「おおっ、俺のメイトウ、ちゃんと残ってたんだな!」
戦闘用のクワ。
見た目こそただのクワだが、伝説の鍛治師が鍛えたという紛れもないメイトウである。
まさか、また俺の手元に戻ってくるとは思わなかったな。
「まあ、売り払うのもちょっと勿体無かったし、ソレを使いたいって奴もいなかったからな。すみれは俺が作った刀しか興味ないし、レッドは見た目に威圧感がないと嫌なんだとさ」
そう言ってくるみこと。
すみれの彼氏らしいが‥‥‥こう言っちゃなんだが、苦労しそうだな‥‥‥尻に敷かれそうというか、なんというか。
あの頭のネジの外れた女の相手なんて、よくできるものだと感心してしまう。
どこを好きになったのだろう。
それはそれとして、俺のクワに威圧感がないとは見る目がないな。
「レッドってーと、あの赤髪か。女どもは分かってねーなあ。武器ってのは性能が第一だろうが。ついでに見た目と性能の差が大きければ大きいほど、油断した相手をサクッとやっちまえる。やっぱ俺の相棒はコイツじゃねえとな」
俺が武器について持論を語ると、みことがムッとして反論してくる。
「おいおい、それはちょっと聞き捨てならないな。確かに性能も大事だが、それ以上に刀ってのは芸術品なんだぞ。見てみろこの刃紋。この刃紋を浮かせるために何ヶ月かかったと思って‥‥‥おい聞いてるのかシミオン? なんで目を逸らす?」
やべえ。
面倒くさい話が始まった。
すみれの影に隠れて目立たないだけで、この鍛治の兄ちゃんも大概、頭のネジがぶっ飛んでやがる。
「そ、それはそうと。俺が教えた人形はもうできたのか?」
話が長くなる前に話題を変える。
子供用のオモチャは何がいいのか聞かれたので、とりあえず人形でも作っておけと答えたのだが。
「おう、見てくれよ。なかなかいい出来だろ?」
そう言ってみことが持ってきたそれは、人形というか、フィギュアというか。
クオリティがもう子供のオモチャってレベルじゃない。
モデルはすみれだろうか。
刀を構えた女性剣士が、それはもう見事な彫刻によって再現されていた。
刀の光沢とかまるで本物‥‥‥いや本物の鍛治師が作ったのか。
何この才能の無駄遣い。
「‥‥‥誰がここまでやれと言った」
「え?」
「いやいや、こっちの話だ。ただこれは‥‥‥すげー頑張って作ったのは分かるんだが、ちっとばかし小さすぎるな。子供ってのはなんでも口に入れて飲み込みたがるもんなんだ。だからもう少し大きく作ってやらないと。こんなの渡したら喉詰めて最悪窒息するぞ」
「そ、そういうもんなのか。人形ってのも奥が深いな。よしもう一回作り直してくる!」
そう言って鍛冶場に戻っていくみこと。
やがてカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。
まさかの鉄製かよ‥‥‥いや鉄じゃないな、軽くて柔らかいあの金属は‥‥‥真鍮だろうか。
俺が作る人形ってのは、余った布切れとかで作るんだが、鍛治師ってのはああいうものなのか?
人形1つ作るのにもいちいち全力というか、一切の妥協がないというか。
なんとなくぼーっと鍛冶の音を聞いていると、イズミがやってきた。
その手にはカゴいっぱいのトマト。
「あ、いたいた。シミオン、ちょっとこれ食べてみてよ。さっき収穫が終わったんだ」
「お、くれるのか? そりゃサンキューな」
カゴからトマトを1つ手に取り、かぶりつく。
スイコーサイバイ? とかいうよく分からない技術で作ったものらしいけれど、別に変な味とかはしない。
ごく普通のトマトだ。
「‥‥‥で、どうかな。ボクのトマト、美味しいかい?」
「あん? そりゃ不味くはないが‥‥‥まあ、普通だな。知ってるか嬢ちゃん。このバストにはな、かつてすっげー美味い野菜を作ってる農家がいたんだぜ。そいつと比べりゃ、全然だな」
「‥‥‥そっか。‥‥‥そう、だよね」
イズミは俯いてそう呟いて‥‥‥て、あれ?
いやいや俺、別に泣かすようなこと言ってねえよな!?
そんな酷いこと言ったつもりはないぞ!?
