異能バトルにTS魔法少女は似合わない 作:ツキシロ
――翌日。
朝は七時を回った頃。もうそろそろ、ツキもシロネも学校に向かわなくてはならない。今日はゼンイを使ってシロネを転校してきたことにした、初日の登校日。
持って回った言い方をしているが、ようするにシロネの転校初日。
早めに行って、色々と挨拶やらなんやら、済ませなくてはならなかった。
そこもゼンイですっ飛ばすことはできるが、流石にもったいないという意識が勝った。
「……どうぞ」
「――行く」
しかし、そんな朝の時間。シロネとツキは、神妙な面持ちで洗面台の前に立っていた。
「あ、で、でもあんまり力込めないでね、無理にやっちゃだめだよツキ、あ、あ、あ、あ、あ」
「――――ふん!」
「ああああああああああああ!」
二人は、そして。
――シロネの胸に、なんとかブラをつけようと、奮闘していた。
さて、ここで昨夜の出来事を少し振り返ってみよう。
シロネは変身を解除すると、肩の出たちょっとエッチな白いワンピースを着ている状態に変化した。で、これは魔法少女であったときも同様なのだが、そんなシロネはブラとショーツを身に着けていた。
猫柄の、可愛らしいランジェリーである。
が、しかし。
――夜、それをつけたまま寝ると、寝苦しかったシロネは、ブラを外して就寝した。そして起きた後、恥ずかしながらも再びブラを身に着けようとして、
うまくつけられなかったのだ。
ブラを付けるのにも、技術が必要となる。そしてそれを、シロネは要していなかった。というか少女になって一日目なのだから当然である。
であれば、当然同居人となった元許嫁の美少女、ツキに助けを求める。
が、しかし。
――ツキもうまくブラをつけることができなかった。
ブラを付けるのにも、技術が必要となる。この技術、総じてある言葉で表現された。
即ち、女子力。
ツキにも、シロネにも。それがなかった。そもそもツキはブラが必要ない。一応、サラシを巻いているものの、基本的にはノーガードオブノーガード。生まれてこの方、ブラジャーというものを、身につけたことは皆無だった。
そんな二人は、現在。力任せに何とかブラをつけようとしていた。
「い、いたいいたいいたい! ダメだよ! なんかこう、破裂しちゃう!! 爆発しちゃう!!!」
「ダメ、若。こらえて、これは必要なこと」
泣き叫ぶシロネに、至って真面目に宣告するツキ。そんなツキの努力はかない、なんとかブラジャーのホックを、ツキは装着することに成功した。
「良し」
「う、うう……もうお嫁に行けない」
「……? 若は私のお婿さんだよ?」
どこかズレた会話をする二人は、けれども奇妙なやり遂げた感に包まれ、直後。
ぷち。
「あっ」
――ホックが外れて、ブラジャーがすごい勢いで弾け飛ぶのだった。
◆
結局、変身すれば衣装を無限増殖できることに気付いたシロネが、変身して、それを解除することで朝の騒動は事なきを得た。
そんな日に、シロネはツキが任務のために潜入している高校へ、転校してきたのである。
「木宮シロネと言います。奏世ツキとは親戚同士で、一人暮らしをしている彼女を頼って、こちらまで引っ越してきました。これから、よろしくおねがいします」
――自己紹介は、そんなところだった。
なお、この時シロネは敬語を使っているが、シロネは朝の出来事を鑑みて、基本的に学校では敬語で通すことに決めていた。
『敬語で喋れば、男の子っぽい喋りにならないよね?』
『そうかもしれない。けど、若の敬語、すごいむずかゆい……』
