それは、オレがまだ『私』だった頃。レッドではなく、シェリーと呼ばれていた頃のこと。
「ねえパパ、私お魚嫌い」
魚を火で炙りながら苦情を告げる。
ちなみに魚を炙るための焚き火は私が自分で起こした。
すごいでしょ、えっへん。
「せっかく釣ってきてやったのに文句しか言えんのか、お前は。文句を言うなとは言わん。が、まずはありがとうだろう。言いたいことがあるならその後で言え」
せっかくパパの分まで焼いてあげてるってのに文句しか言ってこないパパが、なんか言ってる。
「はいはい、ありがとね。これでいいでしょ。それじゃ言わせてもらうけど、魚って内臓が苦いのよ。骨も邪魔だし皮はぶよぶよして‥‥‥」
「ああこらっ、火から目を離すなこのバカ娘がっ! 危ないから目を離すなとあれほど言っただろう! まったく、なんでただ見てるだけができんのだこのポンコツがっ!」
「う、うるさいパパのバカっ! ちょっとくらい平気でしょっ!」
「そのちょっとの油断で毎年何人もの人が命を落としているのだぞっ!? 魚1匹まともに焼けんのかお前はっ!」
「‥‥‥むぅ」
1匹じゃなくて、2匹だもん。
心の中でそう言い返しながら、火が通ったか確認してみる。
魚の身に箸を刺してみて、すんなり箸が通ればOKだ。
「‥‥‥はい、焼けたわよ。感謝して食べなさいよね」
「ふん、感謝など。家族のために協力するのは当然のことだろう」
そう言ってパパは私の手から串に刺さった魚を受け取って、頭から丸ごと齧り付く。
文句ばっかり言ってるくせに、食べてる時だけはすっごく美味しそうに食べるのよね、パパ。
美味しいなら美味しいって素直に言えばいいのに、変なの。
そんなパパを見ながら、私も焼けたもう1匹の魚を口に運ぶ。
魚の背中の部分から、パクリ。
うっ、ちょっと苦い。
内臓の部位が混ざっちゃったか。
「うー、なんでパパはそんな美味しそうに食べれるのよお。内臓は苦いし皮はベトベトするし‥‥‥明日はお肉がいいよお、それかサラダとか」
「ふん。自分の料理が下手なのを食材のせいにする気か? そもそもお前は美味しくなるよう工夫したのか? 糧となる命に感謝しておれば、そのようなセリフは言えないと思うのだがな」
「工夫って言われても、どうすればいいのよ。魚なんて焼くだけじゃない」
私がそういうと、パパは深いため息を1つついて。
「よーく見ておれ、バカ娘」
そう言って、新しい魚を1尾取り出した。
まだ火の通っていない、新鮮な魚。
それにパパは包丁を入れて、あっという間に頭と中骨を取り外してしまう。
「骨が邪魔だと思うなら最初に取っておけ。内臓も洗っておけばいい。そうして中骨に沿って身を切り離す。これが三枚おろしだ」
魔法のような鮮やかな手際で、魚から身だけを切り離すパパ。
そしてその切り離した身に小麦粉をまぶしていく。
「小麦粉をまぶした切り身を、フライパンを使いバターで焼く。これがムニエルだ。シェリー、お前は魚の皮のぶよっとした食感が嫌いなのだったな。だったら皮を下にして弱火でじっくり焼くといい。ぶよっとした食感の正体は皮と身の間に詰まった油だ。弱火でじっくり時間をかけて焼くことで、この油が溶けだしてパリッとした食感が生まれる。皮をしっかり焼いたら裏返して強火にし、さっと焦げ目をつけて完成だ。ほら、食ってみろ」
説明を交えつつ、時折手を止めたり、私が見やすい位置にフライパンを持ち替えたりしながら手本を見せてくるパパ。
最終的にお皿に盛られたそれを、私は恐る恐る箸で摘んで口に運ぶ。
‥‥‥サクッ。
衣に包まれたサックリとした食感。
そしてそれを噛み締めれば、じゅわあーっと広がるバターの甘み。
一言で言うなら、とても美味しい。
これがお魚か。
私が今まで食べてた魚はなんだったのか。
「ちなみに取り外した魚の頭はまだ捨ててはいかんぞ。頭からは良い出汁が取れる。それで味噌汁を作るといい」
パパはなおも解説を続けていたが、そんな言葉は半分も届いていなかった。
