「さて、行くとすっか」
鎧を小屋に残し、アテもないまま北へと歩き出す。
水の匂いがしたからだ。
水があるなら、そこに町ができたっておかしくない、と思ったのだが。
「‥‥‥雨?」
水の匂いはこの雨か。
まだほとんど進んでもいないうちから降り出した雨が肌を打ち、眉をしかめて空を見上げると。
「‥‥‥なんだ、あれ?」
何かが、空を飛んでいた。
鳥ではない。
謎の物体、としか言いようのない物が空を飛んでいる。
それも1つや2つではない。
もっとたくさん。
「な、なんだよ、あれは。聞いたことねーぞ、あんなの」
しばらく様子を伺う。
じっくり観察して、その謎の物体の軌道をメモして。
そうしてようやく『襲ってくる様子はない』ということだけが分かった。
「生き物ではなさそうだし、何かの道具か? うーむ、分からん」
不規則に動き回るそれをみてると、なんだか無性に不安になってくる。
そんな事より、今は町だ。
東には切り立った崖の間を流れる大きな川が、西には錆び付いた何かの残骸が、そして北には森が見えてきた。
「‥‥‥このまま北、かな」
直感だけを頼りに走り抜ける。
ヤギを引き連れた遊牧民が「ヤギはいらんかねー」などと言いながら歩いていた。
無一文だよ見ればわかるだろ!
パンツ一丁の相手と商売しようとすんな!
だが、人がいた。
商売が行われているということは、やっぱり町は近くにあるはずだ!
森の中を駆ける。
草木を分け、木の枝が引っかかって肌に浅い傷をつけることも厭わず、駆けて、駆けて、駆けて。
「止まれ! そこを1歩も動くな!」
女の声に呼びかけられて、足を止める。
ついに俺は、1つの集落に辿り着いていた。
町というほど大きくはないが、それでも人が住める場所。
おそらく、食料を手に入れられる場所。
「よーしよし、素直に応じたことは褒めてやる。質問に答えろ変態。ここで何をしてる?」
俺を呼び止めた女は、明らかに殺気だった気配を漂わせながら聞いてきた。
全身黒ずくめの服を着ていて、腰には刃物を吊るしている。
‥‥‥マジかよ。せっかく見つけた集落だってのに。
「い、いやー、怪しいもんじゃないですよ? 変態だなんて、とんでもなーい」
なんとか友好的な雰囲気に持っていけないだろうかと、おどけた仕草でそう主張してみるが。
「黙れ! どこからどう見ても怪しいから聞いているんだろうが! さっさと質問に答えろ、何をしていた!」
で、ですよねー。
まあ裸の男が、俺は怪しいもんじゃないですって言っても信じてもらえるハズがない。
「た、旅を。そう、俺‥‥‥いやワタクシ、放浪の旅を続けているもんでしてね」
「パンツ一丁でか? 食料も持たずに、放浪の旅を?」
「あ、ははは」
「最後通告だ、正直に言え。貴様は何者だ?」
「‥‥‥」
正直に言っていいのだろうか。
リバースから脱走したのだと。
だが言えば、捕らえられてリバースに送り返されるのではないか。
しかしこれ以上ごまかし続ければ、確実に斬られる。
そんな確信があった。
‥‥‥どうする、逃げるか?
幸いにして荷物は身軽だし、走れば逃げられるだろう。
だがそれでは食料は。
「言わぬつもりか。ならば死‥‥‥」
「うわあ、待って!」「待ってください!」
俺とほぼ同時に制止の言葉を口にしたのは、森の奥から走ってきたすみれだった。
下着姿で、全身に擦り傷を負って、肩で息をしている。
どうやら追いかけてきて、たった今追いついたらしい。
「す、すみれ」
パンツ一丁の男だとただの変態扱いだが、下着姿の女だと何か事情があるんだなーって同情を引くの、ズルイと思うんだ。
これこそ男女差別だ。
今言うことじゃないけれど。
「私は、私たちは、リバースからの逃亡者です。どうか。どうか、助けてもらえませんか?」
「‥‥‥ふん。何故さっさとそれを言わんのだ、馬鹿者」
黒ずくめの女もそれを聞いて、刃物の柄から手を離してくれた。
「休息が必要なら休んでいけ。食料が必要なら買っていけ。生憎だが、恵んでやれるほどの蓄えはないのでな」
「ありがとう、でいいのかな」
俺の言葉を華麗にスルーして、黒ずくめはすみれに近寄るとポンポンとその肩を叩く。
「ホーリーネイションの縄張りにおいて、私たちは常にお前たちの味方だ。遠慮なく頼ってくれて構わない」
「あ、ありがとうございます!」
あ、あれ?
俺無視された?
パンツだから?
ねえ、パンツだから無視するの?
