リーンボックス製ハード及びソフトの流通が始まって数日から数週間が経った。ボク自身もとりあえず新型ハードで遊んでみたけど、ふむふむ。
「……目新しいのは外観くらいかなぁ、拡張性が薄くて安定性はそこそこ、規格はラステイションとうちのものと同じ……でもこれなら価格と市場の安定性、ソフトの内容とかであまり影響はなさそうかなぁ。どうだろ。」
前にルウィーに行ったときに借りていた経済学の本で勉強した付け焼刃の知識で語ってみたけど実際どう動くかはわからない。何が起こるか分かったものじゃないし……っていうかなんで経済学の本なんて借りてたんだっけ。そうだ、ブランさんに「貴方も女神ならこれは読んでおきなさい」って言われたやつだ。こういう時に役立つんだね……
「ゆ~ちゃんがむずかし~こと言ってるよぉ~」
「ゆぅ!あそぼ!あそぼ!」
「あたちもあそぶ!」
「あそぶですぅー」
「わかったわかった、ピーシェ、引っ張らないで痛い。痛いから。」
思考の安定にはまだほど遠いかぁ……
「プルルート、夕、いる?」
「ノワールちゃんだぁ~、いらっしゃい~」
「わたしもいるわ。……情報の共有をしに来たわ。」
「わかりました。」
少しばかり子供たちとドタバタして執務室の方で会議をする。プルは子供たちに拘束されてて話に入れなかったから後ではなすとして、会議の内容はリーンボックスのハードの流通状況。三国とも共通して在庫が枯れることなくむしろ潤沢でシェアも困るほど減るわけでもなく。
「共通して全く問題なし、と言ったところね。」
「……とりあえず、初動は問題ないか。向こうがどう動くかは二択、かな。」
「忍耐か、あるいは二の矢を構えるか。」
「あれだけ自信満々だったのよ、しびれを切らして出てくるわよ。」
「ボクもそう思う。出てきたところを袋叩きにしようかな。あるいは……」
「……真顔で言うのが恐ろしいわね、本当に。」
あそこまで怒ったのはボクだし、戦闘をするならボクがやるんだけど、果たしてどこまでやっていいのか。これがわからない。向こうは一人。一対一でも勝てる。ボクはお父さんとお母さんにとことん鍛えられたし……
「でしたら、受けて立ちますわよ。」
「……そう。話が早くて助かるよ。」
振り返らず、殺気を出して、声だけ出す。でも、ここでは戦えない。
「ですが場所がよろしくありませんわね。ここはひとつ果たし状を突きつけに来たということで、決戦はまた後日といたしましょう。」
「……いいよ。好きな場所、好きな時間でいい。」
「その余裕、叩き潰して差し上げますわ。」
……ふぅ、いなくなったかな。外を見たまま、扉の締まる音を耳に入れる。
「夕、あまり勝手に話を進めないでくれるかしら。」
「ノワールさん……ボクが決めたことです。ボク一人で戦います。」
「あなたねぇ、いくらなんでも先走りすぎよ。」
「そうね。まるで焦っているようにも見えるわ。」
「焦っている……?ボクが……?何言ってるんですか。ボクは一秒でも早く……」
振り返って、告げる。
「あいつを完膚なきまでにボコボコにしたいだけです。昔のお父さんのように。」
『っ……!?』
ボクの一言で空気は凍った。無理もないよね。ボクのお父さんは女神を殺したことだってあるんだから。もちろん、それを知ってるのはボクだけだけど……でも、前提に裏打ちされた言葉なら、仮初でも説得力は生まれる。
「……行ってきます、すぐ帰ってくるよ。」
目指すは、リーンボックス。
リーンボックスのダンジョンの奥、メモリーコアのある場所と想定されるこの場所が戦闘の舞台と知らされたのはほんの数分前。ボクを追ってやってくるみんな経由で場所を教えてくれたわけだからみんなもそのうち来るだろうけど、できればそれは迎えにしたい。つまり、みんなが来る前に倒してしまいたい。
「……逃げずに来たことは褒めて差し上げますわ。」
「別にあんたに褒められても嬉しくないから黙っててくれないかな。それにさっさと始めようよ。一秒でも早く、ボコボコにしたいから、さぁ!」
なんかこう、すっごいイライラする。上品ぶって中身が伴ってない残念な人……というのが最新の感想。でも、それ以外にも体の奥、心の奥底で煮えたぎる、ドロドロとしたイライラ。これは何?わからない。わからないから、ぶつけてしまえ……!