「パパっ、こんなに料理が上手なら、どうしていつも私に料理させてたのよっ! パパが作ってくれたらいいじゃないの!」
「ふん、俺は仕事で忙しい。その忙しい仕事の合間を縫って魚を釣ってきてやったんだぞ。それだけでは不満か?」
そんな風に言われては反論なんてできず、私はパパをただ睨みつけることしかできない。
「なんでも人に頼ろうとするな。レシピは教えてやる。明日からはお前がこれを作ってみろ」
乱暴でぶっきらぼうで、いつも偉そうで。
理想の父親とは正反対のパパ。
でもそこには確かに愛情があった。
けれど『私』はそのことに気づくことができずに。
10年の時を経た今、オレは親父と戦う道を進んでいた。
「レッド、そっちに1人行ったぞ!」
みことの声で現実に引き戻される。
目の前には板金鎧を着た兵士の集団。
「おう、任せとけ!」
力強く答えて‥‥‥否、力強さを演じて答えつつ、大鎌を振るう。
けれど、うまく力が入らない。
大鎌は兵士の鎧に弾かれた。
「その程度か、ナルコの魔女めっ!」
「うわっ!」
兵士が剣を振り上げる。
思わずオレは1歩後ろに下がり、大鎌の柄でガード。
鍔迫り合いの体勢となったところで、オレは大鎌の刃を立てて柄を兵士の剣に沿わせたまま滑らせた。
ざくりと肉を断つ感触と同時に、兵士が武器を落とした。
「‥‥‥」
気付けば最初は20人以上いたホーリーネイションの兵士が、今では10人以下に減っている。
勝ち戦だった。
‥‥‥けれどそれは、あくまでこの戦いに関してのこと。
この後の戦いのことを考えると、気は重くなる。
この部隊は、おそらく斥候だ。
こいつらを追い返せば、次はもっと大軍をけしかけてくるのだろう。
それも追い返したら、その次はもっともっと多くの軍勢を。
そうしてホーリーネイションの軍勢を退けていれば、最終的に出張ってくるのは。
‥‥‥上級審問官、セタ。
オレの親父。
せっかく手に入れたオレの居場所。
オレたちがゼロから作り上げた、オレたちの拠点。
ここを失いたくはない。
失うわけにはいかない。
だから降りかかる火の粉は払うしかない。
‥‥‥でも。
そうしてこの場所を守り続け、戦い抜いた先に待っている運命は‥‥‥そんなもの、言うまでもなく分かりきっている。
「これで、おしまいっ!」
最後の1人となった兵士の首を、すみれが大太刀で容赦無くはねた。
きっとすみれは、オレの親父が相手だろうと手加減なんてしないのだろう。
手加減して勝てるような生易しい相手ではないのだから、当然だ。
手を抜けば、こちらがやられる。
『ありがとうレッド、分かってくれると信じてたわっ!』‥‥‥そう言ってすみれが抱きついてきた時に、オレはすみれの本気を確信した。
すみれと親父が戦えば、どちらかが死ぬ。
だったら、オレがするべき事は。
「レッド? せっかく勝てたのにどうしたの? 怪我でもした?」
すみれがオレの顔を覗き込んで聞いてくる。
‥‥‥やっぱり、これしかないよな。
オレに出来ることは、まだ残っている。
たった1つだけ、無謀にも近い方法だけど。
何もせずに諦めたくはない。
やれる事をした上で、その結果に納得したかった。
「‥‥‥すみれ。頼みがある。オレは強くなりたい。今よりも、もっと」
身長よりも大きな大太刀を、まるで魔法のように使いこなしてみせるすみれ。
いっつも武器に振り回されているようなオレとは、全然違う。
‥‥‥もしオレもすみれのように戦うことができたなら。
あるいは、もしかすると。
「だから、オレを鍛えてくれ。セタは、オレが倒すから」
セタを。
親父を超える。
オレ自身の手で。
この場所を守りつつ親父と和解するためには、それしかない。
この世界では、己の美学と信念を貫いて生きる者のことを『Kenshi』と呼ぶ。
信念なんて大それたもの、オレにはないと思っていたけどさ。
一生に1度くらいは、オレだって命をかけてみてもいいかも知れないな。
Kenshiとして。
第57話、読んでいただきありがとうございます。次回は幕間の物語を予定しております。