異能バトルにTS魔法少女は似合わない 作:ツキシロ
――まさか、と思ったけれど。
「若、若なんだよね」
目を覚まして、起き上がったツキは、即座に少女にそう呼びかけた。驚くべきことに、ツキは若――つまり少女の正体を見破ったのだ。何故、と困惑する間もなく、けれども話を聞いてくれそうだと、少女は安堵する。
「う、うん……そっちこそツキ、でいいんだよね」
「……ひどい。さっきは数年ぶりでも、初見で見破ったのに」
「ごめんって」
謝りながらも、少女はツキを見る。
数年ぶり、幼い頃のツキしか知らない少女であったが、幸か不幸か――ツキは眼が若と同じだと言っていた。だからきっと、幸運にも――成長したツキを間違えなかった。
「――久しぶり。こんなになっちゃったけど、あえてよかった」
「ん、もう何もかも、違う。若、カワイイ」
そういって、ぎゅう、とツキは少女を抱きしめる。長く、長く、とても長く。時間はきっと、一分にも満たなかったけれど、少女たちの数年間を埋めるように、ツキは強く、深く、少女をただただ抱きしめた。
「え、っと……」
その間、少女はツキを眺めながら、考える。何を話せばいいのか、ということだ。話すべきことは山程あるはずなのに、語りたいことも、聞きたいことも。
なのに言葉が出てこないのだ。
数年の隔たりは、こんなところで少女たちの溝になっていた。
「ん――」
やがて少女を話したツキも、正面から少女と向き合いながら、困ったように、照れたように、少女へと何かを言いたげにしていた。
お互いに、話す言葉が出てこない。
ただし、それは決して居心地が悪いわけではなかった。むしろ、そうして流れていく時間が、どこか幸せで、手放し難い衝動に駆られる、そんな時間だった。
決して少女たちは心がズレてしまったわけではない。かつてのつながりは確かにあって、けれども互いに、ピントが会っていないだけなのだ。
二人がかつてに戻るには、もう少しだけ時間が必要だった。
そんなことを、少女はたしかに自覚して。
「あ、ああ、そうだ!」
まずは、周囲の惨状に目を向ける。もうだいぶ前のように感じられるけれど、怪物――アクイが破壊し尽くした惨状は、だいぶ凄まじいことになっていた。
まずもって、ぐちゃぐちゃになった河川敷。そしてここに来るまで、数キロ分の路地が根こそぎぐちゃぐちゃになっていた。
「随分若、頑張ったんだね」
「本当に大変だったよ。魔法少女になって、痛みも怪我も、全部なくなっちゃったみたいだけど」
「ん、それならよかった」
怪我をしたら、心配だからとツキが薄く笑って――少女にしか気がつけないほどに、薄く――懐から、懐中時計と思しき道具を取り出した。
「大丈夫そう?」
それが何なのかをよく理解している少女は、特に疑問も持たずに問いかける。ツキが手にしているのは時計ではなく、あるエネルギーのメーターだった。
「ん、死人は出てないみたい。“ゼンイ”は問題なく回収できてる」
ならよかった、とうなずく少女は、メーターをツキの後ろから眺める。ふくよかなそれが、ツキの背中に押し付けられた。
「じゃ、じゃあ直す」
――そういって、ツキはまた別のアイテム――スマートフォンのような端末を取り出すと、何やら筆のようなものを取り出し、端末へと筆で何かを書き込んでいく。
そうすると、不思議なことに。
それまであちこちに見られた破壊の惨状が、綺麗サッパリ、
――ゼンイ。
アクイと呼ばれる怪物を撃破した際に、能力者が回収することのできるエネルギーの通称だ。最大の特徴は、これを使用するとアクイが起こした破壊や、色々な事象を改変できるのだ。
当然、アクイの破壊をなかったコトにして証拠を隠滅することにも使われるし、他にもなんと、ゼンイを用いれば人の記憶や、社会の記録すらも自由に改変できるのだ。
それ故に、この世界ではゼンイによって書き換えられてきた事実が山のように存在するし、今も能力者は、都合よく表の世界を書き換えている。
それでも人類が存続しているのは、ゼンイというエネルギーの特性によるものが大きい。
まず、ゼンイはアクイを撃破することで採取できるが、この時もしもそのアクイが人を殺していると、取得できるゼンイが極端に減少する。
更に、人類の存続に関わるような現象の改変は、そもそもゼンイが反応しない。
あくまで
「これでよし」
うん、とうなずいて、元通りになった橋や河川敷、少女が走ってきた道をツキが満足気に眺める。少女もこれでいいだろう、とうなずくと、二人して顔を見合わせて、
「えと、若」
今度は、うまく話ができた。
「若は、これからどうするの?」
「えっと、ボクは、少し前にこっちに越してきて、高校に通ってたんだけど」
――ゼンイを使って、高校に自分を潜り込ませて。
残念ながら、ゼンイを体よく利用する価値観で育った少女には、それを活用しない倫理観は存在しなかった。まぁ、存在しなければ生きていくこともままならないのだが。
高校のことを話すと、ツキは知らないという。それはそうだ、二人はこれまで一度として顔を合わせてこなかったのだから、通う高校が同じはずがない。
ツキの高校を聞くと、名前しか知らないような高校だった。同じ街にあるが、場所は正反対だ。
