Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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幕間 シェク王国の客人

 ホーリーネイションの領土を南下したその先に、シェク王国の領土はある。

 シェク王国の文化を一言で表すなら、『強い者が偉い』という、とてもシンプルなルールで成り立つ国である。

 ‥‥‥国としては成り立ってないだろそれ、というツッコミが外部から入ることもあるが、少なくとも国民は納得して生活しているので、これで十分成り立っているのだ。

 そんなシェク王国の首都、アドマグの王城にて。

 初老の男性の声が響き渡る。

 

「姫さま、姫さま! どちらにいらっしゃるのです、姫さま!」

 

 男性の名は、バヤン。

 王国の参謀役であり、同時に姫さまの教育係でもある。

 あるのだが、その姫さまが、どこにも見当たらない。

 今日は政治の授業をすると伝えておいたはずなのに、一体どちらへ行かれたのか‥‥‥と、首を傾げて、違和感に気付く。

 これだけ大声で姫さまを探し回っているのに、王城内がやけに静かなのだ。

 通常であれば女王様が『なんだって!? 私の娘が行方不明だって!?』と血相を変えていてもおかしくない頃合いだというのに。

 

「‥‥‥エサタ様。また、ですか。‥‥‥はあ」

 

 姫さまの居場所をほぼ確信しつつ、バヤンは王室に向かって歩き出した。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「えいっ、やあ!」

 

 訓練用の木人を叩きながら、娘が愛らしい声を張り上げる。

 我が娘ながら、本当に可愛い娘だ。

 きっと私に似たのだな。ふふっ。

 

「どうですか、母さま!」

「うん、いいぞ。足はもう少しだけ開いてみようか。重心を下げて、首はまっすぐに」

 

 言いながら、娘の肩に手を添えて姿勢を直してやる。娘は小さく頷くと、再び木人に向き直って。

 

「てやあっ!」

 

 相変わらずの可愛らしい声と、それに似合わないドスンッ! という重たい音が響く。

 

「いいぞ、飲み込みが早いな。さすが私の娘だ」

「えへへ、母さまの教え方が上手なんですよ」

 

 はにかんだ笑顔で照れたように笑って見せる娘。

 ああもう、なんだこの可愛い子は。

 よく出来たご褒美にケーキでも買ってこようかな。

 お茶も用意して、少し休憩を挟んでもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると、コンコンッと部屋の扉がノックされた。

 

「姫さま。やはりこちらでしたか」

 

 返事も待たずに入ってきたのはバヤン。

 先ほどから大声で王城を右往左往していたが、とうとう見つかってしまったか。

 

「あーあ、見つかったか。もうしばらく大丈夫だと思ってたのに」

「ううー、母さま。私、お勉強きらい」

 

 眉をハの時に曲げて私の後ろに隠れる我が娘、セト。

 王女としてもう少し堂々とした態度を身につけて欲しいと思う反面、これはこれで可愛らしいのでいいかな、とも思う。

 可愛いは正義だ。

 

「ワガママを言わないでください、姫さま。エサタ様も、あまり姫さまを甘やかさないように」

「おいおい何を言うかと思えば。私は断じてこの子を甘やかしたりはしていないぞ。今だって厳しい修行をしていたところだ」

「うんっ、母さまとの修行、楽しいですっ!」

「ははっ、そうかそうか。お前は勤勉で偉い子だな。立派だぞ」

「えへへー、褒められちゃったー」

 

 ゆるっとした笑顔で無邪気に喜ぶ娘。

 天使か。

 しかしバヤンは大きく息を吐きながら天を仰いで額を押さえていた。

 こんなに可愛い天使が目の前にいるというのに、一体あの男は何がそんなに不満なのだろう。

 理解できん。

 

「あの、エサタ様。修行もいいのですが、今日は政治の授業をする予定でして」

「なあんだ、そんな事を心配していたのかバヤン。よしっ、それなら私が政治について教えてやろう。私の授業は厳しいぞー。覚悟はいいか、セト?」

 

 私がそう言うと、娘とバヤンが同時に、

 

「えっ! 母さまが!」「ええっ、エサタ様が?」

 

 と声をハモらせた。

 娘の声は純粋な喜びの声だが、バヤンの声には『え、政治なんて分かるの?』みたいな響きが含まれていたような‥‥‥気のせいかな。

 気のせいだろうな。

 私はこれでも国の女王だぞ。

 政治なんて簡単だ。

 

「ふっ、まあ見ておけ。早速だが問題だ。国王にとって最も大切なものは何か分かるか、セト?」

「はいっ! 武力です!」

 

 ピンっと手を上げて自信満々に答えるセト。

 

「正解だ! 武力さえあれば大体なんとかなる! 逆に武力がなければ、この国では誰もお前の言うことなんて聞いてくれないぞー。難しい問題だったのに、よく答えられたな。偉いぞ」

「えへへー。これくらい簡単です、母さま!」

 

 やはり私の自慢の娘だ。

 将来はきっと素晴らしい王になるに違いない。

 だが、なぜかバヤンは疲れたような顔をして。

 

「あの、えっと。政治というのはそうではなくてですね。例えば我が国が抱える問題をどうやって解決していくかとか、今後どのように国を発展させるかとか、そういった授業をですね」

