悪夢から目を覚ますと、目の前には見知らぬ少女の顔があった。
「えっ? あ、う、わっと、と、いたっ!!」
目が合って驚いたのか少女は飛び退こうとして、躓き、尻餅をついた。
「あいたー、と、あ、あのね、危害を加えるつもりはないから」
尻をさすりながら、口早に告げてくる。
「これは?」
そうはいわれても、現在進行形で、手錠をはめられており、
声を聞く限り、意識をなくす前に聞いた声は彼女のもので、
察するに、気絶させた張本人も彼女だろう。
「ああ、ごめん、起き抜けに暴れられると困るから念のために、ね。
鍵は足下に置いてあるでしょ」
確かに鍵はあったので、手錠を外す。
「銃は?」
「はい、これ。あと、良い趣味ね」
少女はカバンから俺の銃を取り出すと迷いもなく返してきた。
銃弾など一通り確認、特に問題なしか。
「あっさり、返して良いのか?」
「言ったでしょ。 危害を加えるつもりはないって」
「さっきのは? ハローってあんただろ」
「あー、それは、ほんとごめん。
覚えてる、よね。銀十字、不死軍団、腐った紅薔薇(クルースニク)。
戦況ごちゃごちゃだし、急ぎで安全圏まで逃げたかったの」
「でも、この都市ってヴァンピーア専用に調整されてて、
移動するにも生体認証が必要でさ」
「なるどど」
少女の説明に一通り合点がいく。
「ところで、あの馬……」
そういえば、名前を聞いてなかったな
「俺と一緒にいた女は?」
「あの子なら、先に目が覚めて、向こうでご飯食べてるわ」
そう言って、パンを投げ寄越してきた。
「ありがと。
さっき何であんな近くにいたんだ?」
「ねあへ(寝汗)、ひどかったから」
少女はパンを咀嚼しながら、返事をする。
ストライフはパンを囓りながらひとまず、現状、整理を始めた。
まず、銀十字、銀行強盗ではなく、制圧軍のようなもので、団長は白服のゼノン。
対する、ヴァンピーア、不死軍団は団長ヴラトか。
ヴラトと言えば、先ほどの夢、最後に処刑を執行したのが、あいつだったな。
ゼノンも”魔女狩りの串刺し公”とか言ってたし何か関係あるのだろうか?
次に、クルースニク。
これだけは、完全に想定外だ。
なぜなら、都市の歴史の中では、特級戦犯として、処刑済みと記載されていたから。
しかし、実際は死んでいない、いや、ヴラトは”絶対に殺せない”と言っていた以上、
処刑=死刑ではなかったと考えるのが、妥当か。
殺せないから、都市のおそらくヒトと同様に地下深くに幽閉されていて、
今回、銀十字の侵攻に合わせてゼノンが解放した。
そして、戦場に釘付けだったところを拉致られた。
ひとまず、あの馬鹿と合流するか。
「あ、馬鹿、目、覚めたのね」
再会早々とんだご挨拶だが、付き合うのもめんどうなので、無視することにした。
「自己紹介、まだだよな。そっちは知ってるみたいだけど、俺はストライフ。
お前は?」
「ふんっ。ナラカ」
機嫌が悪そうに、それでも、名前を答える。
「あたしは、リンダだよ」
「いや、お前にはまだ聞いてない」
「まだ、ってことは、後で聞くんでしょ。
だったらいいじゃん、ここでみんなで自己紹介」
そう言って、その場にいた十数人が名前を言っていく。
「では、僭越ながら、仕切らせてもらうね」
リンダがそう言って、説明を始める。
「今いるのは、さっき戦場になってた広場からやや下層。
2人にはもう一回謝っとく、ごめんなさい。
でも、あの場を離れるには、ヴァンピーアの生体認証をクリアする必要があったの」
「それで、2人の生体認証をちょっと改ざんして、
あたし達も相乗りする形で移動させてもらいました。」
「改ざんできるのか?」
「ちょっとだけどね。1を10にはできても、0を1にできないから、2人の手を借りた感じ」
「次ね、あたし達は、流れでわかるよね、ヴァンピーアじゃなくてヒトなの。
でも銀十字の仲間ってわけでもない」
そう区切ると、少女は胸を張って言い放った。
「あたしたちは、ヒトでもトワでも、ヒューマンでもヴァンピーアでもない。
どっちつかずの蝙蝠野郎? 上等だ。
昼の太陽と夜の月、どっちも謳歌したいやつは、あたしに着いてこい。
あたしたちは、ダンピールだ!」
言い切ると、照れくさそうにしながら、
「というわけで、協力してくれないかな?」
