Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第60話 (ナルコ)の魔女

 どうしてこうなった。

 リバース鉱山の歩哨、ロキは何度目か分からない問いを自問する。

 リバース鉱山。

 それは兵士としては極めて安全な勤務地であるはずだった。

 周囲に敵はなく、逃げようとする馬鹿な丸腰の召使いに一方的に剣を振り下ろすだけで給料がもらえる。

 出世することはないが戦死することもない。

 安泰を絵に描いたような職場だ。

 そしてそれは、ロキにとっては実に理想的な職場だった。

 そもそもロキは、出世したいなんて思っていない。

 適当に女と遊べる程度の金があればそれでいいと思っていた。

 だから、任地がリバース鉱山だと聞かされた時は喜んだ。

 なにせ、ここなら遊ぶ女には不自由しないのだから。

 見た目のいい女に適当な言いがかりをつけて、好き放題に遊んで捨てる。

 それだけの毎日で、その辺の農民なんかよりずっと豊かな生活が送れるのだ。

 オクラン様ありがとう。

 セタ様ありがとう。

 ヴァルテナ様ありがとう。

 俺様はあなた方に忠誠を尽くし、ここリバース鉱山に骨を埋める覚悟で任務に励みます。

 ‥‥‥そう誓ったのが、だいたい5年ほど前。

 なのに、それなのに。

 再度、ロキは同じ問いを繰り返す。

 ‥‥‥どうして俺は今、血の海で倒れているんだ?

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 最初にケチがつき始めたのはいつだったか。

 思い返してみれば、やはりアレしかない。

 今から半年と少し前、2人の召使いが脱走した。

 脱走当時に南門の警備をしていた俺は、怪しい奴を見ていないかと尋ねられて、正直に何も見ていないと答えた。

 神に誓って嘘は言っていない。

 あの日は本当に何事もなかったのだ。

 それなのに、審問官は俺の言葉を信じなかった。

 ヤツは門番全員を火炙りにしたのだ。

 ‥‥‥やがて、事件当時北門を見張っていた兵が嘘を吐いたことを白状した。

 南門と東門の門番を炙っていた火はすぐに消火され、俺たちは丁寧な治療を受けたものの‥‥‥その時の火傷は今も残っている。

 俺は何も悪くないのに!

 俺は苛立ちと鬱憤を晴らすように、召使いに当たり散らした。

 無抵抗な召使いを力いっぱい殴りつけると、少しだけ苛立ちも紛れる気がした。

 そんな毎日を続け、やがて脱走事件のことも忘れかけた頃。

 リバースに魔女がやってきた。

 

「くっ、来るなあ! 来るなよっ、あっち行けえ!!」

 

 這いつくばりながら、腕の力だけで少しでも魔女から離れようともがく。

 足は、もう無い。

 

「来るなって言ってんだろ! 俺が何したってんだよチクショウ!!」

 

 足が無くなっても、命がまだあるだけマシなのだろうか。

 他の仲間たちも皆地面に倒れ伏して、生きてるのか死んでるのかさえ分からない。

 血の海の中を、魔女が悠々とした足取りで近寄ってくる。

 

「あら、そんな寂しいこと言われると傷ついちゃうわ。昔はあんなに、私のこと追いかけてくれたのに」

 

 血で濡れた刀を無造作に構えながら、魔女は言う。

 俺には、そいつの言っていることがさっぱり分からなかった。

 まるで昔からの知り合いのような言い草だが、俺はこんなヤツは知らない。

 きっと誰かと間違えているんだ。

 そうに違いない。

 ああ、人違いで殺されるだなんて。

 俺はなんて運がないんだ。

 己の非運を嘆いてみても、魔女の足取りは止まらない。

 やがて魔女は俺の背中を踏みつけると、手にした刀を高々と振り上げた。

 

「よ、よせ! 話せば分かる! やめろ! やめてくれえええ!!」

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「落ち着け! 気を確かに持つのだ! ここは安全だ!」

 

 錯乱する兵士の肩を支え、言葉をかけてやる。

 だが返ってくるのは支離滅裂な呻き声だけ。

 やめろ、くるな、俺は悪く無い、何もしていない。

 うわ言のようにそんな言葉を呟いたかと思うと、突然思い出したように悲鳴をあげたりする。

 

「セタ様。どの兵もひどく錯乱しております。よほど恐ろしいものを見たのでしょう」

 

 配下の言葉に、私はそうか、と頷くことしかできなかった。

 リバース鉱山壊滅。

 その報を受けた我々は、生存者を保護するべく急きょ進路を変えた。

 我々がリバース鉱山に到着した時、既に兵士の7割が息絶え、残りの3割は精神に異常をきたしていた。

 私が肩を支えるこの兵士も、その1人だ。この兵士は両足と右腕を失っていた。

 おそらく手足を失ったショックに耐えられなかったのだろう。

 今も支離滅裂な呻き声をあげ続けている。

 もっとも正気を保っていたとしても、左腕1本ではまともに生きることなど出来ないだろうけれど。

 狂うことができたのは、オクラン神からのせめてもの慈悲か。

 

「恐ろしいものとは‥‥‥(ナルコ)の魔女か」

 

 取り寄せた都市連合ウィークリーの記事を眺め、舌打ちをする。

 襲撃犯と思しき黒髪の女が、カメラ目線でピースサインをしている記事だ。

 

「‥‥‥バケモノめ」

 

 こやつは、自分が何をしたか分かっているのだろうか。

 なぜこのような酷い行いができるのか。

 なぜ、悪びれもせず笑顔でピースサインができるのか。

 

