Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第55話 美味しい紅茶

「お疲れさん。ひとまず休憩にしようか」

 

 イズミにそう促されて、作業を一時中断する。

 オレ達の拠点には、今まで使っていたL字型ハウスの他に、新たに2つの建物が完成していた。

 1つはロングハウス。

 ショーバタイで購入した家と同じ設計の建物だ。

 そしてもう1つがスネイルハウス。

 これがまあデカい。

 ドリンの酒場と同じ設計なのだが、実に広々としていて快適だ。

 酒場として利用した時はそこまで感動するような広さだとは思わなかったのに、いざこれが自分のものだと言われれば、思いのほか心が浮き立つものだ。

 内装はどうしようか。

 今まではL字型ハウスにベッドや作業台を所狭しとギュウギュウに詰め込んでいたけれど、そんな窮屈な生活とはこれでサヨナラだ。

 これだけ広いんだから、間取りも自由。

 観葉植物なんかも並べたりして、ゆったりとしたオシャレな空間を演出してもいいかもしれない。

 

「ああ、お疲れさん。みこと達が帰ってきたら驚くだろうな!」

「そうだね。皆の喜ぶ顔が早く見たいよ」

 

 そう言って、イズミはテーブルにカップを用意して紅茶を注ぐ。

 以前、すみれがサミダレさんと会った時に、お土産としてもらってきた物だ。

 どんな話をしてきたのかは知らないが、お土産を渡されるくらいだ。

 友好的な話ができたんだろう。

 

「ちなみに先に言っておくけど、ボクは紅茶を淹れるのは初めてでね。お湯の温度も蒸らす時間も全てカン頼りだから、たとえ不味くても怒らないでおくれよ?」

 

 冗談めかした口調でイズミが言う。

 イズミ本人は意識していないのだろうけど、最近のイズミはいい具合に肩の力が抜けている。

 少し前のイズミなら、きっとどうにかしてお湯の温度や蒸らす時間まで完璧に調べて、美味しい紅茶を淹れたのだろう。

 失敗をしないというのももちろん良い事なのだけど、それだけが全てじゃない。

 時には肩の力を抜いて、失敗したらその失敗を楽しむくらいの余裕が最近のイズミからは感じられた。

 

「当たり前だろそんなの。イズミがわざわざオレのためにお茶を淹れてくれてんのに、怒るわけないだろ」

 

 オレの親父なんて、ちょっと失敗しただけで娘がわざわざ作ってやった料理に文句つけてブチギレて‥‥‥ああなったらもう人間として終わりだよなー。

 ただ、まあ。

 オレに料理を教えてくれたのも、親父ではあるんだよな。

 正直オレは、何をやっても人並み以下で、ついでに飽き性。

 イズミのように賢くもなく、みことのように優れた武器を作れるわけでもなく、すみれのように強くもなく、サヤのように1日中つるはしを振り続ける根気があるわけでもない。

 自分は1人でも生きていけると、そう信じて家出してはみたけれど、何をやっても上手くいかなかった。

 どうにか生きていくのが精一杯だった。そんなオレが居場所を見つけることができたのは、やっぱり親父のお陰ではあるんだよな、ムカつくけど。

 皆がオレの料理を美味しそうに食べてくれるのは、やっぱり嬉しい。

 ‥‥‥家出してから、もう10年が経つのか。

 そろそろ仲直りしてやってもいい頃だろうか。

 ‥‥‥っていや待て待て、なんでオレが仲直りしたいみたいになってんだ!?

 そもそも悪いのはあのクソ親父なんだから、あいつの方から頭下げるのがスジじゃねーか!

 ああでも、親父は知らねーのか、俺が今何処にいるか。

 かと言って俺の方からスタックに戻ったりしたら、絶対調子に乗るよなあのクソ親父。

 あーくそっ、イライラする。

 大体、家出した娘ほったらかして何やってんだあのクソ親父は。

 

「‥‥‥え、えーっと。そんなにマズかった?」

 

 気づけば紅茶を淹れたイズミが、申し訳なさそうな顔でこっちを見ていた。

 今オレはどんな顔をしてたんだろう。

 

「ああいや、そうじゃねえよ。ただちょっと、親父のことを思い出しててな」

「ふうん。お父さん、か‥‥‥ボクにはもういないけど」

 

 あ、ヤベ。

 地雷だったか?

