Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第61話 父と娘

「むにゃ‥‥‥もう朝‥‥‥?」

 

 まだ眠気の残る体を無理やり持ち上げ、ベッドから降りる。

 体のあちこちが痛い。

 と、そこで昨日の事を思い出す。

 大体70人くらいいたホーリーネイションの軍隊に突撃をかけたんだっけ。

 傭兵さんや浮浪忍者のみんなも戦ってくれたけど、それでもやっぱり怪我がひどい。

 ‥‥‥そういえば、レッドはどうなったのだろう。

 わざわざレッドとセタを一騎討ちさせるために大勢の兵士を引きつけたんだから、ちゃんと勝ってて欲しいのだけど。

 そんなことをぼんやり考えていると、やがて焼いた魚の香りが漂ってくる。

 いい匂い。

 香りに釣られるようにふらふらと食堂に向かうと、もう私以外の全員が食卓についていた。

 

「よっ、おはようすみれ。怪我は大丈夫か?」

 

 朝ご飯を丸テーブルに並べながら聞いてくるレッド。

 その左手側の席に座るイズミ、その隣がサヤ。

 そして1つ席が空いて、みこと。

 みことの左手側の席にリドリィ、2Bと続いた後にセタが座っていて、レッドに戻る。

 

「いやなんで?」

 

 何でセタが一緒に食卓囲んでるの、と視線で訴える。

 

「すみれ、まずは柄から手を離せって」

 

 みことにそう言われて、無意識に右手が狐太刀の柄に伸びていた事に気づいた。

 柄から手を離して席に着く。

 サヤとみことの間の席が私の席だ。

 特に決めたわけではないが、何となくいつもこの席順になる。

 

「すみれさん、か。君が寝ている間にある程度の話は聞かせてもらった。君の生い立ちも、な」

 

 席に座ったセタがまず、口を開いた。

 もう『(ナルコ)の魔女』とか呼んだりはしないらしい。

 あれはあれでカッコよくて気に入ってたんだけど。

 

「ふうん。聞いたなら分かると思うけど、私ホーリーネイションの人間と仲良くする気なんてないわよ。その鎧姿を見るだけでご飯がマズくなるわ」

 

 遠慮なく本音をぶつける。

 レッドには悪いが、こればかりはどうにもならない。

 

「はは。まあそうだろうな。正直で結構。それでシェリー‥‥‥いや、今はレッドだったか。さっきも聞いたが、もう1度聞くぞ。お前はこれからも、ここで生きてゆくのか?」

「ああ。オレはこいつと、このバストで生きていく」

 

 こいつ、と言ってイズミの肩を抱くレッド。

 ちょっと妬けるわね。

 

「そうか。俺は、ここで暮らすことはできない。この地の者から恨まれておるからな。フェニックス様は今後もここに兵を送り続けるだろうが、守ってやることもできない。それでも‥‥‥それでも本当に、ここに残るか。父と共にホーリーネイションに戻る気はないか」

「ああ。ないな。‥‥‥この場所が、今のオレの居場所だ」

 

 迷うことなく断言するレッド。

 セタは長い沈黙の後、ゆっくり息を吐いて。

 

「ならば、そうするといい。だがこれだけは覚えておいてくれ。たとえ名を変えたとしても。国を捨てたとしても。俺は、お前の父親だ。それだけは決して変わらん。たとえ天地がひっくり返ったとしてもな。‥‥‥今でもお前は、大切なたった1人の娘だ」

 

 真っ直ぐにレッドを見据えてそう言うセタ。

 その目はとても優しい目をしていて、戦場で会った時とは別人のようだ。

 

「そんなこと分かってるっつーの。‥‥‥こほん。今でも愛してるわよ、パパ」

 

 同じように真っ直ぐセタを見つめ返して応えるレッド。

 咳払いの後のまるで別人のような口調が、昔のレッドの‥‥‥シェリーの口調なのだろう。

 セタは懐かしそうに目を細めて頷いていた。

 

