「っ!!」
悪夢にうなされ、目を覚ました。
時刻は深夜。
背中は、イヤな汗で濡れていた。
‥‥‥最近は、ほとんど見なくなっていたのになあ。悪夢。
‥‥‥昔はよく見ていた。
幼い私が、必死になって母親の背中を追いかける夢。
‥‥‥親に棄てられた時の記憶。
散歩に出かけようと、そう誘われて。
久しぶりのお出かけに心を弾ませて、母と出かけた。
3時間ほど歩いて、さすがに疲れたので少し休もうと伝えたけれど、母はそのまま歩き続けた。
5時間ほど歩いて、母の歩幅に追いつけなくなった。
だんだん距離が開いていく背中を、それでも必死で追い続けた。
7時間ほど歩いて、ついに足が動かなくなった。
どれだけ頑張っても、足が1歩も前に進まない。
お願い待って、と叫んだ。
置いていかないでと。
いくら泣いても叫んでも、母が振り返る事はなかった。
返事もせずに立ち去る母の後ろ姿を、ただ泣きながら見送った。
日が暮れて、朝になって、それでも母は戻ってこなくて。
棄てられたのだと、ようやく気づいた。
‥‥‥親子の情、か。
急にこんな夢を見た理由は、大体想像がつく。
レッドさんが父親と仲直りしたり、すみれさんがお母さんになったり。
そんなことが続いたので、私にとっての家族を思い出してしまったのだろう。
「‥‥‥眠れそうにないなあ」
仕方ないのでそっと布団を抜け出して外に出る。
外に出る途中で研究台に明かりが付いていることに気がついたのでそっと様子を見てみると、イズミさんが研究に没頭していた。
邪魔しちゃ悪いので音を立てないように通り過ぎる。
外に出ると、星が綺麗に瞬いていた。
‥‥‥そういえばあの日も、こんな綺麗な星空だったっけ。
頭のいい人は、星を見るだけで方角が分かるという。
もちろん、私には分からない。
「サヤ? こんな時間に珍しいわね?」
「あ。すみれさん」
声をかけられて、少し驚く。
どうやら庭で素振りをしていたらしい。
「ええまあ、少し寝付けなくって。すみれさんもですか?」
「うん。刀振ってないと落ち着かなくて」
‥‥‥どんな理由だ。
頭おかしいんじゃないのか。
そんな心境は表に出さずに、愛想笑いを顔に貼り付ける。
ついでに話題も変えてみた。
「綺麗な星空ですねえ」
「そうね。あの日を思い出すわ」
「‥‥‥あの日?」
まるで自分の心情を言い当てられたように感じて、ドキリとする。
「うん。リバース鉱山をみことと2人で脱走した日。あの日も、星の綺麗な夜だったのよ。‥‥‥あの日から全てが始まって。随分と遠くに来たような、ようやくここまで来れたような。不思議な気持ちね」
ああ、そっちか。
すみれさんは、懐かしそうに夜空を見つめる。
月明かりに照らされるその横顔は、見惚れるくらいに綺麗だった。
「そうだ、サヤ。あんたも一杯のむ? 月見酒」
すみれさんがそう言い、グラスを差し出してくる。
傍には、まだ栓を抜いてないお酒。
これから呑むところだったらしい。
「あの、すみれさん? 妊婦のかたの飲酒はあんまり‥‥‥」
「うん。だからみことには内緒よ? バレたら怒られちゃうから」
そう言うとすみれさんは口元で指を立て、しーっとジェスチャーをしてみせる。
「‥‥‥もう。仕方ないですねえ」
みことさんに怒られてションボリしているすみれさんを想像して、思わずクスッと笑ってしまう。
1個しかグラスがないので、すみれさんと交互にグラスを交わす。
すみれさんは、刀がよく似合う人だ。
その印象が強くて、カッコいいけどちょっと怖い、そんな印象を持っていた。
けれど最近のすみれさんは、ほとんど刀を振っていない。
こっそり隠れて素振りする程度だ。
そうなると受ける印象もまた変わってきて、すみれさんも私とそれほど変わらない、普通の女の子なんだって思えてくる。
「ねえ、サヤ。サヤのお母さんって、どんな人だった?」
「へっ!? な、なんですかいきなりっ!?」
さっき見た夢を思い出して動揺してしまう。
悪夢にうなされてたのを見透かされた?
