Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

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第72話 魔女と神

 首都ブリスターヒルから東へ約2時間。

 ホーリーネイションの元軍事基地、オクランの盾。

 都市連合とホーリーネイションを隔てるこの要塞はヴァルテナがいなくなった今、都市連合の侍によって占拠されていた。

 

「まずは礼を言わせてもらおう。キミの情報のおかげで、たやすくこの要塞を落とすことができた。ありがとうモールよ」

 

 派手な服装にサングラスをかけたその男は、どこかストリートミュージシャンのような雰囲気がある。

 これで皇帝だというのだから、世の中分からないものだなとモールは内心で呟いた。

 

「いえいえ、礼には及びませんとも。それよりもテング様、ブリスターヒルの件ですが」

「おお、そうだったな! 情報を提供する代わりに、浮浪忍者がブリスターヒルを手に入れた暁にはその自治権を認めてくれ、という約束だったな。もちろん覚えておるぞ。なんの問題もないわい」

「快諾、ありがとうございます」

 

 話が早くて助かる。

 シェク王国のバヤン殿とは大違いだ。

 みんなこうだとやりやすいのだけど。

 

「はっはっは。わしとしてもシェク王国と直接国境を接するよりは、間に防波堤となる小勢力があった方が都合が良いのだ。浮浪忍者であれば勢力拡大を目論むほどの人員もおらぬし、まさに最適。ぜひ今後も仲良く付き合っていきたいものだ」

「あはは‥‥‥本人の目の前で言いますか、それ」

「本人のおらぬ所で言っても、わしが性格の悪いやつと思われるだけではないか。本心から仲良くしていきたいと分かって欲しいからこそだぞ?」

 

 そう言って右手を差し出すテング様。

 ‥‥‥お調子者を演じているけれど、決して見た目ほどの愚者ではないなと感じた。

 少なくともシェク王国の母娘よりはずっと賢い。

 私も右手を差し出し、握手を交わす。

 

「ありがとうございます。では用事も済みましたので、私はこれで」

「なに? もう帰るのか? せめて茶でも飲んでいかんか? 先日、古い友人から紅茶が送られてきてな。これがまた実に良い茶で」

「お気持ちは嬉しいのですが、もうすぐ首都での戦いが始まってしまいます。私も参戦しなければなりませんので」

 

 もうすぐ、と言ったが、予定通りならもう始まっているはずだ。

 今頃はクロスボウの攻撃に気づいた兵士が街の外に駆け出している頃だろうか。

 

「ふむ。それなら仕方ないのう。では無事に戻ったらその時にご馳走しよう。武運を祈っておるぞ」

「ええ、ありがとうございます」

 

 応えながら、戦場へ急ぐ。

 武運を祈ってくれるのは嬉しいけれど、と戦地に向かう途中で考える。

 テング様って、紅茶を淹れるのが好きなのだろうか。

 それともヒマなのだろうか。

 どっちだろう。

 ‥‥‥たぶん後者かな。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 首都ブリスターヒル。

 この鎧で変装するのは、これで3度目だ。

 隣にはいつも、みことがいた。

 今回も例に漏れず。

 

「すみれ、覚悟はいいか?」

「ええ。いつでもいけるわよ」

 

 手に握るのは、メイトウ狐太刀。

 みことが鍛え上げてくれた刀だ。

 戦いを終わらせるための刀だと、みことは言っていた。

 ホーリーネイションの鎧に身を包んだみことが、皇帝の住居とされる居城へと駆け込む。

 

「聖フェニックス様! どうかお逃げください! 我々が警護を務めますゆえ街の外に‥‥‥!」

 

 ‥‥‥なんだかみことの演技がどんどん上達してる気がするなあ。

 こうやって街から逃げ出したフェニックスを、1人になったところで仕留める。

 それが今回のイズミが立てた作戦だった。

 正面に建てた塔も、50人の傭兵も。

 すべてただのオトリだ。

 もちろん正面から戦っても勝算のある戦力を用意してあるが、それはあくまで保険。

 孤立したフェニックスを私とみことの2人で倒す。

 それがイズミの考える、確実に勝ちに行く作戦だった。

 だが。

 

