人気のない夜の広場に1人で立ち、武器を構える。
元々は麦や麻を育てる畑があった場所なのだけど、水耕栽培の設備が完成して畑を取り壊した結果、運動にちょうどいい広場がそのまま残ったのだ。
ちなみに水耕栽培について簡単に説明すると、空調・気温・湿度などをコンピュータで完全制御することで、土を使わずに水と液体肥料のみで野菜を育てる農作技術だ。
これによってオレ達の食事に米と野菜のレパートリーが加わった。
なおイズミは設備が完成した後も、「おかしい‥‥‥もっと美味しくなるはずなのに」と言って空調や肥料の濃度を細かく調整している。
イズミの父さんの野菜、早く再現できるといいな。
そしてオレはそんな広場で何をしているかといえば、素振りだ。
すみれは時間が空くと、よくこの場所で素振りをしている。
なのでオレもそれを真似てみようと思ったのだ。
目の前に、架空の敵を空想する。
オレの親父、セタ。
大鎌を薙ぎ払うようにして斬りつける。
避けられる。
さらに追撃。
受け止められる。
‥‥‥どう攻めても、攻撃が届くビジョンがまるで見えてこない。
幼い頃の記憶にある親父は、それほどまでに圧倒的だった。
「相変わらず頑張ってるわね、レッド」
背後からの声。
すみれだ。
『オレを鍛えてくれ』
すみれにそう頼んだ日から、2日に1度、夜のこの時間に稽古をつけてもらっている。
今日で3回目。
オレとしてはもっとこう、マンツーマンで朝から夜までみっちり修行‥‥‥みたいな少年漫画的な展開を期待していたのだけど、「えー。私はみこととデートとかしたいし」とかいう少女漫画みたいな理由で断られた。
‥‥‥まあ、それはともかく。
「それじゃあ。はじめ」
何の気負いもないそんな宣言と同時に、すみれが刀を抜く。
見方によっては雑にも見える構えなのに、まったく隙がない。
一見隙があるように見えても、そこを狙いにいくと『待ってました』とばかりにカウンターが飛んでくる。
‥‥‥2日前の手合わせでは、それでやられた。
「先手必勝はもうやめたの? こないならこっちから行くけど?」
挑発するような響きを含んだすみれの言葉。
それを聞いて、やはりカウンター狙いだなと確信する。
数回の手合わせで、戦いにおけるすみれのクセのようなものは分かってきた。
すみれは先手を狙う場合、武器を抜く前に居合で勝負を決めに行く。
逆にお互いが既に武器を抜いているなら、あえて先手を譲ってカウンターを狙う。
武器のリーチで負けてる以上、無理に先手を狙うのは不利との判断だろうか。
そして注意深く見ていると、ただ相手の出方を待つのでなく、口車で挑発したりあえて隙を見せてそこを狙わせるように誘導している事にも気づく。
なるほど。
すみれからすれば、自分にとって都合のいいタイミングで誘導した通りの場所に攻撃がくるのだから、簡単に対処ができるわけだ。
何も考えずに武器を振り回したって、勝てるわけがなかったのだ。
オレとすみれで、運動神経や反射速度に大きな差があるとも思えないのになぜ勝てないのか、そのヒントを得た気がした。
「‥‥‥ふうん」
受け身の姿勢を崩さないオレを見て、面白くなさそうに呟くすみれ。
すみれはすぐ顔に出るから分かり易いな。
と、すみれが駆けた。
リーチの差で不利と分かった上で、それでも攻めかかることにしたようだ。
‥‥‥焦るな、オレ。
まだだ、もっと引きつけて。
なんとかしてリーチの差を活かそうとして、大鎌の切っ先で引っ掛けるように薙ぎ払った場合、急ブレーキによるフェイントがくる。
初日はそれで負けた。
武器の差に頼っていてはダメなんだ。
オレはまだ、勝敗を武器のせいにできるようなレベルに達してない。
だから。
十分に彼我の距離が縮まるまで引きつけて、それから思い切り大鎌をぶん回した。
このパターンは初めてのはずだ。さあどう返してくる!?
