ああ、これは死んだな。
そう思った。
まあ悪くない死に方だと思う。
戦場で死ねるなら本望だ。
戦士として生きている以上は、いつかこんな日が来ると覚悟もしていた。
「バストの生き残りさ」
少女の指に力がこもる。
‥‥‥達者でな、名も知らぬ名軍師さん。
ヒュンッ!!
放たれた矢は、俺の顔からわずかに逸れて後方へと消えていった。
クロスボウを握る少女の腕は、目に見えて分かるくらいにガタガタと震えていた。
「どうしたよ。そんなに震えてちゃ当たらないぜ?」
「う、うるさい! お前なんかっ、お前なんか!」
次の矢を装填し、再び構える。
少女の腕は、やっぱり震えていた。
「ヴァルテナ様!」「隊長!」と叫んで駆けつけようとする部下を、片手を上げて制止する。
「なあ。1つだけ頼みがあるんだが、いいか? こいつらは‥‥‥俺の部下のことは、見逃してやってほしいんだ。こいつらはバストの作戦にも参加していない」
「そんなの‥‥‥そんな都合のいい事ばっかり、クソッ‥‥‥」
震える手で俺の眉間に狙いを付けようとする少女。
けれどその目にはうっすらと涙が滲んでいる。
それじゃ、ちゃんと狙えないだろうに。
‥‥‥正直、剣を拾って切りつければ、この少女の首をはねることはできるだろう。
けど、その次の瞬間にはレッドと2Bに殺される未来しか見えない。
どうせ死ぬなら、潔くカッコよく死にたいものだ。
‥‥‥さて、どうしたもんかな。
「‥‥‥ずっとアンタが憎かった。いつか復讐したいって、そう思ってた。このクロスボウだって、その為に買って、準備して。なのに‥‥‥なのに! なんでこんな気持ちになるんだよっ!!」
ヒュンッ!
放たれた矢は、再び外れる。
「‥‥‥イズミ、大丈夫? なんだったら私が代わりに斬ってもいいわよ?」
イズミと呼ばれた少女に歩み寄ってそう訊ねる黒髪の剣士。
確かすみれって名前だったか。
イズミはやや逡巡した後、小さく首を横にふってクロスボウを下ろした。
「すみれはさ。どうして人を斬れるようになったの? ‥‥‥どうして、ボクには出来ないのかな」
悔しそうに俯くイズミを、レッドが慰めるように優しく抱きしめる。
「さあ、どうしてかしらね。私にも分からないわ。私は、最初からこうだった。初めて人を斬った時から、何も感じなかったわ。腕も、足も、心も‥‥‥何も震えなかった。きっとリバースで虐げられるうちに、人として大事な何かを失っていたのかもね。自分でも気づかないうちに。だから、その。私が言えた事じゃないとは思うんだけどね‥‥‥イズミには、私のようになって欲しくないかな。そのままのイズミでいて欲しい」
「‥‥‥うん。‥‥‥ホントは分かってたんだ。復讐なんて意味がないって。頭では分かってても、感情が納得できなくて。なのに、いざとなったらガタガタ震えて。ほんとバカみたいだよね」
そう言って自嘲するイズミ。
どうやら命だけは助かった、らしい。
「話はまとまったのかい?」
「ええ、そうね。ヴァルテナ、貴方はモールさんに引き渡すわ。それまでは檻の中で大人しくしておいて。兵士はまあ。落武者狩りやカニバルに出くわさなければ、無事に帰れるんじゃない? 流石にそこまで面倒みきれないけど」
「‥‥‥ああ、十分だ。恩に着る」
翌日。
「いやおかしいだろ! モールに引き渡すんじゃなかったのかよ!」
檻から出された俺には、錆びきった鉄の棍棒が握らされていた。
対峙するのはすみれ。
錆びた忍者刀を構えている。
「えー。だってヴァルテナ、強いんでしょう? だったら1度は手合わせしてみたくなるじゃない。kenshiってそういうものでしょ?」
さも当然のように言われても困る。
いやまあ、俺だって強敵との戦いに胸が躍るのは否定しないが。
「というわけで。いざ、勝負!」
これ以上話すことはない、とばかりに斬りかかってくるすみれ。
仕方ない、相手してやるか。
すみれの斬撃を避け、棍棒で殴打。弾かれる。
がら空きになった俺の胴に、再び斬撃。
バックステップで回避。
攻撃、防御。
回避、攻撃。
躍るように金属音を響かせる。
不思議なのが、こうして武器をぶつけ合っている最中すら、すみれからは敵意や憎しみなどの負の感情が伝わってこないことだ。
挑発するような彼女の瞳が言う。
それで全力じゃないでしょう。
本気できなさい、と。
バレたか、とこちらも速度を上げていく。
この若い剣士は、どこまで俺についてこられるだろうか。
‥‥‥久しぶりだった。
こんなに心から楽しいと思える時間は。
任務でもなく、命令でもなく。
しがらみも、憎しみもなく。
ただ、戦うのが好き。
だから戦う。
それがこんなに楽しいだなんて、すっかり忘れていた。
負けられない理由を背負いすぎて、しがらみに縛られていた。
「ふっ、やるじゃないか」
「貴方もね」
楽しそうに笑うすみれ。
剣を交えるごとに剣速はぐんぐんと上がっていき、既にほぼ目では捉えきれない。
それを気配で、あるいは相手の視線の動きで読み、受けて、かわす。
互いに汗だくで、息も上がって。
それでも俺たちは、はしゃぐ子供のように剣をぶつけ合った。
それがすごく楽しかった。
剣士って、そういうもんだろ?
第68話、読んでいただきありがとうございます。ヴァルテナ死亡ルートと生存ルート、どちらでいくか最後まで悩みましたが、原作リスペクトで。強い相手を捕らえたら修行の時間。kenshiってそういうものです。