「むにゃ‥‥‥もう食べられないって‥‥‥すやぁ」
みことさんが、お決まりの寝言を呟きながら眠っている。
そんな彼を抱き枕のようにして眠るすみれさん。
「むにゃ‥‥‥もう食べられ‥‥‥ううん、まだいけるわ」
寝言で変化球を投げてくるすみれさん。
幸せそうで何よりだ。
ナルコの誘惑から撤退した私たちは、デッドランドにてテントを張っていた。
降り注ぐ酸性雨はテントが防いでくれるし、ホーリーネイションの兵士もここまでは追ってこない。
「寝顔は可愛いのに」
眠るすみれさんのほっぺたを指でツンツンと突いてやる。
と、すみれさんが顔を動かして、その指をパクッとくわえてモグモグしだした。
‥‥‥夢の中でウインナーでも齧ってるんだろうか、この人は。
先程の戦いっぷりとのギャップがひどい。
「まるで普段は可愛くないみたいな言い草だね? サヤさん」
「え、いえいえそんな、めっそうもないっ!」
リドリィさんに指摘されて、慌てて否定する。
‥‥‥寝てるよね、すみれさん?
今の聞かれてないよね?
彼女のほっぺたを摘んでびよーんと伸ばしてみる。
反応なし。
よかった、ちゃんと寝てる。
「別に普段が可愛くないとか、そんな事は思ってないですよ? ただ、時々ちょっと怖くなるというか、不安になるというか」
‥‥‥これはまだ誰にも話していない事だが、私の以前のご主人様は、いわゆるノーブルハンターと呼ばれる人だった。
いつも高価なクロスボウを自慢していて、砂漠を横断する旅人を見かけては試し打ちと称して『的当てゲーム』を楽しむ、そんな人。
ご主人様が旅人の頭を吹き飛ばす度に、「さすがですっ」「お見事ですっ」と歓声を送るのが当時の私の仕事だった。
そんなご主人様は、ある日突然いなくなった。
理由は分からない。
誘拐されてガットに捨てられたとか、酸の海に沈められたとか、カニバルの檻に放り込まれたとか、そんな噂が流れたけれど、真相は謎のままだ。
別段、興味もない。
残された私はストーンキャンプに送られたけれど、それまでの仕事に未練もなかった。
‥‥‥ただ、そのご主人様と、今の主人であるところのすみれさんの姿が、たまに重なって見える時がある。
躊躇わずに人を殺すところとか、楽しそうに武器を振るうところとか。
すみれさんには、あんな風になって欲しくはない。
今はまだ大丈夫だ。
彼女は剣士として誇りを持って生きている。
けど、いつか道を踏み外しそうな、そんな危うさも彼女から感じてしまうのだ。
‥‥‥以前のご主人様だって、最初からノーブルハンターと呼ばれてた訳じゃない。
最初はちょっとクロスボウが得意なだけの、ごく普通の賞金稼ぎだったのだ。
得意なクロスボウの腕を活かして賞金を稼いで、稼いだお金で奴隷を雇って、侍を雇って、クロスボウを高価な物に買い替えて‥‥‥気が付けばいつの間にか、ご主人様はおかしくなっていた。
賞金がかかってなくとも、恨みのある相手を。
恨みがなくとも、気に食わないやつを。
やがて自分を敬わない生意気なやつを。
弱そうなやつを。
貧しいやつを。
見境なく標的としていった。
その結果、誰からも悼まれる事なく呆気ない最期を迎えた。
なぜそうなったのか。
もし私がもっとご主人様の事をよく見ていたら、こんな事にならなかったのかもしれない。
もっとご主人様の近くに寄り添っていれば、あるいは幸せなストーリーがあったのかもしれない。
そんな後悔だけが残った。
「私は、二度と同じ失敗はしたくないんです。今度こそご主人様を守りたい。彼女の心を錆びつかせないための『鞘』として」
気付けば私は、そんな私の過去と想いをリドリィさんに語っていた。
殆ど面識のないリドリィさんだからこそ、話せたのかもしれない。
みことさんやすみれさんが起きてたら、こんな話はできなかっただろう。
「その話さ、直接本人にも話してやりなよ。きっと喜ぶよ、すみれのやつ」
「‥‥‥まさか。すみれさんは、私のこと嫌いみたいですし。こんなこと話したってウザがられるだけですよ」
「そうかい? 嫌いなやつを荷物持ちに連れてきたりしないと思うけどねえ」
「まさか」
すみれさんが本心で私のことをどう思っているのか、それは分からない。
けれど。
「たとえすみれさんが私のことを嫌いでも。私は貴女のこと、けっこう好きなんですよ」
眠る彼女の髪を撫でる。
‥‥‥ある日突然すみれさんがいなくなり、酸の海に沈められたなどと噂が流れたりしたら。
そんな未来は、絶対に嫌だ。
この世界では、己の美学と信念を貫いて生きる者のことを『kenshi』と呼ぶ。
いまだに身を守る術さえ知らない、無力な私だけど。
そんな無力な私でも、この信念だけは貫きたい。
『kenshi』として、この世界を生き抜いてみたい。
そう思うのだ。
サヤの手が、私の髪をかき分けるようにして撫でていく。
え、いつから起きてたのかって?
ほっぺたをびよーんと伸ばされた時からだ。
いくらなんでも流石に目が覚めるってば。
しばらく寝たふりしてから、急に起き上がって脅かしてやろう、と思ってたらこっちが驚くような話を聞かされた。
ついでに起きるタイミングを完全に失ってしまった。
いつまで寝たフリ続けたらいいのこれ。
こうなったのも全部サヤのせいだ。
サヤが悪い。
やっぱりサヤは嫌いだ。
‥‥‥ふんっ。
第54話、読んで頂きありがとうございます。次回は場面を移してレッドとイズミの話を書きたいと思っています。