「っ……!」
霞を装備して紅月と蒼陽でもって肉薄する。悪いけど、ボクは女神化しないで勝つつもりだから。そういう意思表示と一緒に、真っ直ぐに首筋を狙った。さすがに女神化されて防がれたんだけど、防いだ武器は槍。中距離武器だ。
「危ないですわね……それにその攻撃、まさか女神化しないおつもり?」
「しなくて勝てるなら、それでいいからね!」
短剣のリーチは短い。だから一回でも距離を取られると面倒なんだけど、紅月と蒼陽はただの短剣じゃない。全距離対応型の特殊武装。とはいえ、相手の距離で戦うのは下策。短剣は届かないけど槍を振るうには短い、そんな間合いで戦うことになった。
「……やはり、言うだけのことはありますわね。わたくしの武器を見て、この距離で戦おうとするなんて。」
「よっぽど舌を噛みたいの?喋ってると当たるよ。」
防御と攻撃を華麗にこなす槍さばきはお母さんの攻防一体の大剣を思い出すけど、対面してるだけで動きを把握されたりなんてことはない以上お母さんよりかはやりやすい。それに。
「せいっ!」
「くっ……やりますわね。」
言っちゃあれだけどちまちまとした攻撃は当たっている。もちろん浅いしプロセッサユニットに刃はそんなに通らない。でも「当たった」という感覚は与えることはできている。そこからわかることもある。やっぱり足元近く、下段からの攻撃への反応がほんのちょっとだけ遅い。モンスター相手なら全く問題ないその刹那の隙は、ボク相手では立派な隙になる。
「そこっ!《
「甘いですわ!」
左手に握った蒼陽から繰り出される一瞬の突きは当然のごとく防がれる。だけど、メインの攻撃はこれじゃない。
「そこを防がれるのは想定内……!」
防がれるや否や手を離し、しゃがみこむ。距離を取らせるために振るっていた槍は戻らない。
「くっ……」
蒼陽は飛ばされるけど、紅月の攻撃は確実に当たる。下段から切りつけるように腕を振るって……!バックステップで避けようとするけれども、避けられなんてしない。させない。
「届かないとでも?エクスポート!」
紅月を変形させて大剣にする。リーチが変わったことでバックステップでは避けられず、槍での防御も間に合わない。ついでに最初から大剣にするつもりだったボクは威力の減衰もなしに高威力攻撃を横っ腹に叩き込むことができるというわけ。
「ッ……!」
直撃。勢いをつけた大剣の横斬りはいくら女神でもダメージにはなる。
「……わたくしに一撃。褒めて差し上げますわ。」
「今の攻撃、ちゃんと見えていたら防げていたはずだよ。足元が見えていないっぽいね。」
「……なるほど、面白いですわ。では、手加減はやめて差し上げますわ!」
「へぇ……ッ!」
刺突。さっきより速い。やっぱり女神化してないこっちには手加減してたようだからこれが本来の実力。馬鹿にして……!
「さすがすばしっこいですわね。」
「余裕そうに……その顔、ほんっと嫌い。」
女神化する。このまま戦ってもいいけど、苦戦はしたくない。できる限り圧倒できるならそうしなきゃ、勝つにしても気分が悪い!
「コンバットフォルム!」
変身して槍を掴み、刀を装備する。この距離、当たらないわけがない!
「ッ……!」
「槍を手放して避けた、んなもん想定通りだよ!落ちろ!」
槍を投げ捨て、二本目の刀を装備して距離を詰める。もらった……!
「《
お父さん直伝の必殺技を放つ。本来は銃剣で射撃も交えて圧倒する技なんだけど……そこは割愛。練度が低めだから深手にはなってないけど、それでもダメージはある。もっと……屠るまで鋭く!
「ッ……!」
刹那、ボクの左手から刀が飛ぶ。痺れる左手。突き出されている槍。弾かれた。次が来る……!
「せぇい!」
「ちっ……!」
二回目の刺突はどうにか刀を滑らせて軌道をずらして掠る程度に抑える。交錯する視線。もう、そこに余裕はない。あるのは気迫。……そうでなきゃ。お父さんが言っていた……「戦場に立つなら、鋭さだけを持て。」って。こういうことだよ、こうでなきゃ戦場とは言わない!
「ふふっ……」
「何、笑っていますの?」
「戦場の本質は命のやり取り……これもお父さんが教えてくれたこと……やっと、やっと始まったよ。これでやっと、あなたのこと嫌いって思えなくなるかもしれないね。だからさぁッ!」
刀を振り払い距離を取り、足元に紋様を展開する。
「
足元からたくさんの武器を展開する。全部刀だけど。
「始めようよ、戦いを。命のやり取りを……!」
「……純粋すぎる殺気ですわね。何故女神としての生を受けたのかがわかりませんわ。」
「それはボクにもわからないよ。でも結果がある。それで、十分!」
刀を再び二刀流にして構える。踏み込んで、正面から突っ込む!
「
次回、第十八話「決着と弾着」
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