「逃げる? バカを言うな、まだ民の避難が終わっていないだろう。私が街を出るのは、全ての民が避難を終えてからだ」

「そっ、それでは間に合いません! ヤツら、本当にすぐそこまで‥‥‥」

 

 あ、みことのやつちょっと動揺してるな。

 結果的に焦った演技にリアリティが出てる。

 隣で見てると面白い。

 

「ふ、そうか。ならば我が親衛隊も動かそう。私の護衛など、こいつが1人いればよい。そうだろう、『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』よ?」

 

 『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』と呼ばれた寡黙な男が、こくりと頷く。

 それを合図に、皇帝の周囲を守っていた親衛隊の兵士たちが駆け出していく。

 ただ1人、『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』と呼ばれた男を除いて。

 ‥‥‥何者?

 

「お前たちも行け。民の避難誘導を急げ。敵は待ってはくれんのだぞ?」

「い、いやしかし」

「みこと。もういいわ。ここで仕掛けましょう」

 

 なおも演技を続けようとするみことを制して、私は被っていた鉄仮面を外す。

 ついでに動きにくい鎧も脱ぎ捨てた。

 下にはいつもの、動きやすい革製の鎧、ブラックレザーアーマー。

 

「予定がちょっと変わったけれど、2対2だもの。これで十分だわ」

「‥‥‥ちっ、しゃーねえな」

 

 私に倣って、みことも鉄仮面と鎧も脱ぎ捨てた。

 

「‥‥‥ほう」

 

 私たちの様子を見て、フェニックスが剣を抜く。

 隣に立つ『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』も同様に。

 

「直接会うのは初めてね。なかなかバストまで来てくれないから、こっちから来ちゃったわ、カミサマ?」

「ふん。わざわざご足労痛み入る、(ナルコ)の魔女よ。‥‥‥殺す前に1つだけ聞いておこうか。セタとヴァルテナは、まだ生きているのか?」

「殺す前に教えてあげる。ちゃんと生きているわ、場所は教えないけど」

「そう、かッ!!」

 

 言い終わると同時に駆け出すフェニックス。

 もう用はないとばかりに振り下ろされたその剣と、タイミングを合わせるように横合いから襲い掛かる『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』。何者かは知らないが、まあ無視して大丈夫だろうとフェニックスの剣にのみ意識を集中してギリギリで避け、フェニックスの懐に潜り込む。

 なぜなら。

 

「おーっと、だめだめ。ここは通行止めだよおにーさん」

 

炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』の行手を阻むようにみことが立ち塞がる。

 ‥‥‥任せたからね、みこと。

 狐太刀を握る手に力を込める。

 完全に相手の懐に潜り込んだこの状態からの一閃は、確実にフェニックスの胴体を両だ‥‥‥いやマズいっ!!

 フェニックス、その丸太のように太い脚から蹴りを放つ。

 狙いは腹か!!

 言うまでもないが、鎧というものは鉄の塊だ。

 それを身につけた状態で殴ったり蹴ったりすれば、殴られた者は当然命に関わる。

 剣を握っている以上は剣で攻撃したくなるが、鉄の塊で殴りつけるだけで人は死ぬのだ。

 まして、私のお腹には新しい命が。

 

「くっ!」

 

 斬撃を繰り出そうとしていた剣を強引に引き寄せ、柄でどうにか防御。

 衝撃で後方に吹っ飛ばされるが、内臓へのダメージは少ない。

 

「すみれっ!?」

「こっちは大丈夫! みことはそいつに集中して!」

 

 『炎の守護者(フレイム・ガーディアン)』。

 何者なのかはいまだ分からないが、只者ではないのは確かだ。

 今はみことがヤツを抑えてくれている。

 だがもしみことが倒れてしまえば、勝算はゼロになる。

 この2人を同時に相手にできるほど、私は強くない。

 

