魔女には一人の妹がいた。
十に届かぬ頃には統一理論を解した魔女と違い、極々平凡な女だった。
幼子なら泣き、大人であれば数分も話せば眉をひそめ、両親すら忌避する。
それほどまでに、生来から、魔女の性根は腐っていた。
他人の幸せを喜ぶことはできた。殺人を好むとかそういう目に見えた害はなかった。
しかし、失敗を笑い、他人の悲しみに共感できない、
そういう些細ではあるが、人間社会で共生する上では、欠陥が多すぎた。
しかしながら、妹だけはそんな魔女の側を離れなかった。
魔女に言わせれば、年下のくせに生意気だったそうだが、
「しかたないなあ、お姉ちゃんは」、が口癖の世話焼きな妹だった。
自室に引きこもって怪しげな研究に耽る魔女の世話を、
その両親は当然のように放棄しており、妹が自主的に代わりを務めていた。
両親も止め、魔女自身も鬱陶しがったが、それでも止めなかったし、
性根の腐った魔女に対して、普通に接することができた、その点は非凡と言えたのかもしれない。
成長すれば、妹は魔女にべったりとはいかなくなったが、疎遠になったわけではなく、
それも、単純にお互いの生活ができてきたという話。
ある日、妹が魔女に言った、「結婚することになった」と。
魔女は、「そうかい」とだけ口にすると、研究に戻ってしまう。
それにかまわず、妹は続けた、「とっても良い人なのよ」。
ああ、知っているとも、もしも碌でなしなら、実験動物の餌にしてやろうと思っていたからね。
魔女は口には出さず、研究を続けながら、妹の声に耳を傾けていた。
「子供が生まれたら、今を精一杯生きて欲しいから、ストライフって名付けるつもりなの」
「”生き急ぎ”かい」「もお、また姉さんはそんな捻くれたこと言って」
そう言って妹はくすくす笑っている。そうして、わざとらしく、
「あらたいへん、子供につける名前を忘れてしまったわ。
ねえ、姉さん、お願いがあるの、頭の悪い私と違って姉さんなら、きっと忘れないわ。
だから、挙式と子供の出産に立ち会って、教えてくれないかしら?」
とお願いしてきた。その後は適当に世間話をしてお別れだった。
それから、しばらくして、魔女の元に結婚式の招待状が届いた。
魔女が出席すれば、妹は喜ぶだろうが、折角の晴れの舞台に水を差すことは他ならぬ魔女が一番理解していた。
なので、その数日前に顔を出そうと考えていたのだ。
気が向けば、出産にくらい立ち会ってやってもいいと考えていた。
そして、結婚を祝いに行くと、妹とその夫の新居は灰になっていた。
周りを囲む消防士、警察、病院関係者が魔女に制止を駆けるが、
思いつく限りの脅しをかけて、何があったのか聞き出し、彼らを振り払うと、寝室があったはずの場所へ向かった。
辛うじて足の残るベッドの中央には、腐った薔薇色の灰が山となっていた。
これは妹の遺灰だ、そう直感せざるを得なかった。
そして、しばらく立ち尽くすと、その山の中央で何かが動いた。
魔女は普段の緩慢な動きからは考えられないほど、焦って山に飛びつくと、それを掻き分ける。
そこには、腐った薔薇色の灰とは対照的に、
純白の膜に覆われた、未熟児といっていいほど小さいが、それでも確かに生きた赤子がいたのだ。
赤子を抱え、腐った薔薇色の細胞をガラス瓶に入れると。魔女はその部屋を後にした。
そして、その魔女は姿を消し、最後の魔女として魔女狩りに捕らえられるまで、何をしていたのか知る者はいない。
『走馬燈かねぇ、あたしは残滓に過ぎないんだがねぇ』
次第に薄くなっていく最後の魔女は、少年と少女が眠りにつき、一人になったそこでそう独りごちる。
最後の魔女は、過日の処刑にて確かに死亡している。
そこにたゆたうのは残滓、ありていに言えば、生前の記憶の塊である。
ゆえに、ナラカに語ったとおり、今の魔女は決して嘘をつけない
『さて、神座は成ったが、世界を始めるには、賽を投げなくてはね』
そう言って、目をつけたのは、今この都市で最も輝きを放つ少女であった。
『さあ、誉れある第一天はあんただ、リンダ』
その一言で、ついに、賽は投げられた。
第四永久機関 神座は新世界を環(ま)わし始める。
第四種永久機関 神座を、簡単に説明するなら、