 

「や、でもオレの親父なんて、きっとイズミの父さんとは全然違うぜ? ほんとクソ親父で、別に会いたいとも思わねえし」

「ふふっ、素直じゃないなあ」

「うっ‥‥‥」

 

 イズミからこんな風に、まるで微笑ましいものでも見るような目で見られると、どっちが年上だか分からなくなるな。

 オレの方が年上のはずなんだけどなあ。

 どことなく居心地の悪さを感じつつ、2人で紅茶を楽しんでいると。

 傭兵の1人がやってきた。

 

「おー、いたいた。ここに居たっスか」

 

 と言ってやってきたのは、ワールドエンドでみこと達が雇った傭兵。

 実はちょっと前に砂忍者が食料を狙って襲撃に来ていて、その撃退を手伝ってもらっている。

 

「で、用件はその砂忍者についてなんスけどね。さっき襲ってきた奴らが目を覚ましたんスけど、どうしやす? 逃がしちまっていいんスか?」

 

 そんな事を傭兵から聞かれた。

 まあ別に砂忍者に用はないので、逃がしたって全然構わないのだけど。

 あっ、そうだ。

 

「んー、そうだな。別に逃がしたっていいんだけど、その前にそいつら、ちょっとここに連れてきてくれない?」

「おっ、キッチリ落とし前つけさせるっスか? 奴隷施設に売り飛ばすっスか!?」

「そこまで悪趣味じゃねーよ。ただそいつら、腹すかして襲ってきたんだろ。飯くらいは食わせてやろうかなって思っただけさ」

 

 そう答えて、キッチンに向かう。

 

「え、襲ってきた相手にわざわざ飯っスか? あ、分かった! ダストウィッチをご馳走してやるっスね!」

「ちげーよ! ちゃんと美味いミートラップ食わせてやるっての!」

 

 肉も麦も余っているのだ。

 腐る前に処分したいと思うのは、そんなに変だろうか。

 それに襲撃してきた連中の中には、懸賞金が掛けられた者もいた。

 4000catの賞金首が5名で、合計2万cat。

 こいつらを憲兵に突き出せば、十分お釣りがくる。

 

「やっぱり優しいよね、レッド。敵に塩を送るなんてさ」

 

 そう言って微笑みかけてくるイズミ。

 

「優しくはねーだろ、賞金首はちゃっかり確保してるんだからさ。ただまあ、オレも飯が食えずにスリして生きてた時期が長かったからな。他人事とは思えねえってだけだよ」

 

 それに憲兵に突き出された賞金首も、刑期を終えれば釈放される。

 けど釈放された時に仲間が減っていたら‥‥‥やっぱり辛いだろうと思う。

 せめて今回の負傷が完全に癒えるまでは食べ物の心配をしなくてもいいように、当面の食料くらいは持たせてやっていいだろう。

 オレ達が怪我させた訳だし、やっぱり、ね?

 そのせいで死なれたりしたら、寝覚めが悪いじゃん?

 

「へいへい。ま、雇い主のやり方に口は挟まないっスよ。んじゃ、すぐ呼んでくるっス」

 

 そう言って傭兵が立ち去ってからしばらくの後、砂忍者がずらっと並んでやってきた。

 その数、15名。

 全員にミートラップを渡して解放してやると、皆一様にポカンとした表情で、戸惑いながら帰っていった。

 

「‥‥‥なあイズミ。やっぱ変かな、オレの考え方」

「ふふっ、そうだね。一般的ではないという意味なら、変かもね。けどボクは、そんなレッドだから好きになったんだよ」

「‥‥‥そりゃどーも」

 

 好き。

 はっきりそう口に出して言われると、どうにもむず痒い。

 家族にさえ言われたことなかったのに。

 だから、初めてイズミから好きだと言われた時は、そりゃもう戸惑った。

 嬉しさよりも戸惑いの方が大きくて、どう答えていいか分からなくなった。

 最近ようやく、好きと言われることにもちょっとずつ慣れてきた。

 困惑はなくなり、照れ臭さだけが残って。

 ‥‥‥うん。

 やっぱり、そろそろちゃんと答えてやらないとな。

 初めて告白されたあの日から、オレはずっと曖昧な態度を取り続けて。

 けどイズミは、そんなオレに呆れることもなくずっと側にいて、好きだと言ってくれる。

 そんなイズミのことが、オレは。

 オレも。

 

「オレも、すkyだよ‥‥」

「え、なんて?」

 

 あ、あれ。

 なんでだ。

 なんで大事な所で噛んじゃうかな。

 

「いや、だから。オレもイズミのこと、す、す‥‥‥」

 

 好き。

 たった2文字なのに、なんでこんなに言いづらいんだ。

 喉が詰まって、言葉が出てこない。

 

「‥‥‥」

 

 これこれイズミさんや。

 そんなキラキラした瞳で身を乗り出すんじゃない。

 余計言いづらくなるからさ。

 そのままイズミの顔がぐんぐん近づいてきて‥‥‥って、ちょ。近っ!

 

「!」

 

 近寄ってきたイズミと、触れる。

 唇と唇で、重なり合う。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 視界がぼやけて、何も考えられなくなって。

 ただ早鐘のように鳴り響く鼓動と、唇の感触に翻弄される。

 

 初めてのキスは、紅茶の味がした。




 第55話、読んでいただきありがとうございます。拠点建築回を書こうとしたらなぜか必ず激甘ラブストーリーになってしまう作者です。次回もよろしくお願いします。
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