次の日も、陽が高く昇るまで鉄を掘り続けた。
暗いうちはすみれも平気な顔をしてつるはしを振っていたが、明け方から周囲の視線を気にするようになり、完全に陽が昇った後は露骨に恥ずかしそうにしていた。
右腕でつるはしを振りつつ左手で胸元を隠し、内股をきゅっとさせてる。
非常にかわいい。
骨と皮だけだった痩せこけた体も、栄養が足りてきたのかふっくらとした健康的な丸みを帯びてきて、思わず目が釘付けに。
「ねえみこと。そろそろ服が欲しいわ」
「あ、ああ。そうだな」
そのままでも十分かわいいよ、と言ったら怒られるかな。
「あの小屋、避難小屋だったんでしょう? 服、くれるって言ってもらえたんでしょう?」
今朝モールさんと実際に話して、それは確認してある。
確かにあれは避難小屋で、中の物資は俺たちのような脱走者のために用意したものだと。
「だがちょっと待って欲しい。ひょっとしたら俺たちに続いて、第二、第三の脱走者が現れるかもしれん。あの小屋の物資はそんな彼らのために残しておくのも良いんじゃないだろうか。幸いにして俺たちはこうして収入源にありつけたのだから、お金をためてお店で服を買っても」
そこまで言ったところで、すみれがギュッと縋り付いてきた。
泣きそうな目をしながら、フルフルと首を横に振っている。
「お願い。服‥‥‥着たい」
「おいそこの変態。それ以上女の子をイジめるんじゃねえ」
バシン、と後頭部を叩かれた。
見ると黒ずくめの門番の女が、両手に衣類を抱えていた。
「ほらよ。なかなか取りにいかねえから、あたしが代わりに取ってきてやったよ」
そう言うと黒ずくめの門番は、抱えていた衣類をすみれに渡した。
ぱああっと表情を輝かせたすみれは、早速その服に身を包む。
決して高価とはいえない生地で、デザインも黒一色の地味なものだが、それでもすみれは大喜びだった。
確かによく似合っている。
「あ、あのー。お姉さん、俺の服は?」
「ああん!? テメーは金貯めて店で買うんだろうが。さっき自分でそう言ってただろ」
まるでゴミを見るような目で睨まれた。
あ、あれえ。
門番さんに怒られるようなこと、何かしたかなあ。
「さあすみれさん。君が好きだと言っていたミートラップだ。後、呑みたいと言っていたグロッグも。グロッグは自分で呑むのも良いが、酒場で換金すればもっと良い服や武器を買うこともできるぞ」
そしてすみれに対しては、俺に対する時とは対称的な、とても慈悲深い笑顔を向けるのだった。
「あ、ミートラップは俺も好きで」
「ああっ!? ギッスルフラップでも食ってろ変態!」
ええー。なんでこんなに対応が違うの。
ギッスルフラップがどんな物かは分からないが、ろくな食べ物ではなさそう。
そこに食堂のおっちゃんもやってきた。
「はっは、この村で男がうまくやっていくのは相当苦労するぞ、みことくん。かくいう俺も、最初は苦労したもんさ」
「はんっ、あんたの苦労なんざ、ホーリーネイションであたしら女が受けてた苦労と比べりゃ、ものの数にも入らないだろ?」
「わっはっは、そりゃ違いねえ」
つんつんと、肩をつついてそっと話しかけてくるすみれ。
「この集落の人、ほとんどがホーリーネイションで酷い目にあったことのある女の人ばかりみたい。きっとさっきの私とみことのやりとりで、何か嫌なことでも思い出したんだと思う」
なるほど、そういうことか。
俺とすみれのやりとりは、ジョークとかじゃれ合いのようなものだ。
すみれも分かっていたからこそ、本気で怒ったりしなかったわけだし、そもそもこれまでは恥ずかしがる余裕さえなかったのだ。
見た目を気にするだけの余裕ができた、それが嬉しくてついはしゃいでいた。
けれど、ここの女性たちはきっと、ジョークでは済まないような経験をしているのかもしれない。
「‥‥‥すまん。辛いことを思い出させたかな。無神経だったよ」
門番さんに頭を下げる。
彼女は少しバツが悪そうに視線を泳がせた後で。
「ああ。分かればいいんだよ、分かれば。あたしもちょっと大人げなかったかねえ。‥‥‥ほら、あんたの服だ。これ以上パンツ一丁でうろつかれたら、こっちが迷惑だよ」
そう言って、押し付けるようにしてバックパックから取り出した服を渡してきた。