「‥‥‥急ぐぞ。これ以上の被害を生まぬためにも。ホーリーネイションの未来は、諸君らの双肩にかかっていると思え」

「「「はいっ!」」」

 

 配下たちの頼もしい返事が心強い。

 

『たかが逃亡奴隷だと思って舐めてかかると、痛い目に遭うかもよ?』

 

 ‥‥‥我が友ヴァルテナから送られた言葉を思い出す。

 冗談めかした言い方だが、ヴァルテナは私の実力を正確に把握して、その上で油断するなと忠告してくれたのだ。

 ‥‥‥おそらく次の戦いは、厳しいものになる。

 もはや相手を侮るつもりなど、微塵もない。

 

「‥‥‥仇は、必ずとってやる」

 

 いまだうめき続ける兵士に向けて、私は小さく呟いた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 見つけた。

 リバースを出発し、以前向かわせた斥候の情報を頼りに魔女どものアジトを探し続けて、ようやく見つけた。

 おそらくここが、やつらのアジト。

 固く閉ざした門の前に立つのは、記事に写っていたあの魔女だ。

 詰問する手間が省けた。

 他にも魔女の仲間と思われる者が数名。

 そして金で雇ったと思われる傭兵と、浮浪忍者の姿もある。

 

「ようやくのご到着ね。待ちくたびれちゃったわ」

 

 黒髪の魔女が、刀の柄に手をかけながら言う。

 

「歓迎の準備はできてるわよ?」

 

 戦士としての本能が囁く。

 ヤツはかなりの手練れだと。

 リバースの同胞たちも、ヤツのあの刀で斬られたのだろう。

 そして魔女の隣に立つその仲間も、同様に手練れだ。

 ヤツらに比べれば、金で雇われただけの傭兵や浮浪忍者の雑兵など敵ではない。

 

「ほざけ小娘! 己の愚行、あの世で悔やむが良い!」

 

 すると、魔女の隣に立つ赤髪の女が口を開いた。

 

「おいおい。久しぶりに再会した娘を前にして、最初のひと言がそれか、クソ親父?」

「娘だと? 何を‥‥‥言って‥‥‥」

 

 何を、言っている。

 目の前の赤髪の女の容姿は、記憶にある娘とは似ても似つかない。

 けれど、その声は。

 記憶にあるよりやや低く大人びた声ではあるものの‥‥‥愛する娘の声に、確かに似ている。

 生きていれば、ちょうどこれくらいの年齢だろうか。

 そして何より‥‥‥この女はなぜ、私に娘がいると知っている?

 

「まさか、シェ‥‥‥」

「シェリー、なんて呼ばねえでくれよ、クソ親父。その名はとっくに捨ててんだ。今のオレはこう名乗ってる。レッドと」

「おっ、お前っ‥‥‥!!」

 

 動揺に目を見開く、と同時に黒髪の魔女が駆けた。

 予備動作すらない踏み込みで一瞬にして彼我の距離をゼロにしつつの、居合い。

 

「セタ様‥‥!」

 

 死んだ。私を庇うように飛び出した兵が、呆気なく。

 魔女はそのまま兵士たちに包囲されるが‥‥‥正直、囲んだだけでどうにかなる相手とは思えない。

 それならリバースは壊滅していないはずだ。

 

「姉さんに続けえ! 遅れをとるなよテメェら!!」

 

 傭兵たちが突っ込んでくる。

 金で雇われただけの傭兵など敵ではないと思っていたが、認識を改めねばならないかもしれない。

 どういうわけか、傭兵どもの士気が異様に高いのだ。

 もしや、何らかの魔術で精神を操られている‥‥‥?

 

「シェリー? シェリー! なぜそこにおるのだ! 早くそこから離れろ!」

「やなこった。大切な仲間を置いて、どこに行けってんだよ」

 

 娘が、まるで死神のような大鎌を構えて向かってくる。

 それを弾き返しつつ、叫ぶ。

 

「仲間だと? 笑わせるな! ヤツは魔女だぞ! 血も涙もないバケモノだ! お前は洗脳されておるのだ!!」

 

 そうだ、娘は洗脳されているのだ。

 でなければ、あんな魔女の手下になるはずがない。

 

「はいはい、ナルコさんですよーっと」

 

 黒髪の魔女の声が届く。

 人を心底馬鹿にしたような響きを含んだその声と同時に、また1人、兵が死んだ。

 頭上を飛び交う、ハープーン砲台から射出された銛の雨。

 戦場を縦横無人に駆け回る浮浪忍者ども。

 無表情に刀を振るう機械人形。

 同胞が、次々と倒れてゆく。

 血も涙もない魔女どもの手によって。

 どうしてこうなった。

 フェニックス様から頂いた援兵は皆精鋭だ。

 簡単に倒れるはずがない。

 数でも上回っている。

 なのに、なぜ。

 どうしてヤツらの士気がこんなにも高い。

 どうしてフェニックス様の援兵が押されている。

 どこで間違えたのだ。

 どうして。

 何故。何故、何故、何故、何故、何故、何故‥‥‥

 

「どうしてこうなったのか分からない、ってツラだな。クソ親父」

 

 憐れみさえ含んだ娘の声。

 死神を連想させる大鎌が迫ってくるが、まるで現実感がない。

 これは夢だ。

 きっと悪い夢に違いない。

 そうに決まって‥‥‥

 

「そんなことも分からねえから、こうするしかねえんだよ。クソ親父」

 

 大鎌の切っ先が、腹を抉る。

 痛みは無い。

 やっぱり夢なのだ。

 夢から覚めれば、またいつもの日常が戻ってくる。

 そう信じて‥‥‥私はそのまま、意識を手放した。




 第60話、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。
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