「そうだ、よくわかってるじゃないか、お利口だ。
それが、後に言われる1級戦犯だ」
そう”戦犯”、この決定を下した人間およそ数百名が戦争犯罪者として名を連ねることになる。
「同情はするよ。でもさ、理解が足りなすぎたんだよ。
子供じゃないんだ。無知は罪だよ。
核程度、直撃でもしない限り、ヴァンピーアは、死なない」
当時のヒト政府はヴァンピーアを正確に理解できていなかった。
生存圏が分かたれ、数百年がたっていたというのも理由だろうが、
不老不死、を寿命や不治病の束縛からの解放、程度にしか思っていなかった。
ゼノンが口にするような、”頑丈さ”など考慮していなかったのだ。
そして、言葉を続けるヴラトの額からは、表情は余裕のままだというのに、滝のように汗が滴っている。
どこか荒くなる息を押さえながら、語っている。
「あの時、俺は、”運良く”、シェルターの中層あたりにいてさ。
太陽光を免れて、生き埋めにもならずにすんだ。
幸い、食料もそばにあったし、近くにいる奴らも集めて、救助を待てばいいって楽観してた。
そしたら、太陽光も届かない場所なのに、突然、ピカッ、ドンッ、だ!!」
語るヴラトの語気は次第に荒くなっていく。
「爆風に煽られて、壁に叩きつけられたと思ったら、火の手が上がってた。
衝撃で全身の骨はぼろぼろで動けない。
体の外側は火で炙られる。
その上、内蔵は放射能に犯されてズタズタ。
それが、1ヶ月、2ヶ月だったかなー、続いてさ」
ヴラトにはもう当初の余裕はどこにもない。
明らかに当時の心的外傷(トラウマ)、そのフラッシュバックで錯乱してもおかしくない状況だ。
強く握りしめすぎた拳からは、血が滲んでいる。
「なあ、なんで、いつまでも火災が続いたと思う? 燃料は?」
「俺たちの兄弟だよ。
永久腫瘍は死ぬまで、増殖を続ける。
永久腫瘍の好物はさ、痛いとか苦しいとか人間の脳波、感情なんだ。
苦しめば苦しむだけ、長生きする」
そうして、感情を糧に増殖した腫瘍を火災が食らう負の連鎖。
火災が収まり、肉体の治癒がある程度済み、動けるようになって、
シェルターから脱出する途中、上層で見たのは、
自分以上に苦しんで逝った、ズルズルに焼け爛れた腫瘍の残骸、それは紛れもない彼の兄弟だ。
そしてそれを見たのはヴラトだけではない。
同じく、かろうじて難を逃れた、彼ら兄弟。
許さない。
誰の口から漏れたのか、いや、誰からであれ、その思いは彼ら兄弟に共有された思いだった。
かくして、ヒトとトワ、ヒューマンとヴァンピーアの戦争は勃発する。
引き金を引いたのはヴァンピーアが口にするのを憚るアレだが、
火に油を注いだのは、言うまでもなくヒトの側だ。
戦場は当然、太陽の降り注ぐ地上であり、
それは、ヴァンピーアにしてみれば、ヒトにとっての硫酸の雨、放射能の嵐に他ならない。
しかし、いやだからこそ、その最前線に立ったのは、あの惨劇を目の当たりにした被災者達であった。
時に永久腫瘍に犯されながら、死を微塵も恐れず突き進む不死軍団(ノスフェラトゥ)。
ましてや、ヒトの側には負い目があるのだから、戦意という点で土台が違う。
それでも、ヴァンピーアの数十倍という数的有利から、対戦は50年以上続くことになる。
が、勝敗を決したのは、やはり、ヴァンピーアの不死性であろう。
大戦が終盤を迎えると、当時の最先端科学技術、魔道科学を修めるマギの数に両陣営で差が開き始める。
統一理論の完成以降、常人ではその一端すら理解できないほど、科学は難解を極めることになる。
統一理論は、古典的相対性理論のE=mc^2に代表されるような数学的美しさとは無縁で、
複雑怪奇を極め、論理的飛躍さえ内包し、およそ従来の“理論”とは別物であった。
それゆえ、統一理論以降の科学はごく一部の選ばれた人間しか理解不可能な魔術的なもの、
魔道科学と呼ばれるようになり、それを理解する人間はマギ(魔技)と呼ばれた。
長命のヴァンピーアはそれだけ多くのマギを囲うことができ、
それだけ運用できる兵器にも差が出てきたということだ。
また、過去二度の大戦と比較して、なぜこれほどに戦争が長期化したのか。
結局のところ、これもまた、相互理解の欠如であろう。
要は両者がどれだけ疲弊しようが、停戦協定など進まなかったのだ。
寿命の差、たったこれだけで、元は同じ人間同士であるにも関わらず、
その価値観、思考は根本からずれていた。
そして、両陣営ともに極限に疲弊した状態ではあるものの、
ヴァンピーアが勝利を収める形で大戦は終結する。
大戦のあらましを語り終えると、ヴラトは荒れた息を整えようと、深呼吸をしている。
同族のヴァンピーアはもちろん、銀十字すらもそこに口を挟めない。
ただのヒトである銀十字にとっては、ヴラトは生まれてもいない時代の生き証人であった。
また、ヴァンピーアにとっても、単純な年齢であればブラトよりも年長者は存在する。
しかし、かの災害および戦争の最前線を経験し、なお生き残っているという意味では、
紛れもなく彼は、最年長であり、その言葉には、凄絶な実感が宿っているのだ。
だから、ことヒトとトワの問題に関しては、彼が中心に立つのは当然であった。
そして数分、普段の余裕を取り戻したヴラトは、再び語り出す。
