典坐のやり直し 作:はる
小さな小舟に揺られる1組の男女。
そのうちの一人であるヌルガイは、小舟の先頭に胡座をかいて船の行き先だけを見つめていた。
その様子はどことなく不機嫌そうで、話しかけにくいオーラが全身から溢れ出していた。
「監視は私じゃなくて典坐が良かったかい…?」
ヌルガイの後ろから声をかける人物…それは士遠であった。
声をかけられたヌルガイは後ろを振り返り言葉を返す。
「別にそんなんじゃねぇよ…ただ、聞いてた話と違うから…」
ヌルガイは牢屋の中で典坐と一緒に島へ行くと聞いていた。
しかし、蓋を開けてみれば典坐はおらず、代わりに監視についたのは典坐の先生を名乗る男であった。
別にヌルガイは典坐と一緒に行動したかった訳ではないが、助けると言っておきながら大事な時に側にいない典坐に不満を感じていた。
そんなヌルガイの不満を正確に士遠は感じ取り、ヌルガイが聞いてもいないのに典坐がいない理由を話し始めた。
「本来ならば典坐が君につくはずだったのだがな…ただ、典坐が君の減刑を願ったおかげで肩入れしている君と一緒につけるわけにはいかないと判断されてね…私の監視相手と交換になったんだよ」
「減刑って…本当にそんなことやってたのかよ…てっきり口から出まかせだと…」
典坐から減刑の話は聞いていたヌルガイだが、それが本当のことであるとは思っていなかった。
あったこともない人間のために、自らの立場を危うくしてそんなことをする理由がヌルガイには分からなかったからだ。
士遠から話を聞いて、ヌルガイは余計に典坐という人間が分からなくなった。
本当に自分を助けようとしてくれているのか…ヌルガイにほんの少しだけ湧き出できた思いは、すぐに理性が蓋をしてしまう。
そんなヌルガイの葛藤に気づいたのか、士遠は声をかける。
「典坐は君に関しては本気だよ…君を本気で助けようとしてる」
「っ…!信じられねぇよそんなの!大体あいつはオレに話してねぇことが多すぎるんだ!オレを知ってるかのような話しぐさに、あそこに集められた時、なぜかあいつは選別の方法を知っていた!あれは明らかに馬鹿将軍の思いつきで決まってたのにだ!それに今から向かう島のことだっていくつか言ってた!
なぜそんなことが分かる!?分からないことが多すぎて信用できるか!」
「はぁ…あいつが馬鹿だから中々に拗れてるな…あいつが色々と知ってる理由は相当信じがたいものだ…本人もそれが分かっているから言わなかったのだろう。まぁいずれ話すだろうさ」
士遠の言う通り、典坐がヌルガイに話さなかったのは到底信じられる話しではないからだ。
初対面で話しでも気が触れたと思われるだけ…話すべきだとは思いつつも典坐はグッと堪えて話さなかった。
ちなみに、典坐が過去に戻ってきたことを知っているのは現状士遠のみだ。
本当ならば島へと上陸する面々には話した方がいいのだろうが、到底信じられぬ話しであるので大多数のものは嘘だと取り付かないであろうし、典坐が島について知っていることは極僅かだ…話した所で何か具体的な対策が打てる訳でもない。
そう言った理由から未だに典坐の秘密を知っているのは士遠のみで止まっていた。
「ふん…!別にどうでもいいさ…あんなやつ」
「あと…これは言っておくが私は別に君を助けるつもりはない。君の経歴は知っているが、罪とは時代が決めることだ。上の決定に逆らうつもりはない」
「わざわざ言わなくたってそれが普通だろ…あいつが異常なんだ」
ヌルガイはそう言うと士遠から視線を外した。
二人の会話はそれきりで、舟が島へと着くまで無言の時間が続いた。
「あぁ…失敗した…減刑を願ったせいでヌルガイさんと別々になるなんて…俺はなんて馬鹿なんだ…」
島へと上陸して数分後…少し島の内部へと足を踏み入れた所で典坐は後悔の言葉を漏らした。
