典坐のやり直し   作:はる

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典坐とヌルガイ

「本当に申し訳ないっす…!俺の力不足でヌルガイさんを無罪には出来ませんでした!!」

 

牢屋の中と外、それぞれに一人の男と一人の少女がいた。

牢屋の中にいる少女は、牢屋の外にいる自分よりも遥かに上の身分であるはずの青年が頭を地面に思い切り擦り付け、俗に言う土下座の姿勢をとっていることを、何が起きているのか分からないといった風な顔で見つめていた。

そんな状況を説明する前に牢屋の中の少女…ヌルガイのことについて説明したい。

 

 

 

 

ヌルガイが生まれたのは、日本のどこかも分からない山の奥深くであった。

山の民と呼ばれる幕府の下から外れた人々が暮らす集落。

三十人ほどで構成されたその集落は幕府の庇護下ではないので生活は原始的で、決して裕福な暮らしが出来ているという訳ではなかった。

しかし、そんなものがデメリットに感じさせないくらい自由で、村にはいつも笑顔が絶えなかった。

そんな暮らしがヌルガイは大好きで、この生活をずっと守っていくのだと幼心に思っていた。

 

山の民は山の村の皆の為に生きる。

 

それが村の教えであった。そんな教えを忠実に守って成長したヌルガイは、人の心を思って行動ができる優しい子供であった。

あの事件が起きた時だって、ヌルガイは人の為を思って行動しただけだった。

 

「道に迷ってるなら下まで案内してやるよ」

 

山の民の集落のすぐ近くで、いかにも歩き疲れたといった感じに刀を支えに息を整えている侍の集団に、ヌルガイは声をかけた。

それは単純に、このままだと侍達が山でのたれ死んでしまうと思ったからだ。

侍達は明らかに山に慣れている様子ではなく、服装も山を進むにはどう考えても適していない。

そんな状態のもの達をヌルガイは放置出来ず、案内をしてやろうと声をかけた。

普通に考えて刀を持った集団に声をかけたいなどとは思えないが、山の民の中でも高い身体能力を持っていたヌルガイは、この集団がもし襲いかかってこようともなんとかできるだろうという楽観的な考えがあった。

そんなヌルガイの提案に、侍達は嬉しそうに答えた。

 

「お前えみしか?そうなら村で休ませてくれ」

 

えみし…その時まだヌルガイはその言葉の意味を知らなかった。

侍達がどんな意味でその言葉を使っているのか…想像もつかなかったのだ。

 

侍達を村までヌルガイが案内し、集落の案内を始めようとした時、ヌルガイの頭に強い衝撃が走った。

いくら身体能力が高いヌルガイといえども頭への不意打ちは耐えがたいものがあり、少しの時間ではあるが気を失ってしまった。

ヌルガイが意識を取り戻したのはほんの数分後。しかし、それだけの時間があれば侍達の目的を果たすには十分で、周りには集落の皆の死体がそこらに転がっていた。

何故かヌルガイは殺されておらず、太い縄で体をぐるぐる巻きにされた状態だった。

そんな状態でヌルガイは聞いてしまった。

 

「えみし…幕府に帰属せず独自の文化で生きるもの…徳川の治世においては逆賊だ」

 

それを聞いた時、ヌルガイは血が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じた。

なんだそれは、自分達はただ生きていただけではないか…幕府に従わないものは全て生きる価値がないということか?

そんな不条理がまかりとうる世の中と、それに従う役人達。ヌルガイには到底許せるものではなかった。

しかし、少し後に訪れたのは全く別の感情だった。

 

(ごめん皆…ごめんじいちゃん…オレが侍達を連れてきたばっかりに…)

 

うかつだった自分自身への後悔…軽い気持ちで侍を連れてきたことで大好きな村のみんな、特に目をかけてくれていた祖父が殺されてしまった。

ヌルガイは少し遅れて自分の罪を理解した。

役人の男に雑に担がれる…ヌルガイにはもう、抵抗する気力は残っていなかった。

 

 

その後ヌルガイは他の山の民の集落をあぶり出すための情報源として生かされて牢屋に入れられた。

と言っても情報をはかせた後は処刑されることが決まっており、ほんの少しの延命でしかないことはヌルガイは分かっていた。

牢屋の中で何もする気は起きず、ぐったりと横になり時間が過ぎるのを待つ日々。

何のために自分が生き残ったのか…山の民の血を残す為に生き残らなければいけないのか、自らの罪を償い死ぬべきなのか、まだ幼いヌルガイには何が正しい行動なのか分からなかった。

生と死の中で揺れ動き、しかしこの状況では何をすることも出来ず、結局は無意味に時間を過ごす。

 

(オレは…どうすればいい…?)