――二人は、それからしばらく高校についての話をした。なにせ、ふたりともそれまで一族の里で暮らし、一般の学校なんて通う機会すらなかったのである。
どちらにとっても、それは新鮮な光景であったし、話していると二重に新しいことだらけで、二人には驚きしかなかった。
「じゃあ、ツキは学校では人気者なんだ。ボクは顔立ちとかは普通だったから、すぐに馴染んだんだけど」
顔が良かったために、注目の的となっているらしいツキ。本人はうんざりしたように返す。
「別に、どうでもよかった。若の話を聞いてると、若のほうが、なんだか楽しそう」
「それは仕方がないよ。ボクは楽しむために学校に通って、ツキは任務のために学校に通っているんだもの」
どうやら、ツキは任務として、この
こういった街は世界の各地に存在するが、生まれないのは単純に、アクイには流れがあるためだ。川の流れと同じように、アクイは世界の各地を流れ流れて存在している。
時折、エアスポットのように、アクイがたまらない場所が存在し、そういった場所には人が集まり、街ができる。
そういった街にアクイが生まれるということは、異常事態が起きている証拠。そして現在、その異常事態が起きている真っ最中なのだ。
「少し前から、アクイがこの街で観測されていた。アクイの被害は確認できていなかったけど、今日初めて、アクイが人を襲った」
「よりにもよって、この街に逃げてきてたボクを狙って……ね」
まったく偶然に思えなかったけれど、今は置いておくことにした。調査をするか、
今、目下の問題は――
「若は、えっと、どう……する?」
「……そう、だなぁ」
――若。つまり少女のことだった。
それまで生まれてこなかったアクイに、まるで狙われているかのように、襲われた少女。その直後にこんな、魔法少女なんてものに変身し、それを撃退したものの、ツキにも少女にも、事情はまったくわからない。
一応、少女には魔法少女としての知識も与えられていたけれど、与えられたのは、本当に
「まぁ、でも、とにかく――ツキ、とは一緒にいたほうがいい、よね?」
「それは間違いない」
少女の言葉に、ツキは若干食い気味に肯定した。
「絶対にそうしたほうがいい」
ぐいっと顔を近づけて、
「私が保証する。というかずっと一緒にいたい」
――最後に本音がだだ漏れた。
「あ、あはは……」
もうあと数ミリ近づけばそのまま接吻できる距離まで近づいたツキに、思わず少女は苦笑する。ツキは頑固なところがあるけれど、こんなにグイグイくるタイプだったかな?
(っていうか、本当に顔がいいな――)
とてつもなく近くで見つめた結果、少女はツキの顔をの良さを再認識してしまった。そんな少女に自分が心の底から慕われているという事実も。
――なんだか気恥ずかしい。
そう思うと、ツキの方もなんだか顔を赤くして、そそそ、と距離を取った。視線をそらして、なんだかお互い恥ずかしさにどうにかなりそうだ。
「……じゃ、じゃあ!」
そこで、ツキが声を大きく張り上げた。
それは、
「私と一緒にいたほうがいいなら! わ、私と――一緒に、暮らそう!」
なんだか、とても大胆な、告白のようで。
「――――」
一瞬、見惚れてしまうのを抑えきれず。そんな、どこか夢見心地のような気分のまま。
「――うん」
少女はそれに同意した。
「じゃあ……なんて呼べばいい?」
ツキが問いかける。彼は、彼女になっていて。若という呼び方で、呼称することはできたけど、名前まで同じものを使うわけにはいかなかった。
「前の高校だと、名字を変えるだけで良かったんだけどな――」
少女は、考えて、ふと。
「ん、いや――ある」
「ある?」
「うん、“ボク”には名前が、ある」
不思議な感覚だった。この体、この少女には名前がある。知識として、魔法少女の説明書の中に紛れ込んでいた。名前について考えて、ふと思い至った時。
それが自然と、自分の名前に覚えてならなかったのだ。
「木宮シロネ」
――思い出される、きれいな毛並みの、神秘的な白猫。
そんなふうに、なんとも不思議な感覚に陥りながら、少女――シロネは自分の名前を口にする。
「ん、解った――改めて、よろしくね。若」
「あ、そこは若なんだ――」
変わらず自分を若と呼ぶ、ツキに苦笑しながらも、シロネは、これからのことに思いを馳せるのだった。
――――
「それで」
ふと、ツキがシロネの体を隅から隅まで眺めてから、つぶやく。
「……いつまで、そのまま?」
――シロネの服は、魔法少女衣装のままだった。
「いや――――」
すーーーーーっ、と大きく息を吐きだすシロネ。何か、とてつもなく躊躇い難い感情に苛まれているようなその姿に、ツキは心配そうに眺める。
「もし、もしだよ? 考えても見てほしいんだけど、ツキ」
「うん」
「……ボクは今、変身しているんだけど。それを解除したら、男に戻ってたりしないかな」
「どっちでもよくない?」
「よくないよ!」
故に、シロネは魔法少女のままだった。
――そして、
変身を解除すると、肩が出ている白いワンピースを身にまとった、小柄な少女がそこにいた。
「……」
「私は、若が女の子でも、男の子でもいいよ?」
「ぼ、ボクは困るんだよ――――!!」
――――シロネは、結局少女のままだった。