「‥‥‥!」
一瞬、防御しようと構えたすみれだが、大鎌の勢いをみてそれを中断。
地面すれすれまで姿勢を低くし、地を這うような体勢で大鎌を凌いだ。
その瞬間、すみれの瞳がまるで月の明かりを反射するようにきらりと輝いて見えた。
楽しくて仕方ない、そんな好戦的な戦士の瞳。
思わず背筋がぞくりとする。
その後に残されたのは、空振りした大鎌の勢いを止めることができずにバランスを崩すオレと、限界まで下げた姿勢から全身をバネのように使って飛び掛かってくるすみれ。
突き出された刀の切っ先が、オレの首筋に触れた瞬間にピタリと止まる。
‥‥‥勝負ありだ。
また負けた。
「やったあー、今日も私の勝ちぃ!」
嬉しそうにガッツポーズするすみれ。
「いや毎回勝ってるくせに相変わらず嬉しそうだなおい! つーかなんかズルくないか、なんでそんな強いんだよ!」
初めて会った時は実力に差なんてなかったはずだ。
同じように時間を過ごしてきたはずなのに、どうしてここまで差がつくんだ。
「ズルくなんてないわよ。というか運動神経とか筋力や反射神経は、レッドも私もほとんど同じだと思うわよ?」
まあ、すみれの言ってることも分かる。
別にすみれは避けようのない一撃必殺のすごい奥義を会得してるとか、そんな愉快な強さがある訳ではない。
こちらが攻撃すれば避けるか受けるかして対応するし、全力を込めた1撃を受けてしまえばすみれだって体勢を崩す。
身体能力としてのスペックは、オレとほとんど変わらないはずなのだ。
‥‥‥変わらないはず、なのに。
どうしてすみれと同じことが、オレにはできないんだろうな。
「というかね、私だってそもそも強くなんてないわよ。みことが作ってくれた刀があるからどうにか戦えてるだけで。刀を取られちゃったら、何にもできないもの、私」
「すみれから武器を奪えるような奴なんてどこに‥‥‥あ、いや。以前奴隷商に奪われてたっけ‥‥‥」
そうそう、とすみれが頷く。
「あの時、実は内心けっこう心細くてね。剣術を覚えて強くなった気でいたけど、実は強い武器を手に入れて浮かれてるだけなんじゃないか。私自身は別に強くなんかなってないんじゃないかって、そんな事考えてた。‥‥‥今でも時々考えちゃうわ」
そんなことを打ち明けるすみれを、意外な気持ちで見つめる。
心細いなんて、オレにはそんなそぶり見せなかったくせに。
オレと初めて会った時もそうだ。
バークからショーバタイまで、護衛も連れずにたった2人で旅をした。
オレはいつ誰かに襲われやしないかとビクビクしてたってのに、すみれは終始楽しそうでさ。
そんな思い出話をしてやると。
「ふふ、そんなこともあったわね。‥‥‥うん、あの頃は本当に、不安なんてなかった。だからこそ自分でも驚いたのよ。いつの間に私はこんなに臆病になったんだろうって。刀がないだけで、どうしてこんなに不安になるんだろうってね」
そう言ってすみれは、愛おしそうに刀に手を添える。
狐太刀と名付けられた、すみれの愛刀。
「刀、ねえ」
釣られるように、オレも愛用している大鎌に視線を向ける。
迫力があるから。
ナメられないから。
そんな理由で決めたオレの武器。
今にして思えば、その理由はどちらも戦いから逃げるための理由だ。
戦う前から相手がビビってくれるなら、戦わなくて済む。
オレの口調だってそう。
戦うのが怖いから、精一杯に強がって。
気づけばそれがクセになっていた。
「なあすみれ。刀がなくて不安ってことはさ。戦えないから不安ってことだよな」
「え? うんまあ、そうね?」
質問の意図がつかめず、とぼけた調子で返事するすみれ。
戦えないことが怖いというすみれ。
戦うことを怖がってるオレ。
気付いてみれば、とても簡単なことだった。
身体能力に差がないのに実力に差がつくのだとしたら、それはきっと気持ちの問題なのだろう。
いざ戦いとなれば誰よりも勇ましく戦うくせに、普段は強がるどころか、どちらかといえば無邪気とも言えるすみれ。
それはきっと、戦うことを恐れていないからだろう。
来るなら来い、いつでも相手になってやる。
そんな覚悟が、オレには足りない。
「いつもありがとな、すみれ。おかげでなんか、掴めた気がする」
「え? ええまあ。どういたしまして?」
よく分からないといった様子で首を傾げるすみれに、ちょっと笑ってしまいそうになる。
オレは親父と戦うって決めたんだ。
だったら、いつまでも怯えた子犬のようにキャンキャン吠えてる場合じゃないだろう。
‥‥‥覚悟を決めろ、オレ。
「ようし、明後日だ! 次の手合わせこそ、オレが勝ってみせるぜ!」
「あら、いつになく気合い入ってるわね? でも、私だって負けてあげる気はないわよ?」
そう応えるすみれは、今から手合わせが楽しみで仕方がないとでもいうような、そんなキラキラした瞳でオレを見つめてくるのだった。
第58話、読んでいただきありがとうございます。仲間同士でスパーリングができるEskarnさんのmod『Sparring Partners (Training)』。トレーニングというより、「この2人が戦ったらどっちの方が強いのかな?」といった検証で使うことが多いですね。ステータスも武器・防具の性能もデータが多すぎて、どっちが強いのか分かりにくいので「じゃあ戦ってみよう」みたいな。