年頃の少女というのは、通常は恋に興味を持ち始める年頃らしい。
すみれも、どうやらみことの事を気にしてるようだし。あれが普通なのだろう。
ただまあ、ボクがいわゆる普通の年頃の少女とは少しズレている事くらいは自覚している。
今日も1日、ずっと本を読んで過ごした。
出会いがないのだから、恋愛に繋がらないのも当然というものだ。
そして1日中研究に没頭できるこの環境を、ボク自身も結構気に入っている。
「んーっ、疲れたあ〜」
ググッと背中と腕を伸ばすと、凝り固まった体がボキボキと音を鳴らす。
スッキリして気持ちがいいが、10歳の若さでこれでは将来が少々心配でもある。
多少は体を動かすようにした方が健康の為にもいいだろうか。
そんな事を考えていると。
「お疲れ、イズミ。今日も頑張ってたじゃねーか」
そんな言葉とともに、レッドが温かいココアを持ってきてくれる。
差し入れ、という事だろう。
「わあ。ありがとうレッド」
そう礼を言い、笑顔を作ってみせる。
うまく笑えただろうか。
ぎこちない笑顔になっていなかっただろうか。
そんな事ばかりを無駄に気にしてしまう。
……そう、無駄に。
多分レッドは、そんな些細なことは気にもしてないだろう。
仮にぎこちない笑顔になっていたとして、『疲れてるから』『寝不足だから』『本の内容に意識がいっているから』といった無難な理由を勝手に想像して納得するに違いない。
ボクがいわゆる普通の少女とはズレている事くらいは自覚しているが、それでももし恋愛するとしたら、第一候補は目の前にいる。
そんなボクの気持ちは、いつかレッドに伝わるだろうか。
いつか伝えることができるのだろうか。
……想像するだけで、胸が苦しくなる。
「じゃーな。俺はもう寝るけど、イズミも程々にしとけよ」
「うん、そうだね。ボクもあと1冊だけ読んで寝ることにするよ」
手を振ってレッドを見送ってから、ため息を一つ。
気持ちを伝える勇気が、どうしても出ない。
断られるだけなら、まだいい。
だけどもしも。もしも気持ち悪いと思われたり、距離を置かれたりしたら。
想像だけで目の前が真っ暗になりそう。
嫌な想像を振り払うように、差し入れのココアに手を伸ばす。
お砂糖のたっぷり入ったココアが、疲れた頭脳に染み入ってくる。
まるで、レッドの優しさや気遣いをそのまま形にしたような、そんな甘いココア。
……。
ボクも少し、ほんの少しだけ、勇気を出してみようかな。
きっと、大丈夫だよね。レッドは、そんな人じゃない。きっと大丈夫。
本棚から、本日の最後の一冊を取り出す。
タイトルは『恋のレシピ』。最近、都市連合の町娘の間で流行している恋愛指南書だ。
えーっと、どれどれ。
『告白する勇気がどうしても出ない。そんな時は、大人っぽいメイクで自信をつけましょう!』
なるほどなるほど。
翌朝。
街中の雑貨屋で、メイク道具をオススメされるままに買い込んで。
使い方は店員さんに教わったし、教本もちゃんと読み込んだ。あとは実践あるのみだ。
ファンデーションをパフパフ。
……んー、変わった、かな?
鏡を睨みつけながら首を捻る。まだ足りないだろうか。
もう少し足した方が……いやいや待つんだ、落ち着けボク。
よくある初心者の失敗パターンは、つい厚化粧になりすぎることだって店員さんも言っていたじゃないか。
最初は薄すぎると感じるくらいで丁度いいのかもしれない。
とりあえずこれでよし、と思い込むことにして、次はチークとアイシャドウ。
チークもまあ、適量がよく分からないので最初は薄すぎるくらいにしておこう。
問題はアイシャドウだ。
真剣な目で鏡を睨みつけていると、何をどうやっても可愛くならないので困る。
これで合ってるのだろうか。
そもそも色の選定は合ってたのだろうか。
『恋のレシピ』に従って大人っぽい色を選んでみたものの、ひょっとしたらボクには似合わない色だったかもしれない。
もっと明るい色の方が似合ってたかも。
けどここまで来て中途半端というのも。
うーん。
「あれ。化粧なんて珍しいじゃねーか。イズミ」
「うわあっ」
急に背後から声をかけないで欲しいっ!
