「す、み、れ‥‥‥と。ねえねえイズミ、これでいいのかしら?」
羊皮紙に書いた文字をイズミに見せる。
「うん。字が汚いことに目を瞑れば、それで合ってるよ。それにしても、君たちが文字を覚えたいなんてねえ」
今まで読もうともしなかったくせに、とイズミが笑う。
「ふふっ。だって私、もうすぐお母さんになるんだもの。子供が産まれたら、お話とか読んで聞かせてあげたいじゃない」
お母さん。いい響きね。
この私がお母さん。
今まで考えたこともなかったけど、まさかそんな日が来るなんて。
隣で一緒に文字を教わっているみことも、声に喜びを滲ませて。
「そっか。俺もお父さんかあ。どんな子だろうな。すみれに似た可愛い子かな」
「ううん。きっとみことに似た優しい子よ」
つい頬が緩んで、どちらともなくにへへーと笑い合う。
そんな私たちを見ていたサヤが。
「‥‥‥人って、変われば変わるものですねえ。すみれさんに似て凶暴で、みことさんに似たおばかな子じゃなきゃいいですけど」
などという感想を漏らしていた。
これはケンカを売られているのだろうか。
「さーやー? あんたはちょっと正座してなさい?」
「失礼しました」
ちょこん、とその場で素直に正座するサヤ。
何がしたいんだあの子は。
「あ、レッド。後ででいいんだけど、私に料理教えてくれないかしら? 子供って何食べるのかしらね。お肉食べると思う?」
たまたま近くを通りかかったレッドにそう聞いてみると、呆れた顔をされた。
「肉なんか食べる訳ねーだろ。まずは人肌に温めたミルク、その後は離乳食だ」
「り、りにゅーしょく‥‥‥?」
リニューアルにちょっと似てる。
何か関係あるのだろうか。
「あー、まあ後でゆっくり教えてやるから心配すんな。つっても、オレも子育ての経験がある訳じゃねーからな。あくまで一般常識の範囲でしか教えられねーけど」
「そ、そうよね。でも知り合いに子育ての経験がありそうな人なんて‥‥‥」
浮浪忍者の人はそもそも男嫌いの人がほとんどだし、サミダレさんも恋愛とは縁がないって言ってた。傭兵たちは、うん。聞くまでもなさそう。やっぱり誰にも頼れそうにな‥‥‥あっ!!
「む?」
部屋の隅っこで大人しくしていたセタと目が合う。
いるじゃないか、子育ての経験のある人が、こんなに近くに。
「ねえセタ。貴方なら子育てに何が必要か知ってるわよね。出来れば頼りたくないしイヤイヤだけど、背に腹は変えられないわ。知ってることを話しなさい?」
「おい待て小娘、それが人に物を尋ねる態度か!?」
「これは質問じゃないわ、尋問よ。自分が捕虜だってこと忘れてないわよね?」
狐太刀に手を添え、1cmほど刃を見せて脅してみる。
「まさかそんな種類の尋問されるとは思っとらんかったわ!」
私とセタが言い争っていると、みこともこちらに寄って来て味方してくれる。
「おいセタ、あまり大声を出すんじゃない。お腹の子がびっくりしたらどうするんだ」
「え、俺が悪いの? 俺が怒られるパターンなの!?」
もちろん素直に答えないセタが悪い。
どうでもいいけど、セタって一人称が『俺』だったり『私』だったり安定しないわね。
部下の前だと『私』になるみたいだけど、素だと『俺』なのかな。
「お、おいシェ‥‥‥じゃなくてレッド! お前からもなんとか言ってくれんか!」
セタがそういうと、レッドは少し悩むような仕草をして。
「んー。そういやオレも離乳食なんて作ったことなかったわ。作り方教えてくんね、親父?」
「レッドお前もかああ!」
「だから大声出すなって言ってるだろうがっ」
ごつん、とみことがセタの頭にゲンコツを振り下ろす。
みことが非武装の相手に手をあげるのって、なかなかにレアだ。
というか初めて見たと思う。
子供のことになるとブレーキが効かないタイプなのかもしれない。
「す、すまぬ‥‥‥というか殴るならせめて手加減してくれんか? 自分が武術家ってこと忘れておらんよな? おらんよな? 今、首がもげるかと思ったぞ?」
涙目で声を震わせるセタ。
「というかだな、俺もそれほど詳しくはないのだ。娘が生まれたばかりの頃は妻に子育てを任せておったのでな。そのせいで妻には愛想を尽かされ、最後には娘にも逃げられたダメ親父だ。参考にはならんだろうさ」
「むう、役に立たないわねー。そうなると他に誰かいないかしら‥‥‥うーん」
私が頭を悩ませていると、レッドが何かを思いついたように。
「あ、それならアイツはどうだ? 素直に答えてくれるか分からねーけど、少なくとも子育ての経験はあるはずだぜ」
あいつ? と私は首を傾げる。
「ほら、アイツだよアイツ。えーっと、反乱農民のボス・シミオン!」
「というわけで私すみれは、もうすぐお母さんになります!」
「いやどうでもいいわ! わざわざそんな事伝えに来たのかよ!」
ショーバタイ。
憲兵の檻の中で、シミオンは今も大人しくしていた。
「どうでもいいって事はないでしょう。そこはお世辞でもなんでも、一言『おめでとうございます』っていうべきところじゃない?」
「いやマジでどうでもいいから。つーかお前は俺にとっての敵だろうが! お前のせいで俺は牢屋に入ってるんだぞ?」
「いいじゃないの、そんな昔のこと」
「昔じゃねえよ! 今現在、檻に入れられてんだよ! お前のせいで!」
細かいことを気にするやつである。
「たかが敵ってだけでしょう? 我が子を大切に思う気持ちに、敵も味方も関係ないわ」
「そりゃあ、まあ‥‥‥って、だからって何で俺がお前の子供のことなんか気にしなきゃいけねーんだ!」
「それはほら、親としての先輩として、アドバイスとかあったらなーって」
私がそういうと、ようやく得心がいったとばかりにシミオンが目を細める。
‥‥‥そう言えば、「子育てについて教えて」って言ってなかったわね。
本当にただ自慢しに来ただけと思われていたようだ。
「‥‥‥ふーん。まあ、教えてやれることがないわけじゃねえが。離乳食の作り方とかおむつの変え方、夜泣きした子供のあやし方。その程度のことなら俺でも」
「ほ、本当!?」
こんなところに救世主が。
思わずシミオンの手を握りしめる。
だがシミオンは意地悪くニヤリと笑って。
「だが、タダってわけにはいかねえ。俺をここから出せ。そうすりゃ教えてやらんでも」
「ええ、お安い御用よ。憲兵さんっ、シミオンの保釈金を払いたいの。言い値ではらうわっ!」
「‥‥‥‥お、おう」
シミオンは刑務所から釈放された。
望み通りに釈放されたシミオンは、何故か納得いかない顔をしていたけど。
何が不満なんだろう。
第62話、読んでいただきありがとうございます。シミオン氏再登場です。この話もそうですが、3章は全体的に創作色が強めで『modを使ってもKenshi本編では再現できない』展開が多くなります。次回もお楽しみに。