典坐の軽はずみな行動によって、まさかのヌルガイと別行動になってしまうという事態…ギリギリまでヌルガイと行動出来るように粘ったのだが、すでに山田家に泥を塗るような行動してしまった手前強くは出れず、結局は素直にうなずくしか典坐には出来なかった。
(クソ…もしこれで俺がいない間にあの化け物にヌルガイさん達があってしまったら…なんとか早く合流したいんすけど…)
典坐はそう思いながら後ろを見る。
視線の先には額に簪を乗せ、着物を着崩した美女…それは典坐が士遠と交換する形で監視につくことになった人物だった。
通称人食い花魁のあか絹…その名の通りその美貌を使って色んな男達を文字通り食べてきた女だった。
一見すると戦闘能力自体はそこまでないように見えるが、選別を生き残っている以上はそれなりの実力を有していることは明らかだった。
(問題はどうやってあか絹さんを連れた状態で先生達と合流するか…無理やり引っ張っていく訳にもいかないし、監視という任務がある以上別々に行動する訳にもいかない…となると正直に話して先生達を探すのを手伝ってもらうのが一番いいっすかね…)
そう典坐が結論づけてあか絹に話かけようとした時だった。
「ねぇお侍さん…私もう歩き疲れちゃった…そこの林で休憩しない…?」
「え…まだ上陸して少し歩いただけじゃないっすか!それより早く先生達に合流しないと…」
典坐が全てを言う前に、あか絹は典坐の手を引き少しだけ開けた場所まで連れてきた。
そして徐に自らの衣服に手をかけ…典坐の目の前で脱ぎ始めた
「え…ちょ!何してんすかあか絹さん!男の前でやめてくださいよ!」
これが人生経験豊富な士遠であれば動揺しなかったであろうが、典坐はそういったことには慣れておらず、顔を赤くしながらあか絹の姿を目に入れないように手を覆った。
そんな典坐の様子を見ながらあか絹は妖艶に微笑み典坐へと距離を詰め、抱きつく。
そしてそのまま典坐を押し倒そうと体重をかける。
あか絹はこのまま典坐と事をなして手籠めにする予定だった…反応を見る限り典坐は初心な少年…これは楽勝だろうとあか絹は確信した。
しかし、あか絹のその考えはすぐに間違いだと気づくことになる。
「何しようとしてるのかは分からないっすけど…これは重大な規約違反っすよ…
あか絹さん?」
先ほどまで顔を赤くして照れていた青年とは思えない低い声で典坐は言った。
あか絹と典坐の間にはいつのまにか刀が差し込まれており、典坐が少し力を込めればあか絹の命はなくなってしまうだろう。
そんな典坐の変わり身にあか絹は驚きつつも、頭はこの状況をどう生き残るかだけを考えていた。
(誤魔化す…?いや下手に誤魔化したら相手の気分を害するだけ…一体どうすれば…)
思考は巡るが答えは出ない。
なんとか言葉を繋ごうとするが、典坐が放つ威圧感と当てられた刃物のせいで上手く口が動かない。
言葉にもならない音達をうわ言のように呟くことしか、あか絹には出来なかった。
そんなどうにもならない状況…それを打ち破ったのは典坐が不意に浮かべた笑顔であった。
笑顔…この状況にはどうにも合わない表情だ…その笑顔は無邪気な少年のものであったが、この状況では誰が見ても不気味に感じてしまうだろう。
それはその笑顔を向けられたあか絹にとってもそうであった。
いや、向けられた本人にとっては不気味どころではなかった…典坐の笑顔にあか絹は鬼を幻視した。
これから自分は何をされてしまうのか…ただ殺すだけでは終わらないのではないか…そんな不安が襲いかかる。
しかし、自分の未来を想像し、震えるあか絹にかけられたのは予想外の言葉だった。
「あか絹さん!殺されたくないっすよね?」
「もっ…勿論です!」
あか絹は勢いよく答えた。
「それじゃあ…
先生探すの協力してください!」
「へっ…?」
あか絹はその美貌に合わない間抜けな声を出した。
ヌルガイとの距離が原作より遠くなってしまいました。
がんばれ典坐君