「戻ってこれたか‥‥‥ブリスターヒルに」
バストからここまでの旅路について、それほど語ることは多くない。
ただ辛かった、その一言で全て語り尽くせる。
無事にここまで辿り着けた兵士は、私を含めてたったの2人。
相方が顔を綻ばせて言う。
「やったなグリフィン! 故郷だ! 無事に戻ってこれたんだよ俺たち!」
ただ任務で一緒になっただけの、それだけの間柄。
けれど私たちの間には、戦友としての絆のようなものが芽生えていた。
「ああ。だが‥‥‥すまない。街には君1人で戻ってくれないか」
だからだろう。
そう答えた私の言葉に、彼はひどく驚いていた。
「は? おい何言ってんだよ。ようやく戻ってこれたんだぞ? ここまで来て何言い出してんだ」
「すまないな。私は‥‥‥私には、戦う理由が分からなくなってしまった。私は平和のために、国を守るために、これまで命をかけて戦ってきた。愛する母国を守るためなら、死ぬことすら怖くはなかった。けれど何故だろう‥‥‥今ではこの剣を抜くのが、ひどく恐ろしいのだ」
脳裏に焼き付いているのは、クロスボウを構えた少女の姿。
ヴァルテナ様にその照準を定めて、声を震わせながら叫んだ少女。
『‥‥‥ずっとアンタが憎かった。いつか復讐したいって、そう思ってた。このクロスボウだって、その為に買って、準備して。なのに‥‥‥なのに! なんでこんな気持ちになるんだよっ!!』
‥‥‥あれが、我々が戦っていた敵なのか。
あれが、平和を脅かす闇の尖兵なのか。
我々の勝利の先に、本当に平和はあるのか‥‥‥?
全てが分からなくなった。
そもそも平和とは、一体‥‥‥。
「いや、でもよ。軍を抜けるにしたって、取り敢えず街には戻ろうぜ? もう食糧だってないんだ、このままだと野垂れ死ぬぞ」
「心配痛みいる。だが私は、そこまで器用には生きられない性分でな。ろくに戦果も上げず敗走し、軍を抜けて、食い物だけは貰っていく‥‥‥流石にそれでは筋が通らない。なに、私のことなら心配いらない。昨夜、オクラン様のお告げの夢を見たのだ。裕福な旅人が私を導いてくださると」
「グリフィン、お前‥‥‥」
なおも言い募ろうとした相方の目を、まっすぐ見つめ返す。
それだけで、私の決意は彼にも伝わったようだ。
「‥‥‥決意は固いってわけかい。だったらせめて、最後に一曲歌わせてくれ。我が戦友グリフィンの旅路に、幸あれ」
彼はそう言うと楽器‥‥‥リュートだろうか。
私はあまり詳しくないが、弦楽器を取り出して曲を歌う。
ポロン、ポロンと優しいリズムに乗せて、旅の行方を祈ってくれる。
まだ見ぬ美しい景色、まだ見ぬ頼れる仲間、そして仲間と共に危機を乗り越えた先で食べる、美味しい食事。
そんな光景が目に浮かぶような、美しい曲だった。
聴いているだけで希望が溢れてくるような、素晴らしい曲。
「‥‥‥達者でな、グリフィン」
曲が終わると、彼は優しい声でそう言ってくれた。
「ああ。ありがとう。君の名前も、良ければ教えてくれないか?」
私がそう訊ねると、彼はチッチッチと指を振って。
「詩人に名前は必要ないさ。俺のことはただ『吟遊詩人』と覚えておいてくれれば、それでいい」
なかなかキザな男である。
思わずこちらの頬も緩んでしまう。
「分かった、覚えておこう。いずれまた会いたいものだ、吟遊詩人」
その会話を最後に、私は彼に背を向けて歩き出す。
彼はバストでの戦いの顛末をフェニックス様に報告するのだろう。
ヴァルテナ様は捕らわれ、セタ様も消息不明。
スタックの街にはシェク王国が攻めてきて街を奪われ、国境の砦『オクランの盾』は都市連合に奪われていた。
‥‥‥おそらく、フェニックス様はこの国の平和を守るために死力を尽くすだろう。
そしてバストで戦った彼らもまた、全力で戦うはずだ。
目に涙を溜めながらクロスボウを構える少女の姿が、やはり頭から離れない。
誰もが平和を願っている。
なのに‥‥‥平和が訪れる未来が、私にはどうしても想像できなかった。
幕間の物語、読んでいただきありがとうございます。