「ふう、話の通じる相手でよかったわね、みこと」
「ああ。ギリギリだったけどな」
どうにか集落に入れてもらえた俺たちは、食料を売ってる店を探す。
「あ! ねえほら、あのお店じゃないかしら?」
すみれが指さした先には、ご飯のイラストを書いた看板があった。
間違いない。
「ああ、行ってみよう」
店に入る。
けっこう人気のお店らしく、店内は多くの客で賑わっていた。
10人くらいいるだろうか。
その客たちが一斉に、新しく入店した俺たちの方を振り向いて。
「っ!!」
すみれは、恥ずかしそうに自分の体を抱きしめた。
「こ、こんなに人がいるなんて、聞いてない‥‥‥」
胸元と股間を隠すように手で押さえる仕草をするすみれ。
うん、かわいい。
「えーっと、商品のラインナップは。ドライミートに干し魚、それに野菜料理か。すみれ、持ってきた鎧出してくれ。それを換金して」
「え。も、持ってきてないよ‥‥‥?」
‥‥‥うん。ドジっ娘かわいい。許す。
「だ、だって重いし! 早く追いつかなきゃって思って、それで!」
すみれが慌てていると、店員のおっちゃんがその様子を見て。
「だっはっは、なんだテメーら、文無しか?」
お店のおっちゃんに豪快に笑われた。
「あ、いや。冷やかしとかじゃないんです。ただ手持ちがちょっと」
言いつつも、今から小屋に戻るのは遠いなーと考えてしまう。
ちょっと距離があるし、安全に往復できる保証もない。
第一、流石にそろそろ何か食べないと倒れそうだ。
「あー、分かってる分かってる。その格好だと、どうせ避難民だろ? 元召使いってんなら、ちょっと鉄掘ってきてくれや」
「え、鉄ですか? 銅じゃなくて?」
俺が子供の頃は、鉄より銅の方が高値で取引されていたのだけど。
だいたい2倍くらいの価格差があったはずだ。
この10年で多少の相場の変動があったとしても、それが逆転しているとは考えにくい。だが。
「ああ、鉄だ。この集落を守る戦士の武器を作るのに必要なんだよ。集落の隅っこに鉄鉱脈があるから掘ってきてくれ。つるはしの扱いは得意なハズだろ?」
「ええ、もちろん! すみれ、聞いた通りだ」
「うん! 行きましょう、すぐに! 可及的速やかに!」
すみれは胸と股間を押さえた仕草のまま、パタパタと逃げるように店をでる。
客の視線に耐えられなかったのだろう。
やっぱりかわいい。
「はっはっは。可愛い娘さんじゃないか。しかしあんたら、避難小屋には寄ってこなかったのか?」
首を傾げてそう聞いてくるおっちゃん。
「避難小屋?」
「ああそうだ。リバースからここに来るまでの途中にあっただろ。服も食料も、モールさんが用意してたハズだ。‥‥‥ひょっとして、誰かに根こそぎ持ち去られた後だったか?」
だとするとモールさんに報告しとかねえと。
ぶつぶつと小声で呟く店員のおっちゃん。
ちょっと怖い。
「いや、避難小屋なんて見かけなかったな。確かに途中で小屋は見かけましたけど、あれは避難小屋って言うには少しばかり立派すぎるし。壁も石造りで屋根もしっかりしてて、内装まで整ってて。椅子とテーブルに、座布団、ベッドまで完備してあった。テーブルの上には新鮮な料理とお酒が並んでて、屋上には外の風景を楽しめるようなベンチまであったな。あれは絶対に人が住んでる小屋でしたね」
俺たちが立ち寄った小屋の様子を報告すると、店員は深々とため息をついた。
「‥‥‥ああ、間違いない。その小屋が避難小屋だ」
「いやいやご冗談を。まさかそんなハズ」
「‥‥‥」
「え。もしかしてマジ?」
冗談を言っている顔じゃなかった。
「ああ。うちのモールさんは完璧主義でな。何事も手を抜くってことができない。おかげでせっかく用意した避難小屋も、誰にも使ってもらえん。どう見たって人が住んでる民家だからな、あれは。そして道徳心のない盗賊だけが、用意された食料と酒を根こそぎ持っていくんだ」
「‥‥‥そのモールさんって人、もしかしてバカ?」
「‥‥‥優しい人だぞ、とっても」
バカについては否定しなかった。
つまりそういう人らしい。
「もしモールさんに会いたいなら、あっちの大きな建物に行きな。それとも先に、避難小屋まで戻ってあの子の服を取ってくるか?」
「いえ、今日はすみれと一緒に鉄を掘りますよ。今日はもう日も傾いてきたし、今から小屋まではちょっと。それに、女の子1人に肉体労働させてはおけません」
それに、恥ずかしがってるすみれをもうちょっとだけ見ていたい。
と言うかそれが本音。
うん、服を取りに行くのは明日でいいな。
「ふっ、そうかそうか。ホーリーネイションの男にしちゃ、ずいぶんマトモな考え方してんじゃねーか。気に入ったぜ、あんた」
なんか知らないけど気に入られた。