「さて、ヒト側の無条件降伏で戦争は終わったんだが、
困ったことに、大きいものから小さいものまで、
ヴァンピーアにはこういう争いの経験がここ数百年なかった。
当然、揉めたさ、どう落とし前をつけさせようかって。
こういっちゃなんだけど、俺自身は当時、皆殺しを推してた。
そこで、白羽の矢が立ったのが、我らが偉大なる母、マリアだ」
「いと優しく、慈悲深いお母様はおっしゃった。
1つ、ヒトの手によって、このアーコロジーを建設すること」
「ああ、聞いているよ、馬車馬のように働いたとね」
2つめは? ヴラトが、ゼノンに尋ねる。
「2つ、我らの祖先が殺しめしたヴァンピーア1人につき1年、ヒトから太陽を簒奪すること」
「そうだ、そして、君たちのご先祖様は自分で作ったアーコロジーの最下層に送られた。
投獄期間は、1億5千万年」
「154,395,309年だよ。兄上」
「そうそう、それ。
いやー、ヴァンピーアやってると、時系列はいいんだけど、細かい期間とかどうもね」
戦時を語ったときの様子はどこ吹く風で、ヴラトはおどけている。
「なあ、わかるだろ。
おいたが過ぎたのは、お前達、
それで叱られたのも、お前達、
お仕置きされたのも、お前達だ」
「逆に、振り上げた矛を収めたのは俺たちの方。
慈悲深いお母様がそこまでおっしゃるなら、と、
腸煮えたぎってたのを我慢して、
お前達の蛮行許したのも俺たちだ」
「お前らは加害者で、俺たちが被害者。
なあ、可愛そうなのはどっちだよ?」
そう言って、ヴラトはゼノンに歩み寄っていく。
「話は変わるけどさ、俺、今すっっごい、恋してんの」
「それは、実におめでたいな」
祝っているような、馬鹿にしているような、どちらともとれる調子で返す。
「ありがと。
だからさ、こういう面倒なの、できれば勘弁して欲しいんだ」
「わかる、わかるよ。ちょっと鬱憤溜まって、やんちゃが過ぎただけだろ?
お母様にも、兄弟にも、俺が口利きしてやる。
今回のことは水に流す。
何もなかった、弟達は土蔵の中でちゃんと反省していますって」
「あとそうだ、ゼノンには借りがあるんだよ」
「見当がつかんな、これのことか?」
ゼノンは今も骸を晒すヴァンピーアの青年に視線を投げる。
「いや、それじゃないよ。まあ、わからなかったらいいんだよ。
俺が勝手に感謝してるだけだし」
「だからさ、その分、出血、大サービスだ。
投獄期間、1億年に負けてやるから……」
実の兄弟に向かってそうするように、気安く、ヴラトはゼノンの肩を叩いて言う。
「聞き分けろよ、弟、な?」
その言葉を聞いたゼノンは肩を揺らして、少しずつ少しずつ笑い始める。
「ククッ、ククククッ、クハハハハハハッッッッッ!!!」
次の瞬間、ヴラトの顔には白手袋が投げつけられ、
手袋諸共、こめかみを薙ぐようにして、横真っ二つに切断される。
ヴラトの頭蓋から噴出する血と脳しょうを浴びながら、額に青筋を浮かべて、ゼノンは言い放った。
「聞き分けろだと?
巫山戯るなよ、戯けが。
あまつさえ、負けてやる、1億年だと!!」
「貴様ら、土台、許す気など微塵もなかろうが!
仮に、俺一人、貴様ら被災者、戦災者、全員分の責め苦味わう、身請けするといったところで、
首を縦に振るつもりなど、毛頭なかろう!!」
「同情はするよ、罪悪感を引き継ぐのも嫌はない。
しかしだ、俺たちは誰一人、当事者ではない。
贖罪の仕方まで、押しつけるなよ!」
「加えて言うがな、兄弟だと? ああよいよ、実に結構。
もしも、貴様らが”人類、皆兄弟”などど、信仰しているなら、諸手を振って賛同してやる。
だがな、俺は、俺達は、あの売女(マリア)を母などど敬ったことは一度たりともないわ!!」
「ああ本当に、吐き気がする、聞きしに勝るマザコン共だよ貴様らは。
頭が固い、堅すぎる、その上、耳が遠くて、売女の声しか聞こえんと来る。
処置なしだ、話にならん」
そう言って、背を向けると、ゼノンは自陣に向かって歩いて行く。
その背後、先ほど、頭部を切断されたはずの、ヴラトが起き上っている。
その上、切断された頭部が徐々に回復しているではないか。
「あーあ、残念だなー。
可愛い弟と仲違い、か」
立ち止まると、背を向けたまま、ゼノンは言葉を吐きつけた。
「最後に1つ。
ヴァンピーアの中でも、俺は貴様がいっとう嫌いだ。
魔女狩りの串刺し公風情が、義理だの情だの、片腹痛いわ」
「はは、痛いとこ、突くね。
とはいえ、こうなった以上、借りは早めに返しておくか」
結局、ヴラトは、何のお返しなのかは告げないまま、忠告を始めた。
「脳と心臓、ここらを潰せば死ぬと思ってるなら、ちょっと甘いよ。
そこのみたいに若いとね、まあそうなんだけど。
不死軍団の中核は大戦経験者だ。それくらいじゃー、殺せない。
覚悟するといい」
その言葉を最後に、両者、自陣へ歩いて行く。
ゼノンはサーベルの血を振り払い、鞘に収めると、左手をのせて、右手を肩まで上げる。
ヴラトは耳に詰まった血を頭を叩いて除くと、左手はポケットに、右手を肩まで上げる。
「「やれ、」」
そして、両者、右手を振り下ろす。
「「皆殺しだ」」
かくして、数百年の因縁から、内紛が勃発した。