おかしいな、平静を装うのは得意なはずなのに。
「いや、そこまで驚かなくても。ただ、いいお母さんってどんなのかなーって。参考になればと思って聞いただけなんだけど」
‥‥‥。
なんだ、見透かされたわけではなかったか。
まあ、そりゃそうだ。
「私のお母さんは、ええと。‥‥‥いいお母さんでしたよ、たぶん」
「‥‥‥たぶん?」
すみれさんが首を傾げて聞いてくる。
でも私自身、どう受け止めるのが正解なのか分かってないので多分としか言いようがない。
「ええ。母子家庭で貧しかったにも関わらず、毎日美味しいご飯を作ってくれましたし。お洋服だって綺麗な着物を着せてもらってました。お母さん自身はほとんど何も食べず、ボロボロの服ばかり着てたのに。『お母さんは少食だから。服も思い入れがあるからこれがいいんだー』なんて言って。‥‥‥疑いもせずそんな言葉を信じていた私が、きっとバカなんです。‥‥‥バカだったから、棄てられたんですよ。私は」
「‥‥‥」
「あ、勘違いしないでくださいねっ? 別にお母さんのことを恨んでるとか、そんな気持ちは全然ないんですっ。別れの記憶は確かに辛いんですけど、それ以外は本当に愛情を注いでもらった記憶しかなくって。だから、その。どんなお母さんだったって聞かれると、いいお母さんだったんじゃないかなーって」
「そ、そう」
あ、気まずそうに目を逸らされた。
こういう空気が苦手だから、あまり自分のことは話したくないんだ。
けど、恨むような気持ちがないのは本当。
私だってもう、この都市連合じゃお金がないと生きていけないってことくらい分かる。
そして私の家にはお金がなかった。
あの日、私がいくら泣いて叫んでも、母が振り向くことさえしなかったのは。
返事を返さなかったのは。
きっと。
‥‥‥きっと、母も泣いていたからだ。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
それきり会話は途絶えて、お互い無言でグラスを口に運ぶ。
安っぽい同情を口にしないのは、なんというかすみれさんらしかった。
虫の声さえ聞こえない、静かな夜。
静かな時間。
‥‥‥そこに、遠くから軍靴の音が混じり始める。
侍の巡回だろうか、と最初は思ったものの、そうではなさそうだ。
巡回にしては数が多く、しかもだんだんこちらに近づいてくる。
「これは」
「襲撃ね。懲りないヤツら」
私の言葉を、すみれさんが引き継ぐ。
「‥‥‥すみれさんはダメですよ? 大人しくしててくださいね?」
「はいはい、分かってるわよー。それじゃ、みんなを起こしてくるわね」
不満げに唇を尖らせながらも、すみれさんが家に戻っていく。
やがて起きてきたみことさんやレッドさん、リドリィさん、2Bさんが戦闘準備を整えて、イズミさんが固定砲台を構える。
傭兵さんには門の外を守ってもらって。
「‥‥‥」
なんか、『お前は何もしないのかよ?』というツッコミが聞こえてきそうである。
でも何もできないのだから仕方ない。
戦えない私は、気配を消してそっと闇に隠れるしかない。
やがて拠点に到着したホーリーネイションの軍勢と、戦闘がおこる。
みんな頑張ってるなー、と感心しながら様子を見守り、敵の兵士が倒れたらコソコソとその武器を回収していく。
‥‥‥あ、2Bさんが倒れた。
ホーリーネイションの武器はスケルトン‥‥‥じゃなかった、アンドロイドである2Bさんにとっては非常に厄介であるらしい。
仕方ないのでやはりコソコソと闇に隠れて2Bさんの機体を回収、修理ベッドまで運ぶ。
あ、今度はみことさんが倒れた。
浮浪忍者の人が手伝ってくれないと、軍の襲撃はちょっと被害が大きいかもしれない。
コソコソとみことさんをベッドに運ぶ。
あ、2Bさんがもう戦線に復帰してる。
さすがアンドロイド、回復が早い。
‥‥‥。
そんなことをしているうちに、諦めたのかホーリーネイションの兵士たちが撤退を始めた。
「すごいじゃないか、サヤ。大活躍だったじゃないか!」
戦いが終わると、イズミさんからそんな事を言われた。
活躍って‥‥‥私は1人も倒してないのだけど。
というか、武器を握ってすらいない。
言われた意味が分からず、首を傾げる。
「ああ。すごく助かった。感謝している」
と2Bさん。
助けられているのはこっちだし、大半の敵を2Bさんが倒してくれたのだけど。
「そういう戦い方もあるのね‥‥‥」
とすみれさん。
そういうも何も、他に何ができるというのだろう、この私に。
「???」
やはり意味が分からない。
一応これでも役に立てている、ってことでいいのだろうか?
第64話、読んで頂きありがとうございます。サヤちゃんは大好きなキャラクターなんですけど、非戦闘&本音を見せないということで非常に扱いづらいキャラでもあります。まあ、そこが好きなんですけどね。
【挿絵表示】
次回は幕間の物語、ヴァルテナ編です。少々多忙ながら、2月中の投稿を目指しています。