『が、頑張って。別にツキを敬って遠ざけたいわけじゃなくて、あくまでキャラ付けだから――』
なんてことを、周囲に人だかりの出来た若――大切な人のことをとなりで眺めるツキは、回想していた。ほわんほわん。
「それで、木宮さんも奏世さんと同じところから来たんだ」
「はい。すごい田舎の方で、こういう大きい街で暮らしたことがなかったので、楽しみです」
「ふたりとも仲いいの?」
「そうですね……幼馴染、というやつなので、ツキのことは、すごく頼りにしています」
――何故回想なんてことをしているかと言えば、暇だったからだ。
シロネはゼンイを使うまでもなく、ツキの隣の席に座ることになった。そのほうが何かと都合がいいだろう、という判断。
ただ、しかし、それ故に。
「んー、木宮さんかわいい! 奏世さんもカワイイけど、木宮さんもすごい! 美人幼馴染だよ!」
「え、えっと……」
「照れてるところもかわいい!」
目の前で、少女たちの人気者と化した、シロネの姿が、なんとなく気に入らない。遠巻きに眺める男子たちも、ツキはとても気に入らなかった。
だからむぅ、とむくれているが、ツキは表情筋が死んでいるので、それが周りに伝わらない。
「でも、木宮さんが来てくれてよかった。奏世さん、すごく可愛くて、お近づきになりたいんだけど。なんていうか話しかけにくくって」
「あ、ああうん……ツキ、人見知りですから。しょうがないですよ」
「だよね! 前に転校してきたときに、こんな感じでお話したかったんだけど、全然返してくれなくて!」
「木宮さんはそうじゃないし、木宮さんがいれば、奏世さんとも仲良くなれるよね!」
「……どう? ツキ」
少女たちの言葉を受けて、シロネがツキへと声をかけてきた。いきなり話が振られて、心ここにあらずだったツキは、思わず驚いて、シロネを見る。
「――――あ、ごめん。拗ねちゃってた?」
そして、すぐにシロネはツキの様子に気がついた。本当に小さな変化ゆえに、周りはだれも気付いていなかったのに、シロネは即座にそれを察してくれたのだ。
ツキの顔が、ぱぁ、と明るくなる。――それも、周りには伝わらないけれど。
「ん」
「よかった」
以心伝心。
伝わった心に、ツキはなんだかとっても暖かくなった。
そんな時だった。ふと、ツキの隣を、長いポニーテールの少女が通り過ぎる。長身で、スタイルのいい彼女。確か、名前は――
「――ねぇ、そろそろ移動しないと、遅れるよ?」
そう、彼女はシロネと、それを取り囲む少女たちへ呼びかける。そういえば、次は教室を移動しなくてはならないのだと、ツキはそれで思い出した。
「あ、マッド」
“マッド”。
そうだ、たしかに彼女は周りからそう呼ばれていた。なんでそう呼ばれているのか、ツキにはさっぱりだし、興味もなかったけれど。
周りの少女たちは、そんなマッドに何かを言いたげだったけれど、彼女はつかつかと足早に離れていくものだから、何も声をかけられず、なんだか気まずい雰囲気を醸し出しながら、シロネたちに移動を促す。
なんというか、浮いていた。
ツキも人のことは言えないけれど、あのマッドという少女は、明らかに輪の中に、加われてはいなかった。とはいえ、ツキが気になったのはそこではなく。
(――あの人。若の“髪”を、じっと見てた)
周囲は、若――シロネの透き通るようなホワイトの髪色に疑問を抱かない。原理はわからないが、シロネの髪の色はそういうものらしい。
魔法少女の特権だと言っていたけれど。
――それに、気付いている?