「お、おいおい、何もそこまで落ち込むこたあねーだろ!? つーかスイコウサイバイって何なんだよ。俺も農民の端くれだからな。見せてくれりゃあ少しくらいアドバイスできるかも知れねえぜ?」
「あ、ううん。別に落ち込んでるわけじゃないんだけど‥‥‥そうだね、一度見てもらっていいかい? 水耕栽培っていうのは、土を使わずに水と液体肥料で作物を育てる技術のことさ。室温や光量をコンピュータで制御することで、室内でも野菜が育つんだ」
コンピュータってのが何なのかよく分からないが、大体の仕組みは理解できた。
イズミに案内された水耕栽培施設では、確かに液体肥料によって育てられている野菜があり、そこに繋がれた機械に細かい数字が映し出されていた。
「へえ、これが水耕栽培か。この機械に出てる数字は‥‥‥肥料の量か?」
「うん、そうだよ。十分な量の肥料と光と酸素。必要なものは全部揃えたんだ。なのに‥‥‥なんで、追いつけないのかなって」
飄々とした態度で語るイズミだが、その表情に一瞬だけ、悔しさが滲んだように思えた。
詳しい事情は俺には分からねえが、1つ分かることもある。
「なあこれ、俺の勘だが、ちっとばかり肥料が多すぎるぞ」
「多すぎる?」
「ああ。水や肥料ってのは何も多ければ多いほどいいってわけじゃないんだ。美味い作物を作ろうとするなら、なおさらな。作物ってのは生き物なんだよ。少なめの肥料で育てられた作物は、貴重な栄養を無駄にしないように、その身の内側に栄養をギューッと閉じ込めようとする。そうやって育てることで、甘味のある、中身の詰まった美味しいトマトが出来上がるんだ。人も植物も、ちぃとばかし厳しめの環境で育ってきたやつの方が味があるんだぜ」
「そ、そうなのか! 確かにそういった作物の反応は想定外だった! ありがとうシミオン、これでようやく追いつけそうだ!」
イズミはそう言って機械に飛び付き、水と肥料の量を計算しだした。
俺の知っている農業だと、細かい数値は計算ではなく経験で導き出すもんなんだが‥‥‥まあ、ここから先はあの嬢ちゃんの仕事だろう。
追いつきたい誰かがいるのかねえ。
「あらあら。早速大人気ですね、シミオンさん」
「ん? ああ‥‥‥」
振り向いた先にいたのは、ボブカットの‥‥‥ええと、誰だったか。
「サヤです。主に鉱石掘りをしております」
そうそう、サヤだ。
以前襲ってきた時には見かけなかったから印象が薄いんだよな。
「おお、そうだったな。‥‥‥何というか、ここの連中はどいつもクセが強いな」
「ふふ、そうですね。けどそう言うシミオンさんも手配書とは随分と印象が違いますね。意外と面倒見が良いと言いますか」
「はん。組織のリーダーなんて、面倒見が良くなけりゃ務まらねえよ。特に反乱農民なんてのは、行き場のない弱者の集まりなんだ。1人じゃ何にもできねえ奴らが集まって、それでもなんとか必死に生きようとしてる。俺が面倒見てやるしかねーだろうが」
サヤに対してそう言うものの‥‥‥実は少し迷いもある。
俺は少し、あいつらを甘やかしすぎていたんじゃないだろうかと。
世話を焼くあまり、あいつらの自立を妨げていたのではないかと。
ここの連中を見てると、誰かが誰かに頼り切っているというような関係でないのが分かる。
集う理由も目指す場所もバラバラで、それでもお互いに信頼し合い、絆で結ばれている。
不思議な連中だ。
‥‥‥きっと俺は、こんな組織を作りたかったんだ。
1人では生きていけない連中がお互いに助け合い、厳しい世界で生き抜いていけるだけの力を持たせてやりたかった。
けど実際に出来上がったのは‥‥‥俺が作り上げた組織は、無闇に人を襲って物資を強奪するだけのゴロツキ集団だった。
一体どこで何を間違ったのやら。
上手くいかないもんだ。
「‥‥‥何か悩みがあるなら、話くらいは聞きますよ?」
隣のサヤがそんな事を言ってくる。
顔に出てたかな。
「どんなことでも、最初から上手くいくはずがないんです。時には道を踏み外しそうになったり、喧嘩もしたり。それでもより良い理想を目指し続けたからこそ、『今』があるんですよ。私たちのチームだって、もしすみれさんが1人で何でも決めていたら、反乱農民と大差なかったはずです」
「それはまあ、そうかもな」
サヤの言葉に、思わず苦笑してしまう。
腕っぷしは認めるが、組織のリーダーとしては未熟そのものだ。
まだ若い女剣士の事を考えていると、噂をすればなんとやら、そのすみれの声が響いてくる。
「はーなーしーてー! ちょっとお肉とってくるだけだから!」
「だからそーいうのはオレたちに任せとけって言ってんだ! 妊婦は大人しくしてろ!」
「体が鈍って仕方ないんだもんっ! 軽めの運動は必要だってイズミも言ってたし!」
「スキマーと真剣で斬り合うのは軽めの運動じゃねえよ! あ、おいサヤ! お前も手伝え、こいつを止めろ!」
‥‥‥レッドがすみれを羽交締めにしていた。
なんだアレ。
「‥‥‥それじゃ私、ちょっと行ってきますね」
「ああ、行ってやれ」
トテトテと駆けていくサヤ。
「ちょっとサヤ、私はあなたの主人でしょう!? 主人に逆らうなんて‥‥‥にゃああ、はなしてー!」
‥‥‥つくづく、おかしな連中だ。
メリークリスマスですね。第63話、読んでいただきありがとうございます。農業のくだり、リアルな農家ではこういった試行錯誤を1年サイクルで繰り返して、より良い品種を目指していたりします。独自のオリジナルブランドを作っている農家は筆者が尊敬する職業の1つですね。
諸事情により年始は執筆の時間が取れないため、次回は1月下旬から2月上旬の投稿予定となります。気長にお待ちくださいませ。