 

そんなことを思っていた時だった。

勢いよく扉が開く音…その音を聞いてヌルガイは奉行所の連中がきたのかと、特に気にすることはせず、ぐったりと横になったまま態勢を変えることはなかった。

しかし、扉を開けた人物は勢いよくヌルガイの牢屋の方へと走ってきて、牢屋の前で急停止した。

自らの牢屋の前にこられてはヌルガイも無視する訳にはいかず、面倒くささを感じながらもゆっくりと体を起こし、牢屋の外へと顔を向けた。

 

そこで冒頭へと戻る。

 

ヌルガイの目の前には土下座をしている男。

土下座の状態では男にしては長い髪であるということと、白装束であるということしかヌルガイにはわからなかった。

そんな状態の男にいきなり謝られ、土下座までされている状況…賢く状況把握に優れているはずのヌルガイでさえ全く意味が分からなかった。

しかし、明らかに立場が上の男に土下座をこのまま見ているだけというのは、ここに第三者が唐突に現れれば変な誤解が生じかねない…そう考えたヌルガイは目の前の人物に土下座を辞めさせる為に声をかけた。

 

「おい…何やってんだあんた…いきなり現れて無罪がどうのこうのって…意味がわからねぇよ。というか土下座はやめろ!見られたらどうすんだ…」

 

「…っ!すんませんヌルガイさん!でも謝らせてください!俺はヌルガイさんを助けることが出来なかった…!」

 

目の前の青年はヌルガイの言葉を聞き、下げていた頭を勢いよく上げ、真っ直ぐとヌルガイの方へと顔を向けた。

青年の顔を見てヌルガイは驚いた。それは青年の顔がおかしかったとかそういうことではなく、青年の顔の上半分を覆う額当てを見たからだ。

額当てとは本来長い髪が目に入って邪魔にならないようにする為のもののはずだが、青年のそれは明らかに大きく、目を完全に覆ってしまっていた。

 

(あれじゃあ完全に目は見えていないはず…なのにも関わらずこいつはオレの檻まで走って…というか何でここがオレがいる檻だって分かった…?見てもねぇのにどうやって…)

 

ヌルガイにはそれがどうしても分からず、青年の謝罪を一旦置いてそのことについて聞くことにした。

 

「お前…なんでここがオレの檻だってわかった…?明らかに目は見えてねぇのに…」

 

「ん…?あぁそうだ!これ目覆ったままでしたね!修行で癖になってて直すの忘れてました!目隠ししたままじゃ失礼っすよね!」

 

そう言って青年は目を覆っていたところの布を半分に折り、目を見えるようにした。

目を隠していたので盲目なのかとヌルガイは思っていたが、そうではないらしく、青年の目は健康そのものであった。

優しそう…ヌルガイは青年の顔を見てそう思った。隠れていた瞳はどこまでも真っ直ぐで、この青年に対して悪い印象を抱く人物はそうそういないだろうと容易に予想がついた。

 

「って!そこじゃねぇって…!なんでお前が目も見えてねぇのにオレの所に真っ直ぐ走って来れたか聞いてんだ…!」

 

「あぁ…そこっすよね!すみません自分バカなもんで!これはあれっすよ…周りにあるものを感じるというか…流れを見るというか…あ、いやこれは目で見てるって訳じゃないんすけど!ともかく周りの様子を感覚で感じとってるんすよ!」

 

そんな曖昧な説明を聞いても理解できるはずがなく、ヌルガイはこれ以上聞いても無駄だろうと察した。

 

「はぁ…もうそのことはいいや…一つずつ教えてくれ。まずお前は誰なんだ?」

 

無駄と分かればヌルガイは次の話題に移る。無駄を極力省けというのは祖父の教えでもあり、それを忠実にヌルガイは守っていた。

 

「そうっすよね…まずそこからだ…俺の名前は山田浅エ門 典坐。分かりやすく言うと江戸の首切り役人っす!」

 

「首切り役人…オレの首を切りにきたのかよ。わざわざ江戸からご苦労なことだな」

 

「ヌルガイさんの首を…?そんなこと滅相もない!俺はヌルガイを助けたいんすよ!」

 

「助ける…?あったこともないオレを…?」

 

「そうっす…ヌルガイさんが何で捕まったかは知っています。あなたは生きていただけだ…あなたに罪はない。そんなあなたが処刑されるなんて俺はどうしても許せない…」

 