その基幹は”車”と”舞台”と”時計”である。
悪魔の細胞というエンジンに、悪魔に犯されない青年を骨格とし、
聖母の脳髄はシステムの管理を行い、少女の愛を燃料とする。
その車は、尽きぬ愛を燃料に、超々光速にて疾走し続ける。
次に舞台、主演は青年の渇望、ヒロインも青年の渇望、敵役も、脇役も……、
すなはち、そこで繰り広げられる演劇は、最初に投じられた賽と舞台監督を除けば、
現状、無尽蔵の渇望による一人芝居だ。
神座世界の源泉は覇道神格ではない。
それは、無尽蔵の渇望を垂れ流す青年であり、覇道神格はその方向性を決める噴水のようなものだ。
永遠の刹那になりたい、全てを壊したい、この出会いを永劫繰り返したい、死にたくない、焼き焦がれるような恋がしたい。
全て、全て、時間の足りない青年の渇望である。
舞台は車の上にある。
観客は完全閉鎖空間アーコロジーの住人、一人残らず全てであり、彼らの目も意識も無限に繰り広げられる舞台に釘付けになる。
そして、最後の魔女ナラカは舞台監督であり、同時にその主演の最大のファンであることは言うまでもないだろう。
誰よりも彼の側に寄り添い、その特等席で、惜しみない祈り(愛)を捧げて、彼の夢を環(ま)わし続ける。
さて、車は超々光速にて疾走しているが、いったい何が起こるだろうか。
古典的相対性理論であれば、外部観測者の存在、光速の超越不可という原則により否定される現象が発現する。
なぜなら、これは魔道科学。
愛と夢の物語。ロマン、メルヘンそういう類いのものだ。
無粋な突っ込みはご容赦願いたい。
最後に時計、これは他ならぬ、青年のそれだ。
いまこの瞬間、超々光速の車上で無限に繰り返される舞台は、青年の余命に凝縮される。
青年が死ぬまで、夢は環(ま)わし続けられ、同時に、それが青年を延命させる無限連環だ。
よって、これは永久機関。
無限に舞台を環(ま)わし続ける。
そして、今まさに環(ま)わり始めた世界を羨望の目で眺めながら、魔女は独りごちる。
いいねぇ、願いの叶う世界っていうのは。
そうさねぇ、あたしもそこに行けるなら、
なんでも治せる医者になりたかったねぇ。
そういうと、陽炎のように虚空へ消えていった。
リンダ、彼女は極大の光である。
数百年太陽の届かぬ地下に幽閉されたヒトに希望を与えた張本人なのだから。
彼女は純白。紛う事なき潔白。
ゆえに、限りなく白に近い灰色でさえ彼女の前では、黒と化す。
彼女は善くありたいと願う。
最前に立ち民衆を率いる戦乙女。
ゆえに彼女の味方は善であり、対立する者は悉く悪となる。
彼女は魔女に投じられた賽ゆえに、歴代唯一、自覚のない覇道神格である。
かくして流れ出でたるは、第一天、善悪二元論の理。
しかし、善は善ゆえに、やれぬこと、制約が多すぎる、よって悪には敵わない。
ゆえに戦乙女最大の信奉者は悪に身を堕とす。
あなたはそのまま気高く、美しくあって欲しい。
俺が悪となる、そして他全ての悪を悉く滅殺してくれよう。
かくして流れ出でたるは、第二天、堕天奈落の理。
魔女の謀は成った、がしかし、あくまで成したのは魔女の残滓。
想定外、誤算が生じるのは避けられぬことだろう。
1つは、悪魔の細胞。
魔女が少年に昔話を聞かせたのは、
愛してやまない妹の惚気話を聞かせたい程度の気持ちからだ。
怪談の体になってしまったのは、魔女の性根が腐っていたからであり、
悪意はさほどなかったであろう。
つまるところ、魔女は悪魔の細胞を、愛情の塊だと思っていた。
事実、ほぼそうであろうが、少女の祈りという愛の色眼鏡を通して見ると、
腐った赤薔薇に隠された棘が浮き彫りになる。
これは遠からず、猛毒を滴らせ神坐を犯していくだろう。
2つは、聖母の脳髄。
これは相性の問題だ。
戦乙女は、極大の光であるが、その光の恩恵に預かれぬものがいる。
真実、天使である少女は、聖母にとっては、告死天使となる。
長くは語るまい、端的に、聖母は狂う、そして、神坐は破滅に向かう。
楽園は失われ、怒りの日は起こり、神代桜は乱舞する。
そして、オメガは死を禁ずる。
永遠はない。無限に繰り返すだけだ。
夢か現か、恋か神か、未だ生まれぬ少年はいったい何を選ぶのだろうか。