なんとも気になる視線が、ツキには否応なく印象に残るのだった。
――――
一日を何事もなく、というにはにぎやか過ぎるほど、にぎやかに過ごして。最後までその賑やかさに押し流されながら、シロネとツキは何とか一日を終えた。
(女子ってすごい)
なんというか、男として高校に通っていた頃は、遠くに感じていたからわからなかったけれど、女子というのはそれはもう姦しい存在で、話が弾めば弾むほど、とどまることを知らなくなる。
すごい生物だ。
そして、自分もそうなってしまったのだ。
あまりにもかわいい、かわいいと言われすぎて、少しだけそれに嬉しくなってしまったシロネは、自分が男だという意識はまだあるけれど、こういうのもいいのかな、という気持ちになってしまっていた。
というか、全体的に浮ついていた。
「じゃ、この後はどうする?」
「え、っと。実はまだ引っ越してきたばかりで、全然荷物がなくって、買い出しができればな……と」
――昨日初めてお邪魔したツキの部屋には、荷物が何一つなかった。
仕事に使う、霊子呪具が脇に整頓されて置かれているだけで、後は備え付けの家具しか存在しない。洗面台などをみれば、歯磨きなんかは置かれているけれど、それだけだ。
本当に、何もなかった。シロネも驚いてしまうくらい。
なので、買い出しをしたかったのだけど。
「解った! あ、でもついでに、この前オープンしたっていう、カフェによってかない!? そこのミルクティーがチョー美味いんだって!」
「いいねー!」
――したかったのだけど、これは本当に買い出しができるのだろうか。
なんて考えた、その時だった。
「ご、ご、ごめん、どいて――――!」
何かが風を切る音と、その奥から、声が聞こえた。
見れば、何やら空を飛ぶ機械が、こちらへと突っ込んでくる。
――シロネもツキも、後に初めてしったけれど、この機械は、ドローンと呼ばれるものらしい。低空を飛行しながら、すごいスピードで飛んでいる。
当たっても、そこまで大きな怪我にはならないだろうが、危険ではある。即座にシロネはツキへと目配せして、周囲の女子を横へ押しやった。
皆が困惑するなか、シロネたちが即座に動いたおかげで、ドローンは間一髪、女子の一団の中央を突破して、更に先へと飛んでいった。
やがて、上空へと飛翔したそれは、人の体にぶつからない位置まで上昇すると、その場で滞空を初めた。ともあれ、これで一安心だろう。
しかし、一体何が? 疑問に思うシロネたちを他所に、状況を把握した女子たちが、ドローンを操縦していた少女へと声をかける。
「もう、危ないでしょマッド!」
「そんなんだから、いつまで立ってもマッドなのよ!」
「ご、ごめんなさい!」
「マッド!」
「マッドサイエンティストー!」
謝る少女に、女子からの一斉のブーイング。致し方のないことをしたとは言え、若干過剰に思えるほど、マッドと呼ばれた彼女は、周囲から文句を言われていた。
(――なんか、やだな)
ドローンを回収して、立ち去っていく少女を眺めながら、少女へと向けられたどこか侮蔑の混じった視線へと、シロネは嫌悪感を示す。
どちらが悪いか、ではなく。周囲の行動そのものに、なんだかシロネはいやなものを覚えてしまったのだ。
「……今の、なんだったの?」
「あ、奏世さんたちは知らないか」
そこで、ポツリと呟くツキに、周囲が気がつく。
「――天鳥マコ。アマドリ、のマドをもじって、仇名はマッド」
「科学部ってところに一人で所属してて、ああいうドローンを使って、いつもなんか変なことをしてるの」
マッド――マコは、学校の問題児であるらしい。
ドローンを勝手に飛ばしたり、変なことを実験と称して初めたり。その度に教師に怒られたり、周りから馬鹿にされたりしている。
あまり、素行がいいとは言えない少女だった。
ああ、けれど――
「……どうして、彼女のことを馬鹿にするんですか?」
思わず、シロネは思いを言葉に変えていた。
周囲が、困惑したように視線を合わせる。それに気がついて、慌ててシロネは訂正した。
「……あ、ごめんなさい。皆さんを悪くいうつもりはなくって」
そんなシロネを見ながら、ツキはなにも言葉にしない。ただ、シロネの話を聞いている。
「どうして怒ってあげないんですか? 悪いことをしてるのは、マコさんの方だと思うんですけど」
いくら悪いことをしているからといって、それを馬鹿にするのは、なんだかシロネには違う気がした。きちんと怒って、それはダメだと厳しく言わなければならない。
マコの行動は、そういうものだと。
シロネはそう考えたのだ。
対して、周囲の少女たちは、どこか気まずそうな顔をした。
「えっと、別にバカにしてるつもりはなくってね?」
「アタシたち、なんて言えばいいんだろ。えっと、アタシたちは――」
「――別に、マッドのことは、嫌いってわけじゃ、ないんだよ」
それは、情緒の育たないツキとシロネには、些か不可解に思える、言葉だった。