「ん~~、いいお湯だった。お風呂ってやっぱりいいわね」
「そうですね。身も心も洗われる気がします」
首都ブリスターヒルでの戦いから半年と少し。
バストには割と平穏な日々が戻りつつあった。
盗賊やカニバルが時々ブルームーンに襲ってくることはあるが……まあ、可愛いものだ。
なにしろ、この私が戦線に復帰したんだからねっ。
「上がったわよー、みこと。次、入ってきたら?」
「おう。んじゃこいつも一緒に入れてやるか」
そう言って立ち上がるみことの腕の中には、まだ小さな赤子。
私たちの宝物だ。
「あーっ、待ってよ。次はボクに抱かせてくれる約束だったじゃないかっ」
「その次はオレな、オレっ!」
……我が子ながら、早くもモテモテの男の子である。
そう、男の子。
名前は、つばき。
「誇り」の花言葉を持つ、冬に咲く花の名前だ。
ちなみに名づけ親はみこと。
私も一緒に名前を考えたのだけど、私の考えた名前は満場一致で否決されてしまったのだ。
『†漆黒の堕天使†ルシファー』とか、すごくカッコいいと思うのだけど。
ダメなのかな。
「むしろなぜ大丈夫だと思えるんですか。すみれさんのネーミングセンスは、相変わらずぶっとんでますよねえ」
そんなことを言いつつ、風呂上がりの牛乳を飲んでいるサヤ。
「むぅ……そこまで言われるほど悪いセンスでもないと思うけれど。というかセンスを言うならサヤこそ、風呂上がりに牛乳ってどうなのよ。そこは普通に考えてビールでしょう?」
言いつつ冷えたビールを取り出し、ぐいっと傾ける。
妊娠してた頃は飲めなかった分、余計に美味しく感じる。
やっぱり風呂上がりのビールは最高に美味しい。
「えっ! いやいやいや、風呂上がりには牛乳でしょう!? 普通は牛乳ですってば!」
「いいえビールよっ! こればっかりは譲れないわっ!」
そんな私たちを冷ややかな目で見ながら、イズミが間に入ってきた。
イズミの腕にはつばきが抱かれて眠っている。
「……相変わらず、よくそんな下らないことで喧嘩できるね、君たちは。つばきくんは、こんな大人にならないでおくれよー」
「あっ、イズミさんっ! イズミさんも牛乳派ですよねっ。つばきくんも牛乳だし、やっぱり常識的に考えて牛乳ですよねっ!」
「ちょっとサヤ! その2人に聞くのはおかしいでしょう!? イズミはそもそもアルコールが無理だし、つばきはまだミルクしか飲めないでしょーが!」
「……漫才でもしてるのかい、君たちは。君たちを見てると、仲がいいんだか悪いんだかよく分からなくなるよ。ところで、そんな君たちに是非とも試して欲しいものがあるのだけどね。ラム酒にたっぷり漬け込んだ角砂糖を、ホットミルクに溶かした飲み物さ。レッドがボクのためにって作ってくれたんだけど、これがまた絶品でね。是非君たちにも味わってもらいたいんだが、どうだい?」
そう言って差し出されたマグカップ。
見た目はホットミルクだが、角砂糖が浮いていて甘い香りが漂ってくる。
そして甘さに紛れるように、ほんのりと香るお酒の香り。
何よりレッドが作ったと言うならその味は保証されたも同然だ。
レッドが作ったもので、マズかったことなど1度もない。
「……それなら、ひと口」
勧められるままマグカップを手に取り、口に運ぶ。
フワッと温かな湯気と共に、甘いお酒の香りが鼻腔を一気にくすぐってくる。
……ごくっ。
第一印象は、甘い。
すごく甘いのだけど、決してくどくない。
ラム酒のおかげか、後に引かない上品な甘さが一気に駆け抜け、その後にほのかなアルコールの余韻が口内を楽しませてくれる。
体の芯からポカポカとしてきてこれは……これはいい。
すごく、いい。
「どうだい美味しいだろう。『これだったらアルコールが苦手なイズミでも飲めると思うぜ』って、レッドが渡してくれてね。砂糖がたっぷりなのも僕好みさ。さすがよく分かっているよ。頭を使っているとこの甘みがなんとも心地よく」
「すっ、すみれさん!? 私の分は!? なに1人で全部飲もうとしてるんですかっ!?」