「よく防いだものだ。勝利を確信した瞬間ほど、人は油断が生じるものだが‥‥‥その若さで良い動きをしているな」

「それはどうも。あんたも玉座で踏ん反り返ってるだけにしちゃ、冷静なカウンター決めてくるじゃないの」

 

 構えて、対峙する。

 外から聞こえてくる傭兵たちの喧騒が、さっきよりも少し近づいてきていた。

 外の戦いが終わったら、彼らはこの建物に押し寄せてくるだろう。

 来るのは傭兵たちの援軍か、それとも私たちのトドメとなるパラディンか。

 

「お互い、あまり時間はかけておれんな」

「そのようね。‥‥‥いくわよ」

 

 駆ける。

 肩から斜めに袈裟斬り、と見せかけて顔の高さで刀を静止、突き技に変化。

 フェニックス、首の動きだけでギリギリで回避。

 まだだ、その首を狙って水平に刀を滑らせる。

 ‥‥‥斬った。

 確かな手応え。

 仕留めた、と油断が生じた。

 だが斬ったのはフェニックスの左腕だった。

 フェニックス、とっさに首と狐太刀の間に腕を滑り込ませて致命傷を回避。

 反撃がくる。

 右腕一本で振り回す、遠心力を利用した水平斬り。

 油断がなければ対応できたはずのそれを、モロにくらった。

 脇の下を深く斬られる。

 自慢の革鎧が、ほとんど役に立っていない。

 ‥‥‥いや、並の鎧だったら即死だっただろうから、これでも役に立ってるのか。

 距離を取るようにして後ずさると、斬られた場所から血飛沫が吹き上がり、同時にフェニックスの左腕がごとりと落ちた。

 

「すみれっ!」

「聖フェニックス様!」

「「構うなっ、集中しろっ!」」

 

 私とフェニックスの声が、意図せずハモる。

 それがなんだか可笑しくて、そんな場合じゃないと思いつつも笑みが浮かぶ。

 ひょっとして案外、私と似てるんじゃないの、カミサマ?

 

「まだ立ち続けるか、魔女よ」

「倒れることができない理由があるのよ。あなたもそうなんでしょ、カミサマ?」

「‥‥‥ああ、そうだな。‥‥‥お前とはできれば、もっと別の場所、別の立場で会ってみたかった」

 

 そうね。

 私もよ。

 けれどそれは無理。

 リバースの奴隷とそれを管理するカミサマが会ってしまったんだ。

 殺し合う以外、ないじゃないの。

 無言で狐太刀を構える。

 それだけで、全てが伝わった。

 どれだけの言葉を尽くすよりもはっきりと、互いの覚悟を感じ合う。

 次の一撃が最後だ。

 終わらせる。

 それ以上は‥‥‥体がもたない。

 血が足りないのだ。

 さっき斬られた傷口からは、今も血が噴き上がっている。

 

「来い、(ナルコ)の魔女!」

 

 カミサマは重心を落として受けの構え。

 分かっているのだろう、次を凌ぎさえすれば私には後がないと。

 ‥‥‥ならば受けてみなさい。

 小細工は抜きだ。

 みことの刀は、このメイトウ狐太刀は片腕で受けきれるようなナマクラじゃないと、教えてやる。

 

「言われなくとも!」

 

 後のことは考えない。

 全力を尽くして駆ける。

 文字通りに命を賭けて。

 血が噴き出す。

 構わない。

 狐太刀の柄に力を込める。

 意識が飛びそうになる。

 構わない。

 あとコンマ2秒だけもってくれれば、それでいい。

 

 ダンッ!

 

 と大地を踏み締める。

 受けてみろ、カミサマ。

 これが私の全力だ。

 みことの最高傑作の刀と、私の持てる技の全てで。

 

「はああっ!!」

 

 斬る!!!

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