協力を求めてきた。
ここまでのやり取りでわかったのは、この少女が比べるまでもなく、
ゼノンやヴラトよりは善良そうであること。
そして、用件だけ言って、自分の目的や求めるところを伝え忘れて、
決め台詞だけ決めてしまう若干抜けた少女だということだ。
そして、取り巻きはそんな少女に感極まっているというのだから、
同行するにせよ、苦労しそうだと思いつつ、補足した。
「つまり、生体認証通過のために同行しろって?」
「その通りなんだけど、命令じゃないよ。
して欲しい、協力求むという感じで」
「断ったら?」
「解放して、さようなら」
でも、と続けてくる。
「まだ、説明があるから、それだけは聞いて欲しい。
損はさせないって言うか、聞かないと絶対に損するから」
「了解」
短く切って、続きを促した。
「まず、結論から言うね」
そう言って、息を吸うと、
「このアーコロジーは間もなく倒壊する」
神妙に、強く言い放つとリンダは説明を続けた。
「そもそもさ、銀十字と私たちは銀行から出てきたでしょ。
でも銀行には、ヒトの住んでる最下層とここを繋ぐ通路なんか存在しないの」
「でもって、銀行強盗よろしく、お前らが穴掘って通路をこじ開けたわけでもないと」
「うん。数ヶ月前にね、崩れ落ちたの。
それで直通の穴が開いた」
「元々、このアーコロジー自体が、無条件降伏せざるを得ない程疲弊した敗戦側が、
突貫工事で作ったものみたいね。
もちろん、ヒト側は手を抜いたわけじゃない、って書いてあった。
提示された施工期間がどう見積もっても短すぎたって……」
「それで?」
「この崩落もちょっと大きめの予震って感じでさ、
ここ数年、最下層のほうでは小さい崩落も起きてて、
技術者集めて、あたしもその1人だったんだけどね、調査して、
長くない、良くて数年、場合によっては明日崩れてもおかしくないって結論が出た」
「ゼノンのやつ実際バカだし、何も考えずに喧嘩吹っかけたように見えたかもしれないけど、
調査が終わってから今日まで、ずっと交渉を続けてきた、その指揮をとってたのもあいつ」
「ヴァンピーアはお母様の許可を取れの一言で、結局マリアと交渉することになった」
「で、マリアは?」
「詳しくは聞いてない、でも、話にならないって、ゼノンは言ってた。
ただね、だろうなって予想はついてた」
「2人は、ヴァンピーアはさ、こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、
率直に言うね、マリアは狂ってる」
その言葉に、ナラカは怒りで絶句しているし、かくいう俺もどことなく据わりが悪い。
「そもそも、マリアは昔は地下シェルター、今はアーコロジーだけど、
環境管理システムでしかないの、統治機能なんか搭載されていない」
「会話ができたり、相談に乗ってくれたり、全部、
マリアを開発したマギが遊びで実装しただけのジョークグッズ」
「そのマギもヒト側の人間で、地下シェルターにマリアを配置してからは、
マリア自身に自己整備機能もあるし、目に見えた不具合もなかったしで放置されて、
その後は、歴史通り、ヒトとトワは、鎖国って程ではないけど、数百年ほぼ交流なし」
「ヴァンピーアの美観に合って、なまじ意思疎通の真似事ができたせいで、お母様に成り上がった。
雷は神様の怒り、地震は地龍の身動ぎ、ってのと同じね。
あると思って、必要以上にありがたがった」
「でも!!」
リンダの言葉に、我慢ならないのか、ナラカが食ってかかる。
それを制する形でリンダは説明を続けた。
「正直、あなた達の気持ちはわかってあげられない。
でもね、核で1億人殺した、だから、1億年地下で反省しろ、
単位はおかしいと思うけど理解できなくはない」
「まして、私たちのご先祖様が使ったのは核だしね。
あれは、人を殺すだけじゃない。万年、億年単位で放射能を残留させて星を犯すもの。
理由とか、原因とか、関係ない。人殺しと同じ。
使う奴が悪い」
「だから、その裁定は百歩譲って納得できる。
でも、魔女狩りは? ナラカはその頃、生まれてるはずよね。
マリアにまともな統治機能があるなら、なんで止めなかったの?」
「魔女の血で叡智が得られる?
だったら、その魔法使い様はどこにいるの?
