かくして、ストライフ、ナラカ、リンダを始めとしたダンピール一行は、
先の離脱から、半日ほどで再度、中央広場に戻ってきた。
そして、吐き気を押さえるので精一杯な人間が現れるほどの惨状を目の当たりにする。
鳴り響く銃声、轟く咆哮、そして、地鳴りの如き絶叫。
いずれも、耳をふさいでうずくまりたくなるほど不吉を合唱する。
まず鼻につくのは紛う事なき血臭であった。
ヒトもヴァンピーアもその色が薔薇の如き赤色であることに違いはない。
紺色の軍服をはためかせ、透けるように白い肌を輝かせ、
決死の戦場で同色の化粧を施す両陣営。
しかし、その中で一際、異彩を放つ影がある。
いや影と言うには語弊があろう。
それは、黒の単色ではなく、両陣営の施す化粧、その色もまた混ざっていた。
それでも、影と表現したのは他でもない、”大きすぎる”。
ストライフ達が目にした時は辛うじてではあれ、人間と同型であり、
またその大きさも、人間大であったにも関わらず、今は全長3メートルを超えているではないか。
ゆえにまず目に付くのは、いくつもの照明で多方に伸ばされた影。
踏み込めば食われそうと錯覚させるそれが、恐ろしくてたまらない。
そして、なぜそのような巨体を得たのか、それもまた今まさに戦場で再現されている。
食らっている。
生者、死人、ヒト、ヴァンピーア、どれもかまわず、触れるもの皆、
腐った薔薇色に染め上げて、肉塊の一部とかしているではないか。
その上、過日のヴァンパイアハンターは、今、ヒトをも脅かす。
繰り返すが、ヒトもトワもその別なく食らっている。
そして、地鳴りの如き絶叫は、文字通り、地鳴りとかす。
腐った紅薔薇(クルースニク)、巨体と化したその身の一歩で確かに大地を揺らしている。
それに一瞬、怯みながらも、リンダは指揮を執った。
「みんな、急ぐよ、見ての通り、本格的にやばい」
そして、見つからないよう、最新の注意を払いながら、一同は広場の影を通り抜けようとした。
まさにその時、”目が合った”。
いや、目などない、アレにはそんなもの存在しない。
赤黒い肉塊、腐った紅薔薇、主要な人間としての器官は五体を残して根こそぎ残っていない。
にもかかわらず、そう錯覚せざるを得ない感覚がよぎったのだ。
「―――――――――ッ!!!!」
そして、言葉にならない地鳴りが響く。
先ほどまで、近づく全てを取り込んでいたにも関わらず、
その捕食じみた作業を放り投げて、ダンピール一行に向かってくるではないか。
「「嘘だろっ!!」」
驚愕の声を揃える。
同時に、矛先を変えた腐った紅薔薇(クルースニク)、その方向から、
銀十字、不死軍団に見つかった。
いや、それはいい、どうせ両陣営、腐った紅薔薇(クルースニク)の脅威が去ったのを、
これ幸いと、殺し合いを再開するに違いないのだから。
それよりも、この戦場における、最凶の悪魔に目をつけられたことが余程、問題だ。
「止まるなっ!!」
リンダの一喝で、先ほどまでこそこそ進行していた一同は全速力で駆け出した。
幸運にも、巨体を持て余しているのか、腐った紅薔薇(クルースニク)は、
登場時のような跳躍をするそぶりは見せない、が。
「―――――――――ッ!!!!」
ダンピールを見つけて以降、地鳴りの如き絶叫の頻度が増えている。
聞くだけで心臓が震え上がるそれに追いかけられる恐怖で、体が凍りつきそうだ。
足音と絶叫、2つの地鳴りの不協和音が、思考を麻痺させる。
「なんでっ!」
ストライフはそう漏らさずにいられない。
なぜなら、目が合ったと、そう一番強く確信したのは他ならぬ彼なのだから。
同時に、頭にここしばらく忘れていた、針の音が聞こえてきた。
チクタク、チクタク。
急がなくっちゃ、急がなくっちゃ。
『久しぶりだねぇ、坊や』
その声にハッとして、周囲を見渡す。
他の人間は前だけ見据えて一目散に駆けている。
聞こえたのは俺だけ?
