「なんなのよ、あれ……」
驚愕するナラカを余所に、ストライフは冷めた視線で戦況を観察していた。
入り口付近のいつまでも起き上がらない賊、ようは死んでいたということで、
半ば、想像通り、賊の中身はヴァンピーアではなく、ヒトだった。
そして、俺達を見逃した声の主は、賊、いや銀十字の親玉か。
というか、ヴラトのやつ、そんなに長生きしてたのかよ。
銀行から逃げた時に、繋がれたままの手を引かれる。
「ねえ、さっきの話、大戦がどうとかって、本当なの?」
「ああ、俺が知る限りは、話通りだ」
ナラカの反応はこの都市に生きるヴァンピーアとしてはおかしな物ではなかった。
別に、あの2人の話していた歴史は隠蔽されていたとかそういう陰謀論じみたものがあるという訳ではない。
単純に、この都市がこの都市だけで完成されていたという話。
来歴やら何やらを気にする必要などなかったのだ。
アーコロジーの環境管理は、全てマリアが引き受けており、マリア自身も自己整備機能がある。
極論、働かなくても、最低限の生活費は手に入るし、
そういう意味では、親のすねかじり、ゼノンの言葉を借りれば、マザコンは、この都市に少なからずいる。
今を生きると言えば、聞こえは良いが、急がない、走らない、焦らない、
つまるところ未来に対する展望とかそういうものが欠如している。
だから逆に、過去を振り返ることもしない。
経験側、失敗談というのはそれ単体ではなく、これからへ生かすという目的があって生まれる物なのだから。
この都市に住むヴァンピーア全てがそうという訳ではないが、
大多数が、都市の来歴、過去の歴史に無頓着なのはそういうことであった。
同時に、マリアへの依存、”お母様”というある種の信仰の歪さも浮き彫りになった。
全ては時間の問題。
怠惰は美徳。
ヴァンピーアの感性の独特さを表現すれば、そのようになる。
そして、隅々まで行き届いた世話を焼いてくれるマリアは、彼らの美意識に準ずる人生を推進してくれる。
なまじ意思疎通が取れるせいで、便利な道具ではなく、敬愛すべき”お母様”に成り上がった訳だ。
ストライフ自身、どこか不審に思いつつも、ゼノンの言葉を聞くまでは、
それが当たり前だと思っていたのだから、ぞっとしない話だ。
今も目の前で繰り広げられる、惨劇に、ナラカは銀十字に狙われた時よりさらに震えが強くなっていた。
戦況は見たところ現状では五分五分。
数的有利は見るからに、銀十字であり、なおかつ、銃器を利用した、距離の利まである。
しかしながら、先ほど、1人の青年が突進したときのような一方的な状況になっていない。
不死軍団には、銀十字の統率とは違った、役割分担とでもいうような、戦術をとっていた。
一言で言うなら、肉の盾。
不死の身を利用し、自身の体を盾に、味方が接近、
銀十字に近寄ると、筋繊維の断裂を物ともせず、膂力の限りで、敵兵を粉砕した。
そして殴れなくなれば、今度は自分が肉の盾になる。
ヴラトの忠告通り、脳、心臓を破壊されても、しばらくすれば起き上がるのだから、
ヒトからすれば、ホラー映画もかくやという有様。
精神的な観点からすれば、銀十字の圧倒的不利であることは間違いなく、
にも関わらず、銀十字の戦列が瓦解していないのは、ゼノンという男に確かな指揮能力があり、
また、兵隊達も実践は初めてであれ、確かな練度を積んでいるという証拠だろう。
よって状況は五分五分。いやしかし、このまま続けば大戦の二の前であろう。
このまま、消耗戦になるか、と思われた……その時。
「―――――――――――ッ」
そこかしこに散らばっている瓦礫が、突如響き渡った極々低い、まるで雄叫びのような音で震え始めた。
まるで地鳴りのようなその音に、先ほどまで、数的不利を物ともせず、
肉の盾で猛攻を続けていた不死軍勢の足が止まり出す。
ストライフ達同様に、ヴラトは最前線から離れ、戦況を見守って、いや、退屈そうに眺めていた。
「やってくれたねー。ゼノン
知らないよー、どうなっても。
それ、五百年前にマギが寄って集って、総出で知恵振り絞って、
