深夜、時計の針の音が気になることはないだろうか。
チクタク、チクタク。
急がなくっちゃ、急がなくっちゃ。
昼下がり、午睡にまどろむ頭にはどこか安堵を与える音は、一転して宵闇の中で、焦燥を掻き立てる。
眠りについて目覚めるまで、当たり前の数時間がひどく無駄に思えて、
まだ何かすべきことがあったのではないかと、そんな懸念が眠りを妨げる。
今は寝てしまうのが最善であることに疑いはない。
しかし、童話のウサギよろしく、機械的に回るだけの歯車に急かされ、意識は覚醒する悪循環。
漠然とした時間間隔の中、数分、数時間でさえ、もったいないなどど益体もなく考えてしまうのだ。
もしそれが、”余命を刻む針の音”ならばなおのこと。
「……チッ」
舌打ち交じりに、そんな思考を放棄して、目を開く。
青年の名は、ストライフ。
魔女から与えられたその名前は、彼を取り巻くヴァンピーアから、
”生き急ぎ”と揶揄交じりに呼ばれていた。
それも至極当然。
ヴァンピーアは不老不死なのだから。
不死血清の開発から数百年、その都市にはヴァンピーアしかいないのが当たり前であり、
何が悲しくて、寿命になど縛られなくてはならないのか。
そして、永遠は遍在化した。
時間感覚がそもそも常人のそれとは、根本から違っている。
「時間さえあれば」、数百年前であれば悲観的にとられた言葉さえも、彼らにとっては肯定的に用いられる。
永遠に時間が与えられているのだから、”全ては時間の問題”。
座して待っていれば、果報は自ずと転がり込んでくると、
根本から信じ切っているのが彼らの常であり、
急ぐ必要も、焦る必要も、走る必要もない。
全ては時間の問題。
そんな中にあって、異常なのは、紛れもなくストライフ、彼のほうだ。
食べながら、聞く。
歩きながら、読む。
あらゆる作業を並列化して、就寝を除けば、休むことを忘れたように、あくせく生きる。
そんな彼を傍のヴァンピーアが揶揄するのは当然だろう。
彼の血清には、マグロの血でも混ざっていたのではないか?
そんな嘲笑さえ聞こえてくる始末。
動かなければ死ぬ……、見当違いもいいところだ。
事実は全くその逆であり、
億にも上るヴァンピーアが生きるその都市で、彼だけが、死ぬ。
死が待っているから、必死で動き続けているのだ。
叶えたい願いが多すぎる。
なりたい自分が多すぎる。
なのに――、時間が足りない。
ヴァンピーアとストライフ、彼らを隔てるものは価値観の相違なんて生易しいものではない。
そもそも全く別の生物と考えるべきだ。
ストライフは文字通り、醜いアヒルの子。
死に取りつかれた出来損ない。
白鳥に取り囲まれ、飛べもせず、永遠(そら)を見上げるだけの、醜い醜いアヒルの子。
見て、書いて、聞いて、走って、嗅いで、掴んで……。
何を急いでいるのか周囲には理解できないのだから、必死の形相も愉快なペイント。
お手玉回して、一輪車を駆るのと何が違うというのか。
生き急ぎのストライフ。
可哀想なマグロ(ストライフ)。
醜いアヒル(ストライフ)。
愉快なピエロ(ストライフ)。
ストライフ、ストライフ、ストライフ……。
嘲笑とともに、”生き急ぎ”の名が脳裏に反響する。
「黙れ!!」
怒鳴り声とともに、壁を殴りつける。
これが良くないと思っていても、ネガティブな思考は先行し、
そうして怒気に追いやられて、鼓動は加速する悪循環。
そのまま、もう一度ベットに向かい、後悔せずにはいられなかった。
ああ、あのまま、何も考えず寝てしまえばよかった。
喉の渇きも、寝苦しい寝汗も、すべて無視しておけば――。
人間の心臓は、死ぬまでに、数億回鼓動するというのが定説だ。
そして、鼠であれ像であれ、鼓動の間隔が違うだけで、
その上限数は同じだというのこともまたよく知られるところだろう。
実験動物ならともかく、自分の鼓動を生まれてから数え上げている人間などいるだろうか。
当然いやしないし、だからこそ、大抵の人間は平穏に過ごせるのだ。
あと何十年生きられると、漠然とした時間間隔の中にあるからこそ、明日に希望を持てるというもの。
ストライフは呪われた。
彼の脳には、無機質極まるセブンピースのデジタル時計が埋め込まれている。
それは、1日、24時間を永遠に繰り返さない。
0(終わり)に向かって減り続ける。
刻むのは、彼の鼓動。
彼の心臓はあと何回、鼓動を刻めるのだろうか。
ゼロになった時、俺は――。
その結末を意識せずに過ごすなんてのは、到底、不可能だろう。
いっそ、メトロノームのように、規則的に刻むだけであればどれだけ良かったか。
繰り返すが、その時計が刻むのは彼の鼓動。
心臓の鼓動とは一定の規則性はあるが、常に変化し続けるものだ。
走れば加速するし、歩けば収まる。
彼が生き急げば生き急ぐほど、死神の足音も加速する。
追い立てられた、焦燥も、不安も、怒りも、彼にとっては鼓動を加速させる劇薬だ。
死神は追いつかず、距離だけ詰めて、断崖へ向かって追い立てる。
全くもって趣味が悪い。
生き急げと背を突いてくるのに、生き急ぐことが死に急ぐことと同義なのだ。
そのうえ、秒針の存在しないセブンピースのくせに、ピープ音で無理矢理模した針音が神経を逆撫でする。
チク タク、 チク タク。
ああ、まるで、焦らせることが目的のような悪趣味さ。
壁を殴りつけた拳の鈍痛が逆に心地いいとさえ感じるのは、
そこに意識を受けている間は、多少なりとも、時計の存在を無視できるから。
決して彼に、自傷癖があるからでも、被虐趣味があるからでもない。
むしろ、そうであったならば、もしくは、他者への羨望から憎悪を膨らませて、それに身を任せられれば
彼はまだ幸福だっただろう。
彼は変なところで不器用だった。
見方を変えれば、真面目すぎたのかもしれない。
おかしいのは自分、自傷に走っても意味はない、そう理解も納得もしていたから、
彼は今を精一杯、生きることを選ばざるを得なかった。
叶えたい願いが多すぎる。
なりたい自分が多すぎる。
なのに――、時間が足りない。
鈍痛に意識を向け、鼓動を落ち着け、不安と焦燥を意識の隅に追いやると、
次第に迫ってくる睡魔に安堵する。
そして、眠りにつく直前、睡魔に揺られながら、こんな願掛けをしてしまうのは、
皮肉にも、彼がヴァンピーアとして育ってきたからに他ならない。
明日こそ、最後の選択をする契機が訪れますように。