なんだ、ちゃんと準備しておいてくれてたのか。
その服はやはり安っぽい生地だったが、真っ白で清潔感のある服だった。
イメージとしては、武術家が着る道着が近いかもしれない。
その感想を伝えると、よく知ってるじゃないか、まさに道着なんだよと返される。
最近では武術家を志す者など滅多にいないため、その道着が捨て値で売られているのだと。
「武術家。そうか、武術家かあ」
『いつまでも弱いままではいられないもの、私たち』
昨日のすみれの言葉を思い返す。
けれど武器を買おうと思ったら、物凄い額のお金が必要になる。
今朝この集落の武器屋を覗いて、その値段の高さに腰を抜かしそうになったばかりだ。
だが武術なら。
「どうした? まさかお前、武術家を目指そうってのか? やめとけやめとけ。上達する前に死んじまうぜ」
門番さん曰く、真の武術家の拳は聖剣にも匹敵する凶器だが、素人の拳はなんの役にも立たないガラクタだと。
そして武術の修行とは、そんななんの役にも立たないガラクタで戦い続けて生き残った先にしか成されることはないのだと言われた。
だから武術の道を志す者の大半は、道半ばで命尽きるのだそうだ。
「そっかあ。大変なんだな。武術家って」
そう言いながら、もらった道着の裾を摘んでみる。
それを見てすみれが、からかうように言った。
「みこと。大変って言ってるくせに、諦める気ないでしょ?」
「あ、あれ? なんで分かっちゃうかな?」
「くすっ。なんとなくよ。諦める必要なんてないわ。みことが強くなるまで、私が剣であなたを守る。みことが強くなったら、2人で助け合う。それで良いじゃない?」
だから何も問題ない。
諦める必要なんてないとすみれは言った。
「‥‥‥そうかい。あたしは忠告はしたが、実際にどうするかはあんたの自由だ。ま、好きにやってみな。新たなるKenshiさんよ」
「Kenshi? なんだそれは。拳士ってこと?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、門番の女は説明を続けてくれた。
「KenshiはKenshiさ。それ以外の何でもない。この理不尽な暴力が横行する世界で、己の美学と信念を貫いて生きる者。それを総称して『Kenshi』って呼ぶのさ。拳の世界に生きる者もいれば、刀を極める者もいる。交易商として生きる者もいればパティシエを目指す者もいるし、海賊だっているんだ。大切なのは、自分でその道を選ぶこと。そしてそれを選んだ自分の心に、決して嘘をつかないことさ」
「自分の心に、嘘をつかないこと‥‥‥」
「なんだかカッコいいわね。私たちもなれるのかしら。そのKenshiに」
「なんだよ自覚もねーのか? 2人とも既に立派なKenshiだろうが。リバースをその足で飛び出した、その瞬間からな」
門番さんにそう言われて。
すみれと2人、見つめ合う。
あの時、あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。
肌を焦がす緊張感。
美しい夜空。
そして2人で語り合った夢物語。
「っと、いけねえ、つい長話しちまった。そろそろ門番の仕事に戻らねえと」
「おおそうだ。俺も店番ほっぽったままだったぜ」
門番さんと食堂のおっちゃんが、それぞれ自分の仕事に戻っていく。
雰囲気を察して、気を利かせてくれたのだろうか。
「ねえみこと。私、思うんだけど」
「ああ。俺もちょうど、考えてたことがあるんだ」
お互いに見つめあって、どちらともなく、くすりと笑い合う。
目を見るだけで、相手も同じことを考えているのが分かった。
「それじゃ、せーので言いましょうか」
「ああ。せーのっ」
「私、大陸最強のバウンティハンターになるわ!」「俺、大陸最高の鍛冶職人になるぜ!」
なりたい、ではなく、なる。
それを目指して歩きだすことを決めた瞬間だった。
第7話まで読んでくれた方、ありがとうございます。今回の話は動画投稿者さんのリスペクト回となっております。素敵な動画でKenshiというゲームの面白さを教えてくれた先輩に感謝を込めて。ありがとうございます。