おかげで思いっきりアイシャドウがはみ出しちゃったじゃないか!
「ぷっ、なんだよそれ。あっははは」
失敗したアイシャドウを指差して大笑いするレッド。
「レッドのせいだろうっ!? 急に驚かさないでよ!」
「わりーわりー。けど急に化粧なんてどうしたんだ? 気になる相手でもできたか?」
アンタだよ!
そう言いたいのに。
パクパクと口を開けたまま、言葉が出てこない。
あと少しの勇気が、どうしても足りない。
「そそ、そんな事、ないけど」
結局、口から出たのは心にもない言葉だけだった。
けどまあ、可愛く化粧した姿で興味を引く、という目的は半分達成したとも言える。
可愛く化粧できたかどうかは怪しいところだが、少なくとも興味は引けたようだ。
ならばせっかくだ、この状況を利用していこう。
「そうだ、せっかくだからレッド、メイクの仕方教えてよ。店員さんにも教えてもらったんだけど、自分じゃどうにも上手くできなくってさ」
「はあっ!? オレがメイク!? 無理無理、オレそーいうキャラじゃねーもん! オレだって上手くできねえって!」
「え? でも毎朝、わざわざ無造作に見えるように髪型セットしてたりするし。そういうの上手そうだなーって」
「なっ!? 気付いてたのかっ!?」
そりゃまあ。
研究するフリしながらこっそり目で追いかけてるし、レッドのこと。
「あー、バレてたんなら仕方ねーな。教えてやるよ。けど、ぜってー他のやつには内緒だからな」
「うん、分かったよ。2人だけの秘密ってやつだね」
なんでレッドがそこまで隠したがるのかは分からないけど、2人だけの秘密ってのは悪くないな。
なんだか、レッドの特別な存在になれたような、不思議な気分だ。
「つっても、基本はちゃんと出来てんじゃねーか。あとはまあ、オレの個人的な好き嫌いになってくるんだが、アイシャドウの色だな。イズミに似合う色はもっと……」
ババッ、と速攻でメモを取り出し記入していく。まさかレッドの個人的な好みを聞けるだなんて。それこそが一番知りたかったんだ。
レッドはその後もまつ毛を整えたりリップを塗ったり、はみ出したアイシャドウを目立たないように隠したりしてくれて。
「ん、まーこんなとこだろ。ほら、笑って笑って」
そう言ってレッドが鏡を見せてくれる。
……なんていうか、自分で言う事じゃないとは分かっているんだけど、その鏡には。
幸せそのものって笑顔でにまーっと嬉しそうに笑う、ちょっぴり背伸びした化粧の美少女が映っていた。
なんだ。ちゃんと可愛いじゃないかボク。
……これだけ可愛く化粧したボクなら、ひょっとしたら。
あと少しの勇気が、出せるだろうか。
「……ねえ、レッド。あの……」
「ん、どうしたイズミ?」
ボクは、精一杯の勇気を振り絞って。
「……あの、昨日もココア、ありがとう。今日も手伝ってくれて」
精一杯を振り絞って、なのにどうしても、あと少し足りない。
どうしても、気持ちを伝えることができない。
「なーに、いいってことよ。ただ、くれぐれもすみれとみことには内緒だからな」
去っていくレッドに手を振って、ため息を一つ。
恋のレシピ、アテにならないな。
レシピ、ココア……カカオ。
その時、いくつかのキーワードが頭の中で繋がり始める。
そういえば、そろそろバレンタインデーというやつだっけ。
直接気持ちを伝えるのは失敗した。
けれど、文字ならば。
そうと決まれば、近いうちにチョコのレシピを調べておかないと。
決戦は、2月14日だ。
番外編、お読みいただきありがとうございます。
作者としても22話、23話は好きな話なので、そこに繋がる物語をひとつ。
最後までこの物語のキャラクター達を応援してくださった読者の皆様が、より彼らを好きになれる話となっていれば、これに勝る喜びはございません。