 

 などとぶつぶつ言っていた。

 まったく心配性なやつだ。

 最初だから基本的な問題から出題しただけで、もちろんバヤンの言うような事だってちゃんと教えるともさ。

 

「よーし、それじゃ第2問だ。我が国は慢性的な食糧不足が問題となっている。これを解決するには何が必要か答えよ」

「はいっ! 武力です!」

 

 またもピンっと手を上げて自信満々に答えるセト。

 

「正解だ! 武力を揃えて、隣のホーリーネイションから奪ってくれば食料問題は解決する! よく分かってるな、偉いぞ」

「えへへー、これくらい簡単です、母さま!」

 

 娘の頭を撫でてやると、くすぐったそうに目を細める。

 

「続けていくぞ、第3問! 今後、シェク王国がさらに発展していくためには何が必要だと思う?」

「はいっ! 武力です!」

「正解だ! 人々が安心して暮らせるだけの自衛力があれば人口が増え、人口が増えればおのずと国は発展する! すごいな、全問正解じゃないか」

「えへへー、これくらい簡単です、母さま!」

「次はちょっと難しいぞー。第4問!‥‥‥」

 

 その後、第5問、第6問と続けて出題してみたが、自慢の娘はその全ての問題に正解して見せた。

 やはり自慢の娘だ。

 きっと娘にとって政治の授業なんて、簡単すぎてつまらないのだろう。

 この後はまた木人を使った修行を再開しようと伝えると、娘は嬉しそうに頷いて見せるのだった。

 バヤンの姿はいつの間にか部屋から消えていた。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「もうやだこの国」

 

 王室を抜け出して廊下に出たバヤンは、周囲に誰もいないのを確認してこっそり呟く。

 誰もいない、はずだった。

 なのに返事が返ってきた。

 

「心中お察しします、バヤン殿」

 

 聞き覚えのない、苦笑いをかみころしたような女の声。

 動揺を隠して、誰だ、と短く問う。

 

「これは失礼しました。お初にお目にかかります、モールと申します」

 

 女の声がそう言うと同時に、背後に気配が現れる。

 振り向くと、王室の扉とバヤンの間に立つ、黒ずくめの衣装を着た女がそこにいた。

 シェクではない。

 フラットスキン‥‥‥いや、そのような蔑称で呼ぶには相応しくない戦士の気配を漂わせている。

 確かホーリーネイションに敵対する忍者のボスがモールという名だったが‥‥‥こいつがそうだろうか。

 

「‥‥‥どのような用件だ、モールとやら」

「至急、バヤン殿にお伝えしたいことがあり参上しました。単刀直入に言いましょう。スタックの街から上級審問官セタが消えました」

 

 スタックの、上級審問官セタ。

 何人ものシェクの戦士の命を奪った憎き男である。

 

「ふん。それで? わざわざ親切にそれを教えるために王城に忍び込んだのか、モール?」

「ええ。とっても親切でしょう? スタックに攻め込むなら今がチャンスですよ?」

 

 くすりと笑ってそんな事をいうモール。

 食えないやつだ、と思った。

 

「‥‥‥何が狙いだ? 我々にスタックを攻めさせて、お前に何の得がある?」

「そんな大層なことは考えていませんよ。私たちはただ、あなた方と仲良くなりたいだけなのです」

「仲良くだと? 要するに恩を売りたいということだろう。姑息な。やはり貴様もフラットスキンか」

「ええ。見ての通り、姑息で卑怯なフラットスキンですとも」

 

 こちらの侮蔑にも気分を害した様子もなく、平然と受け流して見せるモール。

 

「私たち浮浪忍者の目的はただ1つ。ホーリーネイションを打倒し、故郷ブリスターヒルを取り戻すこと。私たちは最近とある協力者を味方に加え、その悲願を叶える準備を進めています」

 

 モールの言葉に、最近噂を聞くようになったある組織を連想する。

 遠く離れた地域の噂なので気にしていなかったが、かなり謎が多く油断できない組織であることは間違いない。

 

「ただ、もし我々がこのまま順調にブリスターヒルを取り戻したとしても、大きな問題が残ります。それがあなた方、シェク王国の存在。せっかく故郷を取り戻したなら、その後はできれば平和に過ごしたいものですから」

「ふん。だから恩を売る代わりに攻めないでくれ、とでもいうつもりか」

「正解! さすがバヤン殿、話が早くて助かります」

 

 正解! と言うモールの口調から、なんだかエサタ様と姫さまの授業を思い出してしまった。

 もう少し忘れていたかったのに。

 

「返事は後日でいいですよ。今日のところはとりあえず恩を売りにきただけですから。スタックの件、確かに伝えました。それではまた」

 

 それだけ言うと、モールの姿は煙に包まれ、現れた時と同じように忽然と姿を消した。

 まるで幻と話していたのではないかと錯覚しそうになったが、ふと気づけばさっきまで閉まっていた窓が開いている。

 おそらく窓から出ていったのだろう。

 

「‥‥‥次はちゃんと玄関から入ってこい、分かったな」

 

 窓に向かってそう言い、窓を閉め直した。




 幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。
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