辛うじて捕らえられた、正真正銘の化け物、悪魔だからさー」
内容とは裏腹に、間延びして退屈そうに独りごちる。
最前線のヴァンピーア達は目の前にいる銀十字に目もくれず、
銃弾が撃ち込まれているにもかかわらず、辺りを見回す。
銃弾が撃ち込まれた激痛でも、それによる失血からでもなく、震えている。
死を知らぬ、故に怖い物知らずの極致であるであるヴァンピーアが恐怖している。
そして、赤黒い肉塊が飛来した。
肉塊は、グチャリと腐った肉を叩きつけたような音を立ててヴァンピーアに取り付く。
ヴァンピーアが悲鳴を上げようして開いた口に、グズグズと泡だって、粘液滴る何かが、差し込まれ、
接触部位から順に、ヴァンピーア特有の透けるように白い肌が、肉塊と同じく、腐った薔薇色に浸食されていく。
そうしてものの数秒もたたないうちに、突然飛来したソレに取り付かれた、ヴァンピーアは原型を失った。
ソレは体を震わせて、”立ち上がった”。
その赤黒い肉塊は、両腕、両足、銅、頭、辛うじて五体という人間の原型を保っていた。
しかし、耳目といった顔の部品は元より、指や髪など、個人を特徴づけるような部品は一切ない。
ただ呼吸でもするように、辛うじて肌とわかる表皮の下で、肉がブクブクと蠢いている。
そして、先ほどヴァンピーアの口に差し込まれたのは、その肉塊のなかで、最も活発に蠢いている腕であった。
これは良くないものだ。
まっとうな感性、いや、多少ずれていようが、人間であればそう感じずにはいられない。
生理的嫌悪を催すし、それが自分たちと同型であること自体我慢ならないだろう。
しかしゼノンはソレを無表情に見つめながら言い放つ。
「先の大戦の焼き回し、ということなら、役者が足りんだろうと思ってな。
ちょうど、通り道だったので解放してやった」
「困るなー。
俺達兄弟を頭が固いって言うけど、君たちは忘れっぽ過ぎるんじゃないかな。
君たちのご先祖様はそんなことも伝えてなかったのかな。
ソレはほんとに洒落にならない。
だって――、」
それでも退屈そうに、ヴラトは続けるのだ。
「絶対に殺せない」
脳と心臓を破壊されても死なないとまで豪語した、ヴラトにそうまで言わせるソレ。
事実、先の大戦では、核の照準は、永久腫瘍の蔓延する住居シェルターそのものではなく、
そこで暴れ続けるソレに合わせられていた。
そして、余波含めてヴァンピーア1億人を殺してみせた核の直撃を受けてもなお、死なず、
結果として、大戦を引っ掻き回し、長期化させた一因でもある。
大戦の引き金を引いた悪魔、ヴァンパイアハンター、永久腫瘍伝染体。
特級戦犯、腐った紅薔薇(クルースニク)は、完全閉鎖空間であるアーコロジーに解き放たれた。
その裏ではクルースニク登場の混乱に乗じる形で、陰をこそこそ動く十数人の集団がいた。
先頭にいるのはまだ二回りもしていないであろう少女。
彼女らは、銀十字と同じく、銀行から現れると、ストライフ達の方へ忍び寄っていく。
「ハロー」
少女は、前方の戦場に注視して気付かないストライフの肩を叩いて軽い調子で挨拶すると、
的確に首の後ろを叩いて、気絶させた。
同様に、彼女に付き従ってした青年が、ナラカを気絶させる。
「よし、確保、確保。
でもって、生体認証クリア」
「みんな、行くよ。
あと”協力者”は、丁寧に扱うように」
仲間に向かって茶目っ気混じりにウィンクしながら、命じると、
来たとき同様、こそこそと銀十字、不死軍勢、クルースニク入り乱れる戦場から離れていった。
上空には戦場を見下ろす影がいた。
影はその身を歓喜に震わせながら、誰にも聞こえない声を漏らしている。
『ああ、やはり、美しいねぇ。
化け物だなんて可愛そうに。
こんなにも綺麗なのにねぇ。
もう”肉眼”で拝めないのが残念でならないよ。
きひ、きひひひっ。
さぁて、役者も揃ったことだし、時間も残り少ない。
急がなくっちゃ、急がなくっちゃ。
きひ、きひひひっ』
聞くだに、性根の腐った嗤いをこぼすと影は虚空に消えていく。
かくして、役者は揃う。
魔女は謀り、聖母は狂い、悪魔は叫び、戦乙女は決起する。
そして――。