「‥‥‥お父さん、かあ。なんかいいわね、そういう風に思えるのって。私には分からない感覚だから、ちょっとだけ憧れるわ」

 

 2人のやり取りを眺めて、思わずそう呟く。

 周りを見渡しても、みこともイズミも暖かい目で2人を見守っているので、理解できない私が特殊なのだろう。

 サヤは‥‥‥どうなんだろう。

 滅多に本心を表に出さないのよね、この子。

 今はもう、以前ほど嫌いではなくなったけどさ。

 

「おや? すみれさんは親子の情って分かりません?」

 

 不思議そうに首を傾げるサヤ。

 やっぱ私だけが特殊なのかな。

 

「そうね‥‥‥リバースで殺した兵士のどれかが、きっと私の父親なんだけど。うん、やっぱり分からないわ」

 

 リバースで切り捨てた兵士を思い出しながら応える。

 血がつながっているからといって、特に込み上げてくるようなものはない。

 

「‥‥‥配慮が足りず申し訳ありませんでした」

 

 素直に頭を下げるサヤ。

 まあ私が特殊すぎるんだろうな。

 

「よしっ、そろそろ朝飯食べようぜ。今日の魚は、2Bが海で釣ってきてくれたんだぜ」

 

 そう言ってレッドは焼き魚にレモンをかける。

 みことは醤油派。

 私は‥‥‥今日はどっちにしようかな。

 少し悩んで、レモンをかけることにした。

 

「ん。いただきます」

 

 ぱくり。

 もぐもぐ。

 やっぱりレッドの作るご飯は美味しい。

 焼き加減が絶妙だ。

 皮がほんのり焦げつつも、中身はふっくらと焼きあがっている。

 この焦げがまたいいアクセントになっていて、味の変化が面白い。

 ‥‥‥ちょっぴりレモンが足りなかったかな。

 もう少し足してみよう。

 ポタポタと追加でレモンを垂らす。

 もぐもぐ。

 ‥‥‥うん、美味しい。

 最近、なんだか無性に酸っぱいものが食べたくなるのよね。

 さらに追加でポタポタポタ。

 

「なあすみれ、流石にちょっとかけ過ぎなんじゃ‥‥‥?」

 

 心配そうに尋ねてくるみこと。

 それに続くように、レッドも不安そうな顔をして。

 

「‥‥‥なあ、すみれ。もしかしたらなんだけど、ひょっとすると、その、あれだ。あくまで可能性なんだが」

「? どうしたのよ、レッド?」

 

 妙に歯切れの悪いレッドに聞き返す。

 

「だから、その。あー。もしかしてすみれ、妊娠してね?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 時が止まった。

 ざ・わーるど。

 心当たりは、ある。

 ‥‥‥うん、ある。

 胸に宿るのは不安と、それ以上の喜び。

 にまーっと、つい頬が緩んでしまうのが自分でわかる。

 みことと付き合うようになって3ヶ月と少しが経っていた。

 

「みっ、みこと! どうしようどうしようどうしようっ!」

「お、おおおお落ち着け、まずは落ち着こう。すーっ、はーっ。おめでとうすみれ!」

「うん、ありがとうっ! お母さんかあ。私、いいお母さんになれるかしら。っていうかいいお母さんってどんなのかしら。私、お母さんって見たことないんだけど」

 

 多分リバースの奴隷のどれかがお母さんだ。

 当然、参考にはならない。

 

「お、俺だってはっきりとは覚えてねーよ‥‥‥どうしよう、どうすりゃいいんだ、イズミ教えてくれ!」

「待って10歳の子供に聞くことじゃないよね!? どこまでバカなのキミたち!?」

 

 その後、セタが「いいから安静にしておれ」と言うまで、わいわいきゃあきゃあと騒ぎ続けた。

 いくら騒いでも、どうすればいいかなんてちっとも分からなかった。




第61話、読んでいただきありがとうございます。すれ違った人間関係は元に戻すことは難しいです。けれどたとえ元通りの関係には戻れなくとも、誤解が解ければ新たな関係を築くことはできるはず。そんなお話でした。
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