「―――――――――ッ!!!!」
再度響く絶叫。
くそ、どうすれば。
『ああ、やはり、美しいねぇ。
化け物だなんて可愛そうに。
こんなにも綺麗なのにねぇ』
再び聞こえる声、これは、最後の魔女!?
『彼こそ、腐った紅薔薇(クルースニク)!!
復讐鬼、ヴァンパイアハンター、大戦の引き金を引いた悪魔。
恨んでいるんだよ、永遠を!!
憎んでいるんだよ、永遠を!!
そして――、』
そして、突然変異が起こる。
赤黒い肉塊、その顔に当たる部分に、
巨人のごとき巨体に比べると小さい、
しかし、間違いなく人間のものである口が浮かび上がった。
「愛しているっ!!」
突然の告白、その声はおそらく成人男性のもの。
逃げる一同は、再三の驚愕に輪を掛けて混乱し、それでも逃げる足は止めない。
てめぇっ。
ふざけんなよ、そんなのありかよ。
おい、糞ババァ、そんなことのために、教えたのかよ。
恐怖は吹っ飛び、一転して、泣きそうな顔になるストライフ。
そして、足を止めた。
「馬鹿、何してんのっ!!」
そんなナラカの罵倒を無視して、
「悪い、リンダ頼みがある。
あの肉、そぎ落としてくれ」
「殺せないよ?」
「大丈夫、俺が止める」
やはり泣きそうな顔でそんなことを言うストライフに、
ダイナマイトを取り出すと、リンダが答える。
「わかった。
みんな、ごめん、先に行ってて」
そうダンピールの面々に告げるが、
馬鹿言うな、リンダを放っていけるか、手伝うに決まってんだろ、
そう呼応する、ああ、全員、大馬鹿だよ。
そして、一斉に、ダイナマイトを放り投げ、物陰に隠れて身を伏せる。
響く爆音、そして、煙が晴れると、
そこには、現れた時同様に人間大の腐った紅薔薇(クルースニク)。
その面前に、ストライフは立ちはだかる。
「なあ、おい、もう止めようぜ」
憎んでいる? 恨んでいる? 永遠を?
「とっくの昔に忘れてるんだろうがっ!!」
悔しくて泣きたくなる、だってこの都市で誰よりも生きているのが、
この人間とも呼べない、腐った紅薔薇(クルースニク)だというのだから。
「もう、いないんだよ」
「全部忘れてるんだろ、恨みも、憎しみも、復讐も。
愛情以外、全部なくしてさぁ」
そう、永久腫瘍を縛る架せは、脳波、感情である。
それは何も痛み、苦しみネガティブなものだけではない。
愛情もまた、彼を決して死なせない。
核の破壊でさえ、その激痛を愛情に変えて、刹那と永遠の増殖を繰り返す。
ゆえに死なない、絶対に殺せない。
腐った紅薔薇は、全て忘れ去って、ただ尽きぬ愛情だけを覚えているのだ。
ならば求めるのは、失くした半身、比翼の片翼。
見えない目で、聞こえない耳で、感じない体で、
言葉にならない愛を叫んで、
ただ、あの日、失くした彼女を探していただけなのだ。
「あんたの最愛はもういない」
「死んだんだよっ!!」
そう言って一歩ずつ歩み寄っていく、
敵意、害意、破壊、おそらくそれらを用いても、こいつは絶対殺せない。
ならば――。
腐った薔薇色の両腕が、ストライフを締め上げる。
このままでは浸食されて肉塊の一部になる。
その前に、腐った肉体にストライフは両腕を差し込んで、まさぐった。
どこだ、どこにある。
腐った紅薔薇(クルースニク)の、尽きぬ愛情を垂れ流す核を……。
見つけたっ!!
「レストインピース(安らかに眠れ)」
そう言うと、ストライフはそれを強く、強く、抱きしめた。
鳴動を続けていた肉塊は、その動きを止め、ばらばらになると、
そこには、薔薇色に染まったストライフだけが残っていた。