その言葉を聞いてヌルガイは無性に腹がたった。

罪がない?そんなことはない、ヌルガイは自分が犯した罪を知っている…楽観的な考えで侍達に声をかけ、まんまと村まで招き入れてしまった。

侍達の目的を知らなかったとはいえ、村人達を殺したのはヌルガイの迂闊さなのだ…これを罪と言わずに何という…そんな風にヌルガイは思った。

それをこの目の前の典坐という男は、その場にいたわけでもないのにヌルガイに罪はないなどと…それはヌルガイにとっては非常に感に触った。

 

「罪はない…!?その場にいた訳でもねぇ他人が適当なこと言うな!大体なんなんだお前は…!いきなり現れてオレを助けるだって!?誰がそんなこと頼んだ!オレが生きている価値なんてないんだよ!オレのせいで皆死んだんだ…!なのに…オレだけ生き残って…」

 

ヌルガイの激情…突然のことであるそれを、典坐は既知のことであるかのように見ていた。

ヌルガイの葛藤…それを典坐はすでに知っている。自分に生きる価値があるのかと悩む彼女…彼女にどんな言葉をかけるべきなのか、どんな言葉が正解なのか…典坐は分からない。

だけれでも知っていることがある…それは彼女が生きたいと思っていることだ。

 

「確かに俺はヌルガイさんに何があったか見てきた訳じゃない…俺の言葉は軽く見えるでしょう。でも俺は知ってるんすよ!あなたは生きたいって思ってる…!そして俺はあなたを救うって決めたんだ!もうあの時みたいな無様は晒しません!絶対にあなたを助けてみせる!」

 

典坐が思い出すのはあの島でのこと。あの時の無様は二年前から一時足りとも忘れたことはない。

典坐は同じことを繰り返さない為にも二年間必死に自らを鍛えてきた。

今度こそヌルガイや士遠を守る為に、典坐は命以外全てかけると決めていた。

 

もちろんヌルガイにとって典坐のそんな思いは知るよしがないことだ…しかし、目の前典坐が本気だということは気がついた。

なぜ自分の為にそこまで…典坐が何を思ってここまで肩入れしているのかヌルガイには分からなかったが、ヌルガイは典坐に言い返す言葉が出てこなかった。

先ほどまでの怒りはどこに行ったのか、典坐のあまりの必死さにヌルガイは毒気を抜かれ、はぁとため息を吐いて言葉を続けた。

 

「お前の本気さだけはわかった…なんでオレの為にそこまでするのかは分かんねぇし、俺がどうすべきかも分からねぇ…でも、助けてくれるって言うからには何か方法があるんだろ?それを教えてくれよ」

 

とりあえずヌルガイは生きてみることにした。どうすべきかは分からない。目の前の男を完全に信頼した訳でもない。

しかし、この男と一緒にいれば今のどうしようもない現状からは抜け出せる…そんなことをヌルガイは感じた。

 

「はい!とりあえずそれでいいっす!俺はあなたに生きたいって思わせてみせます!」

 

「そういうのはいいから…方法教えろって言ってんだ」

 

「はい!まず上に掛け合ってみたんですがヌルガイさんを無罪にすることは無理でした!」

 

「そりゃ無理だろ…何考えてんだ」

 

「うぐっ…だってヌルガイさんは悪くないじゃないっすか!」

 

「それで無罪になるなら最初からこんな所に入れられてねぇよ…なんだよ…結局オレは死ぬのかよ…」

 

「いいえ…そうはなりません!これを見てください!」

 

そう言い典坐はヌルガイの目の前へと巻物のようなものを掲げた。

 

「これは幕府の御免状です!これがあればあなたは大手を振って街を歩ける。でも!これを手にするには条件があります…それは俺と一緒にある島に行き、不死の薬である仙薬を手に入れることっす!」

 

「不死の薬…?そんなものが本当にあるのか…?」

 

「それは分からないっす…でも現状ヌルガイさんが無罪になる方法はこれしかない」

 

「はぁ…まぁいいや…行ってやる」

 

「いいんすか…?」

 

「いいもなにもこれしかないって言ったのはお前だろ…それに助けるって言ったんだお前も当然協力してくれるんだよな?」

 

「…!当然っす!」

 

ヌルガイは典坐が牢屋にきて初めてにやりと笑った。

その笑顔を見て典坐は思う…今度こそ彼女を泣かせるようなまねはしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!移動する前にお風呂入ってくださいヌルガイさん!女性なんだから髪も綺麗にしないと!」

 

「お前…!なんでオレが女だって…」

 

ヌルガイは少し綺麗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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