。
「ふっ‥‥‥いや失敬、最初に説明するべきだったね。レモンは捨ててもらって構わない‥‥くくっ」
「‥‥‥先に言ってよね」
気を取り直して。
こくりと紅茶を口に含む。
鼻から抜けるような紅茶の香りが心地いい。
「‥‥‥外で、ストーンキャンプの元奴隷を見かけたわ。ストーンキャンプを襲ったのは貴女なの?」
「いいや、違うよ。と言えば信じてもらえるのかな?」
こくりと紅茶をもう1口。
ちょっと前までの私なら信じなかっただろう。
けど今は。
「そうね。信じてみるわ」
「へえ、意外だな。すみれさんは、言葉よりも剣で人を見るタイプだと思ったんだが」
‥‥‥そう、だろうか。
自分ではよく分からないけど。
「どうして、そう思ったの?」
「私もそうだったからさ。すみれさんは、昔の私と少しだけ似ている。あの頃の私は、刀1つで生きてきた。刀1つあれば、なんだってできると思っていたのさ」
「今は違うの?」
「ああ、もちろんだ」
即答だった。
剣を合わせなくても気配で分かる。
サミダレさんは、強い。
きっと私よりもずっと。
そんな彼女であっても、力不足を感じているというのか。
「だからこそこうして城を持ち、兵も集めた。けれど何故かな。ふとした瞬間に、刀1つで生きてたあの頃に戻りたいって、そう思うこともある」
「‥‥‥何よ、それ。刀1つじゃダメなんじゃないの?」
ついさっき、自分でそう言ったじゃないの。
「ああ、まったくだ。ままならないものだね」
くすくすと愉快そうに笑うサミダレさんを見て思う。
ひょっとしてサミダレさんも、私が今日刀を持たずに出歩いて感じたような不安を、感じていたりするのだろうか。
「ねえ、サミダレさん。貴女は城を持って、兵を集めることで、強くなれた? それとも、弱くなったかしら?」
直球で聞いてみる。
どうしても聞いておきたかった。
きっとその答えは、私にも当てはまることだから。
「‥‥‥ふふっ。やっぱり君は私と似ているよ。すみれさん」
明言を避けて苦笑するサミダレさん。
その表情は、少しだけ寂しそうに見えた。
こくりと紅茶をもう1口。ちょっと冷めちゃったかな。
「私からも1つ質問していいかな、すみれさん。君は何のために刀を握るんだい?」
サミダレさんが聞いてくる。そんなの決まっている。
「強くなるために」
「ははっ、えらく単純だね」
笑われた。
そんなに可笑しいだろうか。
「い、いいじゃないの単純で。その方が分かりやすいわ」
複雑すぎると理解できないし。
「悪いなんて言ってないさ。‥‥‥確かにそれくらい単純な方が、迷わなくて良いのかもしれないね」
と、その時。
建物の外から、ドタドタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「姉貴ーっ! サミダレの姉貴、畑の収穫終わりやしたっ!」
やってきたそいつは、元気よくそう報告するのだけど、あれ。
こいつ、どっかで見覚えがあるような‥‥‥
「ん? ああーっ! すみれの姉貴じゃねえっすか! ご無沙汰してやす! え、どうしてここに!?」
「なんだ、お前たち。知り合いだったのか?」
不思議そうに首を傾げるサミダレさんに、そいつが答える。
「はい! 以前飢えて倒れそうだった時に、すみれの姉貴とその彼氏にお恵みを頂いたもんで!」
ああ。
思い出した。
デートの邪魔してきた野盗のリーダーだ。
盗賊からは足を洗ったのか。
「ほう? 彼氏がいるのか、すみれさん」
そしてグイッと身を乗り出すようにして興味を示すサミダレさん。
え、そこに食いつくのか。
「なあなあ、どんな男なんだいすみれさん。君が惚れるような男だ、さぞいい男なんだろう?」
「え、ええっ!? そ、そんなことは無いような、あるような‥‥‥やっぱり無いような」
「あーもう! 隠さなくても良いじゃないか。この村じゃコイバナなんて全く聞かないから、たまにはそういう話もしたいんだよ」
「いやまあ隠すわけじゃ無いけど。ってかサミダレさん急にキャラ変わりすぎじゃない?」
その後。
30過ぎても恋人がいないお姉さんにアレコレたっぷり聞かれて、ブルームーンの拠点に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。
皆にすっごく心配された。
第48話、読んでいただきありがとうございます。最初はまた今年もバレンタインに因んだ恋物語を書こうと思っていたのですが上手く書けず没にしております。没話の名残が最後の方でちょこっとだけ垣間見えるのはご愛嬌。