マギさえ生き残ってれば、アーコロジーをまだ修理できたかもしれないのに」
そう切ると、リンダも苦虫を噛み潰したような表情になる。
ナラカだって、底なしの阿呆ではない、ここまで言われれば理屈の上では理解しているはずだ。
しかし、それをお母様という長年染みついた信仰が妨げているだけ。
2人とも頭に血が上っていて、このまま言い合いをさせても建設的ではないだろう。
「了解、背後関係はだいたいわかった。
ヴァンピーアはお母様に聞けで、なしのつぶて、マリアは話にならない。
強硬手段で外に出ようにも、お母様の意向を無視するヒトの行動をヴァンピーアは許容しない。
結局、内紛勃発ってわけか」
「そゆこと」
リンダは調子を戻して答えた、
「じゃあ、お前らの目的はなんだよ」
「外に出ることだよ」
「銀十字とは違うのか?」
「私たちは戦わない。
もっとこっそり隠れて、でも場合によっては大胆に、ね」
「当面の目的は?」
「マリアに会う。
私自身はまだ会ったことないし、とりあえず交渉する。
あと調べ物が一つあるの」
「最後に一つ。
やけっぱちの特攻じゃないんだよな?」
「まかせて。
ヒトもトワも関係ない、ついてきてくれるなら、
本物の太陽を拝ませてやるわ!!」
いや、ヴァンピーアにそれは洒落にならねーよ。
そう、心の中で苦笑しつつも、ストライフはリンダに付いていくことにした。
「そうと決まれば、善は急げか。
ほら、ナラカ、いつまでもいじけてんな」
そう言って、手を引き立たせる。
「じゃあ、行きましょうか」
リンダもそう呼応して、ダンピールの面々も、立ち上がる。
「……っと、……てよ」
消えるような声でナラカが呟く。
「ちょっと、待ってよ!!」
すると一転、ナラカは大声をあげた。
「わかんないことだらけだし、腹立つことばっかりだけど、
わかってるから、たぶん、私が一番の大馬鹿だって。
たぶん、あんた達が正しいんだと思うよ、
でも……」
「1つだけ、これだけはちゃんと教えてよ、わかんないし、知らないのよ」
そう、彼女にとって永遠は当たり前ものだった。
この都市、優しいお母様、永遠の命、ずっと続く平穏、いつまでもいつまでも。
そう信じて生きてきたのだから、もうパンク寸前の頭で、
これだけは今聞いておかないと後悔する、そう本能的に警鐘が鳴り響いているのだ。
ねえ、なんであんた、馬鹿のくせにそんなに物わかりがいいのよ?
そんな疑問に端を発して、頭が悪いなりに、全てを絡め取る疑問を口にした。
「死ぬ、ってなんなの?」
ナラカの疑問に、ストライフも、リンダも、ダンピールの面々も絶句せざるを得なかった。
ナラカなりに、足りない脳みそ振り絞って、ひねり出した疑問は、彼女らに現実を突きつけたのだ。
ヒトとトワ、ヒューマンとヴァンピーアは全く別の生き物であると。
いや、彼女らがまったくそれを考慮に入れていなかったわけではないだろう。
おしむらくは、彼らからするとストライフがなまじ理解力がありすぎた、
事実として、ヴァンピーアの変わり種であるストライフを水準に据えてしまったことだろう。
リンダは自分の失敗を悟り、頭をガシガシと掻くと、両手で頬を叩き、ナラカに向き直った。
「ごめん、それは私にもわからない」
「私もさ、せいぜい二十年しか生きてないんだ。
ひょっとしたら、ナラカやストライフより年下かもしれない。
だから、漠然と怖い、恐怖はあるけど、何かって聞かれたら答えられない」
「でもさ、太陽が見たい、これだけは偽りのない本音だよ。
死にたくないじゃなくてさ、それまで死ねない、
生きたいって、思ってる」
これじゃ答えにならないかな? そうリンダはナラカに告げてきた。
「それにさ」
となりにいるストライフには聞こえないように、
リンダはナラカの耳元に近づくと、
「生きる楽しさについては、きっと、隣の彼が、教えてくれるよ」
今もまだ強く繋がれた手を、ニヤニヤと見ながら、肘で小突いて茶化すように言ってきた。
ナラカは顔を真っ赤にして、睨み付けてくるので、リンダは飛び退いて、続けた
「どうかな、一緒に来てくれる?」
それに憮然としながら、ナラカは答えた。
「わかった、付いていくわよ」
そっぽを向きながらも、やはりその手は繋がれたままだった。
そして、現在位置よりやや下層にあるマリアとの謁見室へ向かった。
「ねえ、ストライフはさ、なんであんなに生き急いでたの?」
道中、結局手を離さないまま、黙りを決め込んでいたナラカが尋ねてきた。
振り返れば、今回の騒動、銀行強盗の一件からずっと一緒にいるというのも奇妙な縁だし、
何より、ヴァンピーアに自分の過去やこれまでの行動の理由を聞かれたのが、
なぜか愉快で、思いの外、口の滑りはよかった。
叶えたい願いが多過ぎる
なりたい自分が多すぎる
なのに、――時間が足りない。
夢のこと、昔のこと、全部語って、最後に余命のことを告げると、
それまで、ほんとに馬鹿ね、と笑いながら聞いていた、ナラカは、
「そっか、あんた、死ぬんだ」
表情を消して、そう噛みしめるように、呟いた。