得意げに話すイズミを遮るように叫ぶサヤの声で、我に返る。
「え。あ、ごめん美味しくってつい」
「ついってなんですか、ついって! そんなめっちゃ美味しそうな表情見せられて私はお預けですか!? そもそもすみれさん、ビール派じゃなかったんですかっ!」
「いやまあそうなんだけど。けどビール派の私でさえ揺らいじゃうわね、これは。……ごくっ」
「ああ最後の1口までっ!? 牛乳派が増えるのは喜ばしいですけど、私の分も残しておいてくださいよおっ!」
ひと口だけのつもりが、つい全部飲んでしまった。
けど今更言われても困る、吐き出すことなんてできないし。
「……まったく、仕方ないね。レッドに頼んでもう1杯作ってもらって……おや?」
「ま、そうなるだろうと思ってな。今作ってっから、もうちょい待ってな」
振り返るイズミの視線の先で、ボトルに入ったミルクをコンロにかけているレッドと目が合った。
沸騰させないように、弱火でゆっくりと温める。
テーブルの方ではみことが人数分のコップを用意してくれていた。
「レッドの作るものって、やっぱり美味しいわよね。こんなに美味しいんだからいっその事、カフェでも開いたら成功するんじゃないの?」
「そ、そうかな。カフェ……カフェかあ。そっか。いい、なあ。うん、良いかもなあ」
おや。
軽い気持ちで振ってみたのだけど、レッドも結構乗り気?
けれどイズミが、首を横に振って答える。
「おいおい、簡単に言うけどね。お店の経営ってのはただ美味しいだけで成功するほど簡単なものじゃないんだよ。接客には愛想が必要だし、食材の仕入れ先も必要だ。それに経営には帳簿の計算が必要だし、それが全てうまくいったところで、儲かっていると分かれば値段を釣り上げてくるタチの悪い仕入業者や、最悪強盗に入ってくるような連中だって世の中にはいるんだ。ただ料理が上手ですってだけでお店なんて……ん。ちょっと待てよ。……んん」
「……イズミ?」
「……いや、ね。ここには愛想だけなら誰よりもあるサヤがいて。そして水耕栽培で安定して作れるようになった食材。その品質に関してはボクが保証する。帳簿に関してもボクがいれば問題なし。そして強盗ごときなら余裕で返り討ちにしてくれそうなすみれとみこと。……ひょっとして、お店を持つのも意外と簡単かもって思い直しただけさ」
「「「……………」」」
私とサヤ、そしてレッドが顔を見合わせる。
「お、オレが、自分のお店を……? オレが、シェフ……?」
「もちろん、皆が協力してくれたらの話だけどね。せっかくホーリーネイションとのゴタゴタも落ち着いたんだ。それぞれやりたいこともあるだろうし、無理強いはしないよ。すみれはバウンティハンターとして名を上げたいんだっけ」
バウンティハンターか。
懐かしいわね。
……確かに今なら、なれるのだろう。
今の私の実力なら、大陸中の賞金首を狩って名を上げることだって不可能じゃない。
悪い奴らを懲らしめて、お金をいっぱい稼いで。
そんな未来を夢みて、剣の腕を磨き続けたんだ。
……でも。
「……ううん。それは、もういいわ。私もレッドのお店、見てみたいもの。私でよければ協力するわ」
「あら。意外ですね、すみれさん。どういった心境の変化ですか?」
サヤが驚いた表情で問いかけてくる。
理由を聞かれても困るが、強いて言うなら……そうね。
「別に大した理由じゃないわよ。富や名声よりも大事にしたいものが見つかっただけ。あとは、そうね。……思い出したのよ。私の名前の由来を」
「由来ですか?」
「うん。すみれ。春に咲く花の名前。その花言葉は、『小さな幸せ』だそうよ」
イズミの腕に抱かれて眠る、小さな命に手を伸ばす。
大陸をまたにかけての大冒険に惹かれる気持ちは、確かにある。
いつかそういう旅もしてみたい。
だけど、それは今じゃない。
人生は長いんだから。
いつかこの子が大きくなった時。
それまで、お楽しみは残しておこう。